第15話〈処刑人エグゼ・リヒター〉

「近いうちにエグゼをお前らと会わせるから、上手くやれよ!」


 そうムスタファ船長に言われてから数日、その『エグゼ』なる人物と対面する日がやって来た。その日の朝食を食べながら、サヴァイヴはベンに尋ねる。


「エグゼって人、どういう人なんです?謹慎していたって……一体何をしてそんなことに?」


「……ああ。まぁ、なんだ。俺は苦手だな」


 ゆで卵を齧りつつ、ベンは苦い顔をする。


「あいつが船に来たばかりの頃、面倒みるよう言われて対応していたんだが、あいつはなんていうか……俺みたいな、過去に汚点を持つ人間とは根本的に合わないっつーかな……」


 何やら言葉を濁しつつ、ベンはブツブツとぼやいている。我々が船に来た時にベンが言っていた『上手くいかなかった後輩』とはエグゼのことだったのか。


「……エグゼは、客を殺しかけた。それで、謹慎になったんだ」


 ベンがボソッと呟く。サヴァイヴは酢漬けの野菜を食べる手を止めて、ベンの方を見た。


 そんな二人の元へ、リカとアリスが朝食を持ってやって来た。


「悪い人では無いんですよ。むしろ、正義感は誰よりも強いです。ただ、強すぎて頑なと言うか、融通が利かないと言うか……」


 エグゼの同期であるリカが、弁護するようにエグゼの説明をする。


「彼は、崇陽教会の一派閥から分離した思想集団『処刑人』の一人ですから」


「『処刑人』って、あれですよね、悪人を殺すのに特化した戦闘集団だとか……。傭兵に匹敵する戦闘技術を持つという……」


 サヴァイヴが自身の知る範囲での『処刑人』に関する情報を、答え合わせをするかのように提示する。それに対し、リカがさらに補足した。


「厳密には、『殺人=絶対悪』という思想を徹底的に信仰している戦士です。彼ら彼女らは、人を殺したことのある者の気配を感じ取る能力を持っていて、そういった人々を問答無用で『処刑』、つまり殺そうとします」


 なるほど、ムスタファが『サヴァイヴとは合わない』と言っていたが、当たり前だ。傭兵と言えば人と戦って殺すことが仕事。処刑人と考え方が合うわけがない。リカが、少し沈んだ表情をしながら、話を続ける。


「……エグゼは、特に殺人者を憎む心が強い人で……。このソフィー号は、船長の方針によりお金さえ払えば、犯罪者ですら乗せますから、お客様の中には殺人を犯したことのある方もいたりします。そういうお客様をも『処刑』しようとしてしまうのです」


 それはなんというか、ソフィー号の船員としては、だいぶ向いていないのでは無いだろうか。とはいえ、平和な時代の価値観を持つ私としては、殺人者を過剰に憎むそのエグゼという人物に共感も出来なくも無いが、いきなり殺しにかかるのはどう考えても間違っている。


「ま、謹慎の間中、船長が色々と話をして説得していたようだから、もう客にいきなり斬りかかるような無茶はしねぇと、思うが……な。でなきゃ流石に船長も奴の謹慎を解くなんて言わんだろ……」


 サヴァイヴ達を安心させるというよりかは、自分自身に言い聞かせるように、ベンは呟く。


 その時、ベンは何かに反応するように表情を変えると、服のポケットから虹色に輝く貝殻『トンツー貝』を取り出し、耳に当てた。そして、サヴァイヴとアリスに言う。


「……船長からの呼び出しだ。行くぞ」



 場所は、B3階層の倉庫エリア。比較的積み荷が少なく、開けた空き部屋のような場所で、船長と少年が待っていた。


 少年は黒いメッシュの入った金髪をオールバックのようにしており、その瞳は切れ長の赤目で、全てを睨みつけるような鋭い眼光を帯びていた。背丈は若干サヴァイヴより高いだろうか。そして何より、最も目を引くのはその背に背負う大剣だ。彼自身の身長と同じくらいはあろうかという巨大な剣。革袋のようなもので包まれた刃部分は、一部分が斜めに切り取られた長方形のような、奇妙な形状をしている。


 ムスタファが少年を指して、紹介する。


「こいつが、エグゼ。『エグゼ・リヒター』だ。ま、上手くやってくれ」


 並び立つサヴァイヴとアリスは、互いに無言で目を見合わせた。それから、サヴァイヴがゆっくりと少年の元へ歩み寄り、笑顔を作って右手を差し出した。


「サヴァイヴ・アルバトロスです。どうぞよろしく」


 エグゼは何も言わずにサヴァイヴの顔を睨みつけていたが、そのまま右手を差し出し、サヴァイヴの握手に応じた。サヴァイヴの表情が少し柔らかくなる。


 次の瞬間、エグゼは掴んだサヴァイヴの右手を引き寄せると、空いていた左手をサヴァイヴの首に向けて伸ばした。だが、エグゼの左手がサヴァイヴの首を掴む直前に、サヴァイヴの左手がエグゼの腕を抑えて妨げる。お互いに、ギリギリと力を加えて押し合っていたが、やがて双方手を放して少し距離を取った。


「おいっ」


 サヴァイヴの背後にいたベンが、エグゼに向けて何か言おうとする。それに被せるように、サヴァイヴがエグゼを睨みつつ問い質す。


「……どういうつもりです?」


 エグゼは小さく舌打ちをすると、その鋭い切れ長の瞳でサヴァイヴと、そしてその後ろのアリスを見据えて言った。


「……どういうつもりだと?それはこちらの台詞だ。罪人共。よくもまあ、涼しい顔で野放しにされているものだ」

「ざ、罪人⁉」


 サヴァイヴが驚いたように声を上げた。エグゼはさらに不機嫌そうな表情で、サヴァイヴ、アリス、ベンへと順番に指していく。


「罪人、罪人、罪人……。相変わらず、この船は罪の気配が多すぎる。船員にも、乗客にもだ。……船長、あんたの罪人擁護の考え方は、やはり変わっていないようだな」


「……お前の、過剰な考え方も変わって無いな……」


 ムスタファが、小さく苦笑いしつつ言う。それから、エグゼの肩に手を置いて続ける。


「まあ、お前の思想は否定しないさ。だが、この船にはこの船の法がある。それには従ってもらうぜ。それは、分かっているよな?」


 エグゼはあまり納得していないようであったが、不満げな表情でムスタファの手を払うと、「……分かっている。法には従おう」と呟いた。ムスタファはニカッと笑った。


「お前も、この船の船員である限り俺の部下だ。俺の指示に従ってもらう。つまり、ベンの下で、サヴァイヴ、アリスと共に仕事をするんだ。良いな?」


 そんなムスタファの言葉に対し不機嫌そうに小さく頷くと、サヴァイヴに近づき、嘲笑するような表情を向けた。


「……自分の罪を自覚したら、俺に言うんだな。処刑してやるよ」

「……誰が‼」


 サヴァイヴはエグゼの顔を強く睨みつけた。

その日は、サヴァイヴとアリスには第4階層での仕事は無く、午前からベンと共に船内のパトロールを行っていた。エグゼも同行している。ベンはちらりとエグゼを横目に見つつ、軽く溜め息を吐いて小声でサヴァイヴにぼやく。


「……あいつが、俺の言う事聞くとは思えねーんだけど」


「……人を殺したことのある者は全て罪人として断じているみたいですからね……。しかし、ベンさん、人を殺した経験があったんですね……」


 そっと、ベンの顔を見つつ、サヴァイヴが言う。ベンは顔を反らしつつ、小声で言った。


「……昔に色々あってな……。今でも悔やんでいる……」

「『悔やんでいる』か!そんなもの、被害者の望む感情では無い。貴様のような罪人が幾ら悔い改めようが、そんなこと無意味だ」


 エグゼが吐き捨てるように言う。そんな彼の顔を、隣を歩くアリスがジーッと興味深げに見つめていた。サヴァイヴが顔をしかめて、エグゼの方へ振り向いて問う。


「悔い改めることの、何が悪いんですか。過ちは誰にでもあります。それを自覚して深く反省し、正すことが大切なはずです。そして、被害者の方へと償い続け……」


「過ちを正すことが出来る、と考えている時点で、貴様は罪を自覚していなければ、反省もしていない」


 エグゼは嫌悪感を露わにして、サヴァイヴに言葉を吐き続ける。


「……貴様らのような罪人に、殺された者達は償いなど求めていない。被害者が貴様らに望むことはただ一つ。……『死ね』、……『死ね』、……『死ね』……『死ね』……『死ね』、『死ね』、『死ね』、『死ね』、『死ね』、『死ね』、『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『出来るだけ苦しんで死ね』。……それだけだ」


 エグゼの口から吐き出される、呪詛のような言葉の数々。サヴァイヴは気分が悪くなったかのように口を手で覆い眉を顰めると、顔色を変えてエグゼを睨みつけた。


「……僕、君のことは好きになれそうに無いな」


 低い声で、サヴァイヴが言う。エグゼは強く舌打ちをした。


「……貴様のような、罪の意識の無い屑に好かれるなど……反吐が出る」


 二人は睨み合う。なるほど、確かにムスタファの言っていた通りだ。この二人は合いそうにない。リカの時とは話がまるで違う。思想の大本がそもそも全く別の方向を向いており、決して相容れない、分かり合えない、そんな二人だ。


「ちょっと!なに喧嘩しているんですか?仕事中ですよ!」


 少女の叱る声が近づいてきた。ブルーアッシュの長髪をなびかせながらこちらへ向かってくるのは、リカだ。今日は非番のはずだが……。私と同じ疑問を抱いたらしいサヴァイヴが、何か聞きたげにリカを見る。彼女は腰に手を当てて、強気に言う。


「エグゼが、サヴァイヴ達とちゃんと連携して仕事が出来るように、エグゼのフォロー係として来ました!全く、世話の焼ける同期ですね」


 そう言って、ジトッとした目でエグゼを睨む。エグゼは顔をしかめて目を反らした。


「……余計なお世話だ。貴様の助けなど必要ない」


「じゃあ、あなたが自分から、三人と仲良く出来るんですか?」


「罪人と慣れ合う気は無い」 


 目を合わせることの無いエグゼの頭を両手で掴んで自身の方へ向けさせると、リカは顔を近づけて、無理やり自分の目と合わさせた。


「船長の指示に従う。それが、この船の法。決まり事。ルールの一つです。その船長の言葉は何でした?ベンジャミン先輩に従って、この三人と一緒に仕事をする。それが、あなたに課せられた使命であり、ルールです!ルールを破るつもりですか?」


 エグゼは小さく歯ぎしりをすると、頭を振って、リカの手を払う。それから苦虫を嚙み潰したような表情で小さく「……そうだな。すまない」と、意外にも素直にリカに向けて呟いた。


 それから彼は、サヴァイヴ達三人を横目に睨む。


「……法には従う。だから、貴様ら罪人共にも力を貸してやる。感謝しろ」


「別に、君の助けなんかいらないけどね」


 サヴァイヴが冷たく呟いた。そこへ、リカが噛みつくように叱りつける。


「サヴァイヴっ‼あなたも船長の指示に背く気ですか⁉仕事なんです。真面目にやりなさい!」


「っ…………ごめんなさい。先輩」


 サヴァイヴはばつが悪そうに下の方を向いた。その背後から、ひょこっとアリスが現れてエグゼに近づくと、無表情かつ無言で、彼に向けて右手を差し出した。和解の握手を求めているようだ。エグゼは何も言わず、乱暴に彼女の手を払った。アリスは払われた右手をどこか悲しげに見つめる。リカがエグゼの後頭部をバシッと叩いた。


「まぁ、なんだ!何はともあれ、仕事続けるぞ!」


 ベンが作り笑いをして皆に呼びかけた。なまじ年長者なだけに、何だか引率の先生か何かのように思えてくる。この先も苦労しそうだ。同情する。


 なんだかんだと言い合いつつも、一行は船内を周る。この船内パトロールの仕事、当然だがただ歩き回るだけではない。それぞれの階層に重要な監視点検ポイントがあり、そう言った箇所は特に細かく確認する。例えば、第2階層で言えば例の露店エリアなんかがそれに当たるわけだ。


 それに加えて、それぞれの階層の責任者の元を訪ね、昨日から今日にかけての間に何か事件や問題が無かったか、怪しげな人物、問題のある乗客等はいなかったかを聞いて回ったりもする。それらの情報を元に、その日の午後における点検箇所、注意すべき点を見極めて巡回コースを決めるのだ。……おそらく、この前の第4階層におけるコリング達の騒ぎも報告されていたことだろう。


 全員で固まって移動しても仕方が無いので、ベンは、三手に分かれてそれぞれ階層の責任者の元へと向かうよう指示した。中央及び第1、第2階層にベン、第3階層にサヴァイヴとアリス、第4階層にリカとエグゼが向かう。第5及び第6階層は乗客の居住エリアが無く、本日は解放していないため、点検の対象外とする。


 各々が担当の階層へと向かう中、私はなんとなくエグゼの動向が気になり、サヴァイヴの肩を飛び立った。


「あれ、テイラー?」


 サヴァイヴが私を呼ぶ。私は、ふわりと優しく、リカの肩に降り立った。


「おや?テイラーちゃん。私と一緒に来たいのですか?」


 リカの問いに対し、私は一回頷いた。リカは嬉しそうなドヤ顔を浮かべ、サヴァイヴを見た。サヴァイヴは少し悔しそうな表情をしながらも、「先輩に迷惑かけないようにね!」と私に声をかけて、アリスと共に第3階層へと別れて行った。やれやれ、我ながらモテる鳥は辛いね。


 第3階層と第4階層の間の螺旋通路を、リカとエグゼは進んで行く。


「可愛いですね~。お利口さんですし。まあ、ちょっと重いですけど……」


 私を両手で抱きかかえながら、リカが言う。後半に一言心外な言葉を吐いたが、聞かなかったことにしよう。


 エグゼは何も言わず、リカの後ろについて大剣を背負ったまま通路を歩く。リカがチラリと振り返り、話しかける。


「……その背負っている武器、重くないんですか?邪魔じゃないですか?降ろせば良いのに」


「処刑刃『ルイゼット』。こいつは俺の身の一部だ。処刑人の証でもある。こいつを常に振るえるようにしておくのも、処刑人としての使命の一つ。ひと時たりとも手放す気は無い」


 エグゼは頑として答えた。今の言葉、何かサヴァイヴのメタナイフへの思い入れを思い出す。もしかしたら、二人は実のところかなりの似た者同士なのではないか。


「……なんだか、今日ずっと鉄みたいな匂いが鼻につくんですけど。その剣のせいじゃないですか?」


 鼻を小さく動かしつつ、リカが苦情を言う。エグゼは「知るか」と一言吐き捨てた。


 私はリカの腕に抱かれながら、エグゼの背負うその処刑刃とやらを見つめていたが、ふと、その形が何かに似ていることに気が付いた。そうだ、ギロチンの刃だ。ギロチンの、あの斜めの刃。それに持ち手をくっつけて無理やり剣として使っているような、そんな形状をしているのだ。


「『処刑人としての使命』だの、『傭兵としての誇り』だの……。誰も彼も、ソフィー号の船員としての自覚がありませんね」


 独り言のように、リカが呟く。その口調はどこか寂し気にも感じられた。


「……というかエグゼ!私、言いましたよね?『良い子たちだから殺さないで』って!それを、あなた……」


 リカが振り向いて、抗議の声を上げる。エグゼはそっぽを向いた。


「殺していないだろう」

「初対面でサヴァイヴの首に手をかけようとしたと聞きました!それで私、驚いて、フォローしなきゃって思って駆けつけたんです!非番なのに!」


 恨めし気な目でエグゼを見つめる。『非番なのに』という言葉に、特に強い思いが込められている気がする。


「……俺は、そんなこと頼んでいない。それに、あのサヴァイヴとかいう男、そう簡単に殺されるようなタマでもあるまい」 


「そういう問題ではありません!」


 リカがまた説教口調で喋り出す。エグゼは彼女の声を遮るように言葉を続けた。


「奴は、化け物だ。その心の中に気色の悪いモンスターを飼っている。……ベンジャミン・ゴールドは屑ではあるが、まだ自分の罪を自覚している分マシだ。無表情な女も、少なくとも殺しを楽しんではいない。だが……サヴァイヴ・アルバトロス、奴は違う」


「まだ会ったばかりじゃないですか。何を根拠にそんなことを……」


 リカの言葉に答えること無く、エグゼは速足になり無言で通路を進んで行く。第4階層はもう目前だ。


 やがて、螺旋通路の節目、第3階層と第4階層を隔てる壁が見えた。リカが手元のトンツー貝を指で弾くと、扉がゆっくりと開いた。第4階層の空気が流れてきて、リカの長髪をふわっとなびかせる。


 その時。二人は同時に顔色を変えた。互いに顔を見合わせ、呟く。


「……血の匂いが……!」

「……罪人の気配だ……ッ」


 言うが早いか、二人は駆け足で第4階層へと入って行った。





 中央階層の共用エリアにて、赤毛の華奢な青年が、知恵の輪のようなものを弄りながら小声で言う。


「……あいつ、ちゃんと騒ぎを起こしてくれるかな?もう第4階層には着いている頃だろ?」


「大丈夫っすよ、多分。とにかく、上から騒ぎの兆候を感じたら、俺たちもすぐに地下を目指すっす。奴が人目を集めているうちに」


 金髪の大柄な男が人の良さそうな笑顔で答える。赤毛の青年は、知恵の輪の攻略を諦めたらしく、地面に投げ捨てると、懐から小さな袋を取り出した。その中には、乾燥した植物の種のようなものが入っている。


「あいつに吸わせたこのヤクの効果も、気になるところだね……」


 そう呟いてククッと笑うと、袋を再び懐に戻した。

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