闇夜からの使者
2026年 10月02日 金曜日 18時53分
UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース 食堂
昨日の昼に引き続き、食堂は賑やかだった。シャワーで汗を流した私達。女学生達は私服に着替え、食堂に集まっていた。テーブルにここまでたくさんの女性が座っているのは初めてだろう。私とクリス、それに4人のアルサードの女学生。室長も加えると7名だ。そんな状況に気を遣ってか神蔵と葉山は別のテーブルで夕食を取っている。
やはりというか、クリスの食事の量には皆が驚いていた。クリスは標準体型よりも少し痩せ型だ。だが食べる。とにかく食べる。戦闘訓練で体を激しく動かした後は尚更だ。
「バランスの良い食事は体作りに欠かせない。クリスほど食べろとは言わないが、皆も肉は特によく食べた方が良いぞ」
今日の夕食はステーキランチだ。その肉の柔らかさと味は、お嬢様二人も納得している。
「これは…… 普段食べているステーキと遜色ないですわね」
松雪さんが感心している。
「ほう。ちなみに普段は外食が多いのか?」
室長が聞いた。
「いえ。出向いて食べるほどの料理が最近はありませんの。移動時間をかけるのが勿体ないので、最近は腕の良いシェフを自宅に雇っているのです」
さらっと言う松雪さん。
「松雪先輩は美食家ですからね」
霧峰さんの言葉に彼女が反応する。
「結衣花も似たようなものでしょう? もっとも北條のレベルに合わせてファーストフードやファミレスに行ったりしてるようだけど、質が悪すぎるからあまりオススメはしないわよ」
心配して言っているようだが、北條さんには少し心に刺さる言葉だ。
「鮎香ちゃんが行きたいって言ってるわけじゃないんです。麻由美ちゃんに合わせてるからそういう所になるってだけで――」
そう霧峰さんがフォローする。北條さんは苦笑いを浮かべていた。
「そういえば鮎香ちゃん――また麻由美ちゃんの事で職員室に呼ばれてたの?」
心配そうに霧峰さんは言った。
「うん…… なんだか授業に出てない事が多いみたいで。麻由美の言う事も分かるんだけど……」
北條さんは僅かに俯いてそう答える。そんな北條さんにクリスが口を開く。
「ねぇ。北條さんの妹って、ひょっとして日本の格ゲー界で最近有名なMAYUちゃん?」
興味津々なクリス。
「まさかUCIAの方がご存じだったとは。妹はEスポーツの特待生なんです。小さな頃からゲームが大好きな子で……」
北條さんの話によれば、技量を高めるために授業をサボって都内の格ゲーイベントやゲーセンに入り浸っている事が多いらしい。仲間との情報交換で得られるものも多いらしく、オフラインでのやり取りも重要というのが妹の言い分だそうだ。最近はEスポーツラウンジも増えている。クリスが言うには北條さんの妹はその界隈でかなりの有名人のようだ。格闘ゲームやレトロアーケードゲーム等も得意らしい。
「サボりは確かに良くない事ですわ。しかしそういう理由なら、ある程度認められる気はするけど…… 度々呼び出される所を見ると、他にも何か理由があるのでは無くて?」
松雪さんがハンカチで口を拭いながらそう言った。食べ方もお上品だ。
「まあその、私としても恥ずかしいのですが、麻由美は神学の成績、というか女神アルサードへの信仰心が皆無というか…… むしろ敵意を持っているというか…… それが言葉としても度々出るようで。それが先生方を非常に怒らせているんです」
北條さんは真剣に悩んでいるようだ。確かに北條さんの立場からすれば非常に深刻な問題だろう。北條さんは神学科でも成績優秀。選ばれたAMGEの一員でもある。無事に女学院高等学部を卒業すれば、教会で司祭の位が与えられるほどの人物だ。
「それは確かにまずいですわね。女神への信仰心はアルサード女学院の根幹となるもの。きっとこれは女神アルサードからの試練。そんな妹でも北條なら導く事が出来るはず。私に出来る事は何でも言いなさい。力になるわ」
松雪さんはゆっくりとした口調でそう語る。性格的には室長と似ているのかもしれない。面倒見が良さそうだ。
そんなやりとりをしながら、楽しい夕食の時間は終わった。教会から迎えの車が来る中、基地から出る準備をする女学生達。だが、橘さんは奥のゲームコーナーで、ゲームをプレイしている。
「――蒼依。そろそろ迎えが来ますわよ」
松雪さんがそう言うも、彼女は画面を見据えたままプレイしている。ゲームのBGM音量が割と大きめの設定になっているせいか、聞こえていないのかもしれない。
「あ、橘さんはしばらくここで遊んでいきたいって。室長が後で送るみたいだから気にしなくていいですよー」
クリスがにっこり答えた。
「――まったく。ここが軍事施設という自覚があるのかしらね。すみませんが、宜しくお願い致します」
深くお辞儀をする松雪さん。それに続き霧峰さんと北條さんもお辞儀をした。
時間は21時を過ぎようとしている。女学生達が帰った後、オフィスでデスクワークをこなした私は休憩のため食堂に行くと、クリスと橘さんが奥のゲームコーナーでまだゲームをプレイしていた。その様子を観に行く私。
「まだやってたんですね」
横に3画面ほど広がったディスプレイに、宇宙を駆け巡りながら二機の戦闘機が敵を撃墜していく。そして警告音と共にボスのような鯨型の大型戦艦が現れた。
熾烈な攻撃だったが、それをなんとか回避しながら大型戦艦を無事に撃破した二人は小さく手を合わせて喜んだ。
「いやー、レトロゲームここまで好きな女学生がいるなんて私も嬉しいー。蒼依ちゃんこれかなりやりこんでるでしょー。動き見てたら分かるー」
「クリスさん、すごいです。ほとんど動きが完璧に近い。まさか旧型機をここまで使いこなせるなんて」
橘さんの様子を今日は割と眺めていたが、こんなに笑顔なのは初めて見た気がする。というか表情はほとんど暗かった。松雪さんを何処となく避けていたような気もする。
二人のプレイが終わった後、テーブルでコーヒーを飲む私達。
「あのゲームは私のお友達が、すごく大好きだったんです。それで私もって……」
橘さんがそう言った。昔を懐かしむように言っているが、何処となくその瞳は寂しそうだ。言い方が過去形ということは、今は……
「そのお友達とは、もう遊んでないんですか?」
気まずいかもしれないが、私はとりあえず聞いてみた。
「啓ちゃんとは、もう7年ほど会っていません…… 最後に遊んだのは、わたしが中学3年生の時が最後です」
途端に重い沈黙が走る…… やはり聞くべきでは無かったか。クリスも言葉を詰まらせている。
「あ、あのね。ここで良かったら訓練の時は遊んでいいし。私もたまーに休みなった時、麻美を連れて秋葉原のHiで遊んだりしてるんだ。良かったら今度一緒に遊びに行こー」
クリスは優しく元気にそう言った。
「――はい。ありがとうございます……」
静かにそう言った彼女。ただ、なんだろうか…… 明らかに作り笑いをしているように感じる。
橘さんが抱えているであろうその心の闇は、かなり深いのかもしれない……
『UCIA全スタッフへ。緊急ミーティングを行います。各員至急オペレーションルームへ集合してください。繰り返します――』
基地に突然VARISからのアナウンスが流れた。哲也達から何か連絡が入ったのだろうか? いや、なにかアナウンスが急を要している。こんなことは初めてだ。胸がざわつく感じがする。
「ごめんなさい。ここでゆっくりしてて下さいね」
「蒼依ちゃん、またね」
そして私とクリスは、オペレーションルームへと急いで向かった。
オペレーションルームへ入ると、すでに神蔵と葉山が待機していた。
「何があったの? 新たな事件?」
わたしはとりあえずテーブルに座る。クリスは何かを察したのか急に端末を操作しだした。
「VARIS! 在日米軍と自衛隊のレーダーを含む全警戒情報を教えて! 横田と横須賀はどうなってる!?」
クリスは血相を変えて端末を巧みに操作している。
『センサーフュージョン完了。横田基地、厚木基地、横須賀基地を初め全在日米軍にDEFCON3が先ほど発令されました。三沢基地からEA-18G、F-35Aが首都圏へスクランブル発進中。横田基地からF-15EX、F-22がスクランブル発進中です』
(!?)
VARISからの報告に耳を疑う。一体何がどうなっている? DEFCONは米軍の軍事警戒レベルを表す。5から順に1に近づく度警戒度が高くなる。DEFCON3は相当まずい状況だ。
「大変よみんな!」
室長が大慌てでオペレーションルームに入ってくる。
『――状況が更新されました。相模総合補給廠で火災発生。本土を含む米軍全体にDEFCON3が発令されました。航空総隊及び陸上総隊に応援要請中。現在、相模統合補給廠で戦闘が発生。複数のAWと思われる敵が施設を攻撃している模様です』
「VARIS! 緊急情報統制モード起動! 横田に駐機してる三機のアストライアーを全機こっちに発進させて! 二機はオートパイロットで新宿上空を警戒。もう一機は私がマニュアルで操縦する!」
クリスは大急ぎでオペレーションルームから出て行く。
「室長! 指示はシステムルームから遠隔で聞きます! ここも襲われる可能性がある。わたしは対AW用UCAVで防衛準備します!」
「――分かった! 詳しい話は後で聞くわ!」
『緊急事態発生。緊急事態発生。AWによる襲撃の可能性あり。基地守備部隊は全装備の使用を許可。各人員は緊急事態マニュアルに基づき行動してください。繰り返します――』
アナウンスと共に激しく警告音が鳴り響く。
「くそ! 敵の動きが速すぎる! 姫宮は食堂にいる橘と共にシステムルーム前室へ避難しろ! 以降はクリスの指示に従え! 分かったな!」
室長はそう言うと着ているジャケットを脱ぎ捨てる。
「室長! 私も橘さんを避難させたら戦います!」
敵が襲撃をかけてきた以上、一人だけ避難するなんて出来ない。だが室長は私の胸倉を掴む。
「馬鹿を言うな貴様! 上官の命令は絶対だ。今のお前では足手まといなだけだ! 自分の能力を自覚しろ! 敵の狙いはお前なんだ!」
室長の怒号。悔しくて堪らない…… 私は拳を握りしめ唇を噛みしめる。
「神蔵と葉山は資材倉庫で装備を調え正面で敵を迎え撃て! 私も直ぐにスティーブンと共に向かう!」
「まさか米軍施設に同時攻撃を仕掛けてくるとはな! やってくれるじゃないか!」
「葉山! 一切の容赦はするな!」
神蔵と葉山と共にオペレーションルームを出る。私は一目散に食堂に向かって走る。
「橘さん! 急いでこちらへ避難してください!」
あえてその場から動かなかった橘さんに感謝する。
「これは一体――どういうことですか!?」
「詳しい話は後でします! 一緒に来て!」
私は橘さんを連れてシステムルーム前室へ直行する。まさかこのタイミングで襲撃をかけてくるなんて予想もしていなかった。相模原の在日米軍施設にも攻撃を仕掛けてきている。相模統合補給廠と言えば米軍の補給物資が数多く保管されている戦略的にも重要な施設だ。VARISの情報では敵は複数。こちらにも複数の敵が襲撃してくる可能性が高い。
『――状況が更新されました。新宿上空へ未確認物体が急速接近中。数は5。基地守備部隊はエントランスで防衛戦を構築してください。グラウンドベース連絡通路の全隔壁閉鎖完了。姫宮麻美特別捜査官は大至急システムルームへ。繰り返します――』
事態が刻一刻と変化している。審判レベルのAWが5人も襲撃をかけてきたら流石にここは持たない。私達は全滅する。本当にまずい状況だ!
「橘さん! 貴女はここでじっとしてて下さい!」
「姫宮さん。相手がAWなら私も戦います!」
橘さんはそう言ったが、この緊急事態でそれは認められない。緊急事態マニュアルでは最大限民間人の保護に務めなければならない。戦闘に巻き込めるはずが無い。
「ごめんなさい。民間人、しかも女学生を戦場に突っ込ませるわけにはいかないの!」
私はそう言って前室からシステムルームへ急行する。
『UCIA特別捜査官、姫宮麻美と確認。システムルームへの入室を許可します』
頑丈な扉が開く。細く薄暗い通路を走る私。やがてクリスの居るシステムルームへ辿り着く。
「麻美! 今すぐコクピットに座って! やることは警戒ドローンの遠隔操縦とほぼ変わらない!」
私はすぐさま戦闘機のコクピットのようなVARIS制御端末の中に座り、ヘルメットを被りキャノピーを閉じる。
『
ヘルメット内側のVRスクリーンにオペレーティングシステムが立ち上がる。
「麻美。いまから私の操縦するアストライアーの【目】になってもらう。自機を中心にした360度の映像が見えていると思うけど、麻美はその映像を注意深く見ているだけでいい」
「どういうこと? 見てるだけって……?」
「――対AW用戦闘型UCAV。AWS-XF01アストライアー。三日前に本国から横田に運ばれた最新鋭試作機。極秘扱いだったから誰にも話せなかったの。データを見て驚愕したけど、本国ではAWが操る魔法に関してかなりの研究が進んでて、大気中に存在する特殊粒子をエネルギーに変換する機関の開発に成功してる。アストライアーにはそれが搭載されてるの。新しく搬入されたライフルにも同様の機構が搭載されてたでしょ? それだけ小型化出来るという事は、もう何年も前から基礎理論は確立されていたんだと思う」
「まさかとは思ったけど…… やっぱり……」
「もっとも莫大なエネルギーを発生させるまでにはまだ至ってない。あくまで補助的なもの。アストライアーはVARISのバックアップを前提としたアビオニクス(航空機用電子機器)と、人間の第六感をシステムとして取り入れた波長型攻撃予測回避システムが搭載されてる。AIが予測しきれない攻撃を搭乗者の第六感を取り入れて予測する。こんなに早く実戦投入するなんて思ってもみなかったけど…… 麻美の直感――期待してるからね!」
『AWS-XF01へ接続完了。CBLSリンク強度83%。レーダー及び火器管制システムへ同期開始』
「まもなく新宿上空。敵の数は5。麻美は注意深く敵を見て感じているだけでいい。ただ攻撃兵装の使用も出来る。オートパイロットで同型二機も応戦するけど、後方の敵は麻美に任せたよ!」
自機を斜め上後方から俯瞰した映像が映し出されている。右下にはレーダーが表示され、左下には各種兵装情報が集約されている。12時方向からくる5つの赤い点との距離が近くなっている。近い。距離は20キロメートルを切っている。数値の動きから見て、敵もこちらに急速接近している。
「――危ない!」
急に感じたもの凄く嫌な予感。私がそう叫ぶ一瞬前にクリスは機体をロールさせながら急降下する。一瞬遅れて前方から飛んできた赤黒い光弾のようなエネルギー体が機体をかすめた。
「――危なかった! 麻美の危険を察知する直感は本物だね! その調子でお願い!」
クリスが機体をバレルロールさせながら、複数の敵AWに突っ込んでいく。
「
アストライアー両翼下に取り付けられた機銃から青白く光る弾丸が無数に発射される。UCIAへ納品された新型ライフルと同じ機構が搭載されているのだろうか。即座に散開した敵AWだったが、一人に命中したのかレーダー上の反応が一つ消えた。
『一体の反応消失を確認。敵残り4』
VARISが音声でサポートしてくれている。俯瞰映像では敵AWが視認しにくい筈だが、システムがハイライト表示してくれているおかげで動きが把握しやすい。ターゲットカメラの映像では、黒い影のような粒子が渦巻いているが、黒のローブを羽織った人間のようなものが僅かに見える。この攻撃が通ったという事は審判レベルのAWではない。だが1体だけ動きが素早いAWがいる。
『敵A-1脅威レベル上昇。A-2およびA-4は脅威レベルに変化無し。A-1を優先ターゲットに設定』
いつの間にかに複数の敵AWがマーキングされ脅威度が測定されている。動きが素早いのがA-1だ。これも私の感覚を元に計算されているのだろうか……?
「まずい! 何か来る!」
クリスがA-1に対して旋回接近するものの、なかなか射程に捉えられない。敵の動きも相当に速い。そしてA-1から放たれた赤黒いエネルギー弾が、オートパイロットで動いている後方のアストライアーへ直撃する。
『アストライアー二号機被弾。墜落予想地点に民間施設多数。回収要請を開始』
火を噴きながら夜の新宿の街へ墜落していく二号機。やがてビルに直撃すると大きな爆発が起きた。この規模だとかなりの被害が予想される。アストライアーはかなり大型のUCAVだ。大きさはほぼ大型戦闘機と変わらないだろう。
「麻美! A-4が後ろに回り込んでる! 応戦して!」
「任せて!」
このコントロールはすごい。念じただけで瞬時に画面が切り替わる。後方から飛翔し接近するAWに照準を定めトリガーを引く。青白い弾丸が高速でAWへ飛んでいくが、それを察知していたのか回避されてしまう。その時こちら側に通信が入る。
『友軍機へ。こちら横田基地所属特殊作戦中隊だ。ただ今より援護に入る。A-2及びA-3、A-4はこちらで引き受ける。脅威レベルの高いA-1はそちらに任せた。片付け次第加勢する』
横田基地所属の友軍機だ。制空戦闘機のF-22が二機。F-15EXが二機。この四機は心強い。このアストライアーもそうだが、おそらく対AW用兵器がF-22とF-15EXにも搭載されている筈だ。対AW部隊が空軍にも存在していた事に驚きを隠せない。
「地上にこれ以上被害は出せない!」
クリスが低空から上空へ追い込むようにA-1を追尾する。敵も動きが速いがこちらもUCAVとはいえ性能は戦闘機とほぼ変わらない。いや、無人の分有人機では出来ない機動も可能だ。クリスが時折放たれる赤黒い光弾を巧みに回避しながらA-1に機銃での攻撃を仕掛ける。
『友軍機の攻撃により敵A-4の反応消失を確認。残り3。敵AWの行動パターンに変化。A-1、A-2、A-3がグラウンドベース連絡通路へ侵入』
「逃げられた! こっちに来る! 麻美は前室へ戻って!」
クリスはそう言うと友軍機へコンタクトを取る。
「こちらUCIA所属情報管制官、クリスティアナ=ハリス。ブラックメビウス隊の援護に感謝する。至急地上部隊の応援を要請する」
『現在対AW特殊部隊
その通信が終了すると共に、画面が切り替わる。オートパイロットに切り替わったようだ。
「麻美は前室へ戻って。私も直ぐに行く」
クリスはまだ何かやる事があるようだ。私はキャノピーから出ると、急いで前室へと戻る。
(……橘さんがいない)
前室に戻ったが避難してきたはずの橘さんがいない…… まさかとは思うがエントランスへ防衛に向かったのだろうか? だめだ。ここで私だけ避難している訳にはいかない。敵の狙いは私だ。ここに居ればいずれ基地内に入ってくる可能性が高い。そうなればクリスも巻き込んでしまう事になる。
『敵AWが閉鎖隔壁を突破しグラウンドベースへ急速接近中。基地守備部隊コードレッド。繰り返します――』
私は前室を出た。資材倉庫へ向かい装備を調える。武器は新型のライフルがあるが、プレートキャリアはAWの攻撃に耐えられる保証はない。だが装備しないよりはましだ。ボディーアーマーもあるが、これを装備すれば機動性が格段に落ちる。
敵がすぐそこまで来ている。私は大急ぎでプレートキャリアとヘッドギアを装着し、ライフルの予備マガジンをポケットに入れる。
資材倉庫を出て、エントランスへ伸びる通路を走る。外から聞こえてくる銃声と爆発音。もう交戦が始まっている。わたしはエントランスへ出ると、そこは既に戦場になっていた。
室長達と基地守備部隊が、ロータリーの広い空間で宙を舞うAW三体と交戦している。駐機してあった大型UAVや装輪装甲車からは火の手が上がっている。真っ先に破壊されたのだ。
「姫宮さん!」
右手に鮮やかに輝く長剣を握り、法衣を纏った橘さんが走ってくる。恐らくあれはAMGEで使用している退魔用の長剣と法衣。驚いたが事態を見越して装備を持ってきていたのだろう。
「みなさんには加護を施しています。守備部隊の皆さんまでは間に合いませんでしたが、いったん中へ下がってください! 姫宮さんにも加護をかけます」
前室に避難していて欲しかったが、もうそんな事を言っている余裕は無い。橘さんはAWに対してかなりの戦力になる筈だ。室長達に加護をかけたのなら、相当戦闘力は上がっているはず。室長の命令と緊急事態マニュアルに沿って橘さんを避難させたが、その判断が正しかったのか今は分からない。
今確実に言える事は、全員の力を合わせないとこの危機的状況を乗り切る事は出来ない、と言う事だ。
「水の女神アストネイアよ。我に加護を与え給え。天の水と慈愛の火、祈る声よ響け!」
橘さんが詠唱し、私に加護を施す。水の女神アストネイアの加護。少し体の動きが軽くなった様な気がする。
その時だった。エントランスのガラスドアが木っ端微塵になる。激しい衝撃波に思わずバランスを崩しそうになった。そして黒く激しい粒子を纏ったAWがその体を浮遊させながら基地内へ侵入してくる。強烈なプレッシャーが私の体に走った。
”お迎えに上がりマシタ…… ヒメミヤアサミ”
男性とも女性とも取れないノイズの混じったような声が直接脳裏に響く。やはり敵の狙いは私だ。
「姫宮さんには――指一本触れさせない!」
私の前に立ち、その長剣を構える橘さん。
「私の忠告を……聞かなかったヨウダナ」
彼女が長剣を素早く振りぬく。だがAWは
「今度はコチラからダ!」
AWの右手から赤黒いオーラを放つ大鎌が瞬時に現れる。そして彼女めがけて大鎌を上から振り降ろした。それを長剣でガードする橘さん。激しくぶつかり合う双方の攻撃。加勢したいがここまで至近距離だとフルオートのライフルは使えない。彼女まで巻き込んでしまう。
「――邪魔ダ!」
AWが突き出した左手から強力な衝撃波が発生した。長剣を構え
『チャージ完了。エネルギー充填率100%』
「喰らいなさい!」
ライフルを構え、スコープでAWを捉えトリガーを引く。かなりの反動と共に青白い軌跡を描く弾丸が連続発射される。私は正確に狙いを定め、マガジンが空になるまでトリガーを引き続ける。
「――イケマセンね。そんな物騒な物を持ってイテハ」
至近距離で放った全弾フルオート射撃でも、このAWにはダメージを与えられていない。すべてその左手から展開される
「下がって! 姫宮さん!」
後方から凄まじい速さで突進し剣を振り抜いた橘さん。だがAWは大鎌でその斬撃を防ぐ。
「――サガッテイロ!」
再び左手から衝撃波を放ち、それを耐え忍ぶ彼女に大鎌での追い打ちをかける。前方防御結界を張り長剣でガードするが、その威力に吹き飛ばされる彼女。攻撃が明らかに防御結界を貫通しているようだ。
一瞬だった。AWは私の背後に回り込む。それと同時に両手に衝撃が走り、その痛みで私はハンドガンを落としてしまう。そしてAWが片手で私の体をホールドした。ダメだ。完全に身動きが取れない。腕の力ではない。強力な見えない力で動きが封じられている。
「そろそろ大人しくしてもらいましょう。
「――姫宮さん!」
吹き飛ばされた彼女が立ち上がり、再び長剣を構える。だが人質のように囚われた私のせいで攻撃を行う事が出来ない。
「大人しくシテイロ…… これ以上苛立たせるナ!」
AWの右手から赤い魔法陣が浮かび上がる。まずい!
「橘さん! 危ない!」
魔法陣が赤き輝きを増したその瞬間に、強力な赤黒い光弾が彼女に向かって放たれた。直撃したのか激しい衝撃がこちらにも伝わってくる。
「…………」
AWは酷いダメージを負って倒れたと思われる彼女をしばらく警戒すると、その浮遊した状態で私を抱き抱えたままエントランスから外であるロータリーにでる。もの凄い速さだ。一瞬で基地の外で交戦している仲間の真上へと浮上する。
「姫宮!」
神蔵の声が地下空間に響く。基地の守備部隊はほぼ全滅していた。橘から加護を受けた室長達はかろうじて生存しているが、かなりのダメージを受けている様子だ。所々から血を流している。だが黒のローブを羽織った女性も二人、血だらけで倒れていた。
「――撃つな! 姫宮に当たる!」
室長が射撃を停止させる。僅かに生存している数名の守備部隊員が困惑した様子を見せていた。室長、神蔵、葉山とスティーブンがライフルを構え、一斉に狙いを定めている。
”我が名は
頭に直接響く死神の言葉。とてつもない悪寒が走る。この場にいる全員の命が危ない!
「みんな今すぐ逃げて! 早く!」
私は咄嗟に叫ぶ。それを察した皆が一斉に基地の中へと退避し始める。だが基地の中から傷だらけの橘さんが出てきたかと思うと、彼女はすぐさま大きな魔法陣を足下に展開させ大きな
”白き月ト夜の闇。漆黒から舞い降りる幾多の剣ヨ。全てを切り裂く裁きの刃を降らせ給エ!”
ダメだ。詠唱が終わる。
(!?)
その時だった。私の右手に嵌められたアメジストの指輪が強烈な光を放ち初め、その光にAWは体勢を崩した。途端に軽くなる体。抑えつけるような見えない力が作用しなくなったのだ。私はその一瞬の隙を逃さず、死神の頭めがけて渾身のオーバーヘッドキックを放つ。
「――オノレ!」
蹴りが死神の頭を直撃すると、抱き抱えていた死神の力が弱まり、私は宙から落下する。この高さなら上手く着地出来れば問題ない。生身なら下手をすれば骨折だけでは済まないだろうが、加護が施されているからか、身の危険は一切感じなかった。
「え……?」
その時、ふと体が軽くなる。誰かに優しく抱き抱えられた私は、そのままゆっくりと地面に降りた。
「大丈夫ですか? 姫宮さん」
「あ、朝霧さん……」
落ちる私を優しく抱き抱え降ろしてくれたのは、朝霧さんだった。
「――後は私に任せてください。審判ほどではありませんが、あれはかなり強力なAWです」
教会の煌びやかな法衣を身に纏った朝霧さんが、死神と同じ高さに浮上する。
”――立ち去りなさい。これ以上の暴挙は私が許しません。そして今後一切手を出さない事をこの場で誓いなさい。それが出来なければ、私はこの場で貴方を討ちます”
頭に直接響く朝霧さんの声…… 普段の穏やかな澄んだ声とは違う。低く静かに怒りを感じる声だ。
”アルサードの
そう言うと死神はまばゆい赤き光を放ち、一瞬で消え去ったのだった……
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