食べる者は食べられる覚悟がある者だけ

夜月紅輝

食べる者は食べられる覚悟がある者だけ

 どうも、私の名前は【有坂京子】。高校2年生のうら若きJkです。

 今年の14日は平日の水曜日。

 なので、その日に向けて日曜の朝からバレンタインデーに渡すチョコづくりをしようかと思ってます。


「......よし、材料もばっちし!」


 キッチンに買ってきた材料を並べ、購入漏れがないかチェック。

 たぶんない。これであったらマジコンビニまでダッシュ案件。

 さてさて、それじゃいつも通り作り始めますか......っとその前に。


「えーっと、今年渡すの何人だっけ?」


 バレンタインに渡すチョコと一口に言っても色々ある。

 本命チョコ、義理チョコ、友チョコ、自己チョコって感じで。

 で、なんと男同士で渡す強敵ともチョコなんてものもあるらしい。ウケる。

 ともかく、今はそれを何個ずる作るかが問題だ。


「まずお母さんでしょ? で、妹の明日香。幼馴染のユーちゃん。

 で、友達のあっちゃんにこずっち。それから、あの三バカにもあげよっかな。どうせ貰えないだろうし」 


 指を折りながら必要な人数を数えていく。今数えただけでも8人か。

 これは気合入れないとヤバいかも。ま、最悪あの三バカはなくてもいっか。

 そんなことを考えながら慣れた手つきでレッツクッキング。

 

 最初に作ったのはお母さんと明日香の分だ。

 その二人は毎年贈ってるのでいつも通りのクッキーを作った。

 一応デザインや味は毎年変えてるけど......ま、気にする二人じゃないしいいよね。


 次に作ったのはあっちゃんとこずっちの分。

 この二人には去年ちょっと豪勢なガトーショコラを作ったので、今年は趣向を凝らしてキャラメルを使ったお菓子にした。

 こんなこと出来るなんて私すっごい。出来栄えも完璧。写メっちゃお。


 それから、三バカの分。三人とも男子なので簡単なガトーショコラでいっか。

 で、問題なのは幼馴染のユーちゃんの分だ。

 ユーちゃんこと【橋本友紀】は私の大切な人である。

 ぶっちゃけ好き。ただ、ライク寄り......だとは思うんだけど、本気もありかと聞かれれば否定できない。


 だけど、相手は長年一緒に過ごしてきた幼馴染だ。

 急にそんなことを言ったら気持ち悪がられるかもしれない。

 もし、引かれたりでもしたら......うっ、死ねる。

 今、想像所のナイフが心臓を貫いた。やばい、ダメージデカすぎ。


「ハァ......どうしよっかな~」


 休憩がてら、リビングのソファに座って寄りかかる。

 頭の中で巡らせるのはユーちゃんに渡すプレゼントのことだ。

 この人に渡す分だけ何も決まっていない。

 材料を多めに買ってきたのも未だ悩み続けてるからだ。


「ユーちゃんなら何でもおいしく食べてくれるだろうけど......確か、去年私のはマカロンだっけ。

 あの時はバレンタイン特集でマカロンが紹介されてて、私が食べたかったからついでにって感じだけど......今年はなんでこうも......ハァ」


 考えるだけでドキドキする。

 「美味しい」と言ってくれただけでテンション爆上がりだろう。

 だけど、どうして今になってこんな気持ちを抱くようになったのか。

 これは......たぶんあの時だな。きっかけは。


 ......2年生になって新学期早々にあった林間学校。

 ユーちゃんに誘われて同じ班になって、一緒に班活動したのが良い思い出の行事だ。

 高校生になって山登りで汗だくになる沢登りってマジ意味不な行事があったんだけど、その沢登りで衝撃的な出来事があった。


 その当時、私が山の坂道のせいでで足が棒になるほど疲れた。

 で、足が思ってるよりも上がっていなかったのか近くにあった木の根っこに躓いたんだ。

 そして、地面に顔面から激突するって時に、ユーちゃんが颯爽と肩を抱いて助けてくれたことがあって......それが超カッコよくてトキめいた。


 たぶんそれから。ユーちゃんが少しだけ輝いて見えたのは。

 普段は特に普通だったのに、あの日の出来事がフラッシュバックしてドキドキすることがたまにある。例えば、何かの拍子に距離が近くなった時とか。


 その気持ちを“恋”って言うにはなんだか大げさで変な感じだし、今のとこ私の中では“親愛”で落ち着いてるけど......バレンタインってせいで妙に意識しちゃってるんだよな。


「.......よし! 確かユーちゃんはマロンが好きだったいつだか言ってた気がするから、アレでも作ってみるか。

 そうと決まればマロンないからちょっぱやでスーパー行って来なきゃ」


 そして、私はエプロンをソファの背もたれに投げかける。

 急いで二階からダウンコートを持ってくるとスーパーにダッシュで向かった。


―――2月14日


 学校についてみれば、いつもより教室がザワザワしてる気がする。

 ピンクのオーラ全開っていうか、特に男子達の期待と諦めが混じったような目がチラホラ。

 まぁ、でも残念ながら本命チョコはもちろん義理チョコすら少数派だから。

 期待するだけ無駄だと思うよ。女の子って存外ドライだから。


 下駄箱に靴をしまい、スリッパを出す。

 スリッパを履いて、自分の教室がある2階へと向かう。

 道中の廊下ではすでにチョコを渡し合ってる光景があった。

 あ、あの男子達、お恵みチョコ貰ってる。

 良かったじゃん。誰か知らない男子達。


「......」


 次に見かけたのは女子同士でチョコを交換してる光景だ。

 俗に言う友チョコってやつであり、見方を変えれば友達契約更新みたいな。

 いやいや、それはさすがに酷いか。なし、今のなし。偏見が過ぎた。

 ......あれ? なんか少しドキドキしてきた。


「......」


 自分の足が教室に一歩一歩向かうたびに、心臓が耳元で聞こえるみたいな。

 おかしい、おかしい。前までこんなことなかったのに。

 なんかこれまるで本命渡すみたい.....いやいや、気のせいだ。それは気のせい。


「キョーコ、おは!」


「ひゃい!?」


 突然肩にポンと手を置かれ、全身がビクッと震える。

 咄嗟に振り返れば、そこにはあっちゃんとこずっちの姿があった。

 金髪のセミロングのアリス=瀬名=フォードと茶髪お団子ヘアーの梢紗香。

 ともに私の大事な友達だ。


「どったの? そんな驚いて」


「もしかして......え!? 嘘、マジ!? アオハル!?」


「いやいやいや、違う違う違う!」


 全力で首を横に振り否定する。だけど、逆にそれが怪しかったようだ。

 二人は質の悪いやからのように肩を組んでくる。

 両サイドから挟まれ逃げ場がない。くっ、しまった!


 それから、必要な質問攻めに必死に耐えていると、ついに教室に辿り着いた。

 こずっちが教室の後ろ側のドアを開ける。

 目の前には三バカと話をしている奇麗な黒髪のユーちゃんの姿があった。

 な、なんでだろう、へのへのもへじみたいな三バカを背景に一輪の花のように輝いて見える!?


「おっ、おっはー、京子!」


 ユーちゃんが気さくに手を上げて挨拶してきた。

 いつも通りフランクな挨拶である。


「あ、その......おは、よう」


 こ、言葉がどもった~~~~! ハズイ、死ねる!

 いつも通りを意識してたのに、意識するたびにいつも通りが分からなくなってくる!

 いつも通りってなんだっけ? 何をしたらいつも通りになるんだっけ? わっかんない~!


「?」


 ほ、ほら、ユーちゃんも変な顔してこっち見てる。

 不味い、ど、どどどどうにかせねば。


「はい、ユーちゃん。友チョコどうぞ」


「お、センキュー」


「そして、愚かな三バカども跪け」


 あっちゃんとこずっちはあっさりとユーちゃん(おまけに三バカ)に渡していく。

 その光景を見てて完全に出遅れた私はあわあわ。

 っていうか、あの紙袋なに!? 遠くから見てもパンパンに入ってるじゃん。

 ま、まさかアレ全部チョコ!? え、嘘、マジで!?


 た、確かに、ユーちゃんはスポーツ万能でカッコいいし、誰にでもフランクに接することが出来る陽キャだ。そして、カッコいい。

 ちょっとおバカだけど、人に気を遣えるのでそれもご愛敬。故に、ユーちゃんはモテる。


 あのチョコの量はユーちゃんへの貢ぎ物と見ていいだろう。

 そして、その光景を羨ましそうに見る男子達。

 さながら今の私はバレンタイン王だ......なんだそれは。


 あぁ、まだ他の女子からチョコ貰ってる。それ以上は受け取っちゃダメ!

 くっ、これ以上貢がれる前に私のチョコを渡して私の“幼馴染”であることを証明しなければ!


―――放課後


 机に突っ伏す私。撃沈の構えです。

 結局、気持ちの踏ん切りがつかなかった。チョコを渡す依然の問題だ。

 スクールバッグの中にはちゃんと入ってるけど......もう無理そうかな。


「なぁ、京子。今日どうしたんだ?」


「へ?」


 ぐで〇まのような私の前にユーちゃんが立つ。

 突然声かけられたことに変な声が漏れてしまった。


「何呆けてんだよ。今日、全然話しかけてこなかったろ。寂しかったぞ」


「え、えーっと、それは......その......」


「ほら」


 ユーちゃんから手を差し出される。これは?


「ちょっと買い食いに付き合え」


*****


 私はユーちゃんに連れられ、駅前のデパートにやって来ていた。

 相変わらずユーちゃんとの会話はぎこちないまま。

 せっかくユーちゃんが話しかけてくれてるのに。

 そんな情けない自分に落ち込む。


「お、ここだ、ここ」


「ここはミ〇ド?」


 デパートの一角にあるドーナッツ専門店みたいな店。

 どうやらユーちゃんはドーナッツが食べたかったようだ。


「行こうぜ」


「う、うん」


 急に手を掴まれドキッとする。うぅ、やはり......好きみたい。

 だけど、これ以上の気持ちは曝け出していいものなのか。


「何買う? 好きなの買っていいぞ」


「え、奢り?」


「あったりめーだろ。今日なんの日か知ってるだろ?」


「バレンタインデー」


「そういうこと」


 そういうわけらしいので、私は好きな物を選んでユーちゃんに買ってもらった。

 とはいえ、選びすぎても困らせるので控えめにしておこう。

 そして、空いている席に座ると二人で食事を始める。


「ん~、上手いなこれ。京子のはどうだ?」


「うん、美味しいよ」


「なら、交換しようぜ。そっちも食ってみたい」


「え?」


 突然の申し出にポカーン。それって.....。

 そんな呆けた私にユーちゃんは「嫌ならいいけどよ」と少し悲しそうに手に持っているエン〇ルクリームをパクリ。

 ゆ、ユーちゃんを悲しませてしまった! それだけはいけない!


「い、いいよ。どうぞ」


「え、いいのか?......そっか」


 嬉しそうに微笑むユーちゃん。その僅かな表情変化に心臓がズッキュン。

 こ、この状態で私はユーちゃんのドーナッツを食べるの!?

 まるで本物の札束を見て震えた手で掴むように持ちながら、意を決してパクリ。

 ......緊張しすぎて何も味がしなかった。


 それからというもの、ドーナッツを食べた後はしばらく二人で店内を見て回った。

 特にこれ取って何か買ったわけじゃないけど、その時間はとても楽しかった。

 そして、今やそれぞれの家までの通り道。時間というのはあっという間だ。


「結構可愛いもの多かったな~。今度お金貯めて顔っかな」


「......やっと自然に笑ったな」


 私がデパートで見た服に思いを馳せていると、突然ユーちゃんがそんなことを言った。

 その時の表情はなんだか子供を見る親のように優しい笑みをしていた。


「そ、そんな変だったかな?」


「めちゃくちゃ変だったぞ。

 学校の時はめっちゃチラチラ見てくるくせに、小動物のように一定の距離保って警戒してるし。

 かといって、他の奴と話してるとなんだかむくれた顔してるし」


 そ、そんなにか......というか、その恥ずかしい事実を知られてることがヤバい。ハズイ、死ねる。


「それになにより、ん。まだ貰ってねぇ」


「っ!?」


 ユーちゃんが立ち止まり、手を差し出してくる。

 言わんとしてることは十二分に理解してる。チョコだ。

 もっとも作ったのはチョコではないんだけど。

 ユーちゃんが渡されれることに期待している。

 ここまでされて渡さなかったら女の恥。いっけー!


「これ、受け取ってください!」


 私は両手にプレゼントを持ち、腰を90度に曲げて渡した。

 な、なんだかめちゃくちゃ気合の入った渡し方になっちゃった。

 こ、こここれじゃ本命みたいじゃん。いや、これは、その――


「......なぁ、これって」


「これはそのなんといいますか、気合の入った渡し方をしたけどそのあのえーっと――」


「これ.....もしかしてマロングラッセか?」


 ユーちゃんが包装に入っているお菓子を見て聞いてくる。


「うん。ユーちゃんがマロン好きだって前に言ってたから......」


 その質問に頷けば、プレゼントに向いてた視線が私に向いた。

 その時の顔はとても赤く、そして目はとてもギラついていた。


「なんだよ、アタシ達相思相愛じゃんか」


「え――」


 2月14日水曜日。午後18時22分。私の唇は奪われた。


―――バレンタインプレゼントの意味。

 ドーナッツ:あなたのことが大好き。永遠に続く愛。

 マロングラッセ:永遠の愛を誓う。永遠の愛の証。

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