第16話〈赤黒い腕、血の匂い、抑え込む両手〉
第3階層の責任者からの聞き取りを終えたサヴァイヴとアリスは、ベンと合流すべく中央階層を目指して螺旋通路を縦に並んで歩いていた。その間、サヴァイヴは終始機嫌悪そうに無言で何かを考え込んでいるようであった。そんな彼に対し、アリスが無感情な口調で話しかける。
「……テイラーが、リカ姉さんのとこに行ったの、そんなに嫌だった?」
「え?……あー……。いや、違うよ!」
サヴァイヴは苦笑いを作ってアリスに向けた。それから、心中の苛立ちを隠すように顔に笑みを貼り付けながらポツポツと話しだす。
「……エグゼのこと。会ったばかりで人のことを『罪人』、『罪人』って……。失礼にも程がある」
その怒り、不快感は、作り笑顔では隠し通せていない。アリスは無表情で軽く首を傾げつつ、ボソッと呟く。
「でも、あの人の言っていること、間違っていないと思う」
サヴァイヴは意外そうな顔で立ち止まり、アリスの方へ振り向いた。彼女はさらに続ける。
「『人殺し』が悪者なのは、世界の常識。どんなお話でもそう。お姫様や王子様、主人公もヒロインも、人を殺したりしない。人殺しは、いつも悪者の役割」
その言葉には、どこか自虐のようなものが含まれているようであった。
「……殺人が良いことじゃないくらい、僕だって分かっているよ」
アリスの方に顔を向けつつ、視線は下に反らし、サヴァイヴは小声で言う。
「でも、僕達みたいに、戦うことでしか生きていけない人間だって、世界には沢山いる。そういう運命、使命を持って生まれてきた人間は、生まれながらに罪人なのか?存在自体が悪者ってことなの?」
サヴァイヴは視線を上げ、アリスを見た。彼女は無表情でジッとサヴァイヴの目を見つめ返していた。
「……物語のヒーローは、人を殺したりしない」
「じゃあ、僕は物語のヒーローじゃなくても良いよ」
サヴァイヴはそう言い終えると、また前を向いて道を進み始めた。
(……殺人が悪だって言ったって、人は殺し合いを辞められない。世界から戦争が無くなることなんて無いんだ。その負の部分を肩代わりして一般人の平穏を守る。それが傭兵)
彼にとっての英雄。だからこそ、そんな傭兵を『罪人』と断ずるエグゼの言葉が彼を苛立たせる。
そしてそれ以上に許せないのは、自分達の利益のために内戦を起こそうとする傭兵団の存在。それは、彼の信じる『英雄』の存在意義を汚すものだ。
その時、サヴァイヴの懐に、ピリリッと微振動が走る。それは、内ポケットに入れていたトンツー貝からの信号であった。貝を耳に当てる。信号は彼に、次のような意味の緊急連絡を告げる。
【第4階層にて緊急事態。凶器を持った不審者が暴れている】
「アリス!」
サヴァイヴが声を上げる。アリスは無言で頷いた。二人は螺旋通路を駆けて第4階層へと向かった。
※
私の名前はテイラー。人の思考力を持つ美しき鳥だ。そんな私の眼前には今、ちょっとした事件が起こっていた。鋭利なナイフを持った、ボサボサ髪の不審な男が第4階層の共用エリアに現れたのだ。男は、お客様対応に追われる船員のリランに近づくと、おもむろに懐に隠し持っていたナイフを振り上げ、彼女に斬りかかった。リカとエグゼ、そして私が現場に駆け付けた時はすでに手遅れであった。
……と言うのも、斬りかかった男はリランの返り討ちに遭い、床に伏せて押さえつけられていたのであった。
「ちょっとちょっとぉ~。こんなもの振り回したら危ないヨ~」
などと言いながらリランは、地に伏せる男の手からナイフを取り上げた。なるほど、前にリカが言っていた通りだ。この船の船員は、誰かに守られる必要があるほど弱くは無い。
捕らえられた男は、悔しそうな表情で獣のような荒い息をし、拘束を振りほどこうと暴れている。しかし、リランによりしっかりと関節を決められており、逃れることは出来ていなかった。辺りには、リランと男を遠巻きに囲むように、野次馬の輪が出来ている。その輪を押し分けて、リカがリランの元へ駆け付ける。
「リラン先輩!大丈夫でしたか?」
「やあ~、リカ。今日非番じゃ無かっタ?」
のんきな口調で返事をするリラン。それからリカの後ろに立つ少年の姿を見て、少し驚いたように言う。
「オヤッ、そこにいるのはエグゼ!謹慎とけたんだね~。またよろしくネ」
エグゼは不愛想に顔を反らすと、小さく頷いた。
「とりあえず、縛り上げるぞ!」
そう言ってボリスがロープを持ってくる。リカは、リランから不審者の持っていたナイフを受け取ると、その刃に塗られた赤黒い液体を見た。
「これ、血ですね。しかもだいぶ古い……」
「この男の面……見たことがある。クラフトフィリア領アブラストにて十八人を殺した大量殺人鬼だ……。その被害者の血がついたままとでも言う事か」
エグゼは顔をしかめてナイフを睨む。その傍らで、ボリスとリランが抵抗する男と格闘していた。
「おい!お前らも手伝え!クソッ暴れるな!」
「無理に動こうとすると、骨が折れちゃいますヨ~」
リランの忠告も聞かず、男はさらに抵抗を続ける。その目線は定まらず、表情にはなにか異常なものが垣間見える。どうも普通の精神状態では無いらしい。ミシミシと、鈍い音が男の骨身から聞こえ始める。
その時、男の腕が変色し始めた。ナイフに塗られていた血の色に似た赤黒い染みが男の肌を覆う。先ほどとは比べ物にならない怪力で男は抵抗し、ついにはリランの抑えていた腕の部分から嫌な音がした。折れたらしい。
「ウワッ⁉」
折れた腕でぶん殴られ、リランは横転した。ロープで縛ろうとしていたボリスもまた蹴り飛ばされる。男の拘束は解けた。
「皆さん離れてください!」
リカが遠巻きに見る乗客たちに向かい叫ぶ。叫びつつ、首にかけたペンダントのカプセルを開いた。中にある水晶のような青白い石『ムーンライトジェム』が光を反射し、それを見たリカの瞳孔が縦に伸びる。牙と爪が鋭く生えて、ブルーアッシュの長髪が生き物のようにうねり始めた。
男はゆらりと体を揺らして、リカの持つ赤黒いナイフに手を伸ばす。その腕はナイフと同じ色に変色しているばかりか、何やらやはり同じ色の液体が染み出し始めている。そんな男の伸ばす腕を、リカは右手で掴んで止めた。しかし。
「うぐっ⁉ああっ!」
苦痛のうめき声をあげて、リカは男の手を離した。その勢いでもう片方に持っていたナイフを地面に落とす。男の腕から染み出す謎の液体に触れたリカの右手のひらは、男の腕やナイフと同じ赤黒い色に変色していた。
「呪術の一種か……っ!」
エグゼが唸る。それから、リランとボリスに向けて声を上げた。
「この階層を封鎖しろ!それから、船長を呼んで来い!処刑の許可が必要だ」
「処刑っ⁉」
リランがぎょっとした声を発した。リカが釘をさすようにエグゼに言う。
「……この船では、殺しはご法度ですよ……」
うずくまりつつ、息を荒げながら唸るような低い声で呟くリカ。何か危うい衝動を抑えるように、その顔は歪んでいる。そして手のひらの赤黒い染みは先ほどより大きく広がっていた。痛みも増しているらしい。そんな彼女の姿を横目に見ながら、エグゼが言う。
「この船の治安を維持するのが、俺に与えられた仕事だ。殺しは認められていないが、それはあくまで原則。必要に迫られれば、船長も許可を出す。何より、このままでは貴様の身が危うい。その呪術を早急に解くには術者を殺す必要がある。呪術とは……人が人を怨む感情の方向を操作するもの。呪石でも使用していない限り、指揮する者が死ねば、その効果を失う」
声色は冷静だが、その表情には焦りのようなものが見られる。リカの右手の赤黒い染みは、手のひらを超えて手首の辺りまで浸食を始めていた。ボリスは「分かった」と言って即座にムスタファの元へと向かった。リランもまた覚悟を決めたように頷くと、トンツー貝を弾いて緊急信号を送りつつ、エグゼに声をかける。
「あの男を、螺旋通路まで誘導することは可能カナ⁉あそこならすぐに完全封鎖できる!お客様を巻き込むことも無く、戦闘に集中できると思ウ!」
あの通路は基本的に船員しか使わない。さらには階層間を隔てる壁があるため、そこを封鎖すれば誰も入って来られない上、逃げられることも無いだろう。
エグゼは無言で頷き、ナイフを構える男に蹴りを入れた。男はよろけて逃走を図り、壁際にあった扉の中へ入る。しかし、その扉の奥は螺旋通路へ通じる道へと繋がっている。エグゼがそれを追おうとするが、そんな彼を押しのけて、リカが飛びかかるように男を追って行った。
「おい待て」
エグゼはリカの背に続く。
「奴のことは俺に任せて、貴様は安静にしていろ!」
リカに向かい怒鳴るエグゼ。だが、彼女の耳にはその声が届いていないようであった。
何か様子がおかしい。唸るような声を上げ、その瞳は狩りを行う肉食獣を思わせる。その右手の染みはさらに広がっていた。
「呪いの効果か……?いや、違うな。もしや血の匂いに当てられているのか」
エグゼが小さく舌打ちをする。そうこうしているうちに二人は螺旋通路に辿り着いた。すでに封鎖は完了しており、ナイフを持った男のみが待ち構えている。
男は視線が一定せず、呼吸は速く荒い。こちらを見て薄ら笑いを浮かべつつ、神経質そうな声色で口を開く。
「ここ、第4階層だよなあ?確か?4……4、4!斬ったら綺麗に裂ける数字……。嫌いだよ。憎らしいねえ。3、5、7、9……絶対に綺麗に真っ二つに出来ない不平等な数字が俺は好きだ。この世界は不平等だからなあ。あと、1は論外」
折れた赤黒い腕をプラプラと揺らしつつ、男は不気味に続ける。
「この世界は不平等だあ。俺はこ、れ、ほ、ど、までに血に飢えて、死神に愛!されていると言うのに……。誰も俺の言うことを認めてくれない。だからあ」
男が言い終わる前に、リカが獣の如き唸り声を上げて、鋭い爪で男に斬りかかる。男は「うひゃあ!」と情けない声を上げてよろけつつ、ギリギリでそれを躱した。
「おいぃぃっぃ‼俺は殺される側じゃねえ殺す側だ‼俺を傷つけようとするんじゃねえ‼」
そう怒鳴ると、男はナイフを振った。赤黒い液体が飛び散り、床に付着する。付着した部分からは煙のようなものが出て、強酸にやられたように溶け始めていた。
「……厄介だな」
舌打ちをしてそう呟くと、エグゼは今にも男に飛びかからんとするリカを抑え、言う。
「おい、冷静になれ。貴様は他者を傷つけるような人間ではないはずだ」
リカはちらりとエグゼの方を見る。エグゼの言葉に反応したというよりは、エグゼの声を『物音』と認識して反応を示したようだ。その瞳に、理性は感じられなかった。完全に暴走状態だ。エグゼは顔をしかめると、リカの体を押しのけ、彼女が動くよりも早く男の元へ飛びかかり、ナイフを蹴り飛ばした。
「痛ァッ」
男が呻く。そのままエグゼは男の赤黒い腕に素手で触れないよう、踏みつけると、今度こそ完全に拘束すべく、背負った大剣に巻き付けていたロープを手にする。
「痛たたっ。イッタイなもぉー!」
男が喚いた。その時、背後から暴走状態のリカが爪で斬りかかってきた。エグゼは飛び退けてそれを躱す。それにより男はまた自由の身となって地面に落ちていたナイフを手に取った。
「クソが!」
エグゼが吐き捨てるように言う。再び飛びかかってくるリカに手にしていたロープを引っかけると、出来るだけ赤黒い部分に触れないように両腕を掴んで、その体を階層を隔てる門に叩きつけて抑え込んだ。だが、リカの抵抗は止まらない。触手のようにうねる髪がエグゼの体や手足に巻き付き、強力な力で逆に動きを封じようとする。エグゼは絞り出すような声を出した。
「少し……大人しくしていろ!」
そう言ってリカの頭に頭突きを食らわす。リカが一瞬ひるんだ隙に左手を彼女の首元に手をのばし、ペンダントのカプセルを閉じた。ムーンライトジェムの効果が切れ、リカの瞳は元に戻り、エグゼの体に巻き付いた長髪が解けてゆく。爪も歯も引っ込んだ。そして意識を失うと壁によりかかったまま座り込む。そんなリカの体を支えるエグゼの背後に、男が近づいてナイフで斬りかかった。
即座にしゃがんでナイフを避けるエグゼ。そのまま起き上がる勢いで男の腹部に頭突きをし、回し蹴りを食らわせた。男は仰向けに倒れる。エグゼはリカの体を起こしながら壁に寄りかかる。
その時、壁の向こうで誰かが叫んでいるような声が聞こえた。聞きなれた声。そう、サヴァイヴの声だ。第3階層から上がって来たのだ。
エグゼは大きく舌打ちをすると、リカの懐から転げ落ちたトンツー貝を手にして、指で弾いて信号を送る。第3階層と第4階層を隔てる門を開放するよう指示を出したのだ。重く石の動く音と共に、寄りかかっていた壁が振動し、門が少しだけ空いた。人一人通れるくらいの大きさだ。その隙間からサヴァイヴが入って来る。気を失ったリカと、それを支えるエグゼを見て驚きの表情を浮かべた。
「リカ先輩⁉どうしたの」
エグゼはそれに対し何も答えず、リカの体をサヴァイヴの方へ押し倒した。サヴァイヴは慌てて彼女の体を支えると、門の外に待つアリスに、彼女を託した。
「リカ先輩を、安全な場所に避難させて!」
リカの肩に手を回して支えつつ、アリスが頷く。その瞬間、門は閉まり、第4階層の螺旋通路は再び封鎖された。中に残ったのはナイフを持った男とエグゼ、そしてサヴァイヴと、私だけだ。
男の腕の赤黒い染みと、血の付いたナイフを見てサヴァイヴが小さく言う。
「あれは……『黒死術』か!」
「『黒死術』……?」
エグゼが呟くように問う。サヴァイヴは説明した。
「呪術の一種だよ。数ある呪術の中でも最も危険で最も扱う難易度が高いと言われる術。自分の手で殺した相手の体の一部、血や骨、髪の毛なんかを用いて行う。自分に向けられた怨みの方向を操作して、他者に向ける術。傭兵の中でも使う人は多いけど、完璧に扱えている人は見たことが無い」
「……汚らわしい術だ」
エグゼが不快そうに言った。サヴァイヴも頷きながら男を指す。
「この人も、上手く扱えていないから、呪いの一部が自分自身に跳ね返ってきてる。多分、そう長くはもたない」
「そんなことは分かる。だが、その自滅を待つ時は無い。一刻も早くこの罪人を始末し、術を解かなければ……リカが危うい」
エグゼの言葉に、サヴァイヴは「そうだね」と小声で呟くと、目の色を変えた。赤い瞳が、より深い赤へと変わる。
「……僕が殺すから、援護をお願い」
サヴァイヴは低い声で言った。エグゼが顔をしかめる。
「黙れ。罪人が。これは、我々『処刑人』の役目。貴様が手を出すことは許されない。……そもそも、船長からの許可が未だ出ていない。それを待たずして殺すことはこの船の法に反する」
「……許可がどうとか言っている場合じゃないでしょ」
「なんだと?」
エグゼがサヴァイヴの顔を見た。サヴァイヴの赤い眼はナイフを持った男へと真っすぐ狙いを定めている。男の体の赤黒い染みはだいぶ広がっているらしく、首を上って顔にまで浸食しつつあった。
「ムスタファ船長は、仲間想いだ。リカ先輩を助けるためには仕方ないって言えば、殺しも許可してくれる。だとしたら、許可が出た後に殺ったってことにすればそれで済むよ」
「なあにを二人で話しているんだよお~。俺を仲間外れにしないでよお~」
男が叫んでナイフを振り回してエグゼの方へ突っ込んでくる。赤黒い液体が辺りに飛び散っている。先程よりも男の動きは俊敏になっているようだ。例の染みが広がるのと比例して、身体能力が上がっているらしい。
エグゼは最小限の動きでナイフと飛び散る液体を避けながら、男の胴体に蹴りを入れる。体術主体のエグゼの戦闘スタイルを見て、サヴァイヴが聞く。
「その、背中の大剣は使わないの⁈」
「見くびるな。これは無闇に傷をつけたり動きを封じるために用いられるような、野蛮な武器に在らず!神聖な処刑道具。罪人の処刑以外の用途には使わない!こいつの首を落とせる瞬間が来るまで、この『ルイゼット』を振るうことは無い!」
サヴァイヴが信じられないという表情でエグゼを見た。相手を確実に仕留められるその時まで、この大剣は言わばただのお荷物同然なのだ。
エグゼに蹴っ飛ばされた男がまたゆらりと立ち上がる。
「俺は……好きなんだよ。殺しがさあ。分からないかな〜。ここにも、俺を認めてくれる人はいない……。恐怖に歪む顔なんか最高なのに」
ブツブツと、男はぼやく。サヴァイヴは冷たい目で男を見つつ、静かに言う。
「……そんなに人を殺したいなら、傭兵になればどうです?世界の争いを肩代わりするんです。人の役に立つ仕事ですよ」
エグゼが舌打ちをした。男は傭兵について語るサヴァイヴに真顔を向けて言う。
「……いや、傭兵なんてやったら、俺も怪我するじゃない。何言ってるの?俺は傷つきたくないの。人を傷つけたいの。分からない?人には役割があって、俺は蹂躙する側なの」
サヴァイヴは、男に向けて無言で拳を伸ばした。その手首の皮が避け、筋繊維のようなものが伸びて絡まり銃口を形成する。エグゼは目を見開いてその光景を見ていた。
ナイフを振り回して飛びかかって来る男にサヴァイヴは銃口を向けた、その直後、大きな破裂音が鳴り響く。男の体は爆発に巻き込まれたかのように吹き飛ばされ、壁に思いっきり叩きつけられた。
詰まった下水道に無理やり水を送り込んで流したかのような音がして、男の口から鮮血が吐き出された。辺り一面を鮮やかに染める。ひゅーひゅーと小さく息をしつつ、男は壁に寄りかかって座り込み、濁った瞳でサヴァイヴの方を見上げた。サヴァイヴは男を見ると、再び銃口を向ける。
「……まだ生きているんだ。やっぱりこの力、まだ慣れないな。力加減が分からない」
そう言いながら男に向けるその目線は、何かに似ている。
何に似ているのだろう。……ああ、そうだ、あの目だ。お気に入りの歴史書に熱中して、熟読している時の彼の目と同じだった。結末が気になって仕方がないという目だ。
最後のページをめくるように、サヴァイヴは最期の一発を男に食らわせようとした。だがその瞬間、エグゼが飛び出し、サヴァイヴを蹴っ飛ばす。受け身を取って転がりその勢いで即座に立ち上がったサヴァイヴは、エグゼに銃口を向けて、彼を睨みつけた。エグゼもまたサヴァイヴを睨みつけると、血を吐き満身創痍の男を横目に見て言う。
「……やはり、貴様は……腐り果てた罪人だ。その性根がな」
「今は、そんなことを言っている場合ではないでしょ」
サヴァイヴが苛立ちを隠さずに言う。エグゼがまた何かを言い返そうとしたその時、二人は何かに気づいたかのようにそれぞれの持つトンツー貝を手に取り、耳に当てた。そして同時に男を見る。
恐らく、トンツー貝が彼らに伝えた信号は、【緊急事態下における特例により、必要とあらば対象の殺傷を許可する】。
瞬間、男の顔を赤黒い染みが覆った。これも黒死術とやらの力だろうか。男は立ち上がると、反射としか思えない速度でサヴァイヴに肉薄し、ナイフを振るった。その斬撃を紙一重で回避すると、サヴァイヴは銃口を男の腹に押し当てた。
そこへ、エグゼが乱入し、再びサヴァイヴの体を蹴り飛ばす。
「何度言わせれば分かる⁉これは、俺達処刑人の責務‼貴様ら殺人鬼の戯れで行うものではない‼罪人の命を狩ることでその罪を浄化する……それが‼︎」
エグゼは背負う大剣の柄を握ると、勢いよく布袋から抜刀した。
「……執行ッ」
銀色の光が輝いたその刹那、深紅が破裂し一面を染めた。何か丸く硬く重い物が地面に落ちて、少しだけ転がる音がした。水たまりのようなところへ大きな何かが倒れこむような音もした。
私は、その一部始終を見ることが出来ずに視線を反らしてサヴァイヴの方を見ていた。サヴァイヴは爛々と輝くその両眼で処刑の瞬間を目の当たりにしていた。何か強力な衝動を必死で抑え込むように、両手で口を押えている。
吐き気だろうか。いや、そんなはずはない。元傭兵のサヴァイヴは戦場で人の死など何度も見ているはず。では何か。やがて、彼の顔を凝視していた私には分かった。彼が抑え込んでいたのは、どうしようもなく口元に溢れる止めようのない笑みだったのである。
エグゼは赤く染まった刃を布袋にしまいつつ、汚物を見るようにサヴァイヴを一瞥した。
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