第14話〈不慣れな情報交渉戦〉

「ありがとうございました!なんとお礼を言ったら良いか……」


 ダンスパーティの翌日、意識が回復して元気になった女性が何度も頭を下げる。その感謝の相手である黒髪褐色肌の青年医師レイモンドは、白い歯を見せて笑う。


「なに、私の功績では無いさ。真っ先に君の容態に気づいた少年と、医務室に応援を呼びに行ってくれたお嬢さん。この二人の存在無くして、今の君は無かっただろう」


 そう言いながらレイモンドは傍らに並ぶサヴァイヴとリカの方を見た。女性は二人にも何度も頭を下げて感謝の意を示しながら医務室を後にして行った。


「……しかし、まさか君もこの船に乗っているとはね、レイモンド君。しかも医者になっているとは」


 そう言いながら医務室の奥から現れたのは、この船の船医、ドリュートン先生だ。その横には孫娘で看護婦のシーナが立っている。


「お爺さま、こちらのレイモンドさんとお知り合いだったのね」


 シーナが微笑みながら言う。何か、面白がっているような表情だ。レイモンドはドリュートン先生に会釈をした。


「私が医者の道を志したのも、先生に憧れたからです」


 レイモンドは爽やかに笑って言った。それから、話したいことは沢山あるが仕事の邪魔は出来ないといった感じで、名残惜しそうにレイモンドは医務室を去って行った。サヴァイヴとリカもその後に続く。


「……ドリュートン先生を目標にしていらっしゃるんですね」


 サヴァイヴが話しかける。レイモンドは虹色の瞳をサヴァイヴに向け、笑って言う。


「そうさ。先生は、重病で瀕死の状態だった母を助けてくれたからな」


 思い出すように、目を閉じてレイモンドは続ける。


「子供の頃、私は母と二人だけで暮らしていた。その日暮らすのが精一杯なくらい金が無かった。だから母が病気にかかっても医者に連れていくことが出来なかった。そんな時、母を診てくれたのがドリュートン先生だった。報酬を目当てにせず、目の前の患者と、命と真正面から向き合う。医者の鑑だな。私もそのようにあろうと思っている」


 それからレイモンドは二人に向かい右手を差し出した。


「『サヴァイヴ』と『リカ』だったかな。君たちにも助けられた」

「いえ!それはこちらのセリフです。ありがとうございました」


 そう答えながら、サヴァイヴとリカはそれぞれレイモンドと握手を交わした。それから中央階層にてレイモンドと別れ、二人は第4階層の仕事場へと向かった。


「……と、まあそういうことがあったんですよ」


 第4階層での仕事中、リカがボリスとリランに昨日のダンスパーティの一部始終を話す。途中眠ってしまったアリスも、リランの傍らで興味深げに聞いていた。


「そうか、まあ最悪の事態にならずに済んで良かった。その場にいた医者の方に感謝だな」


 ボリスが頷いて言う。リカも強く首を縦に振って同意した。


「本当ですよ!レイモンドさんがいらっしゃらなかったらどうなっていたか」


「ヤッパリ、そういう乗客主催のイベントにも、監督者として船員が何人かいた方が良いんデスかね?」


 昨日と比べて元気になったリランが、珍しくまじめな顔で言う。それに対しボリスが「俺は、前からその方が良いと言っているんだがな」とぼやきつつ、改めて船長に進言してみると言って客の元へ去って行った。


「……そういえば、結局あの二人の所属している傭兵団は分かりませんでしたね」


 リカがサヴァイヴに向かって小声で言う。だが、サヴァイヴは薄っすら笑いながら否定した。


「そうでもないよ。あの時聞いた話から、もしかしたら、だいぶ絞れるかもしれない……」


 そこまで話したところで、サヴァイヴを呼ぶボリスの声がした。なんでも、ご指名のお客様が来たとのことだ。サヴァイヴを呼んだ客に目を移したリカは「あれ、あの方は……」と小さく呟いた。


「お待たせしました」


 サヴァイヴが席に向かい言う。待っていたのはブルースであった。


「昨晩はどうも。結局、あのパーティで得るものは無かった。とんだ時間の無駄でしたよ」


 顎を撫でながらブツブツ言うブルースに、サヴァイヴはニヤリと笑いかけた。


「いや、どうでしょう。昨日の二人の所属団くらいなら分かるかもしれませんよ」

「ほう……?」


 ブルースは片眉を上げてサヴァイヴの顔を見た。サヴァイヴは何か企んでいるような表情で続ける。


「メタナイフの鞘に刻まれた装飾です。あれは、傭兵団によって微妙に異なりますから。あれが、傭兵団特定の鍵になるかも」


「面白い話ですね。詳しく聞かせてもらいたい」


 身を乗り出すブルースに、サヴァイヴは静かに言った。


「……それについては、後でゆっくりとお話しします。本日の夕方あたりに、お時間はありますか?」


 再び会う約束を取り付けて、ブルースは機嫌良さげにその場を後にした。


 そして午後、ベンとの見回りの最中に、パーティでの出来事をサヴァイヴは報告する。


「……というわけで、団の名前は言えないとのことで、聞けませんでした」

「『言えない』ってのがまた怪しいな」


 ベンが呟く。その手には第2階層の露店エリアで買ったトカゲバーガーを持っている。サヴァイヴもまた、トカゲバーガーを食べながら話を続けた。


「しかし、彼らの持つメタナイフの存在は確認できたので、とりあえず傭兵であることは間違いないかと思います。また、そのメタナイフの装飾ですが……」


「装飾?」


 ベンが聞き返す。サヴァイヴは小声で囁くように告げる。


「……先日の侵入者のそれと、同じものでした」


「と言うことは、やはり侵入者の仲間か!」


 ベンが小声ながら驚きを露わにした声で呟く。サヴァイヴは無言で頷くと、懐から自らのメタナイフを取り出し、その鞘に彫られている装飾をなぞった。


「メタナイフの鞘に描かれる装飾は、所属傭兵団によって異なります。例えば、僕ら『アルバトロス』の場合はオリーブです。この模様はだいぶ珍しく……というかこのオリーブ模様を使うのは我々アルバトロスだけかもしれません」


 つまり、知識ある者が見れば、このメタナイフだけでサヴァイヴが『アルバトロス』所属であることが分かるわけだ。ベンは少し声を小さくして聞く。


「それで、奴らのメタナイフはどうなんだ?」


「荊の蔓。それと、翼の模様でしたかね。荊は、多くの傭兵団で用いられる意匠です。これだけで特定するのは難しいかと」


 聞いていたベンは、少し落胆の表情を浮かべる。サヴァイヴは、トカゲバーガーをかじるアリスに向かって聞いた。


「荊装飾のメタナイフと言えば、『キングフィッシャー』だよね」


 『キングフィッシャー』。アリスが所属していた傭兵団で、『アルバトロス』を滅ぼした連中だ。アリスは無言でコクッと頷いてから、バーガーを飲み込んだ。


「……そう。でも、あの模様はキングフィッシャーのものとは違った」


「分かってる。キングフィッシャーの装飾は荊があんなにうねっていないし、翼模様も無いからね。でも、荊の装飾はキングフィッシャー系列の傭兵団に多い印象がある。だから、そのうちのどれかなんじゃないかと」


「キングフィッシャー系列……?」


 よく分からないという表情のベンに、サヴァイヴは追加で説明する。


「キングフィッシャーから分離して出来た傭兵団や、キングフィッシャーの配下となっている傭兵団のことです。そういう団もまた、荊の蔓をメタナイフの装飾に使っています」


 イメージとしては、オーストラリアやニュージーランド、イギリス統治時代の香港の旗にあるユニオンジャックのようなものだろうか。


「今、すぐに思いつく団で言うと、『ゴールドフィンチ』、『ペレグリン・ファルコン』、『C・レイヴン』、『ロック・ターミガン』、『ブッシュウォーブラー』、『G・S・ウッドペッカー』、あとキングフィッシャー系列ではありませんが『E・E・オウル』、『ノーザン・ゴスホーク』……いや、これはもう壊滅してるか……あと『C・サンドパイパー』と……」


「……多いな!全然絞れねぇじゃねーか」


 ベンが唸った。サヴァイヴはトカゲバーガーの最後の一口を飲み込んだ。


「これはあくまで、荊の意匠を使っている傭兵団です。多いと言ったでしょう。でも、コリングさんのメタナイフには翼の模様も刻まれていました。そんな装飾は初めて見ます。これだけで特定できるかもしれません」


「とりあえず、その翼模様で探ってみるべきか」


 そう呟くと、ベンは煙草を咥えて火をつけた。煙が流れ、アリスが顔を顰める。そこへ、さらにサヴァイヴが小声で話す。


「……実は、傭兵団に関する色々な情報を、調べることが出来そうな人を知っています。ベンさんも本日の夕方、仕事終わりに会ってみませんか?」

「え?」


 ベンが少し驚いたような顔でサヴァイヴに目を移す。アリスもまた顰めた顔のままサヴァイヴを見つめた。サヴァイヴは何か企むように笑った。


 船内の見回り、パトロール及び各種点検確認作業を終え、午後の仕事を終えたサヴァイヴはベンとアリスを連れて、ブルースと待ち合わせている第4階層の共用エリアへと向かった。


「やあ、どうも」


 椅子に座るブルースが、こちらに気づいて言う。サヴァイヴは彼にベンを紹介した。


「こちら、僕の先輩船員のベンジャミンさんです」

「ほう。これはどうも……?」


 ブルースはベンと握手を交わす。それからサヴァイヴ達も椅子に腰掛け、先程ベンに語った傭兵団とメタナイフの装飾の話をブルースにも語った。ブルースは顎を撫でながら聞いていた。


「……なるほど。翼模様の刻まれたメタナイフ。それが鍵となるわけですね」


「そうなんです。そこさえ調べることが出来れば……。気になりませんか?彼らの正体……」


 サヴァイヴが、ブルースの方へ身を乗り出し、言う。ブルースはそんなサヴァイヴの様子を観察するように見ていたが、やがてニヤリと笑った。


「……それを知りたいのは、君のほうだろう?なるほど、確かに私は傭兵の情報を得る独自ルートを持っています。前に君に話しましたね。君は私を唆して、その二人組の正体を調べさせようという魂胆か……。なかなか狡猾ですね」


 サヴァイヴは図星を突かれたらしく、あからさまに動揺の表情を浮かべた。そんな様子を面白そうに眺めながら、ブルースは続ける。


「確かに私は昨日の二人組がどんな傭兵団に所属しているのか、またどういうわけで団の名前を秘密にしているのか、気になりますし、調べてみます。……ただ、その情報をあなた方に伝える義理はありませんよねえ?『情報』は価値のある『資産』だ……。おいそれと人には渡せない」


 それはごもっともだ。いくら彼の気になる情報と一致しているからと言っても、それに便乗してタダ働きをさせるのは道理に合わない。どうやら、この手の交渉に関しては、ブルースの方が何枚も上手なようであった。この場の主導権はすでに彼に握られており、サヴァイヴとベンは下から伺うことしか出来なくなっている。


「……どうしたら渡してもらえる?その『情報』を……」


 ベンが恐る恐るといった感じで声を小さめに聞いた。ブルースは顎を撫でつつ、少し上の方に目線を移して少し考えると、やがてベンを見下ろしながら請求報酬を提示した。その金額は、サヴァイヴの一回の給料の約十二倍であった。ベンとサヴァイヴは驚愕の声を上げた。


 ちなみに、このソフィー号における給金は大体週ごとに支払われる。つまりその十二倍だから、給料の約三ヶ月分といったところだ。結婚指輪か。


 この船に来て三ヶ月も経っていないサヴァイヴが、そんな大金を持っているわけがない。サヴァイヴがチラリとベンを見る。その視線に気づいたベンは、わざと合わせないように目を逸らした。常に船員仲間と賭け事に興じるベンが、そんな大金を持っているわけがない。


 なんとなく、望み薄な表情で二人はアリスを見た。アリスは無言で首を横に振った。


 それにしても、サヴァイヴとアリスは傭兵時代の給料の貯蓄とか無いのだろうか。もう全部使ってしまったのか。


 困り果てた様子のサヴァイヴ達をニヤニヤと笑って見つめていたブルースが、金以外の報酬を提示した。


「……君のメタナイフでどうでしょう」


 サヴァイヴは目を見開いた。


 おそらく、最初からブルースの狙いはこれだ。傭兵専用武装メタナイフ……特に今は無きアルバトロスのそれは非常に貴重でプレミアな代物だ。傭兵マニアとしてはぜひとも手に入れたいものだろう。だがメタナイフは傭兵の証であり誇り。今や傭兵ではないサヴァイヴにとっても思い入れの強い武器であり、おいそれとは渡せない。


 サヴァイヴは無言で首を振った。そして、何か別のものでは駄目かと聞く。


「駄目です。先ほど提示した金額か、メタナイフか」


 ブルースが頑なに言う。サヴァイヴは暫く下の方を向いて何か考え込んでいた。ベンが心配そうに見る。やがて、顔を上げると何かを言おうと口を開いた、その時。


 ポン、と大きな手がサヴァイヴの肩を叩いた。見上げるとそこには、大柄な髭面の男、このソフィー号の船長、ムスタファが立っていた。豪快に笑いながら、ブルースに言う。


「その情報、俺が買おう!」


「……ほう、あなたが全額支払うと?」


 若干不満げな表情で、ブルースが再度金額を口にする。彼としてはその額の金よりもメタナイフの方が本命なのだろう。ムスタファはニッと笑って言う。


「勘違いするな。その金額は『前金』として払う。残りは、情報を受け取った後だ。情報の質によっては、さらに追加で払ってやっても良いさ」


 ブルースは目を見開き、驚きの表情を浮かべた。ムスタファはさらに続ける。


「お前さんも、何か資金が入用なんじゃねぇのか?おおかた、起業でもするつもりとか……。だが、親に反対されているから、家からは金が出ない。だから自分で資金を調達するしかない……。といったところか?お前さんのようなタイプの金持ちがやたらと金を欲しがる理由なんて、そんなところだろ」


 今度はブルースが図星を突かれたようで、何も言わずただ視線を反らした。


「俺は、お前さんの会社に出資してやっても良いぜ。見込みがありそうだ。だが、それもお前さんの持ってくる『情報』の精度によりけりだがな」


 ムスタファが畳みかけるように言う。ブルースは、少しの間値踏みするようにムスタファを見ていたが、やがて右手を差し出し、握手を交わした。交渉成立だ。


「……やはり、あなたがこの船の船長でしたか。馬車以来ですねえ」


 ブルースが笑いながら言う。ムスタファも豪快に笑って答えた。


「そうだな。あれから、呪いは信じるようになったかい?」

「ええ、おかげさまで」


 それから二人は後で詳しい話をするということで約束を交わし、ブルースはその場を後にした。ムスタファがサヴァイヴ達を見て笑いかける。


「よう、サヴァイヴ、アリス。頑張ってるようだな!」


「ムスタファさ……いや、船長!なんだかお久しぶりです」


 サヴァイヴが安心したような表情でほほ笑む。アリスも心なしか柔らかい表情になってムスタファに近づいた。


「テイラーも元気そうで何よりだ!」


 そう言って、私の羽をワシャワシャと撫でる。羽毛がグシャグシャになるから辞めてもらいたい。


 それから、ムスタファは話があると言って、三人をB2階層の奥にある小さな部屋へと連れてきた。簡単な木製の机と、本棚があるだけの質素な部屋だ。机の上には書類が大量に積まれており、本棚は様々な本がぎっしりと詰まっていた。


「ここが、俺の仕事部屋だ」


 まさかの船長室というやつであった。なんとシンプルなことか、第4階層支配人ハミオ・ハンデの豪華絢爛な部屋とは大違いだ。ハミオはちょっと自重した方が良いのではないか。


 ムスタファは部屋の外に誰もいないことを確認すると、扉を閉め、声を若干ひそめつつサヴァイヴとアリスに、この前の侵入者に関して分かったことを話した。フォルトレイクで発生している伝染病の話から、奴らの狙いが治療薬であり、その治療薬をこの船で運んでいるという事実。


「……全部話しちまうんすね」


 ベンが、少し驚いたように言う。ムスタファは小さく頷いた。


「こいつらは、この船の中でも最高戦力の一角だからな。フォルトレイクに着いた際、薬を無事に国の機関へ届けるまでの、護衛に付いてもらう」


 だからこそ、二人は全ての情報を知っている必要があるのだろう。


「お前にも、薬輸送時の護衛に付いてもらうぜ」


 ベンに向かってムスタファは言った。ベンは腕を組んで少し考えながら呟く。


「俺もっすか。……となると、あとは誰だ?トムさんとか?」


「いや、あいつには船に残ってもらう。こっちの守りもなるべく残しとかないとな」


「……そんなに、危うい状況なんですか、フォルトレイク……」


 サヴァイヴがちらりとベンを見つつ聞く。ムスタファは安心感のある笑い顔を浮かべた。


「まぁ、詳しくは分からないんだがな、用心しとくに越したことは無いってとこさ」


「じゃあ、俺ら三人で薬の護衛輸送を行う感じですかね」


 ベンはそう言って、サヴァイヴとアリスに目線を向けた。ムスタファは、少し考えるように三人を見ていたが、やがてボソッと言葉を発した。


「……エグゼの謹慎を解くか。四人で行ってもらう」

「エグゼっすか⁉」


 ぎょっとした表情をしてベンがたじろいだ。その様子を見たサヴァイヴが、ムスタファに尋ねる。


「その、エグゼって人、どんな人ですか?」


「お前と同い年のガキさ。リカと同じタイミングでこの船に来た」


 リカの同期と言うことはつまり、サヴァイヴやアリスの一つ先輩というわけか。ムスタファはさらに続ける。


「エグゼ……。あいつは、正義を信仰する『処刑人』ってやつだ。多分、お前とは……合わない」


 そう言いながらまたムスタファは豪快に笑う。サヴァイヴは若干不安そうな表情でその笑い顔を見ていた。





 ソフィー号B2階層の、船員居住エリア。細かく枝分かれした廊下に扉が並ぶ。そのうちの一つ、一番奥にある部屋の扉の前に、ブルーアッシュの長髪を三つ編み状に結んだリカが立っていた。扉に背を当て寄りかかり、扉の向こうの部屋の中にいる人物に語り掛ける。


「……もう聞きました?私達に、後輩ができたんですよ」


 まるで独り言を言うように呟く。中の人物は何も答えず、金属を磨くような物音がかすかに聞こえるのみだ。


「アリスは、可愛い女の子です。まあ、ちょっと表情が乏しいというか、何を考えているか分からない時も多々ありますが……。優しい子です。サヴァイヴは、生意気で、言動にデリカシーが欠けている、無礼な男です。でも、なんでも器用にそつなくこなすとこは凄いと思います。……まあ、そこも嫌味っぽくて鼻につきますけど!」


 相変わらず、扉の向こうの人物は何も答えない。


「昨日、中央階層で行われたパーティに皆で行ったんですよ。アリスの踊りが凄く上手で、びっくりしました。私も、ああいう風に踊れるようになりたいです。あと、お酒の飲みすぎで体調を崩したお客様がいらっしゃって……その対応に追われた際、珍しくサヴァイヴがテンパっていて、それが今思い出すとほんと、可笑しくって……」


 リカはクスクスと笑いながら話す。


「二人とも、凄く強くて、私なんかよりもよっぽど、優秀です。……元傭兵らしいのですけど」


 そのリカの言葉を聞いた途端、扉の向こうの物音が止んだ。何の音も聞こえなくなった。リカは、少し戸惑いつつ、言葉を選ぶようにゆっくりと、語り掛ける。


「二人とも、本当に良い子です。可愛い後輩です。あなたも、会ってみたら分かると思います。だから、その……えっと……」


 一度言葉を止めた後、再度続ける。


「……だから……殺さないでくださいね……?エグゼ」


 扉の向こうの人物の名前を呼びかけ、リカは言う。相変わらず返答は無く、静寂のみが返ってくるだけであった。

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