第2話〈面接〉

前世が人で今世は鳥である私は、気まぐれに面白そうな人間について行くのが趣味である。


 そんな私がある日出会った黒髪赤眼の少年、サヴァイヴ・アルバトロス。彼は元傭兵であり、小柄で華奢なその見かけによらず高い戦闘能力を有していた。馬車を襲撃してきた賊とサヴァイヴの戦いを見たトカゲ船の船長、ギギリ・ムスタファはサヴァイヴを自分の船の船員としてスカウトした。


 そして二人は、トカゲ船の待つ塩の砂漠、『海』を目指して歩き出したのであった。


 それから二人はひたすら歩き続け、約半日が経過した。段々と辺りの空気は乾燥してゆき、小さな白い家が多く並ぶ綺麗な町が見えてきた。小高い丘の上から町を見下ろしつつ、その町を覆うように聳える防壁と、さらにその奥に見える広大な灰色の砂漠を指差し、ムスタファは言った。


「サヴァイヴ‼見えるか、あれが海だ」

「あれが……。そうですか、ここまでずいぶんかかりましたね」


 サヴァイヴは額の汗をぬぐった。


「そりゃ歩きだったからな」


「それで、これからムスタファさんの船に向かうんですか?」


 サヴァイヴは目を凝らして海を見た。だが、点のように見える人間大の小柄なトカゲが引く小型船は数多くあれど、ムスタファから聞いていたような、大量の人が乗る巨大なトカゲ船はどこにも見当たらなかった。


「まあまあ、そう慌てんなって。ずっと歩き続けで腹減ったろ?まずは、面接も兼ねて飯でも食おうぜ。奢ってやる」


 そう言うとムスタファは町の風景を背にし、丘を下りる道を進んだ。


 やがて空の色が青から朱へ、そして朱から紺へと変わり、辺りが薄暗くなってきた頃に、二人は港町にたどり着いた。ここに来るまでに見られた灰白色の地面からとった土を使っているのか、白いレンガ造りで風通しの良さそうな構造の建物が並んでいる。


 また、比較的人が多く栄えた町であるようで、夜も近いというのに、道行く人がそこかしこに見られ、中心部に近づくと古びた木で出来た小さな夜店が多く立ち並び、辺りは活気に満ちていた。ランプの灯りで照らされた白い建物のうちの一つ。『テイラー』と書かれた看板の、どちらかというとこぢんまりとした料理屋に二人は入っていった。


 野生の鳥という身でありながら、私も二人に続いてしれっとその店の扉をくぐった。


「あ、ちょっと。駄目だよ。店の中まで来たら」


 私の暴挙に気がついたサヴァイヴが、私を手で抱えた。


「大丈夫だろ。気にするな。この港町にある店はどこも規律が緩いからな。ペットの持ち込みくらいは誰も気にしねえよ」


 なかなか意識の高い店である。


 サヴァイヴは少し戸惑った表情を見せつつ私を足元に置いた。私はその場でふわりと羽ばたいてサヴァイヴの頭の上に乗っかった。サヴァイヴは苦笑いをして言う。


「僕が飼っているわけでは無いんですけどね……」


 店内には赤を基調とした華やかな内装が施されており、外の町並みとは少し雰囲気の異なる、異国の空気漂う空間であった。また外観からも想像できる通りこぢんまりとしていて席の数も非常に少なく、客もほとんど入っていなかった。


 ムスタファは店のウェイターやコックとなにやら異国の言葉で少し会話した後、窓際の四人用の席に座った。サヴァイヴもムスタファの向かいに座り、私はサヴァイヴの左隣の席に着地した。


 やがて、木製のプレートに紙が貼られ、何やら文字の書かれたメニューのようなものが運ばれてきた。


「嫌いなものは無いか?無ければ俺が適当に注文するぜ」

「はい。お願いします」


 ムスタファは、いくつかの料理と飲み物をウェイターに注文した。


「そんなに時間かからないってよ」

「そうですか……」


 少し間が空いてから、サヴァイブが尋ねた。


「面接とか言ってましたけど、何をするんですか?」


「ん?ああ。要は、お前の事を詳しく教えてくれって事だよ。お前、歳は?」


「十六です」

「まじか。そこそこ若いな」


 就職に面接は付きものである。それはトカゲ船の船員であろうとやはり変わらないらしい。だが、ムスタファはメモなどを取る様子もなく、まるで軽めの世間話でもするようなテンションで面接を続けた。


「さっき侵奪者と戦った時、腕から銃みたいなものが出ていたな?ありゃなんだ?」


 馬車で侵奪者の襲撃を受けた際、サヴァイヴの右手が裂けて出てきた筋繊維の銃口のようなもの。あれの事を言っているのだろう。今まで見たことの無い、異様な光景であった。


「僕も詳しくは分からないのですが、強力な呪いの一種だそうです。僕が所属していた傭兵団『アルバトロス』の団長から受け継いだものです」


「どういう銃なんだ?普通に弾丸が出るのか?」


「いえ、何と言いますか、圧力のようなものを飛ばして相手にぶつけます。拳で殴る程度の力から、人をぐちゃぐちゃに圧し潰すレベルまで、圧力は自在に変える事ができます」


 そういえば確かに、あの銃口を向けられた侵奪者のリーダー格は、目に見えない何かによって吹き飛ばされたかのように見えた。あれは銃口から出てきた圧力によるものだったのだろう。


「なるほどな。あと、呪力抗体はいくつ持ってる?とりあえず戦場の呪いに対する抗体はさっき見たが……」


「把握してる限りでは四つです。戦場の呪い以外に、血痕の呪いと銃創の呪い、裂傷の呪いに対する抗体も持ってます」


「そうか、そりゃ良い。呪力抗体を持ってない奴は俺の船では働けねえからな」


 ムスタファは口を綻ばせた。だがその目はまるで品定めするようにサヴァイヴを見つめていた。


 この世界にはありとあらゆる呪いが存在する。呪力抗体とは、その名の通り特定の呪いに対する抵抗力の事であり、例えば『戦場の呪力抗体』を持っていたら『戦場の呪い』を受けずに済む。


 しかし、これを持っている人間など滅多にいるものではなく、私もサヴァイヴに出会うまで噂でしか聞いたことが無かった。そもそも素質のある人間でないと呪力抗体を得る段階で呪いにやられてしまうそうだ。どうやらムスタファの船の船員は、トップから下っ端の雑用に至るまで、全員がこの呪力抗体を持っているらしい。とんでもない船だ。


 ムスタファは、何かを考えるようにテーブルを指でゆっくりと叩いていたが、やがてサヴァイヴの顔を見て言った。


「それから、ここが大事だ。お前は、何でトカゲ船の船員になりたいって思ったんだ?」


 どこの世界の面接でも志望動機は必ず聞かれるらしい。サヴァイヴは、少し考えた後に答えた。


「えっと。今まで、戦場以外の場所を見たことなかったので、船に乗って、海を越えて色々な所に行って、広い世界を見て、知りたいと思ったんです」


「……そうか。だよな。分かるぜ。んで、俺の船ならそれが叶うさ。なんせ世界を一周するからな」


 そんな話をしていた矢先、先ほど頼んでいた料理が運ばれてきた。大きめの鳥の照り焼きにいくつかの独特な香りのするソースがかかったものである。旨そうだ。つまみ食いの一つでもしたいところだが、共食いになってしまうのでやめておく。


 また、緑と紫の葉が綺麗に盛り付けられたサラダのようなものと、細長いグラスに注がれた赤ワインのような色の飲み物、そして小皿に銀のナイフとフォークも二人分、テーブルに置かれた。


「まあ食えや」

「いただきます」


 促されるまま、サヴァイヴは、ナイフで薄く切られた照り焼きに白と濃い茶色のソースをつけて食べた。一口噛むごとにサヴァイヴの瞳は輝きを帯び、飲み込んだかと思えばすぐにもう一切れを口に運んだ。


「美味いだろ?」

「はい」


 ムスタファは満足げに笑って続けた。


「この店では、あらゆる地方の味を楽しめる。今食った肉料理なんかは、ここからずっと東南に行った先にある、いくつかの島国で食われてるやつさ。俺は実際に行って食ったがな、この店の味は本場に劣らないぜ」

「そうなんですか……」

「俺の船は、大量の客を世界中の港に運ぶ。だから、世界各地の飯の味や文化、思想を実際に体感することが出来る。お前の望む通りだ」


 何口目かの肉切れを飲みこみ、サヴァイヴは頷いた。


「それは面白そうですね」


 それを聞いてにっこりと笑った直後、急に真顔になりムスタファは語り始めた。


「そりゃあ面白いさ。だがそれだけじゃない。トカゲ船の船員になるには知っておかなければならない。海という環境の厳しさを」


 そう言って、グラスの飲み物を三口飲んだ。


「人類はトカゲ船が無いと海に入ることができない。あの広大な塩の砂漠は、巨大な呪いに覆われているからな。世界の七割近くを占めると言われる呪われた未開の大地。ゆえに海の上ではどこの国の法律も適用されない。トカゲ船には、それぞれの船で独自の規律、決まりごとがある。もちろん、俺の船にもな」

「俺は、俺の船を一つの『国』だと考えている。俺はその王様さ」


 私は思わず吹き出しそうになった。だが鳥の身であるためか、少し鳴き声を上げるだけに留まった。人の身だったら危なかったかもしれない。


 一方サヴァイヴは神妙な面持ちでムスタファの話に聞き入っていた。


「俺の国は、金さえ払えばどんな者でも拒まない。世界の貴族から、貧乏人、奴隷、犯罪者、誰でも乗せる。誰でも乗せるが、船の中では船のルールに従ってもらう。もし、そのルールを破るものが出たら取り締まる。たとえ相手がどんなに偉い、他国の王族だとしたって平等にな」


 ムスタファの舌はどんどん回っていく。


「世界にはあらゆる思想や宗教、文化風習があり、俺達とは価値観の全く異なる連中もたくさんいる。侵奪者なんかまさにそうだな。そういった連中と関わって、世界のあらゆる文化風習思想に出会ったとき、それらを理解し敬意を持って接した上で、しかしそれらに流されず、俺の船のルールを遵守してもらう。そういう柔軟で強い意志が必要だ」

「……なるほど」


 サヴァイヴは静かに頷いた。それをちらりと見つつムスタファは続けた。


「それとな。元傭兵で戦いのプロなだけあって、お前は強い。少なくとも俺よりは強い。だが、世界は広いからな。お前より強い奴なんていくらでも居るわけだ」

「それは、そうでしょう」

「ああ。俺の船にも居る。つまり、自分より上の実力を持つ相手に対しても適切に対処できる対応力も求められる」


 ムスタファは照り焼きの大きな肉片をフォークで刺した。


「トカゲ船の……というより俺の船の船員になるには今言ったような様々な『力』が必要なのさ。ただ腕っぷしの力が強いだけじゃあ駄目だ」


 大口を開けて肉片を口に運んだ。それを見ながらサヴァイヴは強く頷いた。


 二口ほど噛んで飲み込むと、ムスタファは言った。


「何か質問は?」

「今のところありません」

「今のところ。そうか」


 ニヤリ、と笑うと、グラスの残りを飲み干して続けた。


「……まぁ、細かい事を色々と言ったがな。この際、今は良いんだ。気にしなくてもな。実際に経験してみないと実感はできないものさ。追々理解して行けば良い。それより何より、お前の傭兵としての戦闘経験、戦闘スキル、そして若さゆえの成長性。それが俺の船に欲しい。だから、俺の船に来てくれると嬉しい。お前は来たいか?」


 サヴァイヴは唾を飲んだ。そして答えた。


「はい。ぜひ」

「そりゃあ良かった」


 そう言って笑うとムスタファは店員にグラスのおかわりを注文した。すぐに運ばれてきたそれを手にサヴァイヴに向けて乾杯のような仕草をすると一気に飲み干し、再び笑って一息ついた。


 そしておもむろに口を開いた。


「……良かった……のだが、実は一つ問題があってな」


「え?」


「実は、お前以外にも、もう一人俺の船に来たいっていう奴がいてな。前々から目を付けていた奴で、これからこの店で待ち合わせって事になってる。そろそろ来ると思うんだが……」


 意外な話に、サヴァイヴは料理を食べる手を止めた。そんな彼に説明か弁明か分からないが何かを始めようとムスタファが口を開いた瞬間、店の厚い木製扉が開き、客が一人、入ってきた。


「噂をすれば、だな。おいアリス!ここだ!」


 ムスタファに呼ばれて二人の席にやって来たのは、小柄な少女であった。サヴァイヴと同年代くらいだろうか。絹のように美しい銀髪を頭の上の方で束ねてポニーテールにしている。

 

 その服装は、長い袖とキュロットのようなスカートが特徴的なモノトーンの軽装であり、身軽で動きやすそうに見える。服の上からでもわかる華奢な身体つきに整った顔。風貌は美しいが、先ほどムスタファが語っていた船員の条件を満たしているとはとても思えない。屈強な船乗りのイメージとは欠片も重ならない。儚げな雰囲気を漂わせている。


「……こんにちは」


 囁くような声で言うと、銀色の宝石のような瞳でサヴァイヴを一瞥し、ムスタファに尋ねた。


「船長。この人、誰?」


「『どなたですか』な。敬語を使えるようになれって言ったろ?アリス」


「ごめん。……じゃなくて……ごめんなさい」


 表情を変えることなく、反省のそぶりも見せず、アリスと呼ばれた少女はただ両手の袖で口を覆った。そんな彼女をサヴァイヴは唖然とした表情で見ている。先ほど私が抱いたのと同じ感想を思っているのだろう。


 そんな二人を面白そうに眺めつつ、若干芝居がかったそぶりでムスタファは言った。


「さて悲しいことだが、うちの船員の空きは今、一つしか無ぇ。だから、悪いけどな。これが最終試験って事で。お前ら二人、戦ってくれ」


 サヴァイヴは目を見開いた。一方のアリスは表情を変えずサヴァイヴをジッと見据えた。ムスタファはニヤリと笑う。


「勝ったほうが、俺の船の船員だ」

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