第27話〈心から流れ出る血〉
アリスは自身の状態に違和感を覚えていた。いつもの自分と何かが違う。不調なのだ。無意識的に、戦闘のテンポが速くなってしまっている。上手く身体を操れない。血を流して倒れるベンを見た時から、何かおかしい。
彼女は焦っていた。
早く戦闘を終わらせなくては。そして、ベンを治療しなければ。その思いが彼女の調子を狂わせる。ドリュートンはいるが、ガルザヴァイルに無理矢理連れ出された際に治療の道具を部屋へ置いてきてしまったらしい。もし道具があったとしてもガルザヴァイルの妨害が入り兼ねないこの場で満足な治療は望めない。
「オラァ!どうした嬢ちゃん‼︎」
ガルザヴァイルの鋭い剣撃が襲い掛かる。それをかわそうとするが、辺りを囲む十数人の覆面達の手がアリスの体へ伸びる。先程まではいとも簡単に振り払えたその手も、ガルザヴァイルの呪術により彼と遜色ないパワーとスピードに強化された事から、一度掴まれれば簡単には解けない。今のアリスはまさに、十数人の傭兵を一人で相手しているに等しい状態であった。
そのため、流石の彼女も反撃を行う余裕がない。敵の魔の手をかわすことで精一杯だ。
「逃げてばかりじゃつまんねーなァ!かかって来いよォ‼︎」
それが無理だと分かっていながら、ガルザヴァイルは煽るように言う。その表情は一方的な攻勢の愉悦に浸っていた。
「早く俺を倒さねェと、あのお兄さんが死んじゃうぜェ⁈」
アリスは顔を顰めた。血を流し動かないベンと、有り合わせの物で出血を抑えようとするドリュートンの姿が目の端に映る。アリスは地を蹴り舞い上がると、ガルザヴァイルに向けて勢いよく踵を蹴り落とす。敵は多いが、術を扱う本人さえ始末すれば終わるのだ。一直線にガルザヴァイル本体を狙う。
しかし、彼に操作された覆面の一人が盾になりアリスの蹴りをその体で受け止めた。肋骨の砕ける音が鳴り、受け止めた覆面は崩れるようにその場に倒れ動かなくなった。
着地したアリスに銀に光る刀身が降りかかる。瞬時に飛び上がろうとするが、傭兵並みの反射神経と力を持った覆面二人がアリスの体へ覆い被さり抑え込む。動けない彼女の首筋にメタナイフが切り掛かったその刹那、アリスは首の血管に流れる混血鉄器を硬化した。金属音が鳴り、ガルザヴァイルのメタナイフはアリスの白い首筋の皮膚を裂いて止まった。それでも彼は、刃を彼女の首に押しつけ続ける。
「……混血鉄器っつーのは……硬化している間、その部分の血流を塞いじまう!つまり長時間同じ箇所を硬化し続けることは出来ねェんだろ⁈じゃあテメェの首の硬化が解けるまで刃を当て続けるまでだぜ……硬化解除の瞬間にその綺麗な首を切り落とすためになァ‼︎」
そう言いながら、アリスの首に力を込めて刃を当てる。アリスは表情を歪めて両腕に渾身の力を込めると、自身を押さえつけていた覆面二人をそれぞれ片腕で投げ飛ばした。それから硬化した腕でメタナイフを払う。刃が首から離れた瞬間に皮膚が再生し、硬化が解かれた。地を蹴り後退して、アリスはガルザヴァイルから距離を取った。
「残念。あと少しだったんだがなァ」
ガルザヴァイルはニタニタ笑って言った。
「お嬢ちゃんのこと、クレバインから聞いてるぜェ。踊りが上手いんだってなァ……。俺にも見せてくれよ。その綺麗な髪と肢体をじょーずに動かして、最高のダンスを踊って魅せろ‼︎」
そう言って、指を鳴らす。鳴った音に呼応して、覆面達が一斉に襲い掛かる。アリスは体を回転させ、地を蹴り宙を舞い、紙一重で猛烈な攻めをかわしていく。そうこうしている内にも、ベンが弱っていくのを肌身に感じ、アリスの無自覚な焦りは加速していた。
なんでこんなに気持ちがざわつくんだろう。
そもそも、アリスは普段から、ベンに対し一定の距離を取っていた。サヴァイヴやリカ達ほど親しくはしていなかったのだ。それなのになぜ、ベンに対してぽわぽわとした感情を覚え、傷つき倒れる姿を見てこんなに心が荒れるのか。
「上手に踊れるじゃァねェか‼︎シルキー・ドールのお嬢ちゃァん‼︎」
ガルザヴァイルがギャハハと笑って言う。『シルキー・ドール』とは差別用語の一種。この言葉を、初対面時にベンにも言われたのだ。おそらく、彼女はそれを根に持っていた。
アリスにとって自身の美しい銀髪はとても大切な宝物であり、誇りであった。物心ついた時から戦士として戦場を駆け、血に塗れて過ごした彼女が憧れた、物語のお姫様。憧れの存在に似ても似つかない境遇の自分が、唯一持っているお姫様との共通点。それが美しい髪。だからこそ、それをただのモノのように扱い茶化すような『シルキー・ドール』という言葉が嫌いだった。
今の彼女には、あの時のベンに悪気が無かったという事が分かる。彼はただ思慮が浅く馬鹿なだけであり、アリスの髪を蔑む意図は無かった。ベンの方も、アリスへの接し方に迷っていたのだ。心を開こうとせず何を考えているかも分からないアリスとどう向き合えば良いのか、悩んでいたのだ。
それでも、不器用ながら彼は、アリスに関わろうとしてくれた。
「……『木苺姫』の新しい話が出たんだって?それ、作者が俺と同郷なんだよな」
「……知っている」
馬車で何度も話しかけてきたベンを、アリスは適当にあしらっていた。戦闘に集中しなければいけない今、なぜかその事が頭を過って離れない。
「……私は……ベンさんにまだ、何も言えていない」
誰にも聞こえない小さな声で彼女は呟く。
今まで冷たくしてきた事への謝罪も、関わろうとしてくれた事や色々教えてくれた事への感謝も、そしてもちろん『シルキー・ドール』と呼ばれた事への恨み節も、まだ何もベンに告げていない。
(傭兵じゃない人は……簡単に死んでしまう)
漏れ出る血と共に、ベンの体から命が溢れ出し、流れて行ってしまっているようにアリスは感じた。まだ何も伝えられていないのに、もしも死んでしまったら……。
「……嫌だ……嫌だ……嫌だ」
逃げ続けていては、戦いは終わらない。アリスは意を決し、ガルザヴァイルへと向かって行く。彼はニッと笑って叫んだ。
「良いねェ、来いよォ‼︎」
向かって来るアリスに向けてメタナイフを構え直し、真っ直ぐ一線に突いた。体を捻ってそれをかわすと、アリスは爪で自身の手の甲を裂いて血を出した。血は黒く金属のように固まり、鋭利な刃を形成する。その刃をガルザヴァイルの首元めがけて突き出した。
ガルザヴァイルの横にいた覆面が手を伸ばし、その腕にアリスの刃を刺して受け止めた。ガルザヴァイルは歯を剥き出して笑うと、アリスの体を蹴り飛ばす。
「ぐふぅっ‼︎」
硬化が間に合わず、直接腹部に蹴りを受けたアリスは、うめき声を上げて吹き飛んだ。美しいステンドグラスの窓辺の壁に叩きつけられた直後、四、五人の覆面が彼女の体を押さえつけて地へ伏せる。アリスは必死に抵抗するが、傭兵並みの力を持つ複数人に体を捕らわれ、身動きが取れなかった。メタナイフを片手に持ったガルザヴァイルがゆっくりと近づいて来る。
「嬢ちゃん……ゲームオーバーだァ」
そこへ、弱々しい声がガルザヴァイルへと向かって来た。
「あ、アリスちゃんを……離せえ!」
そう言って、地面に落ちていた金属棒を重そうに構えて振り上げたのは、ドリュートンだ。しかしガルザヴァイルはそれを見もせずに指を鳴らすと、操られた覆面の一人が金属棒を取り上げてドリュートンの頭を殴り、気絶させた。アリスは呟くように名を呼ぶ。
「ドリュートンせんせい……っ」
「安心しろ。殺しちゃいねェ」
顔だけを動かして、アリスはガルザヴァイルを見上げた。彼女的には睨みつけているつもりなのだが、表情の起伏が薄すぎて他者には無表情にしか見えない。そんなアリスの顔を見下ろしたガルザヴァイルは顔を顰めた。
「……つまんねー顔すんなよ。もっと愛想良くできねーのか?笑ったり、泣いたり、悔しがったり……全く表情に出ねェのか。まるで人形だ。テメェ本当に人間かァ?」
それは、彼女が一番言われたく無い言葉の一つであった。アリスは必死に体を動かし抵抗するが、覆面達を振り払うことは出来ない。ガルザヴァイルはアリスの目の前にしゃがんで彼女の顔を見つめると、直後、乱暴にその銀髪を掴んで持ち上げ、アリスの顔を自身へ向けさせた。
「敗北に歪む表情、悔しげな顔、恐怖に怯える面、泣きべそ。対戦相手のそういった豊かな表情は、勝者が得られる報酬、ご褒美の一つだァ……。テメェは俺に負けた。だから、その悔しく辛い感情を面に出して、俺を愉しませ俺の征服欲に奉仕する義務がある」
「……髪に触らないで」
アリスは表情を変えずに、敵の顔をジッと見つめて静かに言った。ガルザヴァイルは意外そうに片眉を上げてアリスを見た後、ギャハハと高笑いをした。
「俺は洞察力が高いんだ。だから分かる……シルキー・ドールの嬢ちゃんは、自分の髪が好きなんだ。人は、大事なモノを失うと悲しくなる。この髪をヤッちまったら……少しは絶望の面を拝めるかなァ?」
そう言って、ガルザヴァイルはメタナイフを構えた。その刃に反射され映るアリスの顔は、悲しいほどに無感情で無表情だ。自身のそんな顔を疎ましく思いながら、アリスは呟くように言う。
「……辞めて。そんな事をしたら……殺す」
「そいつァ楽しみだ‼︎やれるもんならやってみな‼︎」
楽しそうに言いながら、アリスのポニーテールを掴んで乱暴に伸ばし、メタナイフの刃を当てた。アリスは再度呟く。
「……辞めて」
「あ⁈聞こえねェなァ!」
テンションが上がっていくガルザヴァイル。アリスは絞り出すような声を出し、体を必死に動かして抵抗を続ける。
「……辞めて……辞めてっ」
どれほど抵抗すれども、捕らわれた体は動かない。そんなアリスの様子を愉悦に浸るように見ながら、ガルザヴァイルはゆっくりと、刃を髪へ押し付けた。
「『シルキー・ドール』の髪は、今でも裏ルートで高く売れる……。テメェの髪はいくらで売れるかなァ?こんなに手間のかからない小遣い稼ぎは無いねェ……。そうだ、これからテメェの髪が伸びるたんびに切り裂いて、売り捌いてやるよ。髪を採取されるためだけに生きる家畜……それが、シルキー・ドールの本来の姿ってモンだろォ⁈」
そう叫んで、ガルザヴァイルはメタナイフを動かした。
『プツっ』と言う小さな音がして、美しい銀髪が二、三本パラリと落ちた。それを感じた瞬間、アリスは全身から血の気が引くのを感じた。身体中から力が抜けて、抵抗する気すら湧かないのだ。彼女は、それが『絶望』と言う物だと悟った。そして今、自分の顔を見たとしても、それは無表情のままなのだろうとも考えた。
アリスは力無い視線を、階段の下に倒れるベンへと向ける。ベンは背中を赤く染めて倒れている。しかし、その顔は小さく動いて、目をうつろに開いてこちらを見ていた。まだ辛うじて意識があるのだ。だがそれも、長くは続かないだろう。
ベンは口を動かし、何かを言っているようであったが、声が出ていない。口の動きはアリスにこう告げていた。
「逃げろ、お前だけでも……」
それを見ていたアリスは、何だかどうしようも無く悲しい気持ちになった。目からぽろぽろと、温かい液体が溢れる。無表情のまま流れ出る涙を、まるで血のようだと彼女は思った。心に傷を負って、出血して目から零れ出ている、心の流血だ。アリスの涙を見たガルザヴァイルは、その口元に下衆い笑みを浮かべた。
「良い顔するじゃァねェか……」
そう言って、さらにメタナイフを引き動かそうとしたその時。
宿の扉を、叩く音がした。ガルザヴァイルは手を止めて、音のした方を見た。
「見張りの奴ら、何してやがる……?」
小さく舌打ちをした直後、ギイと音を立てて扉が開くと、そこに立っていたのは黒髪褐色肌の青年、レイモンドであった。その背後では金髪黒メッシュの少年、エグゼが見張りの覆面を締め落としてこちらを見ている。二人の頭上を、カラフルな鳥のテイラーが舞っていた。
訝しげな目で、何か問いたげに口を開くガルザヴァイルを黙らすように、レイモンドはニヤッと笑って言う。
「残念。我々は囮だ」
直後、ガルザヴァイルの背後のステンドグラスが音を立てて割れた。色とりどりに飛び散るガラスの破片が光を反射し煌めく中に、黒い小柄な影が飛び込んで来て銀色の刃をガルザヴァイルへと振りかざす。ガルザヴァイルはその斬撃を避けて距離を取った。長く伸ばしたサバイバルナイフのような独特な形状のメタナイフをその手に持ち現れた黒髪赤眼の少年は、自らが割ったガラスの破片で身体中の皮膚に切り傷が入っている。それらの傷が一瞬で治るのを見たガルザヴァイルは、歯を剥き出して笑った。
「テメェも傭兵か、坊ちゃァん‼︎」
その声に答えること無く、サヴァイヴはアリスを抑える覆面達に対しメタナイフで切りかかる。覆面達はアリスから離れて刃をかわし、即座に後退した。サヴァイヴは眉をピクリと動かしてその動きを見た後、アリスにその瞳を向けた。
「大丈夫?」
見上げるアリスの目尻から零れる涙に気づいて、サヴァイヴは目を見開く。アリスは階段の辺りを指して呟くように言った。
「サヴァイヴ、ベンさんが……」
アリスが指す方向で、血を流し倒れるベンと、その近くで気を失って倒れているドリュートンの姿を見たサヴァイヴは、その瞳の赤色を濃く染めた。アリスの元へしゃがんでその血赤色の瞳で彼女を見つめつつ、優しく涙を拭って、言う。
「ごめん。遅くなって」
「……うん」
「テメェは何だァ坊ちゃん⁈お姫様のピンチに駆けつけた正義の王子様ってとこか‼︎」
馬鹿にするように、笑いながら尋ねるガルザヴァイルに殺意の篭った瞳を向けて、サヴァイヴは低い声で力強い言葉を発した。
「ああ、そうだ。でも僕は正義のヒーローなんかじゃ無い。だからお前を殺す事だって厭わない‼︎」
その声色は、表情は、瞳は、怒りに燃えていた。メタナイフをガルザヴァイルに向けて構えると、独特の歩法で一気に距離を詰めて斬りかかる。ガルザヴァイルはその斬撃を自身のメタナイフで受けとめ、二つの刃がぶつかり合い鋭い金属音が鳴る。敵を睨みつつ、サヴァイヴは叫ぶ。
「アリス、動ける⁈エグゼ達と一緒に覆面連中を振り払ってベンさんとドリュートン先生を連れて逃げて‼︎」
アリスは頷くと、素早く体勢を立て直してベンの元へ飛んだ。その間、覆面達と交戦していたエグゼが唸るように言う。
「こいつら、何者だ?」
思った以上に手強い相手に戸惑う様子のエグゼにアリスが説明をする。
「あの男の呪術で、傭兵並みの強さになっている……!傭兵の集団を相手にしていると考えた方が良い」
エグゼは舌打ちをした。
「厄介だな……」
そこへ、覆面達の魔の手が近づいて来る。それらを捌きつつ、エグゼはアリスに怒鳴った。
「何とかする!貴様はベンジャミン・ゴールドの体を連れて来い!……それから、貴様はドリュートンの体を支えろ。戦闘は出来ずともそれくらいは可能だろう」
レイモンドを睨みながら言う。エグゼに命じられたレイモンドは口笛を吹いてドリュートンに近づき、その体を支えて立ち上がった。だがそこへ、妨害するように覆面達が立ちはだかる。サヴァイヴと鍔迫り合いを繰り広げていたガルザヴァイルが、吠えるように言った。
「行かせねェよ‼︎」
サヴァイヴは焦りをその表情に浮かべつつ剣を振るっていた。突き主体のガルザヴァイルとは対照的に、サヴァイヴの剣術は薙ぎを主体としており、手首のスナップを利用した独特な剣捌きをしている。サヴァイヴの剣筋に若干翻弄されつつも、ガルザヴァイルは冷静に対応して反撃に鋭い突きを喰らわせる。サヴァイヴはかわすが、刃が首筋をかすって血が噴き出した。その傷は瞬時に再生する。
「どうしたどうしたァ‼︎早く俺を始末しねェとお仲間が死んじゃうぜェ‼︎」
「うるさい黙れ!」
サヴァイヴは声を荒げながら、横目でエグゼを見る。エグゼとアリスは、ガルザヴァイル本人と同等の戦闘力を持つ覆面達の怒涛の襲撃を避けて捌くので精一杯であり、ベンを連れ出す事が出来ていない。ドリュートンの体を支えるレイモンドもまた、非戦闘員だからか襲われこそしないものの、二人の覆面に退き道を封じられて動けずにいた。
「ホラホラホラホラァ‼︎俺は洞察力があるから分かるぜェ‼︎テメェらの焦り!絶望!もっと俺によく見せてみろォ‼︎」
叫びながら、怒涛の連撃をサヴァイヴに繰り出す。サヴァイヴはそれをメタナイフで受けて弾き、いなして滑らせる。だが剣速や技量はガルザヴァイルの方が上らしく、段々と押され始めていた。ガルザヴァイルは歯を剥き出して笑う。
そんな彼へ、レイモンドがニヤリと笑って声をかけた。
「ガルザヴァイルとやら、油断は禁物だぜ……そんなに洞察力に自信があるのなら、言い当ててみるが良い。今戦っている少年が何者なのか」
少しでも気を逸らすためか、レイモンドが問いかける。それに対して若干怪しむような表情をしながらも、ガルザヴァイルは口元に笑いを浮かべて答える。
「分かるぜェ、傭兵だろう、この坊ちゃァん‼︎使っている剣術は……『クー・デイル』だなァ……傭兵がよく用いる戦闘法だ……。いや、それにしては動きが変速的か?これは……何だ?」
「君の洞察力とやらもその程度か」
レイモンドが煽るように、嘲るように笑う。ガルザヴァイルは顔を顰めた。
「分からないのならば教えてやる。サヴァイヴの使っている剣術はクー・デイルの派生系『
サヴァイヴと対峙しつつレイモンドの話を聞いていたガルザヴァイルは、驚いたように目を見開いた。
「アルバトロス、だと……?こいつ、生き残りかァ‼︎」
「その通り」
レイモンドは笑いながら続ける。
「傭兵ならば知っているはずだ。アルバトロスの団員を……追い詰め過ぎてはいけないと」
直後、ガルザヴァイルの全身に鳥肌が走った。寒気、冷汗、緊張感に緊迫感。心臓は急激に高鳴り、脈拍が上がって血流が加速する。
警戒、警告、厳戒態勢。傭兵として彼自身が持つ全ての感覚、自分自身の命の危機を察知して自らを逃し生き永らえさせるために備わった野生の勘に近い危険感知センサーの全てが、今対峙している少年へと向けられていた。
サヴァイヴの雰囲気が、変質している。
殺気とはまた違う、ある意味殺気よりも悍しく恐ろしい非常に不気味な気配がサヴァイヴの周りを纏い始める。まるで秘めていた何かを解放するかのように、サヴァイヴは目を閉じてもう一度まぶたを開いた。
その瞳の色は、いつもの赤色では無く、輝くオレンジ色を帯びていた。
サヴァイヴの周囲を舞っていた鳥のテイラーは、何か危機を感じたかのようにサヴァイヴから離れ、ガルザヴァイルもまたその顔から笑みを消すと、サヴァイヴから距離を取った。そんな彼に合わせるかのように、覆面達も動きを止めてサヴァイヴへ向かって構え、アリスとエグゼも戦闘を止めて何か異様なものを見るような視線をサヴァイヴへと向けていた。
サヴァイヴは冷静に、呟くように、ガルザヴァイルに向かって言う。
「……貴方のお仲間の、ヘルシング・バザナード……フギオン・S・C・レイヴンは、言っていました。『奥の手を使わされている』ようじゃあプロの傭兵とは言えない、と。今の状況は、『使わされている』と言って良いかもしれませんが……それでも構わない。ベンさんを、一刻も早く連れ出すためには躊躇していられない。使います。僕の……『奥の手』を」
オレンジ色に輝く瞳から、涙の筋のように、これまたオレンジに輝く線が伸び、サヴァイヴの右頬へ紋様を描く。その絵柄は砂時計であった。サヴァイヴの頬に描かれた砂時計がぐるりと一回転し、砂が流れ落ち始める。その様子を見て、レイモンドが呟くように言った。
「傭兵団アルバトロスは、最強の傭兵団と呼ばれる。それは何故か。至極単純明快な理由さ。アルバトロスの団員は全員……制限時間付きだが『無敵』になる事が出来るからだ」
サヴァイヴの体中に、輝く光の線が入る。その線は血管の場所と一致していた。サヴァイヴの全身の血流がオレンジ色に輝き、流れ、彼自身を照らしているのだ。その光はまるで、昇る陽のそれに酷似していた。高濃度のエネルギーと高密度のパワーに満ち溢れた生命の煌めきであった。
「ま、まさか……これは……これは、アレかァ‼︎」
畏怖するかのように、同時に歓喜するかのように、目を見開いてガルザヴァイルが叫ぶ。
夜明けの昇り陽を思わせる光をその身に纏ったサヴァイヴの姿は、レイモンドによりこう言い表された。
「『
レイモンドは、興味深げな表情で語り続ける。
「……そう、これこそ彼らが最強である所以。傭兵団『アルバトロス』の全団員がその身に宿す呪術。サヴァイヴの……切り札さ」
エグゼが息を呑む。アリスもその姿を見たのは初めてらしく、目を奪われたかのように瞬きも無くサヴァイヴを凝視していた。
陽の光を血潮に纏いつつ、サヴァイヴは暁色に輝く瞳でガルザヴァイルを静かに見据え、メタナイフを構えた。
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