第9話〈リカ・プロントーの能力〉

「ふーん、リカと喧嘩したのか。まァ、あいつもツンケンしたやつだからな」


 螺旋状の通路を歩きながら、ベンが言う。


「別に、喧嘩というわけでは……」


 ベンの後をついて行きつつ、サヴァイヴはバツが悪そうに訂正した。そんなサヴァイヴの横には、相変わらず無表情で無関心げなアリスがいる。三人は、ソフィー号の第2階層を目指していた。


「あいつは、初対面の相手が苦手だからな。初めての後輩にどう対応したら良いか分からないんだろ」


 しかも、その後輩が妙に優秀で、自分に対して舐めた態度を取ってきたらそれは良い気持ちはしないだろう。仕方のないことだ。しかし、サヴァイヴだって悪気があるわけでは無い……多分。人間関係とは難しいものだ。


 そんな話をしているうちに、我々は第2階層にたどり着いた。内側へ続く通路を通って扉を開けると、広々とした空間に小さな露店が集まり、ちょっとした市場のようになっていた。船の中とは思えない光景だ。


「ここは……?」


 サヴァイヴが驚いた表情できょろきょろと首を動かした。


「いろんな店があるだろ?ここは、許可を得た乗客が商売できる専用エリアなのさ」


 そう言うと、ベンはいくつかある屋台のような店の一つに近づき、声をかけた。


「おう、オッサンどうだい調子は」


「ベンジャミンの旦那。今は忙しいですよ。昨日出航したばかりだからねぇ。新しく乗ってきた客が沢山買ってくれるよ」


「それは良い。どれ、俺らも買うぜ。三つくれよ」


 屋台の親父は、奥の木箱の中にある布袋から肉のパテ的なものを取り出すと、薄く切って鉄板で焼く。焼いている間に、小さく薄いナンのようなものを別の木箱から取り出し、茶色いねっとりしたソースを塗って、焼き上がった肉と瓶詰めの酢漬け野菜を挟んで渡してきた。


「ありがとよ」


 支払いを済まし、ベンはサヴァイヴとアリスにもそれを渡した。ソースには香辛料が多く使われているらしく、独特な香りを放っていた。受け取った肉サンドを見てサヴァイヴが聞く。


「これ、何の肉です?」

「トカゲ。海上では大量に採れるから安いんだよ」


 よもやトカゲ船でトカゲの肉を食べることになろうとは。私も少し分けてもらったが、香辛料の香りがトカゲ肉の独特の風味と上手く合っている。酢漬け野菜の酸味も程良い。好みが別れそうな味ではあるが、人によってはクセになる味わいだ。私は好きだ。


 その肉サンド……というよりトカゲバーガーと言うべきか。それを食べながら三人は露店の並ぶ賑わいの中を歩いていた。


「色々な地域、国の物が売ってるだろ?それぞれ文化も風習も違う。それをひとまとめに見ることができる。だから面白い。うちの船長らしい制度だよな。売る方も航海の間に金を儲けることができる。双方に利があるわけだ」


 長い航海の間の時間を商売に使えるのなら、商人にとっては悪く無いだろう。品物は船に大量に詰め込めるし、買ってくれる乗客もいる。


「だが、たまに無許可で物を売ってる奴や、こちらで禁止した物を売ってる奴なんかもいる。そういうのを監視するのが俺達の仕事さ」


 なるほど。先程から何をふらふらしているのかと思っていたが、パトロールの一環だったのか。サボりかと思っていた。


 突然ベンの足が止まった。地べたに白い布を敷いてその上にどかっと座って木の実を入れたカゴを並べた男が一人。そこへ、ベンが声をかける。


「おい、これコルの木の実だろ。こいつは販売許可出して無いぜ」


「……許可は頂きましたが」


「頂いてねえ」


 少しの間、軽く言い合った後、実を売っていた男は渋々とカゴに布をかけ、奥へ追いやった。それを確認すると、ベンは再び歩みを始めた。サヴァイヴが木の実売り男を背後に見つつ、ベンに尋ねる。


「あの木の実はなんで売ったら駄目なんですか?」


「あれは、コルっつう植物の実でな。薬の原料なんかに使われたりするんだが、実一つ一つでその薬理作用の差が大きい。モノによっては強力な毒になったり、麻薬的な作用をもたらす実もある。その判別が、非常に難しい。専門家でさえ間違うことがあるくらいらしい。だから、そういう厄介な、扱いに資格がいるようなものはこの露店エリアでは売らせないことになってんだ。色々面倒だからな」


「なるほど……」


 比較的自由に売買できるエリアだからこそ、よからぬ物を売って儲けようとする者も出てくる。それらを取り締まるのも、船内の治安維持において重要なことなのだろう。


 ベンは、先ほどの男から少し離れたところで陶器を売る老人に声をかけた。


「よっ、爺さん。ちょっと良いか」


「これは、ベンさん。いつもありがとうございます」


 どうやら顔なじみらしい。ベンは少し声を潜めて、コルの実男の方を見ながら老人に聞いた。


「あの男、いつからあの木の実を売っていた?買った奴はいたか?」


 老人は記憶を探るように、目を閉じて暫し考えていた。やがて、目を開いて言う。


「あの赤い実を売り出したのは、ほんのつい先ほどからです。それまでは、何か乾燥した種のようなものを売っていましたね。売っていると言っても、その品の名前も言わず、客も呼ばず、ただただ黙って種を並べているだけで、売れている様子はありませんでしたが……」


「種だと……?」


 ベンが眉をひそめた。老人はさらに思い出したらしく、付け加える。


「……そうそう、一人だけ、その種を見て買って行った者がいましたね。でもそれ以外は売れなかったようです」


「……そうか、ありがとな爺さん!」


 そう早口で礼を言うと、ベンは速足で先ほどの男のもとへ戻った。男は店じまいの支度をしているところであった。男の持つ布のかかったいくつかのカゴを睨むと、いきなりそれらのカゴを掴んで、すべての布を取っ払った。


「ちょっ……なんです、いきなり?」


 男は静かに抗議をした。カゴの中には先ほどのコルの実の他にもミカンのような果物や、船の朝食で出たような多肉植物の一種がたくさん入っていた。


「さっきの実以外の品は、全てあらかじめ販売許可を得ていますが?」


 男はボソボソと言う。ベンはそれに答えること無くカゴをじっとみていたが、そのうちの一つに手を突っ込んで、カゴの奥から小さな薄汚れた巾着袋を引っ張り出した。


「あっ」


 男が声をあげる。ベンは袋の中身を掌に開けると、中から植物の種のようなものが数粒出てきた。ベンが、鋭い目を男に向ける。


「これはなんだ?」


 男は何も答えず、目を地に向けて顔を伏せた。サヴァイヴとアリスが、ベンの手の上の種を覗き見る。


「この種……なんの種でしょう?」


「名前は忘れたが、麻薬の一種だよ。ほとんどの国で売買が禁止されてる。火をつけると薄紫の煙が出て、それを吸うと全能感や幸福感で満たされ、幻覚を見たりもするらしい。だが、同時に気性が非常に荒く、凶暴になるそうだ。実際、このヤクを原因とする殺傷騒ぎは話によく聞く……」


 説明しながらも、ベンは男から目を離さない。


「おい、これを買って行った奴がいるな?どんな奴だ?」


「覚えて無い。客の顔なんてそんなジロジロとは見ない。詮索もしない。それが売る側の礼儀ってものだ」


 何故か誇るような語り方で男は話す。ベンは大きく溜め息をつくと、懐からトンツー貝を出して鳴らした。


「とりあえず、応援を呼んだ。そいつらが来たら、この男を拘束して、情報を聞き出してもらう。その間に俺らは、種を買った客を探し出す。」


 やがて、ベンが呼んだと思われる屈強な男が二人、やってきた。そのうちの一人、筋骨隆々とした薄着の赤毛男にベンは言う。


「後は頼むわ。悪ィなジョー。忙しい時に」


「構わないさ!仕事ですからね。ええ!」


 そう言って太陽のような笑顔で笑うと、男たちは種の売人を連れて行った。それと入れ替わるように三人のもとにやってきたのは、ブルーアッシュの長髪をツインテールにした少女だ。先ほどと同じ、接客用の長い黒スカートと白いエプロンドレスを着たままである。


「リカ、こっちだ」


 ベンに呼ばれて来たリカは、その傍らにいたサヴァイヴを見て顔をしかめた。サヴァイヴがベンに問う。


「なんで、リカ先輩を呼んだんですか?」


「そりゃあ、何かを探すにはリカの力が不可欠だからさ。昨日の侵入者騒ぎの時には間に合わなかったが……」


 そう言いながら、ベンは売人が持っていた麻薬作用のある種を手に取り出し、リカに見せた。


「こいつを買って行った客を探してほしい。このクスリ……。なんて名前だったか分かるか?」


「『悪魔の苗床』ですね。前に、シーナに教えて頂きました」


 そう言いながら、リカは胸元から何かを取り出した。ペンダントのように首から下げていたものを服の中に隠していたらしい。それは、卵型の小さなカプセルのようであった。リカは何か覚悟するかのような表情で小さくため息を吐くと、サヴァイヴとアリスの方を見て言った。


「ちょうど良い機会です。しかとその目に焼き付けなさい。先輩である、私の力を」


 ペンダントのカプセルを開けた。中には、水晶のような透き通る石が入っていた。光を反射して淡く青白い光を放つ。その光を目にした瞬間、リカの瞳孔が縦に伸びた。


 嵐のように、強力な威圧感が彼女の体から吹き荒れた。私の中の動物的勘が悲鳴を上げる。私は慌ててサヴァイヴの頭の上を飛び立ち、リカから距離をとった。それはサヴァイヴとアリスも同じらしい。直感的に、二人は戦闘の構えをとっていた。


 手の爪が鋭く長く伸び、口元の歯、特に犬歯も鋭利に生えて牙と呼べるものとなった。結んでいた長髪が解けてうねうねと、自我を持つかの如く暴れ始める。何か凶暴で野性的な獣、化け物を封じ込めてなんとか人の形を保っているような歪な雰囲気を纏っている。


「リカ、大丈夫か?」


 ベンが冷静に声をかける。リカは肉食獣のような瞳でベンを見た。


「大丈夫ですよ。さあ、始めましょう」


 その声は、普段の彼女の声色よりも低く、唸り声のようにも聞こえた。ベンが掌に乗せた『悪魔の苗床』に顔を近づけ、スンッ……と匂いを嗅ぐ。それと同時に、うねるブルーアッシュの髪がお互いに結び付き、纏まって何かの形を形成した。それは、狼の耳を思わせる形状だ。音を探っているようだ。


「これは……?」


 と、聞くサヴァイヴに、ベンは答える。


「この状態のリカは、感覚が人のそれを遥かに超えて優れている。耳も、鼻もな。この船の上から下、全ての音を聞き分けることが出来るし、どんなに無臭に近いものであってもその匂いを捕らえて追うことが出来る」


 説明している間にも、リカは獣のような無表情で種に触れ、それの入っている巾着袋を揺らした。そして、ベンに言う。


「中央階層、後方エリアで、この巾着袋と同じ音を感じました。『匂い』のルートもそちらの方向を示しています」

「よっしゃ、分かった。すぐ向かうぞ!」


 リカは、ふぅ、と息を吐くと、結晶の入ったカプセルを閉じた。瞬く間に爪と歯は縮み、髪の毛はただのロングヘアとなって垂れ下がった。瞳も、もとの丸く愛らしいものに戻っている。サヴァイヴが尋ねる。


「あれ、戻しちゃうんですか?これから追うんじゃ……」


「あの姿、あまり人に見られたくないのです」


 リカは少し恥ずかし気に言う。すでに周りには野次馬が集まり、私たちを遠巻きに見ていた。人の多く行き来する露店市場の端だから、当然と言えばそうだ。リカは周りの目を気にするようにチラチラと目を動かしていた。先ほどの、獣のような冷たい無表情はもう無かった。私はサヴァイヴの頭の上に着地した。


「それに、階層さえ分かれば、大丈夫です。近づければ、力を使わなくても匂いで追えます」


 どうやら、あの状態にならなくても元々人より感覚が強いらしい。同じ階層に行けば知覚出来るくらいには、聴覚も嗅覚も優れているわけだ。


 四人は中央階層を急ぎ目指す。その道中、サヴァイヴがリカに尋ねる。


「リカ先輩……あなた、何者なんです?」


 アリスも興味深げな目線をリカに向けていた。リカは、二人の驚いたような表情に満足したのか、少し機嫌良さげに話し始める。


「『月灯りの呪い』って聞いたことあります?無いですか?そうですか!無知ですね!簡単に言うと、満月の光を浴びると自我の無い化け物になってしまうという呪いです」


 要は、狼男のようなものか。


「私の父は、とある国で腕の良い商人をしているのですが、商売敵から呪いをかけられましてね、それが術をかけた者が未熟だったせいか、娘の私にかかってしまいまして。このようなことに」


 淡々と気楽な口調で話すが、内容は中々に重い。彼女自身も、その家族も色々苦労したことだろう。


「そんな時に、このソフィー号の副船長に助けて頂いて、その縁で船員になったのです」


「でも、今は満月の夜じゃ無いですよね?さっきのは一体……」


「リカが首から下げてる石の効果だよ」


 サヴァイヴの疑問に、ベンが答えた。それに続いて、胸元のペンダントに触れながらリカが説明する。


「『ムーンライトジェム』と呼ばれる特殊な石です。噂によると月で採れた石とのことですが、真実は知りません。確かなのは、この石の光を目にすると満月時と同じ化け物の力を扱うことが出来るということです。しかも、自我を保ったままで。呪いの有効活用ですね」


「……サヴァイヴと似てる」


 アリスがボソッと呟いた。言われてみれば、確かにそうだ。サヴァイヴのあの筋繊維の銃口も呪いの有効活用の例だろう。


「……何だか知りませんが、一緒にしないでください」


 リカがぼやく。そして一行は中央階層に辿り着いた。


 中央階層は、乗客の居住エリアとしては最下層に位置する。港と繋がる際には乗客用の出入り口となるので、宿屋のフロントのような役割を持つ階層となっている。メインの大きな受付や、比較的安い食事場所、売店等が並ぶ。また後方にある客室は船内で最も安く、木製の二段ベッドのようなものが連なる相部屋形式となっているらしい。


 第4階層と比較すると庶民的な雰囲気の乗客が多い。ベンは小声でリカに聞く。


「後方だったか……?買った奴。つまり、客室?」


「いや……移動したみたいです」


 リカが鼻を一瞬動かして言う。サヴァイヴも小声で聞いた。


「どこです……?」


 それには答えず、リカは目を素早く動かして辺りを見る。どうやら、思ったよりも近くにいるようだ。


 やがて彼女は無言で一人の男を指さした。壁際で煙草を吸っている、貧相な風貌の青年だった。どこか挙動不審で落ち着きなく、しきりに首を動かして周りを見ている。そんな青年を鋭い赤眼で見据えながら、サヴァイヴが身を乗り出す。


「では、僕が行ってきます」

「待ちなさい」


 サヴァイヴの服を掴んで、リカが引き戻す。それなら私が、と言わんばかりに無言で向かおうとするアリスも同じく引き戻すと、リカは二人に言った。


「あなた達は、血気盛ん過ぎます。事は穏便に進めなければなりません」

「でも、危険な薬なんですよね……?早く回収しないと」

「それは、もちろんです。なので、私に任せてください」


 リカの言葉を聞き、サヴァイヴは露骨に不安そうな表情になった。そんなサヴァイヴをジトッとした目で睨みつつ、「侮らないでください」と言ってリカは一人、青年のもとへ向かった。ふと、最近どこかで嗅いだような、甘い香りが私の鼻をくすぐった。


 ベンが、サヴァイヴの肩を叩く。


「まぁ、リカ先輩を信じて任せてみな」


 リカは笑顔で青年に優しく声をかけた。


「こんにちは、お客様。お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


 びくっと身を震わせた青年は、反射的にリカに向かって拳を向けた。


 リカは、その拳を音もなく左手で受け止めると、自身の足を青年の足に引っかけ、彼を前方へよろけさせる。青年が声を出す暇も与えず、空いた方の右手に持っていたハンカチのようなものを彼の口と鼻に押し付けた。どうやら眠り薬のようだ、先ほどの甘い香りの正体だ。青年は途端に意識を失い、リカに身を任せてガクッと座り込んだ。


「あら、お客様。貧血かしら。医務室へお連れしなくちゃ」


 そんなことを言いながら、リカはこちらへ手招きする。サヴァイヴとベンが駆けて行き、眠る男の体を運ぶ。ベンが小声でサヴァイヴに話す。


「リカは、幼い頃から自分にかけられた呪いに悩み続け、自分が化け物になる事で周りの人を傷つけてしまう事を恐れている。だからこそ、何でもない平穏な日常を大切にして守りたいと思う気持ちが強いから、どんなことでも出来るだけ大きな騒ぎにせず、穏便に済ませようという意思を持っているんだ」


「なるほど……。でもこれって、穏便ですかね?」


 サヴァイヴは、ぐったりと眠る青年の体を見ながら言った。ベンが苦笑いする。


「まァ……。思ったよりはパワープレイだったが……。でも、大した騒ぎにはなってないだろ?」


 サヴァイヴはちらりと周りを見る。人が貧血で倒れたというちょっとした出来事に視線を向ける人々は何人かいれど、すぐに大したことは無いらしいということで興味を失って去っていく。もし対応したのがサヴァイヴやアリスだったら、軽く戦闘になっていた可能性もある。傭兵の実力をもってすればすぐに制圧は出来るだろうが、ここまで静かに事は済まなかっただろう。


「ベンさんだったら、どのように対処します?」

「近づいて行って、例の薬が入った巾着袋だけをスる」


 手癖の悪い手法だ。もっと何か、上手く話し合いで説得するとか、そういうやり方を使える奴はいないのか。ムスタファ船長なんかは出来るかもしれない。


 乗客が少ない螺旋通路を通って眠る男を運ぶ。後ろからアリスと共について歩くリカに、サヴァイヴが言った。


「あの、先ほど仕事中に、生意気なことを言ってすみませんでした」


「な、なんです?急に……」


 リカは不意を突かれたように戸惑いの表情を浮かべた。サヴァイヴが言っているのは、午前中の、リカとの言い合いの件だろう。サヴァイヴは一瞬アリスの方に目を向ける。アリスもサヴァイヴの顔をじっと見ていた。


「……リカ先輩の言う通り、僕は確かに調子に乗っていたと思います。……僕は、自分の腕には自信がありますが、でも今の事案、僕だったら先輩ほど穏便には対処出来なかった。この船の船員としては、まだまだ未熟者です」


「……未熟者なのは当たり前です。新入りなのですから。ほんと、自意識過剰野郎ですね」


 やれやれ……と、呆れたように半目でリカは言う。


「まあ、未熟を自覚出来たのは大きな一歩です。あなたなら、すぐに私以上に上手く対応できるようになるでしょう」


 それからサヴァイヴの表情をそっと見ると、彼の顔から目を反らして続ける。


「……私の方こそ、あなたに対して大人げない……もとい、先輩げない接し方をしていたかもしれません。それは謝ります。私も先輩として未熟でした」


 そんなリカを見て、ベンがニヤッと笑う。ベンと同じく二人を交互に見ていたアリスもまた、無表情ながら纏う雰囲気はどこか穏やかなものとなっていた。


 B1階層の医務室に辿り着く。船医のドリュートン先生に青年が『悪魔の苗床』を吸っているかどうかを診断してもらうらしい。ベンはドリュートン先生と話し合いを始めた。


「この後どうするかは、まぁ船長とかトムさんとか……上の連中と相談だな。さっきみたいに神経質な状態だと、話もしにくいだろうから、まずはこいつに落ち着いて話せる状態になってもらわねぇと」

「それが良いだろうね。鎮静作用のある薬もあるが、すでに眠り薬が使われているし、あまり体に良いものでもない。時間をかけて落ち着かせるのが一番さ」


 サンタクロースのような白髭を撫でながら、ドリュートン先生は穏やかに言う。


「私に任せてくださいな」

「済まねぇ、助かるぜ先生!」


 ベンが礼を言うその傍らで、シーナがサヴァイヴ、アリス、リカの三人に声をかけた。


「三人とも、仲良くなった?」


「サヴァイヴとは、なっていないです」


 リカが答える。サヴァイヴも苦笑いをした。


「どうやらそのようですね」


「大丈夫、喧嘩するほど仲が良いって言うでしょ?すぐに打ち解けるよ。二人とも、なんだか似てるし」


 シーナが天使の笑顔で言う。アリスも無言で頷いていた。


「似てないですっ!」


 リカが否定の声を上げた。それから困ったように笑うサヴァイヴの顔をジトッと睨むと、ため息を吐いた。


「……とは言え、後輩と良好な関係を築くのも先輩の勤めですね」


 そう言うと、リカはサヴァイヴに対して右手を差し出した。


「というわけで、仲良くしましょう。よろしくお願いします」


 サヴァイヴは彼女の握手に応えた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「か、堅いね……。もっとフレンドリーに!二人とも!」


 シーナが呆れ笑いをしながら言った。その隣で、アリスが両手の指で自分の口元を伸ばし、手動で笑顔を作っていた。サヴァイヴがフレンドリーな笑顔で、冗談っぽくリカに話しかける。


「これから仲良くしよう!よろしくね、リカちゃん!」

「敬意ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ‼先輩だって言っているでしょうがっ‼」


 リカは顔を赤くして唸り声を上げる。サヴァイヴはくすくすと笑った。少しは仲良くなれているのだろうか。そうだったら良いと思う。


 まあ、焦る必要は無い。サヴァイヴのソフィー号船員としての生活はまだ始まったばかりなのだから。

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