第3章『フォルトレイク動乱』

第21話〈上陸前夜〉

 サヴァイヴが、シーナと薬の買い付けに行ってから三日経った。


 ガチャンと、通路と船を繋いでいた金具が外れる音がした。大量の積荷と乗客を乗せ終わり、トカゲの飼料補給も終えたため、トカゲ船『叡智のソフィーズ・ひび割れクラックド・王冠号クラウン』が出港する。呪われた塩の砂漠、『海』へとゆっくり歩み出し、イスラルシージャ島を後にした。次の行き先は、城塞国家フォルトレイクだ。


 私はテイラー。人の頭脳を持つ鳥である。傭兵出身の少年、サヴァイヴ・アルバトロスの頭上に留まって、離れていくイスラルシージャ島を眺めていた。毎度毎度この船の船員は出港と着港の瞬間を拝みたくなるようで、その時間帯に暇があれば、外にせり出た甲板のような場所『コンベクス』にやって来て港を見送る。


「何度見ても飽きないもんだな。ま、普段は変わり映えしない塩の砂漠を永遠と見させられてんだ。こういう変化は面白い」


 サヴァイヴの隣に立つベンが、独り言のように言った。そんな彼の顔を見上げてサヴァイヴは尋ねる。


「次の港……フォルトレイクに着くまでどれくらいかかるんですか?」


「フォルトレイクは、イスラルシージャ島に近い。そう時間はかからない。せいぜい四日ってとこだろうな」


 想像よりだいぶ早い。ベンは軽く伸びをすると、サヴァイヴに告げる。


「朝飯食ったら、アリスと合流して船長室に行くぞ。今日はいつもの仕事は無しだ。フォルトレイクでの動きに関して作戦会議だ」


 そう言って、懐から意味ありげな手紙を取り出す。サヴァイヴがそれに目をやった。


「それは?」


「地元の古馴染みからだ。……今のフォルトレイクの状況が書かれてる」


 そう話す彼の表情は、かなり深刻なものであった。


 朝飯を食べ終えた後、サヴァイヴとアリスは、ベンに連れられて船長室にやって来た。部屋に入ると、ムスタファとエグゼが待っていた。


「よう。フォルトレイクの情報が届いたらしいな。とりあえず聞かせてくれ」


 ムスタファがベンに促す。もちろん、情報収集自体は新聞や他の独自ルートからある程度は掴んでいるが、その土地に実際に住む国民の目線は、よりリアルで臨場感もある貴重な情報と言えるだろう。ベンの故郷だからこそできる収集法だ。


 ベンはゆっくりと話し始めた。


「俺の生まれ育った街は、フォルトレイクでも有数の港街『プエルトフォルツ』。このソフィー号が向かってるまさにその港だが……。そこでは、昔から他国との交流を嫌う自国第一主義的な集団が一定数いた。今のフォルトレイクにおけるその最大派閥が、フォルトレイク自律傭兵団『ブラックカイツ』」


「自律傭兵団?」


 サヴァイヴが口を挟んだ。ベンが頷く。


「フォルトレイクの国家直属傭兵団を名乗っているが、あくまで自称さ。その実態は、過激な排他的思想集団。そいつらが、港付近や国政評議会のある首都の辺りで暴動、破壊行為を行っては、度々憲兵との戦闘が起こっているらしい」


「噂以上に危険な状態ってことか。今のフォルトレイクは」


「ええ。……しかも、治療薬を輸送している事実がおそらく奴らにバレています。そんで、俺らの運ぶ治療薬を奪い取ろうとしている。このソフィー号に治療薬が積まれている事実はまだ掴んでいないでしょうが……奴らなら、港に着いた全ての船を強制的に調べようとするくらいやりかねない」


 それは明らかに違法だと思うのだが、国の憲兵は止められないのか。どちらにしろ、揉め事は避けられそうに無い。


「そのブラックカイツとやらに、随分と詳しいのだな」


 エグゼが、ベンを睨んで言う。ベンは自虐的に笑って答えた。


「俺は、元団員だからな」


「ええ⁈」


 サヴァイヴが驚いた声を出す。エグゼは嘲笑するような口調になった。


「なるほど。道理で詳しいわけだ。その手紙も、昔のロクデナシ仲間からのものか?大変貴重な情報源だな」


「違う。俺は、裏切り者扱いだからブラックカイツの連中とは連絡取れねぇよ。この手紙は……元カノからだ」


「へえ」


 今度は、アリスが驚きの声を発した。サヴァイヴのそれと比べてだいぶテンションの低い驚き具合だが。


「ベンさんって……女の子と付き合ったことあるんだ。意外」


「意外で悪かったな」


 アリスをジロッと見ながら、ベンは話を続ける。


「この元カノの弟が、どうもブラックカイツの連中と付き合いがあるみたいでな……。その思想に共感して、それを姉に熱心に語っているんだと。あまり良い話じゃねえが、情報を得られると言う点ではありがたい」


 ベンの元カノの弟とやら、意図せずしてスパイ的存在になってしまっているわけだ。というか情報統制が緩すぎる。その組織のガバガバさが見て取れる話だ。


「で、今のブラックカイツの状況だが、俺のいた時よりも巨大で危険な組織になっている。強力な支援者がいるから、とのこと。今の組織を裏で牛耳っているのは『ガルザヴァイル・エシャント』とか言う、傭兵を名乗る男らしい。その男が傭兵だと言うのが本当だとして、所属している傭兵団は……調べなくても分かる」


 全員が、一つの名を頭に浮かべていた。傭兵団『コマンド・レイヴン』第十三番部隊だ。ムスタファが溜め息を吐く。


「……まあ、予想はついていたことだが……裏にC・レイヴンがついているなら、このソフィー号に薬が積まれている事実もいずれ伝わるだろうな。イスラルシージャ島でクレバインとペンタチが姿をくらませた。俺達が着くより先に、そのガルザヴァイルとやらと接触して情報を伝えることだろう」


 一応、クレバインとペンタチはこの船に治療薬があると言う事実を知らないはずだが……。ムスタファはそうは思っていないらしい。


「侵入者ヘルシング……いや、フギオン・S・C・レイヴンだったな。奴からの手紙が渡った時点で、何らかの方法で薬の在処は伝わったと考えて良いだろうな」


 ムスタファは苦々しい表情で言う。二人組を船から追い出すにはああするしか無かったとは言え、敵の思う壺で動かされていると考えたら、そんな顔にもなる。


 しかし、ムスタファは力強く話を続けた。


「『バレている』という事実をこちらが掴んでいる。それが、敵を出し抜く鍵だ。既に張られているなら薬はその港からは運ばない。お前達には、ソフィー号とは別ルートでフォルトレイクに行ってもらう」


 そう言って、彼は大きな地図を広げた。フォルトレイクの全体が描かれた地図だ。その海と面した一部分を指し、説明を始める。


「ここが、フォルトレイクの主要な港。次のソフィー号の着港地だ」


 次に、その港から大きく離れた場所を指した。


「こっちにも小さな港がある。だが、ここは小型のトカゲ船専用で、ソフィー号のような大型船は停まれない」


「つまり、小型船に薬と俺達だけを乗せてここに向かうわけっすね」


「その通り」


 ベンに向かって、ムスタファはニヤリと笑う。


「そのため、突然のことで悪いが……明日小型船に乗り換えてもらう。お前ら四人と、薬と……プラス二人」


「え、さらに二人ですか?」


 サヴァイヴが尋ね、ムスタファは頷いた。


「ドリュートン先生と、キャビック君だ。治療薬に関する知識を持つ者も連れて行かなくちゃならないからな」


 キャビックとは、黒髪褐色肌の青年医師レイモンドのことだ。サヴァイヴは納得したように頷く。

それから、さらに細かい作戦会議が船長室にて続けられた。



 夕刻。陽の落ちる直前。作戦会議が終わり、サヴァイヴとアリスは早めの夕飯を食べていた。


「ベンさん、どこ行ったんだろ」


 サヴァイヴが辺りを見渡しながら言う。この時刻に飯を食べている者は少なく、人は疎らだがそこにベンの姿は見当たらない。船長室を出た時に「先に飯行っててくれ。俺もすぐ向かう」と言っていたのだが、一向に現れる気配は無かった。


 アリスはそれについてさほど気にする様子も無く、穀物でできたシリアルのような物をひたすら口にしていた。その様子を正面に座って見ながら、サヴァイヴは尋ねる。


「……それ、好きなの?いつも食べてない?」


「……サヴァイヴこそ。いつもそれ」


 アリスは、サヴァイヴがパンに挟む酢漬けの野菜に目をやった。二人はそれぞれの言葉を意に介さず食事を終えた。サヴァイヴが、なんとなく提案する。


「コンベクスに行ってみようか」


 アリスは無表情で頷いた。


 B1階層に登って壁際の扉を開けると、外の乾燥した風が吹き込んできた。ちょうど夕陽が地平線に沈むところで、空のてっぺんは既に濃い藍色に染まっている。柵に手をかけてその風景を一人見る先客がいた。その後ろ姿はベンのものだ。


「やっぱりここにいたんですね」


 サヴァイヴが声をかける。ベンはチラッとこちらを見た。


「あれ、お前らも来たのか」


「ええ。もう夕飯も食べ終えたので。……海は変わり映えしないんじゃ無かったんですか?」


「まあな。……ほら、あれだ。海賊がいないかどうか監視してたわけさ」


 ベンは冗談めいた口調で笑いながら言う。それから、遠くの地平線を指した。


「近くを別の大型船が通ったら、その船が掲げている旗をよく見るんだ。世界各国から認められてる合法船には、共通のデザインが記されている。このソフィー号の旗もそうさ。だが、違法なトカゲ船にはそれが無い。違法かどうかを確認できたら、今度はそれが蛇の目かどうかを見る」


「蛇の目?」


 サヴァイヴが興味深げに聞く。アリスは退屈そうに地平線の向こうへと視線を飛ばしていた。ベンは続けた。


「黒い丸の中心に小さな白い丸と、その周りに白い輪っかが描かれた紋様さ。『もし相手の掲げた旗が違法だったら逃げるか戦え。蛇の目だったら遺書を書け』。それが、クラフトフィリア近海に住む船乗り達に伝えられてる話だ。『蛇の目の海賊団』と呼ばれる奴らの旗だからな」


 長々と語りつつ、チラッと、アリスの退屈そうな佇まいに目を移したベンは、苦笑いして二人に言った。


「ま、そんなことは今関係ねえや。ドリュートン先生のとこ行こうぜ」


「ええ」


 そう話しつつ三人は、B1階層の医務室へと向かった。レイモンドとシーナが彼らを出迎える。


「やあ、良い時間に来たな。先程まで人で混み合っていたからね」


 レイモンドが、その虹色の瞳を三人に向けて言う。ベンは納得するように頷いた。


「そうか、船員のワクチン投与は今日中に終わらせないといけないっすもんね」


 フォルトレイクでは現在、死裂症が大流行している。そのため、上陸予定の船員や乗客はワクチン接種の必要があるわけだ。レイモンドが肩をすくめて笑う。


「死裂症に怯える子羊達の救済で、今日はてんやわんやだったさ」


「……何を言っているんです?」


 シーナが呆れ顔でレイモンドを見た。サヴァイヴは部屋の中を見回す。いつもよりも多くの薬品類が棚から出て置かれており、少しごちゃごちゃと散らかっている。サヴァイヴの視線に気づいたシーナは苦笑いをして言った。


「今日は色々と忙しかったのと、お爺さまとレイモンドさんの準備で、部屋の中あまり整頓できてないんだ……。恥ずかしいからあまり見ないで!」


「あ、うん」


 サヴァイヴは部屋の詮索を辞めて、シーナに尋ねる。


「ドリュートン先生は?」


「今、船長と一緒に薬品倉庫に行ってるよ」


 なるほど。運び出す治療薬がある場所だ。何か細かい点検確認でもあるのかもしれない。納得した様子のサヴァイヴ。その横に立っていたアリスが、近くの机に置かれていた茶色いガラス瓶に向けて気まぐれに手を伸ばす。その手をそっと抑えてレイモンドが囁いた。


「お嬢さん、辞めておいた方が良い。その薬は君の柔肌には少々刺激が強いぜ」


「もっと分かりやすい表現をして!レイモンドさん!」


 シーナは瓶を手にしてアリスから離しつつ説明を始めた。


「アリスちゃん、これは金属も腐食させちゃう猛毒だから触っちゃダメ。溶けちゃうよ」


 伸ばした自身の手のひらを見た後、アリスはシーナの顔に目線を移して無言で頷いた。


「でも、なんでこんな危険なものが置きっぱなしに……。少し減っているし、何かに使いました?レイモンドさん」


「さっき、ワクチンに軽い拒絶反応を示した者がいただろう。その対処に薬を調合するのにね」


「じゃあ片付けてください!」


 そんな会話をしながら、シーナとレイモンドは三人にワクチン投与を行った。死裂症のワクチンは経口投与なので作業はすぐに済み、三人は医務室を後にする。


 部屋を出る間際、レイモンドがサヴァイヴに声をかけた。


「フォルトレイクでの道中は、よろしく頼む。危険な連中から守ってくれよ?騎士殿」


「ええ。もちろん」


 そう言って二人は笑い合った。



 その日の夜、サヴァイヴとベンの部屋で小さな宴が行われていた。ベンの親しい船員仲間二人が部屋にやってきたのだ。灰色髪の天然パーマと目の下のクマが特徴的なニコラ・アルジェントと、筋骨隆々として笑顔が眩しい赤毛男ジョー・カッパだ。


「フォルトレイクは大変らしいなあ。気をつけて行ってきて下さいよ二人とも!」


 ベンとサヴァイヴに向かい大声で言いながら、ジョーがグラスに酒を注ぐ。安酒に塩を入れたもの、『ソルティ・リザード』とか言うやつだ。柑橘系の果物の汁も加えられている。ジョー曰く、トカゲ船の船員は何かの祝い事や祈願なんかの際にこの酒を飲むのが古い慣習としてあるらしい。サヴァイヴも小さなコップに入った物を少し舐めた。


「君たちがいない間、船の警備は任せなよ。……まァ、あまり強い奴が来たら逃げるけどさ」


 気怠げにグラスを傾けつつ、ニコラが言う。ベンは苦笑いをした。


「逃げんなよ」


「ニコラ君の分も私が働きますよ!ええ!」


 ジョーが白い歯を輝かせて元気よく言った。それを見てサヴァイヴは小さく笑う。


 その時、小さく扉を叩く音がした。気づいたサヴァイヴが扉をそっと開くと、外にいたのは、腰に手を当てて立つブルーアッシュ長髪の少女、リカであった。その後ろから、銀髪を結ばず垂らしたアリスがひょこっと顔を見せる。二人とも、白いネグリジェのような寝間着を着ている。


「先輩方!ちょっとうるさいですよ!もう少し静かに話してください」


「おう、リカにアリスか。お前達も一杯付き合わないか?」


 軽く酔ってテンションの高いベンが、二人に笑いかけた。「私たちはそれ飲みませんから!」と拒否しつつ、リカは部屋の中に入ってきた。


「でも、お話の相手くらいにはなってあげます」


 そう言って、座る。アリスも後に続いてサヴァイヴの隣に腰掛けると、なんとなく興味深げな目線をコップの酒に向ける。サヴァイヴはコップをアリスから遠ざけた。


「相変わらず素直じゃねーなお前……。そんなんじゃ嫁の貰い手がねーぞ」


「余計なお世話です。というか、そういう言い方よくないですよ、ベンジャミン先輩」


 言い合う二人の横で、アリスがサヴァイヴをジッと見ていた。


「サヴァイヴ、顔赤い」


「さっき、少しこれ飲んだからかな……」


 コップの中の残りを指しつつ、アリスの目を見返して笑う。


「……大人の真似事?」


「さあね」


 言いながら、サヴァイヴは軽く頭を押さえた。そんな彼にニコラが助言する。


「キミ酒弱いでしょ?外の風に当たって来なよ。少しは気分もすっきりするよ」


「ありがとうございます」


 助言に従い、サヴァイヴはB1階層のコンべクスへと向かった。その後ろをアリスがそっとついてくる。


「……アリスも来るの?」


「うん」


 サヴァイヴは不思議そうな表情で螺旋通路を進む。その途中、リランとすれ違った。


「あ、二人とも!ベンさん達まだ飲んでル?」


「ええ。部屋にいますよ」


「アリガトウ!私も参加しよ~ット」


 そう言って、ベン達のいる部屋に向かって行ったリランを尻目に、サヴァイヴとアリスはB1階層に辿り着いた。壁際の扉を開き、乾燥した空気に包まれる。アリスの結んでいない髪が風に揺れた。本日三度目のコンべクスだ。


 砂漠の夜は、意外にも寒い。昼夜の寒暖差が激しいのもこの呪われた塩の砂漠の特徴だ。軽く腕をさするアリスに気づいたサヴァイヴは、自分の着ていた上着を彼女に羽織らせた。


「……ありがと……」


「いーえ」


 月明かりのみに照らされた漆黒の地平線。空を見上げると、無数の星が一面に展開している。それを見ながら、サヴァイヴは背後に立つアリスに向けて話し出す。


「フォルトレイクで、やっぱり戦うことになるかな?ブラックカイツや、死神部隊と……もしそうだとしたら……ワクワクする。心が高鳴って、血が滾る。そういう自分がいる。……前にアリスが言っていた通り、僕は物語のヒーローにはなれないね」


「うん」


 アリスは無表情で、はっきりと肯定した。サヴァイヴは苦笑いをする。その直後、アリスはとんでもない一言を告げた。


「でも、サヴァイヴは私の王子様候補だから」


「え」


 彼女の衝撃発言にサヴァイヴは目を見開き、振り向いた。アリスはやはり無表情のまま、その銀色の瞳を真っ直ぐサヴァイヴに向けていた。


「僕は、王子様じゃないよ?」


「知ってる」


 混乱するサヴァイヴの返答を無感情に流して、アリスは説明する。


「……私は……『愛』とか『恋』とか、物語の女の子が当たり前に持っている感情が分からない。理解できない。それでも、幸せになるにはそういうものを理解する必要があるみたい。『愛』は、最近少しずつ……分かってきた。リカ姉さんやシーナちゃん。リラン姉さんとボリスさん、ベンさん。船長と……サヴァイヴ。皆に向かうぽわぽわした物が、そうなんだと思う」


 私の名前が無いが、とりあえず今は置いておこう。多分、特別枠なのだろう。彼女は話を続ける。


「私がぽわぽわする男の子。サヴァイヴ。だから、王子様候補。まだ、あくまで候補。これから先のあなたの行動次第で、変わる」


「あ……そう……。いや、なにその行動次第って⁉なんで僕が君に審査されなきゃいけないの⁉」


 サヴァイヴの困惑顔を、アリスは無表情のまま上目に覗き込む。


「……サヴァイヴは、ヒーローになれないのなら……代わりに私の王子様になれば良い。戦い大好き人殺し大好きな……悪者みたいな王子様。そのために……私に理解させて欲しい。……『恋』っていう感情を。頑張って……教えて」


 夜のひんやりとした風が吹く。それに煽られて、なびく銀髪が月明かりに煌いた。妖精のように美しいアリスの姿。その表情は、それこそ物語のお姫様のような、気まぐれで勝手で我が強く、時に人を導き惑わし魅了する、独特の力を持っているように思えた。


 サヴァイヴは困ったような表情でアリスから目を反らした。


「……そんなの……僕だって分からないよ」


 そう小声で言う彼に、一瞬だけ、挑発的に見える笑みを向けた後、アリスは輝く髪を翻して船内へと戻って行った。


 コンべクスには私とサヴァイヴのみが残った。サヴァイヴが、肩に留まる私に向けて、独り言のように呟く。


「……人の心って、なんだか分からないね……」


 それは、アリスの事だろうか。それともサヴァイヴ自身の事だろうか。少なくとも、今のサヴァイヴの顔の赤みは、酒のせいだけでない事は間違いない。


 私が思うに、サヴァイヴはアリスよりも一足先にその感情を理解していると思うのだが、どうだろうか。

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