システムルーム

 その後、わたしは食堂へ向かった。


『姫宮。システムルームの入室許可が下りたのなら、手が空いているときはクリスのオペレーションを手伝ってやるといい。基地の中では一番セキュリティが強固な場所でもある』


 室長の言葉。クリスが普段業務を行っているシステムルームは室長ですら入室は出来ないらしい。完全にAIが判断を下している所からすると、基地内での行動や言動などをVARISが全て把握し、何らかの価値観を元にその判断を下しているのだろう。


 わたしは食堂の自販機でアイスコーヒーを二つ買う。それを食堂の隅で険しい表情をして座っている彼に差し出した。


「はい。お疲れ様」


 差し出された冷たいアイスコーヒーを、神蔵が手に取る。


「もし事件が発生した場合、今回は哲也達が現場調査を行うらしいわ。私と神蔵はここで待機命令が出てる。少し悔しいけど、今回は譲るしかないわね」


 神蔵が缶を開け、アイスコーヒーに口を付ける。


「――お前、狙われている自覚はあるのか? 俺ならお前は捜査から外し、警護をつけるが」


 神蔵の呆れたような口ぶり。


「だから待機命令なんでしょ。それに警護役は私の目の前にいるんだけど? 神蔵こそ自覚あるの?」


 にっこり笑いながらイヤミを言い返す。

  

「……さっきは、大声を出してすまなかった」


 神蔵は視線を落としている。よく思えば、わたしは彼のことを知っているようで知らない。ナイトストライカー隊の事もそうだが、彼の幼少期のことを私はまったく知らない。どんな両親の元に生まれ、どんな家族だったのか? そして何故私の祖母の家に預けられたのか?


 今思えば私と神蔵が祖母の家に預けられたのは同時期だ。当初は全く気にしていなかったが、今はその事が非常に気になってきている。


「……いいよ。私は気にしてないから。ただ、葉山も神蔵の事が心配なんだと思う。それは分かってほしいかな」


「…………」


 神蔵は黙ったままだ。今はそっとしておいた方が良いかもしれない。


「もう体は大丈夫なの? 横田で結構長い検診のようだったけど」


 検診という意味ではかなり日数が長かったように思える。通常の外科的な検診なら一日か二日で終わるはずだ。


「今回は色々と調べられたが…… 問題は無い。気にするな」


 強がりで言っているようにも聞こえるが、こればかりは詮索のしようが無い。


 その時、食堂のスピーカーからアナウンスが流れた。


『姫宮捜査官。システムルームで管理者がお待ちです。至急システムルールへお越し下さい。繰り返します――』


「じゃあ私、行くね」


 そう言って私は、システムルームへと向かった。



 グラウンドベースのシステムルームへの道筋は、他にはないような作りだった。ルームへ入ると大きな控え室があり、そこでは小規模な打ち合わせが出来るようになっている。その先に進むと頑丈な扉があり、その中はクリスの私室も兼ねているのか、シャワー室や簡易ベッド。冷蔵庫やキッチンも完備され、ここだけで普通に生活できてしまうような作りになっている。ここが前室と呼ばれる場所。


 そしてここから先が、クリスだけしか入室できないグラウンドベースのシステムルームになっていた。私も基本的にクリスと同伴の場合でしかここには入室できない。つまりクリスが中に不在の場合は立ち入り禁止なのだ。


 先ほどの扉よりも、更に頑丈な作りを感じる扉の前に立つと、扉が左右にゆっくりと開いた。


(まだ先がある……?)


 細い通路が続いている。奥から明かりが漏れている所からすると、あそこにクリスがいるのだろうか? わたしは細い通路を進み続けると、やがて大きな空間に辿り着いた。


(システムルームというより、管制室レベルだわ)


 天井まで15メートル近い高さがあるだろうか。中央にあるオペレーションルームの3倍はあるかのようなメインディスプレイ。両サイドの様々なモニター。その前にあるキャノピーが付いた戦闘機のコクピットのような装置が2台。クリスはその中の一台にリクライニングを効かせたような形で座っており、頭に特殊なヘルメットのような物を被っている。


「麻美ー。いらっしゃーい」


 キャノピーが開き、ヘルメットのような物を外したクリスが、装置から降りてくる。


「なんだかすごいねここ……」


 規模とおそらく最先端の上を行っているようなシステム群に唖然としている私。


「まあここ、実用段階前の機密の塊みたいな場所だからねー。ここでグラウンドベースの全システム管理と、ドローンの遠隔操作やVARISのチューニングやらメンテナンス等をやってるの。もっとも施設管理とドローンオペレーション、情報統制はVARISが自動でほぼ全部やってくれてるけど、重要な判断とかは私がしてるんだー」


 クリスはニコニコと微笑んでいる。


「ちなみに一応言っておくと、VARIS本体はここにはなくて、ここはあくまで遠隔操作ができる指揮センター的な位置づけなの。だからハードウェア的な保守は一切やる必要がない。だからオペレーションのみに集中できるんだ。あ、ちなみにこの事は超極秘事項だから気をつけてねー」


 クリスがそう説明すると、テーブルに案内される。


「麻美を呼んだのは、一応こんな場所だよっていうのを知っておいてもらいたかったのと、あそこにあるVARIS管制システムの操作を説明したかったから。と言っても操作は難しくないよ。次世代型脳波コントロールシステムであるCBLSサイバネティクスブレインリンクシステムを基幹にしたインタフェースだから、思った通りの事をやってくれる。常にシステムが提示したことに対し、判断を下していくだけでいい。このタブレットに簡易マニュアルを載せておいたから、一通り目を通しておいてね」


 色々と次世代過ぎて頭が追いついていかない……


「――あと麻美はAWから狙われているから、最悪の場合、私と一緒に前室までの避難が許されてる」


 ……どういうことだろうか?


「ごめん、クリス。ちょっとどういうことか分からない。何かあったら逃げろってこと?」


「そう。緊急の非常事態の場合、私と麻美、あと神蔵さんは前室まで避難する事になってる。前室は1ヶ月程度なら普通に生活できる食料と水が常に備蓄されてるの。入り口のドアもここよりかは頑丈でないけど、相当な強度がある。グラウンドベースの中では一番安全だと思う」


 なんだろう…… 私が思っているよりも、事態は色々と深刻なのだろうか……


 しかし何故だ? UCIAの中で神蔵はAWとの豊富な交戦経験がある唯一の人物。クリスもVARISのシステム管理者であることから重要な人材だ。


 だが私は…… 私を避難させるのなら、室長や葉山も十分な避難対象の筈だ。


「――麻美。正直なところ、わたしも国防総省が何を考えているのかは分からない。ここへ配属されたのも、VARISの運用管理と言うことだけしか伝えられてなかったんだ。ただ、何か大きな事が起きようとしているのは、怖いくらいに感じてる……」


 クリスが俯く。


「そうね…… わたしも正直、このUCIAという組織が、少しよく分からない。国防総省はAWの存在を把握しており、対AW殲滅部隊も既に運用している。世界各国で起きている白骨化事件をAWが起こしていることは容易に想像が付くはずだわ…… 恐らく白骨化事件の捜査というのはUCIAを創設するための建前。本来の目的は別の何かのような気がする……」


「麻美の言うとおりだと思う。捜査機関と殲滅部隊。多分私達はAWという敵に対しての表の部隊。影である殲滅部隊を動かしにくい事件や諜報活動、それを私達が当たるんだとおもう。それを考えると、本国のナイトストライカー隊に同じような部隊が日本にも配備されている可能性がある。もしかしたら日本の自衛隊の中に、そうした部隊が既に発足されてるのかもね……」


 クリスの表情が少し曇っている。声のトーンも低い。恐らく今後起こるであろう様々な事態に対し不安を抱えているのだろう。


「ねぇ、麻美。こんなこと聞いてごめん。さっきの神蔵さんの言っていた事だけど……」


 クリスは、俯く。そして言葉を発した。


「麻美は…… 引き金を引ける?」


 しばらくの間、私は今一度考える。先ほどもその答えを言おうとしたが、室長がフォローをしてくれた。だが、その時は間違いなく訪れる。一瞬の躊躇が生死を分ける。自分の中で明確に答えを出しておかなければならない。


「わたしは…… 引くわ。大事な人達を守るためなら。ただ、誰にだって正義がある。己の正義のためだけに引き金を引き続ければ、人間は殺し合いを止めない。それが今の世界。だから、根本的な部分を変えなければならない。だから私は考え続ける。引き金を引くことの無い世界を、どうやったら実現できるかをね……」


 上手く言葉に出来ていないかもしれないが、今はこれが精一杯の答えだ。その時、クリスが私に抱きついてくる。


「ちょ、ちょっとクリス……」


 体が震えている。まるで何かに怯えるように。そしてクリスは涙声で話し始める。


「わたし…… 怖いよ麻美…… もう、機械を使って人を殺したくない…… 簡単なんだよ…… ボタンを押すだけで簡単に人が死ぬの…… 分かってるんだ、これは正しいことなんだ。任務なんだって。でも幾らそう言い聞かせても、心が悲鳴を上げる…… 私の指示を機械達みんなが迷いなく実行する…… これは正しいことなんだって。機械達をそう思わせていることに、わたしは…… わたしは……」


 クリスが私の胸で泣き崩れる。おそらく、過去の事件のことがトラウマになっているのだろう……


 私はクリスを優しく、強く抱きしめる。この子は誰よりも賢く、そして優しい。


 だからこそ、様々なことが辛いのだ。心に痛いのだ……


「クリス…… ひとりじゃないよ。私が側に居る。神蔵も室長も、葉山やスティーブンだって。みんなが貴女のことを大事に思ってる。きっとこの先、色んな事が待ってると思う。だけど、乗り越えていける。みんなと一緒なら、乗り越えていけるよ。わたしはクリスを守る。みんなで守る」


 泣きじゃくるクリスを抱きしめ続ける。


「不思議だね…… 麻美に抱きついてると、少しずつ恐怖が薄れていく気がする…… わたしね、ずっと憧れてた。やさしいやさしいお姉ちゃんがいたらって…… 麻美みたいなお姉ちゃんが、私はずっと欲しかった……」


 クリスはそう言って、私の体を強く抱きしめる。恐らくクリスは一人っ子。今までずっと心の何処かで寂しかったのだろう。だからこそコンピュータや機械達に愛情を傾けるようになったのだ。もっともそれは悪いことではない。愛は何に対しても尊いものだ。


「じゃあ、今日から私がクリスのお姉ちゃんだね…… といってもUCIAの中じゃ一番頼りないかもしれないけど。甘えたくなったり、泣きたくなったりしたら、いつでもおいで」


 わたしは優しくそういった。本当の妹のように、クリスは可愛い。その言葉に偽りは一切無かった。


「……ありがとう。麻美」


 その後も、クリスが泣き止むまで、私はずっとクリスの頭を撫で、抱きしめ続けた……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る