第四章 聖邪の光

臨時会議

「本当に無事で良かった。橘さんも、よく耐え抜きましたね……」


 絶体絶命の中、助けに来てくれた朝霧さん。彼女にこうして助けられたのは二度目だ。危険を顧みず勇敢に戦ってくれた橘さん。そしてUCIAの仲間。エントランスで防衛網を敷いていた室長達は、かなり傷だらけになっていた。所々出血している箇所もある。


「――申し訳ありません。救世主メシア様。守備隊の方々に甚大な被害を及ぼしてしまいました……」


 橘さんが片膝をつき、朝霧さんにそう報告する。俯き、顔を上げる事無く言う姿から、彼女が非常に悔やんでいる事が感じ取れる。


「――橘さん。顔を上げてください。貴女は良く頑張りました。姫宮さんやUCIAの皆様が無事だったのは、貴女のおかげです。この結果は決して恥じる事ではありません……」


 辺りを見回す。基地は常時二つの分隊が警備に当たっているが、そのほとんどが今回の襲撃で重傷、もしくは命を落としたようだ…… 今は少し前に駆けつけた救援部隊が救護を行っている。一人でも多くの命が助かる事を願ってはいるが…………


「姫宮…… 無事でよかった」


 室長達が私達の元へ歩み寄ってきた。


「――橘。礼を言う。お前の加護が無かったら、私達も全滅していただろう……」


 室長や神蔵、葉山にスティーブン。皆が無事で本当に良かった。


「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに、危うく姫宮さんが敵に連れ去られる所でした…… 守備隊の方々も守れず、己の弱さを痛感しています……」


 橘さんの表情は重い。


「橘。気を落とさないで欲しい。あのAWを基地内に入れてしまったのは私達の責任だ……」


 室長やみんなもこの状況を悔やんでいるだろう。守備隊はほぼ全滅し、駐機されていた車両やUAVも破壊されている。基地もロータリー及びエントランス周辺は酷い有様だ。

 

 その時、基地の中からクリスが走ってこちらにやってくる。


「麻美! 前室にいてって言ったのに! なんで出て行っちゃうの! 心配したんだから!」


 泣きながら私にお説教を始めるクリス。緊急事態のルールを破ってしまった事は事実だ。だがあのまま前室で一人だけ避難している訳にもいかない……


「姫宮。無事でいてくれた事は嬉しいが…… 私は橘を連れて前室へ避難しろと言ったはずだ。それを破ったという事は――分かっているな?」


 私の前に立つ室長。そして室長の右腕が動いたことを察知した私。


 次の瞬間、飛んできた平手打ち。私は室長の手首を掴んで止めた。


「――私だけ避難出来るはずが無い! みんなは私の大切な仲間です。見捨てられる訳が無い! それとも私だけ仲間じゃ無くて、お荷物なか弱いお姫様なんですか!」


 自然と目が潤む。室長も、神蔵も、葉山も、クリスも、スティーブンも…… 大切なUCIAの仲間だ。自分一人だけ安全な場所に避難している事なんて出来ない。私は室長の鋭い目を見つめながら、そう叫ぶように言った。


「……少し、成長したな。姫宮」


 室長の厳しい表情が少しだけ緩んだ。


「よく耐えた。だが命令違反したことは事実だ。腕立て300回は覚悟しておけ」


 室長は僅かに微笑みながらそう言った。私も釣られて涙ぐみながらも微笑んでしまう。


「――はい」


 その時、連絡通路からロータリーに一台の車が入ってくる。あの高級セダンは哲也の車だ。車が止まると、哲也と詩姓が降りてくる。


「麻美! 無事だったか!」


 哲也は私の元へ走り寄る。そして室長に一礼する。


「今回の襲撃、AWの狙いはここがターゲットだったようだ。相模統合補給廠への攻撃は陽動。あちらも少なからず被害が出ているようだが、敵はある程度戦力を引きつけた後、撤退したらしい。UCIAの皆が無事で良かった」


 哲也は少し安堵した表情を浮かべている。


「透鴇課長。そちらは何もお変わりありませんでしたか……?」


 室長は静かにそう言った。


「少し気になる事はありますが…… あいにくこちらは被害は出ておりません。只ここが襲撃を受けたとなると、今後こちらや教会が襲撃を受ける可能性もあるでしょう」


 ゆっくりと詩姓が歩いてくる。が、朝霧さんと橘さんを見た途端、その動きを止めた。


「教会の方々には紹介がまだでしたね。新しく部下となった詩姓麗子警部です。まあこの通り個性が強い部下ですが、今後は宜しくお願いしたい」


 詩姓は冷たい視線を朝霧さんに向けている。


救世主メシア様。この方は……」


 橘さんが警戒している。


「禍々しき力を感じますが、明確な敵意は感じられませんね……」


 朝霧さんはそう言うと、詩姓に一礼した。引き続き橘さんも一礼する。


「アルサード教会、聖女神官を務めています朝霧真由です」

 

 そして詩姓も一礼する。


「公安警察第七課…… 詩姓麗子です。よろしく……」


 朝霧さんの表情はいつものように緩んでいない。おそらく詩姓を警戒していると思われる。


「課長、少し…… この場を調査して、宜しいでしょうか……?」


 詩姓の視線が鋭くなる。恐らく何かを察知したのか、周囲を見回している。


「――何か分かったのか?」


「この残滓は間違いない…… 例の事件で感じたものと……同じだ……」


 詩姓は右手をかざしながら、周囲を探るように見回している。


「例の事件…… 渋谷ルミナスタワー屋上の?」


「そうだ…… この霊力残滓は、間違いない……」


 死神デス。愚かなる命を刈り尽くす者…… その力は審判までのレベルではないものの、かなり驚異的な力を持っていた。朝霧さんがいなければ私達は確実に殺されていただろう……


「ここを襲ったAWは死神デスと名乗ったわ…… 何か心当たりは?」


 私の言葉に、詩姓がゆっくりと口を開く。


「この場では…… 場所を変えた方がいい……」


 そして詩姓は、血を流し倒れている黒いローブを羽織った女性に近づいていく。


「こいつは…… まだ生きているナ……」


 詩姓が不気味な笑みを浮かべる。そして私達は、いったん基地の中に戻るのだった……



2026年 10月03日 土曜日 01時27分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース 応接室


 私達は救援部隊から一通りの応急処置を受けた後、応接室に集まった。非常用のレーションと温かい飲み物でしばし休憩を取った後、皆で今後の対策を考える事となった。


「――とにかく、皆が無事で本当に良かった。そして朝霧様、貴女と橘のおかげで私達は命を救われた。本当に感謝している」


 室長を初め、UCIAの皆が頭を下げる。私も頭を下げた。


「いつもぎりぎりの救援で、申し訳ありません。本来でしたらもう少し早く察知出来る筈なのですが…… 敵もかなり高度な魔術を操っているようで、察知が遅れてしまったようです。姫宮さんに渡した指輪が無ければ、間に合わなかったでしょう」


 私の右手に嵌められたアメジストの指輪。あの時これが強烈な光を放ち、死神の体勢を崩した事が反撃の転機だった。あのまま魔法を放たれていたら、私達は助からなかっただろう。


「何故、殺さなかった……? 取り逃がせばまた再び脅威となる…… 貴女ほどの力があれば…… 造作ないはずだが……?」

  

 詩姓の言葉に朝霧さんが答える。


「――むやみな殺生は好みません。AWといえど人間です。魔術を扱えるのは私達も変わらない。彼女達に同情する気はありませんが、AWだからといって殺していい訳でもない……」


 朝霧さんの言葉に、詩姓は黙り込む。


「だが、容赦できる状況でもない。敵AWは実際に襲撃を仕掛け多数の死者が発生した。奇跡的に俺達は無事だったが、姫宮が拉致されかけたのも事実だ。その甘さが――いずれ命取りになる」


 神蔵はそう言った。


「朝霧様。我々公安としても、敵AWに関して全力で挑まなければならないと思っている。次に接触した場合、敵AWに対して容赦をするつもりはない。朝霧様も、覚悟を決めて頂きたい」


 哲也の言葉に、朝霧さんは視線を落とし考え込んでいる。室長はそんな朝霧さんを見ながら口を開いた。


「敵は近いうちにまた襲撃をかけてくる可能性もあるが…… ここを襲ってきた敵AW五人のうち四人は倒す事が出来た。敵側としては姫宮の拉致にも失敗し、大きな損失が出ている。それを考えれば基地の態勢を立て直す時間はあるだろう。だが私達としても朝霧様には覚悟を決めて欲しい。審判ジャッジメントや今回の死神デスといった高位AWは、貴女でないと倒せないだろう。――情けない申し出なのは承知している」


 室長の言葉に、朝霧さんがようやく顔を上げる。


「――分かりました。もし今後再び高位AWが現れたときは、私が責任を持って対処します」


 朝霧さんは真剣な眼差しでそう強く言い切った。


「ただし――姫宮さんの警護に関してはアルサード教会に全権限を一任することが条件です」


 朝霧さんはそう言って室長を見つめた。


「待て。姫宮はあくまでUCIAの人間かつ軍人だ。流石にそれは認められんだろう」

 

 神蔵が割って入ってくる。


「そうだ。姫宮さんは僕たちの大切な仲間だ。申し出は感謝するが認められる筈がない」


 葉山も口を挟む。二人の言葉に朝霧さんが口を開いた。


「でしたら、皆様は姫宮さんを守ることが出来るのですか? 前回も、そして今回も、姫宮さんやUCIAの皆様を助けたのは私とAMGEの子達です。想いだけでは何も守れません。それは皆様が、一番よく分かっているはずです」


 朝霧さんの鋭い瞳。その言葉に、室長を初め神蔵、そして葉山は言葉が出ない……


 しばらく沈黙が続いた後、ようやく室長が口を開く。


「――分かりました。だがこの件は私ひとりで決められることではない。回答は明日までお待ち頂きたい」


「良き返事を、期待しています」


 クリスが私を複雑な表情で見つめている。寂しそうな、それでいてやり場の無い悔しさを抱いているのだろうか……


 朝霧さんの言うことはもっともだが、私個人としては不甲斐ない気持ちでいっぱいだ…… 一人だけ足を引っ張っているような気がする……


 敵が何故、私をこうも狙うのか? その理由は何なのだろうか……?


 私の警護を教会に一任する。もしそうなれば、審判の時と同じように教会の一室で当分は過ごすことになるのかもしれない。だがそうなればわたしがUCIAに居る理由、それが自分の中で分からなくなりそうだ……


「わたしは、UCIAの皆様が力不足だと言いたい訳ではありません。審判、そして死神。おそらくタロットカードの大アルカナになぞらえた名前を持つこれらは、強力な高位AWです。生身の人間が対処できるレベルではない。決して傲っているわけではありませんが、確実に姫宮さんを守ることが出来るのは、私を初めとする教会の人間しかいないと思います」

 

 朝霧さんは静かにそう言った。私の身をそれだけ案じてくれているのだ。その気持ちは素直に感謝したい。


 だが、自分の力の無さを痛感することも事実だ……


 守られてばかり…… そんな気がする……


「その意見には私も賛成だ…… わたしも愚者フールの名を授かりし者…… 課長と相談しこちらで保護も考えたが、今はこちらも…… 立て込んでいてね」


 詩姓の言葉を聞き、朝霧さんと橘さんが驚く。そして詩姓の経緯を、哲也が一通り説明した。その説明にある程度の理解を得られたようだ。哲也は言葉を続ける。


「判明しているのは、審判ジャッジメントを初め死神デス魔術師マジシャン、そして詩姓の愚者フールを含めれば四人。タロットカードの大アルカナは全部で22枚。つまり高位AWはまだ複数存在すると考えていい。敵の狙いは姫宮だ。我々公安とアルサード教会、そしてUCIA。それぞれの組織の概念を捨てて協力しなければ、この事態に対応するのは難しいだろう」


 皆が難しい顔をしている。AWが人知を超えた力を持っていることは分かっていたが、組織的に今回のような襲撃が再び起これば更なる被害が予想される。協力体制を結んでいるとはいえ、それぞれの立場もある。


「……しかし、何故敵はグラウンドベースの位置と正確な侵入経路が分かった?」


 神蔵が言った。確かに今回の襲撃はこの場所を敵が正確に把握していなければ実行できなかったはずだ。五体のAWはまっすぐここに向かってきていた。高速道路からの地下トンネルに続く入り口は、表向きには日本高速道路管理会社であるNEXCOMの事務所エリアとして巧妙にカモフラージュされている。


「サイバー空間での情報漏洩は無かった筈です。不正アクセスが試みられた形跡も確認できませんでした。可能性があるとするならば、内部の人間による情報漏洩と考えます」


 クリスがそう言った。そして室長が口を開く。


「我々UCIAもそうだが、今後は情報の取り扱いに更に気を配った方が良いだろう。敵側のスパイが何処かの組織に紛れ込んでいるとは思いたくないが、今回の襲撃は事実として起こった。後に私と透鴇課長、朝霧様の三人で今後の情報連絡について取り決めを行おう。クリスも同席してくれ。新たに専用のシステムを考案する可能性もある」


「分かりました」


 そう言ってうなずくクリス。


「教会側の運営管理業務は司祭職の仕事ですが…… 現体制で情報漏洩が起こったとなれば、私がその任に当たった方が宜しいでしょう。上條聖司祭を疑うわけではありませんが、姫宮さんを敵から守るには、それが最善だと思いますから」


 心配そうに私を見つめ、朝霧さんはそう言った。

 

 そして臨時会議は終わった。こちらも今回の襲撃による被害状況を正確に把握しなければならない。各自解散し、本日18時から再び会議を行う事となったのだった……

 


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