ミーティング

2026年 09月26日 土曜日 15時10分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース オペレーションルーム


「すみません。遅くなりました」


 迂闊だった。あの後も朝霧さんの話は続いた。と言ってもたわいもない話だったのだが、楽しかったからかつい時間が過ぎるのを忘れてしまっていた。気がついたときには基地に戻る時間の余裕が無くなっており、案の定10分の遅刻となってしまった。


「遅いぞ姫宮」


 室長の鋭い叱責。全員が揃っていた。神蔵もようやく検診が終わったのか、横田から戻ったようだ。席に着こうとした私を、室長が制止する。


「待て姫宮。その指輪はなんだ?」


「あ、これは朝霧さんから頂いたんです。強力な守護の効果があるようで――」


 なんだろう。わたしの表情が緩んでいたのだろうか。室長がニヤリと薄ら笑う。


「そうか姫宮。さぞ朝霧と楽しい時間を過ごしたのだろう。で、お前は大事なミーティングを10分も遅刻したということか」


 まずい。室長は怒っている。とてつもなく嫌な予感がした。


「た、大変申し訳ありません! 以後気をつけ――」


 そう言い終わる前に室長の更なる叱責が飛ぶ。


「弛んでいるな姫宮! いいか、戦場の10分の遅れは致命的だ。それは部隊の全滅、作戦の失敗を意味する! 腕立て伏せ用意! 遅刻1分につき10回、つまり100回だ!」


「は、はい!」


 わたしはすぐさま腕立て伏せの用意をする。その様子を見た皆が少し笑ったのか、それが室長に更なる火を付けた。


「何を笑っているんだお前達! 仲間のミスがおかしいのか! 人が優しい顔をすればどいつもこいつもすぐ弛む! クリス、お前は一体何時間食堂で遊んでれば気が済むんだ! やることやってれば何でも許されると思っているのか! そして葉山! お前は経費で卑猥な本や電子書籍を何冊も買っているな! 買うなとは言わんが数が多すぎるんだ! 最後に神蔵! お前は日頃から上官に対する態度がなっていない!」


 今までの我慢がついに限界に達したのか、こうなってはもう手が付けられない。日頃から室長は各方面に頭を下げている。色々とストレスが溜まっていたのだろう…… 


 みんな、ごめんなさい。


「全員トレーニングルームで腕立て伏せだ! 私もやる! 300回だ! 弛んだ根性を全員で引き締めるぞ!」



 ――その後。突然の腕立て伏せで汗をかいた私達はようやくミーティングに入った。当初は100回だったが何故3倍に増えたのかは分からないが、それだけ室長も鬱憤が溜まっていたと言うことだろう。自分から率先してやり始めるあたり、さすがは元NavySEALs隊長だった。そして何より、楽しんでいたようにおもう。


「みんな、しっかり汗は拭いたか。体は冷やすな。それではミーティングを始めよう」


 明日の27日は満月になる。つまり新たなる被害者が出る可能性が高い。前回の被害者、浜野由奈が白骨化死体で発見されてから、もう一ヶ月になる。


「まずは今まで分かっていることをもう一度整理しよう。姫宮、審判ジャッジメントの話では白骨化死体を引き起こしているのは、AWになり損ねた者達の仕業ということだったな」


 と室長。


「はい。審判ほどのAWなら、完全に別次元での殺傷が可能になり、それが現実世界に影響を及ぼすことはない。そう言っていました。つまり、完全犯罪を成し遂げることが可能となる――と言うことだと思います」


「つまり白骨化死体が発見されるということは、別次元で起こした殺人が次第に現実の次元に戻ることで我々の目に触れる事になる、ということか」


 室長がそう言って深く考え込む。そして神蔵が口を開いた。


「――国防総省から俺に機密情報解禁の指示があったので、この場で伝えようと思う。俺は元、対AW特殊部隊ナイトストライカー隊にいた。任務はAWの殲滅、そして組織的にそれを崇める者達も同じく、だ。姫宮とクリスは知らないだろうが、室長と葉山、そしてスティーブンもその前進となる部隊にいた」


(!?)


 ――皆が沈黙する。


「世界情勢は見ての通り混迷を極めている。弱者に全てのしわ寄せが向かい、誰もが生きる希望を見失いかけているのは世界中で同じだ。そんな中で、どんな願いでも叶えてくれるAWという存在がいたら――何を願うか?」


 神蔵は話を続ける。


「そう。心から力を求める者なら願うだろう。”己もAWと同じ存在に成りたい”とな」


『より強大な力を得るには、高度な知性を持つ魂を生贄に捧げ吸収する必要がある。嘆かわしいことだが、魔術の探求にそれは欠かせない』


 審判の言葉を思い出す。


「審判は、より強大な力を得るには、高度な知性を持つ魂を生贄に捧げ吸収する必要がある。そう言っていたわ。つまり、世界中で起こってる白骨化事件は、AWと化し、貪欲に力を求める者達が行った犯行というわけね…… ただ、願いを叶える魔法のアクセサリーの使い方で善と判断されれば、願いが叶えられ命も助かる。規律を破っている者達は、たとえ善と判断しても、その魂を己が力を得るために奪っているのね……」


「――姫宮の言うとおりだ。全ての白骨化事件がそうでは無いだろうが、大半はより強大な魔力を得るために生け贄にされているのだろう。姫宮のように向こうから狙ってくる事もあるのかしれない」


『世界中で密かに発生している白骨化事件。アレを起こしているのは我々ではない。規律を破り、愚かにも力を求める現代の魔術師アスファルティックウィザードになり損ねた者達だ……』


「審判は言っていた。白骨化事件を引き起こしているのは我々ではない。規律を破り、愚かにも力を求めるAWになり損ねた者達だと。それを考えると、神蔵が戦ってきたAW達はその規律を破った者達だったのかしら?」


 私の問いに神蔵は口を開く。


「そう言えるな。今までの対AW交戦経験からいえば、姫宮が遭遇した審判ジャッジメント。あれはとてつもない別格のAWだ。おそらく遙か昔から存在している本物のAWなのだろう。ナイトストライカー隊でも数々の任務を行ってきたが、危険なレベルのAWでもあそこまでの力は持っていなかった。今回の事例は非常にレアなケースだと言って良い。」


 クリスが口を開く。


「ということは、世界各地に彼らの規律を破ったAWが数多くいる、ということでしょうか?」


「そういうことだ。そして組織的にAWに接触を試みようとしている者共もいる。ナイトストライカー隊はそうした人間達も密かに殲滅してきた。理由はどうあれ、一方的にな……」


 神蔵は静かに言った。


「俺も、室長も、葉山もスティーブンも、そういった業を背負っている…… それが全て許されるとは思っていないが、UCIAが軍事組織である以上、命令は絶対だ。今後は本国のナイトストライカー隊との共同作戦、その可能性もあるだろう」


 神蔵が私を見る。


「――姫宮。お前に引き金を引く覚悟はあるか?」


 神蔵の言葉が、私の心に重く響く……


 あの時の光景は、今でも目に焼き付いている。第三者的な幻視でも、正直耐えきれるものではなかった。 


 たくさんの女性、そして少女達に、わたしは銃口を向け引き金を引くことが出来るのだろうか……?


私の言葉が出る前に室長が口を開く。


「神蔵。UCIAはあくまで捜査機関よ。軍事組織ではあるけれど、殲滅作戦を行う部隊ではないわ。今後AWと対峙することは避けられない。だけどむやみな殲滅作戦を行うつもりは一切無い。室長としてそれは言わせてもらう」


 神蔵が室長を睨む。


「甘いな。AWは常識がまったく通用しない存在だ。それが今後更に数を増したらどうなる? 法による統治体制、そして治安は完全に崩壊する。それを黙って――お前達は見過ごすのか?」


 神蔵の言葉に葉山が間に入ってきた。


「神蔵君の言っていることはよく分かる。だが、AWを崇めるものを全て悪として断罪するのは、僕はナンセンスだと思うね。あんな部隊にいたんだ。そう言う思考になるのも仕方が無いとはおもう。だが――」


 葉山が言い終わる前に、神蔵が大声を上げた。


「葉山! 仮に目の前でクリスが彼奴あいつらに殺されても同じ事が言えるのか! UCIAの全員が無残に殺されても同じ事が言えるのか! かけがえのないものを奪われ、己の命さえ踏みにじられ、殺されかけても同じ事が言えるのか!」


 神蔵の怒号。ここまで感情を露わにしている神蔵を見たのは、初めてかもしれない……


「神蔵。もうその辺りで終わりにしなさい」


 室長が立ち上がり、静かに神蔵を見つめそう言った。


「…………すまない。頭を冷やしてくる」


 神蔵は立ち上がり、オペレーションルームを出て行った。すぐさま後を追うかとも思ったが、それを察した室長が私を制止する。


 しばらくの間、沈黙が訪れる。神蔵から過去の部隊のことを話されたのにも驚いたが……


 神蔵は、もしかして大事な誰かをAWに殺されたのだろうか…… あの口ぶり。それが全滅した部隊のことなのか、それとも……


「えっと、お茶を煎れてきますね……」


 クリスがそう言ってオペレーションルームから出て行く。


 それから少し経って、クリスが全員分のお茶を持って戻ってきた。そのタイミングで室長が口を開く。


「……神蔵の話が突然だったから姫宮とクリスは驚いてるかもしれないけど、そういうことよ。私と葉山、スティーブンは以前、同じ部隊にいたわ。もっともその時はAWの事なんて知らされていなかったし、命じられるまま機械のように、ただ任務を確実に遂行していた……」


 葉山が続く。


「だがある時から、自分たちが行っていることが正しいのか間違ってるのか、分からなくなっていった。そして色々なことがあった後、その部隊は解散となった。そして再びUCIAで顔を合わせた。そんな経験があるから、神蔵君がどれだけ辛いかは、分かっているつもりなんだ……」


 葉山が俯き、そう静かに言った。


 彼も室長も、おそらく多くの人間を殺めてきたのだろう。AWの情報を知らされない中での任務。それが後にどれほどの精神的トラウマとなったかは容易に想像できる……


 葉山が普段、あんなに気さくに振る舞っているのも、その過去を忘れようと戦っているのだと思うと、胸が痛くなった……


「さて、神蔵は戻ってないけど、とりあえず今後のことを説明するわ。恐らく今晩から明日の夜にかけて事件は発生すると思われる。透鴇課長との話し合いで、UCIAは情報統制と警戒監視を行うことになったわ。クリスはネットワーク情報の監視と、警戒ドローンのオペレーション。事件が発生した場合は公安七課が現場調査をすることになっている。姫宮と神蔵は基地での待機を命じる。葉山は搬入装備のチェックとメンテナンスをお願い」


「了解」


 室長の指示に皆がそう言ったとき、VARISからの通信が入る。


『UCIA特別捜査官、姫宮麻美へ。現時刻をもって貴官にLEVEL1のVARIS使用権限が付与されました。なお、システム管理者と同伴時のみシステムルームへの入室が許可されます。繰り返します――』


「おお! 麻美すごい! システムルームへの入室許可が下りたの麻美が初めてだよ!」


「僕も室長も神蔵君も、VARISからは嫌われてるみたいだからねぇ。おめでとう、姫宮さん」


 小さく拍手するクリスと葉山。


「……えっと、どういうことでしょうか?」


 いまいち事態が良く飲み込めない。


「VARISの使用許可LEVELとシステムルームへの入室許可。それを判断しているのは他でもないVARIS自身なの。クリスはシステム管理者だから全権限を持ってるけど、他の人間に関してはVARISが自己判断しているわ。で、システムルームへの入室は今まで誰も認めてもらえなかったけど、姫宮がその第一号となった――そういうことよ」


 室長が少し悔しそうにそう話す。


「ありがとうございます!」


 私がそう言うと、クリスが少し笑いながら言った。


「麻美。お礼ならVARISに言ってあげて。許可を出したのは室長じゃないから」


「VARISありがとう。これからは宜しくお願いします」


 オペレーションルームの天井を見上げて私はそういった。


『こちらこそ。麻美』


「名前で呼ばれてるね。麻美のこと、とっても気に入ってくれたみたいだよ」


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