第11話〈ベンの故郷とディナーの誘い〉

「おう。その本なら知ってるぜ。作者が俺と同郷らしいからな」

「そうなんですか?」


 ある日の朝。仕事前に朝食を食べながら、ベンとサヴァイヴが話している。話題は、サヴァイヴが前にアリスに勧められた童話、『木苺姫と妖精の王子』に関するものだった。酢漬けの野菜を穀物のパンに挟みつつ、サヴァイヴはベンに尋ねた。


「ベンさんの故郷ってどこなんですか?」


「『城塞国家フォルトレイク』」


 ベンは固ゆで卵をもそもそと齧った。


「クラフトフィリア王国とウルス・マゼラ大公国っつー大国供に挟まれた小っさい島国さ。だが、列強に囲まれつつも独立と中立を守り続ける骨太国家よ」


 自身の祖国の話を自慢げに語る。サヴァイヴは手に持っていたパンを皿に置き、腕を組んで考えるように言う。


「……初めて聞きました。クラフトフィリアは、先の戦争で僕らが味方した国なのでよく知ってますけど……。ウルス・マゼラも確か、五十年ほど前にヴィルヒシュトラーゼとの間に大きな戦争をした国ですよね?」


 『クラフトフィリア』、何か聞き覚えがあると思ったら、サヴァイヴの所属していた傭兵団『アルバトロス』の雇い主だったのか。傭兵マニアであり自身も傭兵であるサヴァイヴらしい視点だ。つまりベンの故郷は、戦争の多い好戦的な国々に四方を囲まれているというわけだ。


「そう言ったでかい戦争を起こすような連中とも、対等に渡り合える政治力を持ってるのさ」


 ベンの祖国自慢は止まらない。彼の話によると、どうやら自然豊かな国のようで、海に面した地域は乾燥しているが内陸側は比較的緑も多く、巨大な湖もあるそうだ。この乾燥に包まれた世界において、国内に大きな水源を持つということは非常に強い、ステータスとなり得る。


「次の、次くらいだったか?この船がフォルトレイクに着くのは……。そん時、ちっとだけ案内してやるよ。俺の故郷を。もしかしたら、『木苺姫』のゆかりの地なんかもあるかもしんねーぜ」


「本当ですか。ありがとうございます!」


 サヴァイヴは嬉しそうに笑った。ベンは続けて「祈祷師キムラには実在のモデルがいるらしい……」という話を始めようとしたが、ふと懐中時計を見て時間が無いことに気づいたらしく、途中で切り上げて去って行った。ムスタファ船長に呼ばれているらしい。


「ベンさんの生まれ育った国が、『木苺姫』の舞台なのかな。これはアリスにも教えてあげないとね」


 サヴァイヴは酢漬け野菜のサンドイッチを食べながら、上機嫌で私に話しかける。私はうんうん頷いた。



「フォルトレイクを案内してもらう……?辞めておいた方が良いと思いますけど?」


 第4階層での仕事中、先程の話をアリスに伝えていたサヴァイヴに向けて、リカが言った。その手には新聞を持っている。


「どうして?リカ先輩」


 サヴァイヴが問う。リカは、手に持った新聞をサヴァイヴに突きつけた。


「こういうの読まないんですか?勉強不足ですね。あなたも、ベンジャミン先輩も!」


 言われて、不思議そうな表情でサヴァイヴは渡された新聞を開く。そこには、大きな見出しで、『城塞国家フォルトレイク』の名と、『伝染病』という文字が並んでいた。


「伝染病……?」


 サヴァイヴは新聞を読み進める。そこには次のような内容が書かれていた。



【城塞国家フォルトレイクにおいて死裂症(ドレパノン)の大流行が発生しており、死者も多数出ている。国内での治療薬及びワクチンの生産は現時点において技術面でも経済面でも困難であることから、フォルトレイク国政評議会は他国からの治療薬及びワクチンの輸入を検討している。しかし、それにより中立性を保てなくなることも危惧され、国内では反発する声も多く、国民は今、二つに割れている……】



「死裂症……って、どんな病気なの?」


 サヴァイヴがリカに向かって問いかける。リカは少し考え、思い出すように視線を上にした。


「私も詳しくはありませんが……。高熱が出て、皮膚が乾燥し、ひび割れて裂傷のようになるらしいです。非常に感染力が強い上、死者も多く、別名『死神の鎌』とも呼ばれているとか」


「治療法は?」


 サヴァイヴは尚も問う。リカはジトッとした目で新聞を指す。


「……そこに書いてあるでしょう。専用の治療薬があって、それを投与すれば治るそうです。ただ、その治療薬を作るには高い技術力と莫大な資金がいるそうで、大国による独占状態になっていますね」


「じゃあ、フォルトレイクの場合……」


 サヴァイヴがさらに話を続けようとした時、先輩船員のボリスが怒鳴り声をあげた。


「コラァ!サヴァイヴ!リカ!先程からお客様が呼んでんのが聞こえねぇのか‼︎くっちゃべってないで働け‼︎」


 ふと見ると、アリスはすでにお客様への対応に向かっている。サヴァイヴとリカは慌てて、それぞれの場所で待つお客様の元へ駆けて行った。


「お待たせ致しました!ご用件を伺います……」


 そう言いつつお客様の顔を見たサヴァイヴは、一瞬言葉を詰まらせた。

 

 それは、身なりの良い青年であった。品はあるがどこか高慢さを醸し出す気取った表情で椅子に座り、顎を撫でながらサヴァイヴを見上げて声をかけた。


「やあ。お久しぶり。馬車以来ですねえ」


「……あなたは……」


 顔に見覚えはあるが、名前は出ない。それはそうだ。あの時、彼は名乗っていないのだから。私が初めてサヴァイヴと出会った日、馬車でムスタファと話していたサヴァイヴに声をかけてきた傭兵好きの青年だ。先の戦争の勝敗を賭け事として楽しんでいた、趣味の悪い青年だ。まさかこの船に乗っていたとは。


「そうそう。あの時は名乗っていなかったねえ。私はブルース・アスターラント。まあよろしく頼みますよ」


「……サヴァイヴ・アルバトロスです」


 ブルースが差し出す右手に対し、複雑な表情でサヴァイヴは握手に応じた。


「アルバトロス……。素晴らしいねえ。少数精鋭という言葉を体現したような傭兵団だった。滅んでしまったのが惜しい」

「あなたは、キングフィッシャーが好きなのでは無かったんですか?」


 サヴァイヴが少し冷ややかな口調で言う。ブルースは、そんなサヴァイヴの態度に気づいているのかいないのか、それは不明だが、調子を崩さずに半笑いで話を続ける。


「ええ。キングフィッシャーの冷酷なまでの頑強さは素晴らしいですからね。けれど、私は全ての傭兵を尊敬している。もちろん、君のこともね。だからこそ、お近づきになりたいと思っている。どうだろう、良かったら今夜、仕事が終わった後にディナーでもご一緒にどうかな?ここ第4階層のリストランテで……」


 サヴァイヴは顔をしかめた。いくら何でも感情が表情に出すぎだ。しかし、相手はお客様、そう無下にもできないだろう。それに、そもそもこの男は傭兵を好意的に捉えているわけで、意外と話は合うかもしれない。


 ……なんてことをサヴァイヴが考えたかどうかは分からないが、作り笑いで答えた。


「ええ、喜んで」


 ブルースは、その返事をさも当然といった態度で受け取りニヤリと笑うと、サヴァイヴの背後に目を移した。その目線は、別の客の対応をするアリスに向けて注がれていた。


「……彼女も呼んでください」

「え?」 


 サヴァイヴは、後ろに振り向いて、アリスを見た。アリスは二人に見られていることに気づいたのか、チラッと一瞬こちらに目を動かし、戻した。ブルースは、品定めするような目をアリスに向けながら言う。


「彼女も傭兵でしょう?」


 サヴァイヴは目を見開いてブルースを見た。ブルースはサヴァイヴの驚いた表情に気づいたらしく、続けて言う。


「賭け事というのは、情報が大事です。私は独自のルートを持っていましてね、傭兵に関する様々な情報が入ってくるのですよ。その中で、キングフィッシャーを抜けた傭兵の少女が、トカゲ船の船員になったという話も聞いていたのです。……しかし、まさか君も船員になっているとはね……」


 サヴァイヴに向けて話しながらも、アリスの姿をじろじろと見つめて、ブルースは感嘆の声を出した。


「しかしやはり傭兵の肉体は素晴らしい。戦闘に特化した、無駄の無い美しさがある。彼女も一見華奢に見えますが、脚の肉付きが良い……」


 もちろん、アリスの戦闘スタイルは蹴り技主体だから、足は鍛えているだろう。だがそれはそれとして、何だか気持ち悪い表現だ。まるで競馬場の馬でも見定めるような視線を、アリスに向けている。サヴァイヴは少し体をずらしてアリスを隠すように立ち、ブルースの視線を遮った。


 ブルースは始終ニヤニヤと薄ら笑いを顔に浮かべつつ話していたが、やがて知り合いとの約束があると言って、席を立った。サヴァイヴは、ため息を吐いて彼の背中を見送った。


 それからサヴァイヴはアリスに、ブルースからディナーに誘われた旨を説明した。無表情の多いアリスにしては珍しくも露骨に嫌そうな顔となり、言う。


「それ……行かなくちゃいけない……?」

「いや、僕だって行きたくは無いけどさ……。でも、了解しちゃったから……」


 アリスは半目でサヴァイヴの顔をジーッと見る。その無言の圧力に耐えきれず、サヴァイヴは顔を反らした。傍で聞いていたリカが、やれやれと首を振りながら言う。


「まったく、二人とも子供ですね。ソフィー号の船員たるもの、そういった社交の場の一つや二つ、無難にこなせなくてどうします。良いじゃありませんか、お客様にお呼ばれするなんて。色々学ぶことも多いと思いますよ?」


 そうだろうか、と言いたげな訝しげな表情で、サヴァイヴはリカの顔を見た。傭兵出身の二人と比較して育ちが良さげなリカからしたら、割と当たり前のことなのかもしれない。


「この第4階層のレストラン、美味しいですよ。格式も高すぎず、ドレスコードなんかも無いですから、気楽に楽しんでくれば良いでしょう」


 さらに、額に血管を浮かべた先輩船員ボリスも会話に混ざる。


「リカの言うとおりだ。これも社会勉強!仕事の一環と考えて、つべこべ言わず行ってこい!」


 サヴァイヴは、大きくため息を吐いた。


 午後の仕事、船内パトロールの最中も、サヴァイヴはそのことをずっと考えていたようだった。未だベンがムスタファに呼ばれたまま戻ってこないため、別の警備担当の先輩船員、ニコラ・アルジェントと共にサヴァイヴとアリスは船内を周っていた。道中、これまでの経緯を説明しつつ、サヴァイヴはニコラに尋ねる。


「……どんな服着て行けば良いんでしょうか?」

「別に、普通で良いでしょ」


 天然パーマの灰色髪を掻きながら、ニコラは答えた。サヴァイヴは唸る。その『普通』が分からないから困っているのだ。隣を歩くアリスにも聞いてみると。


「私は……リカ姉さんに貸してもらう」


 ……とのことであった。歳の近い先輩がいると、こういう時に便利だ。


 しかし何というか、少し失敬な話かもしれないが、リカの服のサイズがアリスに合うのだろうか。割と起伏に富んだ体つきのリカと、スラッと真っ直ぐスレンダーなアリスでは体型の差が結構あるような気がするのだが……いや、これ以上は辞めておこう。


 サヴァイヴは藁にもすがると言った感じで、肩に留まる私に捨てられた犬のような表情を向けた。そんな目で見られても困る。私の羽毛は貸すことが出来ないのだから。私は静かに首を横に振った。


 その日の仕事が終わった後、結局サヴァイヴは普段第4階層での仕事中に着ている礼服の上着を脱いで、シャツとベストの状態で、件のレストランの前で待っていた。そこへ、やはり気取ったような質の良い礼服を着込んだブルースがやって来た。


「やあ、お待たせしましたね」

「いえ、別に」


 そう言いつつ、サヴァイヴは周りをキョロキョロと見る。もう約束の時間だが、アリスの姿が無い。まさか、ばっくれたのでは……と、サヴァイヴが思ったかはさておき、私は思っていると、早足でこちらに向かう銀髪の少女の姿が目にとまった。


 アリスの服装は、レース生地のワンピースであった。全体的に淡い薄紫色であり、腰には大きなリボンベルトが巻かれている。袖は無く、肩のあたりにフリルがついていた。


 美しく艶めく銀髪は、サイドポニーテールというやつだろうか、低い位置で結ばれて左肩にかかるようにまとめてあり、ふんわりとカールがかかっていた。


「お待たせ……しました」


 アリスが囁くような声で言う。その口元は、いつもより紅みが強く見える。ブルースは自身の顎を撫でつつ笑顔で答えた。


「いえいえ。女性は我々男よりも、支度に何かと時間がかかることでしょう。気にすることはありません」 


 それからブルースとアリスがお互いに軽く自己紹介をし終えた後、三人はレストランの席に着いた。中の雰囲気は『大きいデパートの上の階にある洋風レストラン』と言ったところか。つまり内装が洒落ていて高級感も有るには有るが、私服でも普通に入れる店と言う感じだ。


 とは言え、サヴァイヴの普段の、旅人感満載のボロい私服を考えると、仕事用の礼服で来て正解だったと思う。


 料理を注文し、それが届けられるまでの間、他愛無い会話が繰り広げられる。会話とは言っても、ほとんどブルースが一方的に話しているだけであるが。


「やはり、船旅は良いものですね。特に、この船は素晴らしい。大きくて、設備も整っており、治安も良い。乗客も、上流の者が多くいるから話の合う方も見つけやすい」



「ありがとうございます」


 サヴァイヴが、作り笑いで答える。その隣でアリスは、ブルースの顔を無言でジッと凝視していた。ブルースの言う『上流の者』が好んでする会話と言えば、だいたい政治の話か経済の話といったところだろう。サヴァイヴやアリスとはどうも話が合わなそうだ。


「私は、ウルス・マゼラ領アッテンヴォロフの生まれでしてね。まあ、私の家はその地域の名士と言いますか、その地域を支える実業家でして、それなりに影響力がありましてねえ……。私は、そこの三男なのです。家を継ぐのは兄達で、私はせいぜいその補佐。しかし、正直言ってこの兄達が私ほど優秀では無く、私ほど頭が良いとも言えなくてね、そこに付き従うというのも面白く無く……」


 ……だから、家から独立して自分だけの事業を立ち上げるため、世界を周ろうとしているそうだ。その行動力は凄いと思う。他者の人生に興味を抱くタイプのサヴァイヴは、関心を持って聞いているようだ。一方アリスはすっかり飽きてしまったらしく、他のテーブルに並ぶ料理に目を移していた。そんなことを気にも留めず、さらにブルースは自分の夢について語り始める。


「……私はね、最終的には自分の国を作りたいのですよ。突飛な夢だと思うでしょう?新しいことを始める者は誰だって最初は異端視されるものです。それでも、私はやり遂げる。確信があるのでね、そのための第一歩として、とある事業を始めようと思っていてね……新聞社ですよ。世界を見分して得た独自の目線での情報を広めていって、情報流通の円滑化を……」


 そんな話をしているところで、料理が届いた。ナンを思わせる薄く広いパンの上に肉や野菜、そして香辛料のソースがかけられて焼いてあるピザのようなものだ。さらに、卵で作られた白いソースにニョッキのようなものが和えられた料理や、鶏肉を照り焼きにして薄くスライスしたものなど、続々運ばれてきて、テーブルに並んだ。


 それらを口に運びながら、ブルースは話を再開した。懐から何やら紙の束を取り出し、サヴァイヴに渡す。


「これが、今執筆中の記事なのだけどね」


 モグモグと口を動かしつつ、サヴァイヴは受け取ってチラリと目を通す。そこには『呪いと呪力抗体に関して』という題が書かれていた。


「……あなた、呪いを信じていなかったじゃ無いですか」


 料理を飲み込んだサヴァイヴは顔を上げて、ブルースに向かい怪訝そうに言う。ブルースはあっさりと答えた。


「私は、自分の目で見たものしか信じない主義でね。この前、君の身に宿る呪いと『戦場の呪い』を目の当たりにした。だから、信じるようになったまでさ」


 サヴァイヴは再び紙の束に目を落として読み進める。



【呪力抗体とは、文字通り呪力に対する抗体、抵抗力のことを表す。この抗体は、長い期間呪いのある環境にいることで体内に自然に出来るほか、呪力に強いアンタイトカゲの血清を注射することによって人為的に得ることも可能。しかし、呪力抗体が出来るかどうかは体質が大きく関わっており、もともと呪いに弱い者には抗体はできない。さらに特筆すべきはこの呪力抗体の副次作用である。具体例を挙げると、『裂傷の呪い』と呼ばれる呪いがある。これは、切り付けられた訳でも無いのに切り傷が出来る呪いで、戦場においてよく見られるが、この呪力抗体を得ると、『裂傷の呪い』のみならず通常の切り傷に対しても抗体の効果が発揮され、切り傷が即座に再生するという事象が起こる……】



 サヴァイヴが読んでいる間、ブルースはアリスに向けてさらに喋り続ける。アリスの方はと言うと、料理を食べるのに集中していて、話を微塵も聞いていないようであった。


「しかし、君達二人は賢明だねえ。ちゃんと、傭兵の能力を活かせる仕事に就いている。戦争が終結した後、大半の傭兵は職を失うからね、傭兵団が崩壊しやすいのは、実は戦時中ではなく戦後だと言われている……」


 サヴァイヴは原稿から目線を上げて、さらに話し続けるブルースを見た。


「『アルバトロス』は、優秀だし小規模で使い勝手が良いからか、戦争が無くても職の依頼は多かったようだけどねえ、護衛の仕事や、海賊狩りとか。『キングフィッシャー』に至っては、帝政ヴィルヒシュトラーゼ直属の傭兵団ですから、平時には本国の防衛や、治安維持等の仕事がいくらでもある。だから、君達にはあまり縁のない話だったかな……。でも、戦争が終わった後の、平和な時期の傭兵団における職の問題は結構深刻なのだよ」


 そう言えばこの前の侵入者も、仕事が無くて困っている、というようなことを言っていた気がする。世知辛い話だ。命がけで戦ったその後に、仕事を失ってしまうとは。


 そうしてこの後も、ブルースの話は延々と続き、夜は更けていくのであった。





 B3階層の貨物エリア、そのうちの一部屋へ向かう通路がある。先日、侵入者が現れた薬品倉庫へ繋がる道だ。新聞を片手に持って読みながら歩くベンが、呟くように言う。


「……まさか、俺の故郷がこんな事になってるとは……」

「知らなかったのかよ。だから、普段から新聞読めって言ってるだろ」


 ベンの横を歩くムスタファが言った。それからさらに、声量を少し下げて続ける。


「これはまだ公にされていない話だが、フォルトレイクの国政評議会はもう他国からの治療薬とワクチンの輸入を決定している。すでに、クラフトフィリア領アステロからフォルトレイクへの輸送が進められている」


「じゃあ、それで死烈症の問題は解決出来るんすね」


 ベンは明るい表情になり、ムスタファを見る。だが、ムスタファは苦い表情でさらに続けた。


「そう話は簡単じゃねえ。新聞にも書いてあるだろ、他国からの輸入に頼る事への反発もあると。実際は、そんな生温いモンじゃ無いらしい……。フォルトレイクの独立性、中立性を強く主張する過激派の集団が、国内で暴動やらデモ行為、テロ紛いの活動まで行なっているようだ。フォルトレイクは今、いつ爆発するか分からない火薬庫のような緊迫した状態になっているらしいな。だからこそ、薬の輸入も秘密裏に行わざるを得ない」


 ベンは息を呑んで、真剣な表情で言う。


「……確かに、フォルトレイクは自国第一主義と言うか、排他的と言うか、そう言う風潮が強い国です。愛国心が強いとも言えますが……。しかし船長、なんでフォルトレイク国政評議会が秘密裏に薬を輸入してることなんて知っているんで……」


 疑問を口にしかけて、途中で何かに気づいたように、ベンは言葉を止めた。そして、ひっそりと呟く。


「……この船で運んでるんすか」


 ムスタファは無言で頷いた。二人は薬品倉庫にたどり着いた。先日の、侵入者との戦闘の跡が未だに残る部屋の中で、声をひそめたままムスタファは話す。


「先日の侵入者……ヘルシング・バザナードと名乗っているが……奴の狙いはおそらくこの治療薬とワクチンだ。奴と、奴の所属する組織……おおかた、戦後で職を失った傭兵団ってとこだろうが……そいつらは、この治療薬を利用して火薬庫状態のフォルトレイクに火をつけようとしている」


 ムスタファは深刻な表情で、言い切った。


「……奴らは、フォルトレイクで内戦を起こすつもりだ」

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