第一章 単独行動

秋葉原

2026年 09月25日 金曜日 15時21分

千代田区秋葉原 予約制カフェ アンジェリーク 2F 特別個室


「ささ。たべよたべよー」


 この光景にもだんだんと慣れてきたような気がする。クリスのティースタンドには明らかに通常の倍の量が盛り付けられており、彼女はにっこりとした笑顔でそれを食べ始める。午前中はゲーセンで遊び、午後からはショッピング。アニメやらゲームやらのフィギュアとプラモデル。両手で持ちきれないほどそれらを抱えた私に、ようやく体を休める時間が訪れていた。


「麻美。いっぱい買い物付き合ってもらってごめんね。今日は私の奢りだからいっぱい食べてね!」


 あいにく物を買わない、というか買う時間と精神的余裕が無かったおかげで、NYPDから今まで貯金は貯まる一方だったが、クリスの気持ちは素直に嬉しい。その時、個室をノックする音が聞こえると共に、スタッフが入ってきた。


「失礼致します。アンジェリーク特性ミラクルパフェをお持ちいたしました」


 おそらく5人でも完食が困難に思える大きなパフェがテーブルに置かれる。黒髪の綺麗なミディアムロング。前髪パッツンのそのお人形のような女性スタッフは、どういう訳か右肩にフランス人形と思われる物を優雅に座っているように乗せている。何かで固定しているのだろうか?


「わー、お姉さん可愛い! そのお人形も素敵-!」


 クリスがはしゃぐ。


「ありがとうございます。良かったねシャルロット。素敵なお嬢様達が褒めてくれてるよ」


 肩に乗せた人形に話しかける女性スタッフ。このお店のユニフォームであろう黒のゴシックドレスがよく似合っている。


「それではお嬢様方。ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 彼女はそう言うと、ドアを閉めて丁寧に退出した。


「日本人の女の子、ほんとに可愛い子が多いよねー。声も素敵な子が多いし、お人形みたいな子はほんとに憧れるな-」


「そうね。学生さんのアルバイトだったのかしら。北條さんとそんなに年齢は変わらなそうだったけど……」


 その時、クリスの電話が鳴る。クリスは申し訳なさそうに電話に出る。ベースからだろうか?


「あ、はいはいー。この間の件ね。――無事に会社は乗り切れそう? そっか。よかったよかった。こっちで最適化したソースコードどうかな? 良かったらこっちに差し替えてみて。手間はそんなにかからないはずだから。あ、お金? いらないいらない。私は好きでやってるだけだから。じゃあ開発頑張ってねー。次の大規模アップデート期待してるー」


 そう言うとクリスは電話を切った。かなり早口だったが笑顔で話していたところを見ると……


「クリス、今の電話ってひょっとして――」


「うん。ディアボロスⅣの開発リーダー。2年前くらいから経営サイドが開発に口出すようになって、思ったように自分たちの意見が通らなくなったって嘆いててね。このままだと倒産確実だから助けてほしいって言われたの。世間じゃニュースであんなこと言ってたけど、ほんとは私が勝手にクラッキングしたわけじゃ無かったんだ。管理者権限のIDとPASS、向こうが提供してくれたからね」


 いつの間にかにティースタンドの食べ物がほぼ無くなっており、クリスがパフェに手を付け始める。


「で、サーバーにアクセスしてVARISでプログラム本体を解析。コードを色々と最適化した後に、予め聞いてた本来のアップデート内容にデータを変更、再起動かけてめでたしめでたし。まあアップデート内容には私の希望も取り入れってもらってるけどね」


「じゃあ、ホワイトエンジェルが関わったゲーム会社のハッキングって全部――」


「そう。みんな色々な事情があって、頼まれてやってるの。そういう意味でほんとに人助けなんだ。ほんとのオタクに悪い人なんていないからねー」

 

 クリスは笑顔でそう言いながら、パフェをガツガツと食べている。


「まあ室長には間接的に迷惑かけちゃう事にはなるけど、一切証拠は残してないし、万が一発覚した場合でもIDとPASSを向こうから提供してもらったログは残してある。最悪の場合それを公開することを条件に引き受けてるんだ。パパにも迷惑かけられないからね」

 

 なるほど。一見クリスの気まぐれのようにも感じていたが、彼女なりの理由や正義があって、みんなが幸せになる方向で人助けをしている。ただUCIAの中だけで言えば、クリスのイメージのみが悪くなるのだが…… それを分かった上でやっているとすると、意外と肝が据わっているのかもしれない。 


「あ、麻美。手鏡落としちゃったー。とってとってー」


「はいはい。ちょっと待って」


 口元にパフェのクリームを付けたクリスが駄々をこねる。わたしはテーブルの足下に落ちているそれを手に取った。


(え……?)


 落ちていたのは、手鏡……ではない。コンパクトな折りたたみ式手鏡のようだが鏡部分がディスプレイのようになっている。そして”持ってて”とメッセージが浮かび上がっていた。


「あー、良かったらその手鏡麻美にあげる。わたし予備でもう一つ持ってるんだー。お揃いだねー」


 クリスはにっこり。だが、これはどういうことだ?

   

「そう言えば神蔵さん、大丈夫かなー? 麻美に連絡あった?」


「いや、復帰に関してはまだ何も。というか神蔵は基本電話出ないしね……」


 以前に首都高で突然苦しみだし、その後は特に何も無かったが、念のためということで横田の基地の中にある医療施設で検診を受けることになった神蔵。もう約一週間は過ぎたが、まだ何も連絡は無い。あの時は何か発作のような苦しみだったように思えるが、一体何だったのだろう……?


「今日は色々とありがとうね。麻美と一緒だと楽しいし、色々と安心するー」


「いえいえ。どういたしまして」


 UCIAに所属してからというもの、決まった休み等は無い。今は基地ベースに居住を移していることから、そこにいることが日常になっている。ただ居心地の良い場所だし、セキュリティ的にも強固な場所だ。だからこうやってクリスの護衛を兼ねて秋葉原に出かけるのは良い気分転換になっている。


 まあそんな私達にも、密かに護衛という名の監視は付いているのだろうが……


「さて、夜に用事があるから、それを食べ終わったら基地に戻りましょうか。お嬢様」


 私は笑いながらそう言うと、クリスはにっこりと微笑んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る