復讐と呪い

2026年 10月03日 土曜日 18時00分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース 応接室   


 しばしの休息の後、私達は再び集まった。公安側からは哲也と詩姓のみ。教会側からは朝霧さん、そして北條さんと霧峰さんが訪れた。二人はあくまで朝霧さんと私の護衛として訪れており、情報保護の観点からエントランスにて待機してもらっている。UCIA側は室長と神蔵、クリスと私だ。葉山は別件でこの会議には参加していない。


 応接室には簡易的な大型モニターと情報端末が設置された。本来ここはその名の通り客人に応対する場だが、今後しばらくは合同作戦室として使うことが決定された。


「――まずは被害状況の説明です。今回の襲撃でグラウンドベース守備部隊のうち二つの分隊が壊滅。死者16名、重態が4名という結果になっています。その他――」


 クリスが今回の被害状況を説明している。敵AWにより撃墜されたアストライアー二号機による二次被害で、かなりの民間人死傷者が出てしまったようだ。VARISによる情報統制で表向きには、民間企業の大型UAVが夜間飛行テスト中制御不能になり、墜落したという事になっている。夜間の東京上空で戦闘機が何かと交戦していたという情報はデマ情報として発表され、サイバー空間にアップロードされようとした動画等はVARISの強力な情報統制によって全てアップロードを阻止。ネットワーク上に今回の事件に関連する動画などは全く見受けられなかった。クリスが事態をいち早く察知し、VARISの緊急情報統制モードを起動させたおかげだ。


「情報統制は一応成功しているものの、今回のようなことが二度三度と起きれば、もう隠し通せなくなるだろう。AWがここまで大規模な攻撃を行ってきたと言うことは、かなり大きな組織になっている可能性がある。その点について公安で探っていると言っていたが……?」

 

 室長が哲也を見ながらそう言った。


「AWを崇拝、もしくは信仰している組織めいたものはいくつかあります。その中でも最大の地下組織であるくろの会、通称ブラックリリー。それを今追っているところです」


「……黒百合の会?」


私は哲也に思わずそう聞いてしまう。


 黒百合の花言葉。それは【復讐】そして【呪い】だ……


「元々は黒魔術や白魔術を研究するオカルト色の強い大学サークルだったらしいが…… 近年では様々なところで用意周到な勧誘活動を行っており、その数を増やしているらしい。要注意団体として公安自体でもマークしていたが、白骨化事件をきっかけに七課でもマークするようになった。定期的に集会を行っているようで、そこで秘密めいた儀式を行っていると聞く」


 哲也の説明の後に、詩姓が口を開く。


黒百合の会ブラックリリー。私も以前探っていたが…… 会員は様々な苦しみや悲しみを持った女性達だ…… 黒百合の花言葉は復讐、そして呪い。彼女達はその黒き願いを叶えるため…… AWの存在を強く信じている……」


 弱者が隅に追いやられているのは、日本に限ったことではない。世界中の国でそれが起こっている。今は男女平等や人権を守ることを世界中で謳われているが、女性の立場が弱い事には変わりはない。


 力では男性に敵わず、数多くの権力構造はほぼ男性が主体である。それが事実だ。


 自らの苦しみや悲しみ、そして怒り。その願いを汲み取り、力を授けてくれる存在が本当に居るのだとしたら、頼りたくもなるだろう……


「ちなみに詩姓さんは…… AWの力をどうやって身につけたのですか?」


 以前は大まかに説明を受けたが、詳細に関しては聞いていない。密かに気になっていたことだ。


「課長…… 宜しいでしょうか?」


 長い髪で片目は完全に隠れた詩姓の瞳。明らかに焦点の合っていないような虚ろな瞳を哲也に向ける。

 

「――いいだろう。手短にな」


 哲也は静かにそう言った。

    

「黒百合の会の事は、以前から独自に調べていた…… 彼女達は専用のシステムでやりとりをしており、その実態を探ることは容易ではない…… だが、わたしは自身の霊感の高さと霊視能力を餌に、彼女達の一人と接触することに成功した……」


 詩姓は続ける。


やまおり…… 黒百合の会、古参の中核メンバーという事だった。彼女の霊的能力の高さは直ぐに感じた…… そして彼女は言ったのだ。『貴女なら、いずれ神がその願いを叶えてくれる』と……」


 詩姓のうつろな瞳が私を捉える。


「そして、私は夢の中で彼女に出会ったのだ…… 魔術師マジシャンというAWに……」


 詩姓は薄ら笑いを浮かべる。まるで私を、そちら側へ招いているかのように。私は反射的に、視線をそらしてしまう……


 哲也が続いた。


「黒百合の会は、過去に何度か公安が潜入捜査を行ったことがある。だが――」


 一瞬言葉を止めた哲也。そして再び口を開く。


「一人は精神に異常をきたし精神病院で後に自殺。もう一人は行方不明で今も見つかっていない……」


 哲也はそう言った。神蔵が哲也に問う。


「日本の警察は公安も含め、潜入捜査は禁止されていたはずだが。やはり表向きには――ということか?」

  

「そうだ。尾行や監視は世界でもトップレベルだが、密かに潜入捜査も行っている。もっともこれは他言無用でお願いしたいが、米国の捜査機関とは非常に深いレベルで協力体制を構築している部分もある。スパイだらけと言われているこの国だが、あえて脇を甘く見せている部分もあるということだ。既に大凡は把握している」


 哲也の口調からすると、嘘ではないだろう。協力体制を構築しているのは本国だけではない。恐らく他の各国捜査機関とも繋がっているはずだ。日本の公安が独自の極秘ネットワークを構築している噂は、FBI時代にも各所で耳にしている。


 その時、合同作戦室に葉山からの通信が入った。大型モニターに葉山の姿が映る。


「葉山だ。なかなか口を割らなかったが、ようやく情報が聞き出せた。彼女らは満月の夜に不定期で夜会を行っている。今度の夜会は10月26日。場所はまだ不確定だが、富士の青木ヶ原樹海、南エリアに地下施設への入り口があるらしい」


 交戦しまだ命があったAWを、監禁し尋問していた葉山。AWが魔力を行使できないように、詩姓が特殊な結界を施した中で尋問は行われていたようだ。


「よくやったわ。聞き出した情報を精査して作戦を立案する必要がある。今度はこちらから強襲をかける。直ぐに作戦提案書を上に送るわ」


 室長は葉山にそう言うと、通話が終了した。


「UCIAは敵本拠地への強襲作戦を本国へ提案します。公安とアルサード教会との共同作戦になると思いますが、その際は是非、皆様のお力をお貸し頂きたい。おそらく対AW部隊も動員した大規模な作戦になると思います」


 室長はそう言った。透鴇がうなずく。


「公安からは詩姓と水原を作戦に参加させる予定です。彼女の力は対AW戦で役に立つでしょう」


 詩姓が焦点の定まらぬ瞳を哲也に向ける。

 

「課長…… もしもの時は、遠慮無くやらせて頂きますヨ……」

   

 詩姓が不気味に微笑む。


「攻撃指示が出れば何人殺そうと構わんが。ただ敵の高位AWと主要メンバーは可能なら生け捕りにしろ。世界中にAWの脅威は広がっている。海外組織の情報が得られるかもしれん。危険を伴うかもしれんが、その方向で良いだろうか?」


 室長が答える。


「対AW軍事作戦を発動するとなれば、それは絶対的な武力を行使することを意味する。高位AWを生け捕りに出来れば、得られる情報も数多くあるだろう。本国としてもそうしたい筈だが、基本は殲滅する方向で作戦提案を行う」


 室長は複雑な表情をしている朝霧さんに問いかける。


「朝霧様。難しい顔をされているが、作戦が発動されればUCIAと公安はAWを殲滅する方向で動く。一切の容赦はしないだろう。そして高位AWとの戦いは貴女の存在が欠かせなくなる。改めて問いますが――覚悟は出来ているでしょうか?」


 少し視線を落としていた朝霧さんが、室長にその瞳を向ける。


「高位AW。出来る事なら、命を奪いたくはありません。生きて捕らえたいというのでしたら、それも良いでしょう。ただ、捕らえた後に関して教会は関知しませんし、その責任もとりません。そして教会が作戦に協力する条件はただ一つ。姫宮さんの保護に関しての全権限をアルサード教会に一任する事。それだけです」


 朝霧さんの瞳が、何処かしら冷たく感じる。恐らく彼女はAWを殲滅することに賛同していない。むしろ同じ魔術を操る同胞を殺めることはしたくない。そう思っている筈だ。


『――むやみな殺生は好みません。AWといえど人間です。魔術を扱えるのは私達も変わらない。彼女達に同情する気はありませんが、AWだからといって殺していい訳でもない……』


 朝霧さんの言葉を思い出す。殲滅作戦は私も正直なところ複雑な心境だ。だがこちらも数多くの死傷者が出た。私自身も身の危険が迫っている。


 私も、覚悟を決めなければならない……


「了解しました。これから本国と今後の協議に入ります。姫宮の件は明日にはお伝えできる筈です。今日のところはこれで解散としましょう」

 

 室長がそう言って、会議は終了となった。

   

 皆が出て行く中、朝霧さんは俯いて席に座ったままだった。あっという間に室内は私と朝霧さんだけになる。


「朝霧さん、ごめんなさい。私が無力なせいでこんなことに……」


 己の力の無さを嫌というほど痛感する。敵の狙いは私だが、わたしは皆を守るどころか守られてばかりだ…… 高位AWの足下にすら及ばないが、通常クラスのAWにさえ命に危険が及ぶ可能性が高い。室長や神蔵のように高い戦闘能力がある訳でもない。


 皆に負担をかけてばかりのような気がしてならない。それが事実だった……


「いえ…… 姫宮さんに非はありません。あれ程の高位AWには、生身の人間は誰一人太刀打ちできないでしょう。AWの存在は昔から認識していましたが、それを放置してきたのは教会であり、私です。むしろ責任はこちらにあります……」


 俯いていた朝霧さんが、隣に座った私に顔を向ける。


「皆は私を救世主と崇めますが…… あくまでそれは教会にとって都合が良いからなんです。私はその霊的能力が高すぎるあまり、こう言った対処が難しい事案が発生した場合、対処する役目をほぼ任される。過去に教会へ魔の手が忍び寄ったときも、それに対処したのは私でした。皆を守ることは私の責務ですが、敵と判断せざるを得ない者を討たなければならないのは、いつも心が痛むのです……」


 悲しげな瞳をしている。その強大な霊的能力を持つあまり、敵を討つ役目を負わされ続けているのだろう。朝霧さんの優しい性格なら、大切な人達を守ることを断れない。


 そして、たとえ守るためにでも敵を討つ事が、彼女の心を苦しめているのだ……


 その心の重荷を、少しでも軽くしてあげたい……

  

「私は…… 朝霧さんのように皆を守れるほど強くありません。正直なところお荷物だと思っています。現にこうやって朝霧さんや教会の方々に迷惑をかけている。でも、私にしか出来ない事もある。それを信じて――UCIAここにいます」


 彼女は私の瞳を見つめる。わたしは言葉を続けた。


「――教会にとっては、たしかに朝霧さんは都合の良い存在なのかもしれない。だけど、AMGEの皆さんを初め、上條聖司祭や、貴女を心から慕う方々もたくさん居るはず。それは純粋に、朝霧さんのことを皆が大事に想っているからではないでしょうか? 朝霧さんは私も含め、今まで多くの方々を守ってきたと思います。それは誰にだって出来る事じゃない。朝霧さんだから成し遂げられた事ではないでしょうか?」


「姫宮さん……」


 きっと…… 彼女は苦しんでいるのだと思う。霊的能力の高さから救世主として崇められ、教会に対する脅威を排除する…… そんな重荷を背負っていることに。


 本当の彼女は、プリンセスメーカーで働いているときのような、普通の女性として穏やかに優しく振る舞っているときだ。柔らかな日の光が入るお店で、お客に笑顔で接客をして……


 私に指輪を授けてくれたあの時の笑顔は、今でもはっきりと覚えている。


「わたしは…… 朝霧さんと出会えて良かったと思っています。それは高位AWへの切り札になるからじゃない。一人の人間として、貴女は素敵な魅力を持っている。暖かく澄んだ心を持っている」


 彼女と始めて会ったときのことを思い出す。とても独特の澄んでいて優しそうな雰囲気。今もかけているパールピンクの眼鏡がとても似合っていた。


 彼女とは事件以降、度々会っているがそれを楽しみにしている私がいる。それは事実だ。


「朝霧さん。わたしは、朝霧さんを心から慕っていますし――大好きです。だから、自分を責めないでください。私にとって……」


私は一呼吸置いて言った。


「朝霧さんは――本当に救世主のような人ですから」


 わたしはそう言って優しく微笑む。それを見た彼女は、自然とその表情が緩んだ。そして微妙に頬を赤くしている


「姫宮さん。救世主と呼ばれるのは好きではありませんが…… 私が姫宮さんの救世主なら、それは不思議と…… 嬉しいです」


 そう小さな声で言った彼女。自分の発言を振り返る。少し誤解させてしまう発言だったかもしれない。だが今更訂正するわけにもいかない。


「――不甲斐ない捜査官ですが、これからも宜しくお願いします。私も自分の身は自分で守れるよう、最大限努力しますので」

 

 私は一礼して朝霧さんにそう言った。彼女は微笑みながら言葉を返す。


「――姫宮さんの職務の妨げにならないよう、こちらも最大限配慮致します。基地や外での活動の際はAMGEの子達を二人、出来る限り護衛に付ける予定です。彼女達はペアを組むことで最大限その力を発揮できるように配置しています。わたしも出来る限り直ぐに動けるようにしておきますので」


 朝霧さんは椅子から立ち上がり、一礼をした。


「本当は私が直接、姫宮さんをお守りしたいのですが…… 今夜は北條さんと霧峰さんが姫宮さんの警護に当たります。当分は敵も動かないでしょうが…… お気をつけ下さい。それと――」


 一瞬の間を置いて、彼女が静かに言った。


「わたしも…… 姫宮さんのことを尊敬しています。貴女からはとても強く、そして暖かい波動を感じる。記憶を無くした私を導いてくれる…… そんな予感がします。私にとって、姫宮さんは――」

 

 そこまで言うと朝霧さんは恥ずかしいのか、急に俯いてしまった……


 その時、室内のドアが開く。


「――お話中失礼します。夕食の時間です。食堂で皆が待ってますよー」


 そして私と朝霧さんは、クリスに呼ばれて食堂へ向かったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る