第26話〈ガルザヴァイル強襲〉

「着いた。ここが、最初の合流地点だね……えーっと……」


「『ゴルダの町』っすね」


「そうだったね」


 馬車を動かすドリュートンとベンが会話をしている。綺麗に整備された石造りの道を進み、サヴァイヴ達と待ち合わせをしている宿屋に向かっているのだ。ここゴルダの町は、フォルトレイク内では田舎とされるこの周辺地域において比較的発展しているようで、様々な家や店が並び、人通りも多い。ベンが馬車に揺られながら髪を掻いて言う。


「悪いな、先生。操縦代わって頂いて……」


「何を言うベン君。昨日までほとんど君に任せっきりだったじゃないか。私も少しは働かないとね」


 その間、馬車を扱えないアリスはひたすら読書に集中していた。眼鏡をかけて、パラパラとページをめくる。


「酔わないのか?」


 ベンの問いに、アリスは小さく頷いた。


 やがて馬車は、街の中心部を抜けて、木の多く茂る森の中へ入って行く。


「厳密には、ゴルダの町では無いのだね。待ち合わせの宿屋は」


 ドリュートンが笑って言う。ベンも苦笑いをして答えた。


「ゴルダの町の近くの森にある屋敷ですからね。正確には」


 やがて目的の宿に辿り着いた。街にあった様々な建物と比べても大きく、装飾も豪華だ。その昔、この辺りを統治していた領主の屋敷を使っているようで、その敷地は広い。多くの馬車を停めることが出来る他、積み荷を安全に保管する蔵まで備わっている。ベンとアリスがいくつかの荷物を倉に移動させている間、ドリュートンが宿屋の店主に声をかける。


「我々、海外から来た者なのだがね。どうだい、この国は暮らしやすいかい?」


「ええ、それはもちろん。……しかしお客さん、あまり外国から来たということは言いふらさない方が良いですよ。過激な連中に目を付けられかねません」


 店主は小声になりつつ忠告する。ドリュートンはその優しげな瞳を曇らせて尋ねる。


「『ブラックカイツ』とかいう者達かね」


「よくご存じで。先日も、町にある猟銃店で襲撃事件が起きまして、たくさんの銃が奴らに盗まれてしまったそうです。何かでかい事件の前触れでは無いかと、皆不安がっていますよ」


「物騒なことだ……」


 そうこうしているうちに、積み荷の移動は終わった。三人は宿の扉を開けて中へ入る。建物は三階建てで、彼らが泊まる部屋は二階にある。扉を開けるとすぐ目に入るのが、木製の大きく立派な階段だ。一階のロビーは広く、壁面の装飾と、クラフトフィリア製の緻密でカラフルなステンドグラスの窓から差し込む外の光が室内を彩っていた。階段を上って部屋へ向かいつつ、ベンが二人に言う。


「サヴァイヴ達も、そろそろ着く頃だ。そしたら、飯でも食いに行こう。それまでは部屋で休憩ってことで」


 宿の室内で、三人はそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。アリスは相変わらず読書を続け、ドリュートンは持ち運びの薬鞄の中身を整理している。ベンは爆睡していた。ずっと揺られ続ける馬車での移動は疲れが溜まるのだ。


 このままずっと、静かな時間が過ぎ去るかに思えた。


 が、しかしそんなことは無かった。何か小さな物音に反応したアリスが、唐突に本を閉じて立ち上がると、鋭い目つきで床を見つめる。


「アリスちゃん、どうしたんだい」


 ドリュートンが穏やかに尋ねた。直後、爆睡していたベンも目を開いて素早く体勢を起こした。そして、アリスと目を合わせる。


「下で騒ぎが起きているな」


「……うん。……しかも……危険な騒ぎ」


 いくつかの悲鳴がドアの外から聞こえてくる。複数人が言い争う様な声も聞こえて来た。そして、乱暴に階段を駆け上がるような音が聞こえ、その足音が部屋のすぐ外に近づいてくる。


 俊敏な動きで、アリスはドアを正面に少し後ろへ下がると、強く地を蹴って、ドアに向けて強烈な飛び蹴りを食らわせた。


「おい⁉」


 ベンの驚きの声に、ドアを蹴破る音が重なる。うめき声がして、扉の外に立っていた二人の男達が階段の方へ吹き飛んで下へ転げ落ちて行った。アリスは綺麗に着地し、周りに目を向ける。


 二階の廊下には、顔を布で隠した複数人の怪しげな者達が、棍棒やナイフを手にして、あっけにとられた様子でアリスを見ていた。部屋の中から出て来たベンは、その覆面達を見て舌打ちをする。

『元団員』である彼にはその正体がすぐに分かったのだ。


「ブラックカイツか!」


「……やはり、分かるか。話が早くて助かるな……。であれば大人しく我々に手を貸し……革命の糧となれ」


 ドアを蹴破り二人の団員を吹き飛ばしたアリスに驚いた様子ではあったが、それでも声には強気を保ったまま、ベンとアリスに刃物を向けて、団員は神経質な口調で言う。


「余計な抵抗をしなければ……危害は加えずにいてやる……」


「こんな宿屋なんか襲撃して、何するつもりだ?」


 ベンは心の中の焦りを隠しつつ、低い声で尋ねる。覆面達は答えた。


「クラフトフィリアから……死裂症の薬を運ぶ者達を探している。この宿に泊まる者達が運ぶ積み荷を確認する」


 ベンの顔から血の気が引いた。だがすぐに平静を取り戻すと、小さく笑う。


「悪いが、テメェらみたいなゴロツキに大事な積み荷を荒らされるわけには……いかねぇな‼」


 そう叫んだ直後、目にも止まらぬ速さで腰から抜いた二丁のリボルバーのうち一つを目の前の覆面に向け、もう一つを別の団員に向けた。団員達が息を吞む。ベンは目の前の覆面を睨みつけ、呟くように言った。


「俺の愛銃……『クエイルード・ブラザーズ』に挨拶しな!」


「……」


 銃を突き付けられた覆面は、黙ってベンを見ていたが、やがてその声色に苛立ちを帯び始める。


「……『クエイルード・ブラザーズ』……右の『ルシウス』と左の『シアン』の二丁拳銃……相変わらずだなあ……。よくもまあ……おめおめとこの国に戻って来れたものだ……この裏切り者の売国奴が……!」


 神経質にブツブツと言いながら、男はベンの目の前で覆面を取る。現れた顔を見たベンは、驚きを露わにした。


「お前、ヴァシリスか‼」


「久しぶりだな……ベンジャミン‼」


 ブラックカイツ幹部のヴァシリスは、ベンを睨みつけて言った。


「『覚醒の儀』を拒んだばかりか、我々の思想を否定し、組織の団結を乱した反逆者‼……その上、あろうことか他者の『覚醒の儀』を妨害して先代団長を殺めた……‼愚かな悪党が‼」


 ヴァシリスの罵倒に、ベンは顔を顰める。


「ヴァシリスお前も……相変わらずだな。団の間違った思想に妄信的で、人の話を聞こうともしない。お前のような奴らが、ブラックカイツをおかしくしたんだ」


「黙れ‼」


 そう怒鳴ると、ヴァシリスは懐からメタナイフを取り出した。それを見たベンが見開いた目でヴァシリスを見る。


「お前、どこでそんなもんを……」


「……このブラックカイツで、メタナイフを扱える者はまだ少ない……その選ばれし一人がこの俺‼今この場で、貴様に正義の裁きを下す……‼」


 そう叫び、メタナイフを引き抜く。全力の唸り声と共に、ゆっくりと柄と鞘が離れてゆく。粘性の流体金属が中から伸び、刃を形成し始める。ヴァシリスは勝利を確信したような笑みを浮かべた。


 直後、目にも止まらぬ鋭い蹴りがヴァシリスの頬に炸裂した。顔形を歪めて吹き飛ばされ、その身体を壁に打ち付けられたヴァシリスは、メタナイフの抜刀を終える前に気を失って地面に伸びてしまった。その姿をポカンと眺めるベンと、他の団員達。ヴァシリスを蹴り飛ばしたアリスに、団員の一人が言う。


「き、貴様‼抜刀の最中を襲うとは卑怯な‼」


「卑怯……?戦闘の場で……のんびりしている方が悪い……」


 アリスはしれっと言った。それからまた地面を蹴ったかと思うと、武器を構えて立ち尽くしている覆面の頭に蹴撃を打ち込む。そのまま体を回転させ着地すると再び舞い上がって天井を蹴って脚を振り下ろし、二人まとめて打ち倒す。体の動きに合わせて美しい銀髪のポニーテールが回転し、きらめくその姿は戦いの最中にも関わらず幻想的で幻惑的であった。思わず見とれて武器を落とした団員の腹に蹴りを入れて悶絶させた後、残った一人に視線を向けた。


 残った団員は後ずさりして、思わずその場に腰を落とす。アリスは近づいて、無表情で見下ろした。そんな彼女を見上げて、団員は声を震わせて叫ぶ。


「……なぜだ……なぜだ‼俺達は、あんなに訓練を積んだのに‼あらゆる苦痛に耐えて、覚醒へ臨んでいたというのに‼自分の生活の事しか考えない、安穏で怠惰な連中とは違う……努力を怠らなかったのに……なぜ、このような少女一人に勝てない⁉俺達は……まだまだ鍛錬が足りなかったというのか……⁉」


「……違うと思う」


 アリスが、無感情な口調で囁くように言った。


「……あなたが私に勝てないのは……努力が足りないからじゃない……才能が無いから。人には多分……向いているものとそうでないものがあって……私は、普通の生活が向いていない。お客様のお相手も……サヴァイヴやリカ姉さんには遠く及ばない……。でも、戦いの才能は、持っている。あなたに足りなかったのは……生まれつきの戦いの才能。……だから、気を落とさないで。……あなたの頑張りが足りなかったわけじゃない……才能が無かっただけ……」


 団員はうなだれて、力なくその場に倒れこんだ。その様子を見ていたベンは、一息ついて銃を腰のホルスターへ戻した。


 そこへ、品の無い足音が階段を上がって来る。ギャハハという下品な笑い声と共に現れたのは、柄の悪いドレッドヘアの男であった。彼はアリスを見てニヤリと笑う。


「同意するぜェ嬢ちゃん……。辛辣だがなァ、それが真実さ!俺達とこいつらでは、元々の質が違うよなァ」


「……誰?」


 ただならぬオーラを放つ男に警戒を露わにしながら、アリスが問う。ベンもまた腰の銃に手を当てていつでも抜けるよう構え直した。男は自身の偽名を口にした。


「一応、ガルザヴァイルと名乗っている」


「お前が……ガルザヴァイル・エシャント⁉」


 ベンが強く睨みつける。ガルザヴァイルは高笑いをした後、地に伏せる団員に蹴りを入れた。


「ったくよォ……こんな狭い場所で戦おうなんざ、愚の骨頂だぜ。多人数のアドバンテージを自ら殺しやがって。ただでさえ弱ェのに、相手に有利な条件で戦ってどーすんだか」


 そう言って、その団員を思いっきり踏みつける。踏まれた彼は苦しげな小さい声を上げて、動かなくなった。ベンがガルザヴァイルに鋭い視線を向ける。


「仲間じゃ無えのか?」


「ハッ、冗談だろ?」


 ニヤニヤ笑って、ガルザヴァイルは答えた。そんな彼の頭部めがけて、地を蹴って宙に舞ったアリスが蹴りを入れる。瞬時に体勢を落としてそれをかわすと、「あっぶねェ!」と笑いながら、着地したアリスに掴みかかった。抵抗するアリスを投げ飛ばし、階段の下、一階へと落とす。回転と受け身で着地したアリスの周りには、十数人の覆面団員達が銃を構えて待っていた。ガルザヴァイルが下へ声をかける。


「その嬢ちゃんはメインディッシュだ‼俺はこっちの男を潰してから行くからよォ……それまで相手してやれ!すぐにやられんじゃ無ェぞ‼それくらいは耐えきれよテメェら‼」


 覆面達は一斉にアリスに銃を向ける。アリスはその覆面達には目もくれず、辺りに目を向ける。一階の開けたロビーでは、他の宿泊客や従業員たちが縛られて座らされていた。アリスに向けて、銃弾が発射された。


 複数の発砲音が下から聞こえてくる中、二階ではベンとガルザヴァイルが向かい合っている。ベンは、ドリュートンがいる部屋を背にして守るように立ちふさがる。ガルザヴァイルが口を開いた。


「……クレバイン達から聞いていた特徴と一致しているぜ。治療薬を運んでいるのはテメェらだな」


「なぜ、この宿にいると分かった……?」


 ベンが、慎重に口を開いて問う。ガルザヴァイルはニヤリと笑った。


「こう見えて俺は頭が良いんだよ。洞察力に優れている……。船の連中に、バカ二人の潜入と副隊長の目的がバレてんなら、通常の港から薬を入れるわけが無ェ。別の港から薬だけ上陸すると見た。さらに目的地が首都ルトレだとすると、その道中、この街を通る。んで、この宿には積み荷を安全に保管できる蔵があっから……大事なモンを運びたいなら泊まりたいよなァ?」


 ベンは苦い顔で舌打ちをすると、腰の銃を抜いて構えた。その姿をまじまじと見ながら、ガルザヴァイルは一人語りを続ける。


「クレバインの話が正しければ……テメェが副隊長を倒した?冗談だろ?どれ、テメェの戦闘スタイルも洞察してやろうか?」


 ガルザヴァイルがギャハと笑って、煽るような目をベンに向ける。不快そうな表情のベンを気にすることなく、ブツブツと呟き続ける。


「……武器は銃か……強固な呪力抗体を持つ副隊長を銃で仕留めるには、呪いを使うしか無ェ……だが、あの副隊長が致死性の呪いに気づかないわけが無ェから、その呪いに殺傷能力は無い。おおかた、眠りの呪いか昏倒の呪いといった類のものだろうが……そんなモンが副隊長に効くか?……いや、待て、あの銃、リボルバーか。なるほどなァ……」


 呟きを辞めて、ガルザヴァイルは真っ直ぐにベンを見据えると洞察の結果を告げる。


「『ルーレット』と呼ばれる、呪力増幅術の一種がある。確率が低いほど、呪いの力が上がるっつーモンさ。テメェが持ってるリボルバー……八発装弾か?それら二丁に収まった銃弾のうち例えば一つに呪いを込めたとして、そいつを引く確率は十六分の一。その確率が低いほど、眠りの呪いの効力も上がる……。それで、副隊長に一応、勝ったと見たがどうだァ?」


 ベンは否定も肯定もしなかった。だがその顔には焦りのようなものが見て取れた。額から冷汗が落ちる。ガルザヴァイルはそれを見て勝ち誇ったように言った。


「図星かァ……!だとすればお前ェ、舐めプされてんぜ‼」


「んなこと……分かってる‼」


 目にも止まらぬ速さで二丁を敵に向け、合わせて四発発砲する。それを軽々かわして距離を詰めたガルザヴァイルは、歯を剥き出して笑いながら、ベンの腹に拳をめり込ませた。


「んゴェァッ‼」


 胃の内容物を吐き出して、ベンは地に倒れた。その姿を見下ろしつつ、ガルザヴァイルは高らかに笑う。それから、ゆっくりと、部屋の中を覗き見た。そこには、怯えたような目を向けるドリュートンがいる。


「この爺さんが、例の……。だとしたら、まだ殺すわけにはいかねェなァ……」


 小声で言うガルザヴァイルに向けて発砲音が鳴る。それを見もせず避けて、下品な笑顔をベンに向けた。


「おいおい、爺さんに当たったらどーすんだよ」


「当てねぇよ」


 よろよろと、腹を抑えて立ちながら銃を構えてベンが言う。口を拭ってまた一発撃つが、やはりかわされる。背後の壁にめり込む銃弾を見て、ガルザヴァイルは口笛を吹いた。


「狙いはとっても正確だァ。相手が傭兵で無かったら無敵だろうなァ」


「黙れ……」


 苦し気に息をしながらベンは睨みつける。その瞳を見たガルザヴァイルは、懐からメタナイフを取り出した。荊と羽根の装飾が施されている。


「そろそろ、終いにしようか。メインディッシュが待ってるんでなァ……」


 言いながら、メタナイフを素早く引き抜いた。日本刀を思わせる長く美しい刀身が姿を現す。その鋭い切っ先をベンに向けた直後、まるで瞬間移動でもしたかのように一瞬で間合いを詰めると、メタナイフを突いた。ベンは反射的に体を捻る。直撃を免れた刃はベンの左脇腹をかすった。血が吹き出す。


「ッ‼︎」


 まずい。このままでは、殺される。


 本能で危機を感じ取ったベンは、ドリュートンを連れて逃げ出すべく、後ろに向いて部屋の中を見る。室内のドリュートンと目が合ったその時、背中に一線の激痛が走り、生暖かい液体が飛沫を上げた。その生暖かさに自分自身の生命の温度を感じつつ、ベンはその場に倒れた。


「ベン君‼︎」


 ドリュートンが叫ぶ。ベンの背中を切り裂いたガルザヴァイルは、メタナイフを振って刀身の血を払った。


「戦闘中に敵に背を向けるなんざァ……愚か者のすることだ」


 ガルザヴァイルが静かに言った。


 ズルズルと、重いものを乱暴に引きずる音が鳴る。血を流し倒れるベンを右手に、無抵抗に力無く連れられるドリュートンを左手に掴み、ガルザヴァイルはゆっくりと階段を降りて一階の開けたロビーに着く。


 そこでは美しい銀髪の少女が、覆面男の胸ぐらを掴んで立っていた。掴まれている男は膝を地につけぐったりと首を無気力に傾けている。少女が手を離すと、男はその場に倒れた。その一人のみならず、少女の周りには覆面の団員達が意識を失って地に伏しており、辺りには銃とその弾がバラバラに散乱している。縛られた宿泊客や宿の者達は、まるで化け物でも見るかのような畏怖の表情で少女を見ていた。


 少女が銀水晶のような瞳を階段上のガルザヴァイルに向ける。


「こいつら、もうやられちまったのかよ。本当つっかえねーな」


 ガルザヴァイルはぶつぶつ言いながら右手に引きずっていたベンの体を放って階段を転げ落とした。ドリュートンが慌てて駆け寄る。それを見た少女、アリスは目を見開いて呟いた。


「ベンさん……っ」


「あっけなかったぜ、そいつ」


 ガルザヴァイルは嘲るように笑う。


「で、お嬢ちゃん……テメェがメインディッシュだ。少しは楽しませてくれよ」


 そう言って、懐からメタナイフを取り出し引き抜いた。鋭く長い刃をアリスへ向け、階段を飛び降りるその勢いと共に突き出す。アリスはそれを滑らかな動きでかわすと、片足で地を蹴り宙に舞って、回転と重力を利用した重い蹴りを敵の首元目がけて振り下ろす。ガルザヴァイルはその勢いをいなすように角度をつけた刃を構えた。アリスの蹴りはその威力を殺されて刃の上を滑り地に下り、彼女の足を受け止めた床にはヒビと窪みが走る。


 着地した瞬間を狙って、ガルザヴァイルがメタナイフを振り下ろすが、それをアリスは片腕で受け止めた。皮膚が切れるが、血は出ない。まるで金属同士がぶつかり合うような音が鳴った。ガルザヴァイルは片眉を上げる。


「混血鉄器かァ‼︎」


 アリスは腕を払い飛び上がって後退し敵から距離を取る。メタナイフを受け止めて切れた皮膚は『裂傷の呪力抗体』により瞬く間に再生した。再び飛び上がろうとするアリスにその隙を与えず、ガルザヴァイルは距離を詰めて目にも止まらぬ突きの連撃を繰り出すが、それら全てを紙一重で回避し潜り抜けて足を振り上げ顔面に蹴りを放つ。上体をのけ反らせて回避し、独特のステップで後ろへ下がると彼は叫んだ。


「お嬢ちゃん、強ェなァ……。面白い、面白いぜ‼︎……こういう奴にこそ、本気で相手をしないと失礼と言うものだよな……奥の手を使わせてもらうぜ」


 ガルザヴァイルはギャハッと笑ってメタナイフを床に刺した。


「副隊長は、使い所を考えろ、温存しろ、と言うが……俺はそうは思わねェ。使いたい時に使ってこその技術だ。俺は『奥の手』って奴を出し惜しみはしねェ‼︎」


 そう吠えるように叫ぶと、ガルザヴァイルは、人骨の指輪で装飾されたその手を、宙に向けた。歯を剥き出して笑い、高らかに指を鳴らすと、その音に合わせたように周りに倒れていた覆面達がゆらりと起き上がる。アリスは眉を顰めて周りに立つ覆面達を見た。


「これが、俺の切り札。……俺は、分身の術って奴が使えるのさァ……。雑魚連中の身体を好きなように動かして、俺自身とおんなじレベルの戦闘を行わせる‼︎壊れたブリキの人形どもに、この俺の見る世界を味合わせてやる‼︎これが……俺の黒死術『統治者の指先ヘルシャフトスレイヴ』‼︎」


 まるで糸仕掛けで操られた人形のように動く覆面達は、一斉に、これまでとは比べ物にならない速度と勢いで、アリスに襲いかかってきた。アリスは血を流して倒れるベンにチラリと目をやり、呟く。


「……一瞬で……終わらせる」


 決意と共に地を蹴ると、銀髪を靡かせて宙へ舞った。

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