第30話〈『レイモンド』〉

「おいおい、ヤタラスの奴どこ行った?」

 

 赤毛の華奢な青年、クレバインが言う。場所はフォルトレイクの大きな港町にある、ブラックカイツのアジトだ。そのアジト内のガルザヴァイルの部屋にて、黒い革張りのソファに寝そべり知恵の輪を弄る彼の言葉に、金髪大男のペンタチが答えた。


「例の薬運んでるとかいう奴らの所へ向かったっすよ」


「なんで」


 クレバインは知恵の輪を投げ捨てて起き上がった。


「ヤタラス……いや『ガルザヴァイル様』は、ブラックカイツの連中率いて首都でクーデター起こすんだろ?薬奪いに行くのとかは、僕達に任せりゃ良いじゃん」


「あの人、強い相手と戦うのが好きっすからね~。ソフィー号サイドに傭兵がいるって話しちゃったのが運の尽きっす」


 ペンタチが苦笑いをした。クレバインは不服そうに呟く。


「サヴァイヴ達と戦いたいのは僕だって同じだ!ヤタラスが行くの分かってたら止めたのに……」


「無駄っすよ。ヤタラス、隊長の指示以外聞かないっすもん」


 そんな会話をしていると、部屋の外からノックの音がして、一人の男が入ってきた。ブラックカイツの団長、スタナムだ。彼はクレバインとペンタチに深くお辞儀をすると、言った。


「首都ルトレへ攻め込む準備は整いました。ご指示を!」


「はあ?」


 クレバインは意味が分からないという顔でスタナムを見た。ペンタチが溜め息を吐きながら、クレバインに説明する。


「ヤタラスの奴、自分の仕事を俺達に押し付けて行ったみたいっす」


「はあぁ⁉」


 クレバインはさらに大きな声を上げた。





 朝日が昇り、空が色味を帯びて行く。そんな夜明けと共に、サヴァイヴ達はベンとドリュートン先生を預けた町医者の元へと向かった。扉を開けて建物の中へ入ると、出迎えたのはドリュートン先生であった。レイモンドが驚きの声を上げる。


「先生。安静にしていなくて大丈夫なのですか」


「問題ないさ。そもそも私は軽傷だしね。それより、ベン君のことだが……」


 ドリュートン先生が苦笑いをする。サヴァイヴは首を傾げた。


 ベンのいる部屋に行くと、何やら大きな声が聞こえてきた。


「ちょっとちょっと!食べ過ぎです!うちは食事屋では無いんですよ!」


「悪ぃ、先生。あんたの飯が美味かったから」


 などと言いつつ、器を片手に持って、ベッドの上でベンが笑っていた。文句を言っていた町医者の方も何だかんだその言葉が嬉しかったようで、ぶつぶつ言いつつも口元は笑っていた。


「ベンさん‼︎」


 サヴァイヴが呼びかける。ベンはこちらは顔を向けると、ニカッと笑った。サヴァイヴは安心したような笑顔で彼の元へ駆け寄る。


 だが、そんなサヴァイヴを追い抜いて、真っ先にベンの元へ向かったのはアリスであった。アリスはベンのすぐ横に立つと、彼の左手を両手で掴んだ。そしてその銀色の瞳で彼を見つめて、呟くように言う。


「……『シルキー・ドール』って言われたこと……まだ怒ってる。……色々と仕事を教えてくれたこと……ありがとうって、思ってる。私……ベンさんに……そう思ってる」


 安心したような、泣きたいような、ぐちゃぐちゃな感情をその目に滲ませて、アリスは真っ直ぐにベンの顔を見つめた。ベンは驚いたような表情でアリスの顔と掴まれた左手を交互に見ていたが、やがて彼女の気持ちを察したように柔らかく笑った。


「そっか。……悪かったな」


 そう言って、右手でアリスの頭をポンと撫でた。アリスは無言で頷いて、目線を下へ向ける。その瞳には涙が滲んでいるようであった。そんな二人の様子を見て、サヴァイヴは小さく微笑んだ。それからゆっくりとベンの元へ近づいて言う。


「さすが、ベンさん。体が強いですね。僕は大丈夫だって信じていました」


「当然だ」


 ベンはニヤリとして言った後、サヴァイヴとアリス、エグゼに頭を下げた。


「悪ぃ。俺、何も出来なかったな。お前らがいなかったらやられていた。不甲斐ないばかりだ」


「仕方ないですよ。相手は傭兵でしたし、その中でもあのガルザヴァイルって男、かなりの実力者でした」


 そう。命懸けの『暁血』を発動しなければ、おそらく三人とも負けていた。それほどの強敵だったのだ。そんな相手を……ダメージを与えたとは言え、そのまま帰してしまったわけだ。果たしてあれで良かったのだろうか。また襲ってきた場合、今度は勝てるのか。


 そんな私の心配をよそに、ひとしきり喜び合った後、サヴァイヴは真剣な表情になってソフィー号からの連絡内容をベンに伝えた。ベンが驚きの声を上げる。


「ヘルシング・バザナードが脱走しただと⁈」


「ええ。しかし正直、それ以上の詳しいことは何も分かっていません。……なので、ベンさんにはソフィー号に戻って、詳細を確認してきてもらいたいのです」


 サヴァイヴはベンを真っ直ぐに見つめて言う。そんな彼の様子を見て小さく噴き出すと、笑いながらベンは首を振る。


「そんな誤魔化すこたぁ無ぇよ。……要は、怪我してる俺は足手まといだから、船に戻れ、ってことだろ?」


「いや、そういうわけでは……」


 サヴァイヴは困ったように否定する。しかしその態度が、声色が、彼の嘘を物語っていた。嘘が上手いのやら下手なのやら分からない子である。ベンは力無く笑って、背中に触れた。


「……実際、俺はもうまともに戦えない。任務を十分にこなせるとは思えねぇ。……だから、俺は……戻る」


 ベッドの上の自身の腕を見つめながら、悔しさを滲ませつつ、ベンは言う。それからサヴァイヴ、アリス、エグゼの三人に目線を移した。


「あとは、頼んだぞ。薬と、ドリュートン先生、レイモンドさんを、無事にルトレまで送り届けてくれ。……この国を、救ってくれ」


「……はい‼」


 サヴァイヴが力強く言った。アリスも無言で頷く。エグゼは小さく舌打ちをしつつ、その瞳はベンを見つめていた。


 そんな彼ら彼女らの様子を見ていたレイモンドは穏やかに笑うと、ベンに声をかけた。


「移動は出来るかい。あまり長くこの病院にお世話になるわけにはいかないんだ」


「大丈夫っすよ。動くくらいなら」


 そう言って、ベンは起き上がる。普通に考えて、背中をバッサリやられて翌日に動けるわけが無いのだが。驚異的な回復力だ。化け物か何かでは無いのだろうか。


 それから、サヴァイヴは全員を集めてこれからの計画を説明する。


「ベンさんがいなくなる上、すでに敵にこちらの情報がバレている以上、二手に分かれるのはむしろ危険です。いっそのことまとめて移動して、戦力は集中させた方が良い。だから一緒に移動します。一つの馬車に積める量を積んで行きましょう。そして、もう一つの馬車は、ベンさんがソフィー号へ向かうのに使ってもらいますが……」


 そこまで言って、サヴァイヴは心配そうな表情になってベンを見た。


「本当に、一人で大丈夫ですか?誰か付き添いがいた方が……」


「いらねえよ。帰るくらい、一人で大丈夫だ。俺なんかに裂く人員も無ぇだろ」


 ベンはそう言って断った。実際、人の数に余裕が無いのも事実なので、サヴァイヴは渋々といった様子で彼の言うことに頷いた。


 そこへ、レイモンドが手を上げた。サヴァイヴはきょとんとしつつ、彼を指す。


「どうしました?レイモンドさん」


「リスクを減らす、という点で、提案があるのだが……。今、我々が運んでいる積み荷には三種類あることは知っているかい」


 ちらりとドリュートン先生の方を見ながらレイモンドは続ける。サヴァイヴが少し首を傾げて尋ねた。


「三種類ですか……?治療薬と、ワクチンの二種類なのでは……」


「いや、三種類さ」


 レイモンドは指を三本立てると、順番にそれらを折っていった。


「一つはワクチン。もう一つは治療薬。……そして最後の一つが、治療薬の材料だ」


「え、そうなんですか?」


 サヴァイヴが驚いた様子でベンを見る。視線を向けられた彼は無言で頷いた。レイモンドが続ける。


「ワクチン及び治療薬は良い。使用法はそう難しいものでは無いからだ。だが、材料というのが問題だ。……仮定の話をしよう。もし、万が一、ワクチンと治療薬を失ったとしても、材料さえ届けることが出来れば治療薬を作ることが出来る。しかしその場にドリュートン先生がいなかったら……?その材料は何の役にも立たないただのゴミ同然だ」


 不思議そうな、何か問いたげな表情で、サヴァイヴはレイモンドの顔を見る。エグゼもまた訝し気な様子でレイモンドを睨んでいた。


「この場において治療薬の製法を知っているのは、開発者であるドリュートン先生だけ。リスクの分散と言う点では、その知識自体を我々全員で共有しておく必要があるのでは……?」


 言いながら、レイモンドはドリュートン先生を真剣な瞳で見る。彼の言い分は尤もだが、薬の作り方など、素人が聞いて理解できるものなのだろうか。そんな私の疑問と全く同じことをドリュートン先生も考えたらしく、ゆっくりと首を振る。


「レイモンド君。君も分かっていると思うが、薬と言うのは少し扱いを間違えれば毒になりうる。薬の調合は、そう簡単なものでは無いよ。ただ知識があれば良いというものでは無い。間違った薬で患者の体に害を与えてしまっては医者失格だからね。薬の製法と言うものは、そう簡単に教えて回れるものでは無い」


 正論だ。ベンも頷いた。実際、サヴァイヴやアリスが製法を聞いて調合したとして、それがちゃんと正しい薬として機能するかと言えば、多分しない。先生の言う通り毒になってしまう可能性がある。偏見だが、アリスなどいかにも毒化させそうだ。


「それではせめて、この私にご教授ください。……私ならば、先生の手順通りに完璧な治療薬を調合することが出来ます。私の腕を信じてください」


 ドリュートン先生は、覚悟を問うかのように、いつになく厳しい視線でレイモンドを見つめる。しばらくして、頷いた。


「……そうだね。君の言うことも正しい。リスクは少しでも分散すべきだ。君に、製法を託そう」


「ありがとうございます……!」


 レイモンドは嬉しそうに言って、ドリュートン先生の手を握った。そんな二人の様子を見ていたエグゼが顔を顰めて口を挟む。


「……そもそも、ドリュートンを無事に送り届ければ済む話だろう。貴様のような罪人が調合する薬など、使わせてたまるものか」


「……言い方!」


 サヴァイヴがエグゼを睨んで諫める。それから二人に言った。


「けれど、エグゼの言うことには僕も賛成です。ドリュートン先生と、薬をルトレに届けることが最優先です。……ですが万が一のために……レイモンドさん、調合法を完璧にマスターして下さい。よろしくお願いします」


「ああ。任せておけ」


 レイモンドは深く頷いた。


 それから一行はこの医院を後にする。ベンは何度も町医者に頭を下げお礼を言った。またドリュートン先生も固い握手を交わす。町医者は、昨日からずっとそうだが、感激した様子でドリュートン先生を見つめて言う。


「こんな田舎町で、レイモンド先生とお会いすることが出来て、光栄でした。一生忘れません」


「いやいや、こちらも嬉しかったですよ。またお会いしましょう」


 ドリュートン先生は穏やかに答えた。そんな二人の会話を、サヴァイヴはよく分からないといった表情で聞いており、無言でレイモンドの方へ視線を向けた。レイモンドは「名前で呼ばれるほど親しくなられたか」と笑いながら呟きつつ二人を見ていた。それからサヴァイヴの視線に気づき、ニヤリと笑う。


「やはり、知らなかったんだな……サヴァイヴ。私と先生は、ファーストネームが一緒なのさ」


「ええぇ⁉」


 ここに来ての衝撃の新事実に、サヴァイヴは素っ頓狂な声を上げるしかなかった。


 馬車の荷物を移動させつつ、レイモンド(青年の方)は語り続ける。


「幼い頃、母を救ってもらった後も、しばしば私は先生の元へ遊びに行って色々なことを学んだ。それは医学に興味があったというのももちろんだが、何より先生と意気投合したからさ。名前が同じだったから」


「そうだね」


 ドリュートン先生(あるいは老レイモンド)も頷いて言う。


「レイモンド君は、私の若い頃にそっくりだったから、こちらとしても親近感が湧いたのさ」


「はあ……」


 サヴァイヴは苦笑いをしながら二人を交互に見た。正直、言動が軽くチャラチャラとしているレイモンドと、おっとりとしたドリュートン先生が似ているとは思えない。それとも、ドリュートン先生も若い頃はチャラついていたのだろうか。


 私はふと、あることを思い出した。レイモンドと初めて会った時のシーナの反応だ。何やら面白がっているような表情でレイモンドとドリュートン先生を見ていた。なるほど、同じ名前だと分かっていたからそういう反応だったのか。


 一人納得する私をよそに、積み荷の移動を終えた一行は各々の馬車に乗り込む。片方の馬車に五人が乗って、空いた方の馬車にベンが乗った。五人という人数は馬車に乗り込むにはかなりギリギリであり、定員はとうに超えていると思われるが、贅沢は言っていられない。


 ベンが我々に向かい手を振る。


「……それじゃあ、後は頼んだぜ。任務を無事成し遂げてくれ。俺も、ソフィー号で起こっていることをお前たちに正確に連絡する」


「ええ。気を付けてくださいね」


「お互いにな」


 サヴァイヴとベンはそう言い合って、互いに頷き合った。それから二つの馬車は正反対の方向へと分かれて行くのであった。


 移動する馬車の中では、ドリュートン先生による治療薬調合講義が行われていた。レイモンドへ教えるためなのだが、実質全員がその講義を受けることになってしまっている。とは言え、言っていることが難しすぎて私とサヴァイヴ、アリス、エグゼの三人には内容が理解できないので結局聞いていないのと同じことである。


 レイモンドは何度も質問をし、かなり細かいところまで確認しながら真剣に学んでいる。その傍らで、アリスは『木苺姫』の新作に集中し、エグゼは外の風景をただただ無表情で見つめていた。サヴァイヴは馬車の操縦で忙しい。


 作戦会議や積み荷の移動、その他の細々とした用事をこなしていたためか、ゴルダの町を出てからそう時が立たずに日が沈み始める。木々が生い茂る森林の小さな道を移動しているため、辺りが闇に染まるのが普通よりも早く感じた。真っ暗な中を無理に進むのも危険なので、早めに馬車を停めて野宿の準備をすることとなった。


 空を見上げると、陽が沈んだばかりだというのにもう空は真っ黒で、まるで宝石箱の中身を散らばしたかのような星々が満天に美しく煌いていた。今日はどうやら新月のようで、月明かりが無いためかいつも以上に星の輝きが強く感じられる。


 サヴァイヴはその煌きに心奪われたかのように、無言で天を見上げていた。レイモンドや先生もまた静かに笑いながら星を眺める。エグゼはと言うと、特に興味なさげに乾いた木々を集めて、焚火の準備を始めていた。


「……きれい」


 そんな囁くような声を右隣に聞いたサヴァイヴは、声の方向を見る。そこにはアリスがいて、美しい銀色の瞳を煌かせて星空を見つめていた。サヴァイヴは、そんな彼女の瞳に吸い込まれるかのように視線を向ける。サヴァイヴの視線に気が付いたアリスは、彼の方を見て再度言う。


「きれい。……だね?」


「うん。凄く」


 サヴァイヴはアリスの瞳を見つめて笑った。


 それからレイモンドは例のごとくドライカレーもどきを取り出して焚火で温め始める。しかし火の調子があまり良くないようで、顔を顰めながら火と対峙していた。焚火に息を吹きかけつつ、誰へともなくレイモンドは言う。


「悪いが……誰か、薪になりそうな追加の木を探してきてくれないか?」


「……はい」


 真っ先に名乗りを上げたのはアリスだ。彼女は焚火の光に反射して輝く銀髪を翻して、暗闇の森へと駆けて行く。レイモンドは軽く笑いながらサヴァイヴとエグゼを見て言う。


「おいおい、レディ一人にこんな暗闇を行かせる気かい?」


 そんな彼の言葉に反応して、サヴァイヴも向かおうとするが、言った本人のレイモンドに止められた。


「傭兵という戦力を一塊にするわけにはいかない。今も、この場を敵が襲撃して来る可能性があるのだから」


 そう言うと、無言でエグゼを見てウインクをした。エグゼは大きく舌打ちをすると、ゆっくりとアリスを追って森の中へと入って行った。


 焚火の周りには、サヴァイヴ、レイモンド、ドリュートン先生の三人が残った。先生は穏やかな表情で星を眺め、レイモンドは相変わらず焚火に集中している。そんな二人に対し、サヴァイヴが呟くように言う。それは、アリスがこの場にいないからこその話題であった。


「アリスが隣にいると、この綺麗な星空も霞んで見えるんです。……この感情に、どうやら名前があるらしいって、最近知りました。……名前で記号化してはいけない感情だそうですけれど……」


 サヴァイヴの独り言のような呟きに、二人のレイモンドは興味深げな表情で聞き入っている。サヴァイヴは二人には目を向けず、空を仰ぎながら続ける。


「この感情に気づいたとして、一つ疑問があるんです。僕とアリスって、実は出会ってからそんなに経っていないのに。そんな短時間でこんな重い感情が産まれるものなのかなって。もしかしたら勘違いなのでは……僕のこの気持ちは、そんな大したものでは無いんじゃないかなって思うんです」


「それは違うさ」


 レイモンドは虹色の瞳をサヴァイヴへ向けて、ニヤリと笑いかけた。


「君のその感情。名前を付けるならば『愛』だの『恋』だのという陳腐な言葉になるのだろうが……良いかい、よく聞きたまえ。私の経験上、女が男に惚れるには、どうやら尤もらしい理由が要るらしい。見た目が良いだの、話が合うだの、金がある、才能がある、地位がある、声が良い、背が高い、自分の話を聞いてくれる、守ってくれる、などね。……だが、男が女に惚れるのには、大層な理由なんて要らないのだよ。ただ『笑顔が素敵だった』。それだけで十分。なんてことない単純なきっかけで、男は女に惚れることが出来る」


 相変わらずのレイモンド節だ。これはあくまで彼の持論である。どちらかというと私は共感出来ない。しかし、ドリュートン先生は穏やかに笑いながら小さく頷いていた。もしかしたら……先ほど言っていた通り、二人は似た者同士なのかもしれない。


 サヴァイヴは闇の中に輝く虹色の瞳を見つめて、問う。


「レイモンドさんは……その感情を持っているのですか?」


「ああ。私は常に片思いさ。『命』という絶世の美女にね」


 レイモンドはその場で立ち上がって、熱弁を始める。


「私は『命』と言うものを尊敬し、称えて敬愛し、崇拝している。医者として、真正面から向き合っている。私はね、常に『命』に触れていたいのさ。どんな手段を使ってもね……」


 虹色の瞳を煌かせて、レイモンドは満天の星空を見上げた。


「命を救うも、壊すも、全てこの手で行いたい。私のこの掌で、命に触れたい。その感触を味わっていたい……永遠に。ただの傭兵でしかない君には、分からない感情かな」


 自嘲的な笑みを浮かべて、サヴァイヴを見る。ただの傭兵どころか、世の大半は彼の言っていることがよく分からないと思われる。何の話をしているのだ、この男は。


「……傭兵というのは、医者とは異なる方向で、命に近接している人種と言える。命を壊すことに特化しているからね。……だから……本来傭兵とは、命を守る、救うことには不向きなのさ。……だから、むしろ君はよくやっている方さ……誇って良い」


 サヴァイヴは少し困惑気味に、レイモンドを見上げていた。しかしどうやら褒められているらしいと思ったのか、軽く頭を下げる。


 レイモンドは囁くような一言を追加した。


「……だから、これから起こることに関して君は、自分を責めてはいけない。……本来、君には不向きなことなのだから……」





「めんどくせー。雑魚の兵を率いてクーデターなんて、僕の柄じゃないだろ」


 クレバインがブツブツとぼやく。そんな彼に向かい、ペンタチが人の良さそうな笑顔を向けた。


「こんなことなら、まだあっちの仕事の方が良かったっすね~。ほら、例の医者を始末するっていうやつ」


「ああ。『レイモンド』とかいう医者な」


 クレバインがクスクス笑いながら言う。


「しかし、その名を聞いた時は、驚いたぜ……。まさか、ターゲットのファーストネームがさ、隊長の本名と同じなんてさあ……」





 星灯りの照らす暗闇に、銃声が響いた。レイモンド・ドリュートンが、頭から血を流してその場に倒れた。

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