非モテ男子達のバレンタインWARS

浅月 大

非モテ男子達のバレンタインWARS


 バレンタインデー。

 それは男にとっては年に一度、明確な格付けがなされる日。

 そしてその勝敗は単純にして明快。

 すなわち……女性からどれだけチョコレートを貰えたか。これに尽きる。


 ある者は勝者となりある者は敗者となる。

 前者は異性との愛情を、後者は同性との友情を育むのは最早恒例行事と言えよう。


 さて、ここでとある共学の公立高校の教室を見てみよう。

 日付は運命の日であるニ月十四日。時刻は放課後になってしばらくしてのこと。


 この教室の一角では男子生徒四人が机を囲み立っていた。

 彼らは普段からつるむ友人同士。ここ一年で仲良くなり、クラスメイトからは四人でワンセットと見なされるほどである。


 そんな彼らが今日ばかりはまるで真剣勝負とばかりに対峙していた。

 普段の友情はどこへやら。互いに牽制し、まるで敵でも見るかのような視線をそれぞれが向けている。


「いいか、恨みっこなしだ」

「あぁ」


 事の発端はとうに忘れた。しかしこれから何が起きるのかは明確に理解している。

 すなわち……この中で誰が一番チョコレートを貰ったのか。


 男としての格付け。マウントを取り合えるほど仲が良いからこそ起きたバレンタイン戦争。

 そしてその様子を見守るのは教室に残った他の男性生徒だ。



 ……なおこの場にいる全員が彼女持ちでは無いことを先に述べておく。

 そんなヤツはこの浮かれた日にこんな時間まで教室に残っていない。




「じゃあ俺からな」


 そう言って先手を打ったのはややふくよかな男子生徒。

 明らかに貰えないだろうと皆が思う中、しかし彼はカバンからチョコレートを二つ取り出した。

 流石に手作りでは無いものの、丁寧にラッピングされた市販のチョコレートの姿に教室内でどよめきが起こる。


「嘘だろ……?」

「俺なんて一つも無いのに……」


 周りの男子生徒からの悲喜交々……いや、悲々交々の声が漏れる中、他の三人は意外にも冷静だった。

 何故なら彼らは知っている。


「それ、姉ちゃんと妹からだろ」

「べっ、別にいいだろ! ルールはこの学校の女子からなんだから!!」


 確かにこの戦いを始めるにあたり一つだけルールを設けた。

 この学校の女子生徒から渡されたチョコレートのみをカウントする、と。

 学校外ではいつ誰から貰ったかの証明が難しく、また母親チョコカウントがあるためだ。

 しかし彼はその抜け道としてたまたま学校が一緒だった姉と妹から貰った。

 家族からとは言え、しかしこれはれっきとしたチョコ。無しとありとでは雲泥の差である。

 もしかしたら他の三人が無しであるのを見越していたのかもしれない。


「んじゃ次はオレだな。オレのはちゃんと貰って来たやつだぜ!」


 そう言って次にスポーツ刈りの男子生徒がポケットからそれを高々と掲げ、そして机の上にトンと置く。

 音が軽い、そして見た目が小さい。

 それもそのはず。それは確かにチョコレートだった。

 しかしバレンタインのバの字もないチョコ……と言うよりチョコ菓子であった。

 有り体に行ってしまえば購買で常設してるものだ。


「どうよ!」


 ふふんと胸を張るそいつの様子に皆の反応が分かれる。

 お前、それでいいのかよと思う者もいる。

 だが確かにそれはチョコなのだ。チョコ菓子であろうともバレンタインデーと言う日に貰ったチョコは値段では買えぬ輝きを持つ。

 結果、天秤は彼が望んだ方向へと傾く。すなわち『羨ましい』と。


 だが他の三人はまたしても冷静だった。

 何故ならそのチョコを貰う過程を知っているから。


「僕見ましたよ。委員長に拝み倒してもらってましたよね」


 そう。女子生徒同士で交換していたところにこの男は突撃した。

 そして拝みに拝み倒してようやくこのチョコ菓子を入手することに成功したのだ。

 その姿は当然何人も目撃している。

 ただ……


「例えどんなに情けなくても、どんなに不格好だったとしても……これは紛れもなくバレンタインチョコだ!!」


 それはやり切った男の顔だった。

 そんな彼を見ていた周りの生徒からこんな声が漏れる。勇者だ、と……。

 行動に移せた者と待っていた者の差がはっきりと出た瞬間だった。


「やれやれ、哀れですね」

「何だと?! ならお前はどうなんだ!!」


 メガネをかけた男子生徒がその言葉を待ってましたとばかりに机の上にチョコを乗せる。

 最初の男子同様ラッピングされたチョコ。それも三つもだ。

 しかもご丁寧に包装紙には彼への宛名が書かれているおまけ付き。


 更にそれだけではない。


「俺、今朝アイツが貰ってる所見たぞ」


 そう、彼がチョコレートを貰っているのを目撃している人間がいた。

 当然その情報はあっという間に伝播する。

 周りの言葉に「やれやれ、見られてましたか」と勝ち誇った笑みを浮かべていたが、他の三人からの視線は冷たいものであった。

 羨ましい、妬ましい、と言った感情ではない。

 有り体に言ってしまえば『お前、それライン越えだぞ』といったところか。


「な、なんですか……」

「おい」

「おう」


 三人が目配せすると先ほどのスポーツ刈りの生徒がポケットからスマホを取り出し何やら操作を始める。


「これ、なんだろぉなぁ~?」


 これ以上ないぐらいニヤけた顔と声。

 そして突き付けられたスマホにはとある写真が写っていた。


 それを見た瞬間、メガネの生徒の顔が一瞬にして青ざめる。


「俺、朝練あってさぁ。たまったま見かけたんだよなぁ~」


 なんだなんだと周りの男子も集まりスマホを覗き込む。

 そこに映っていたのは目の前のメガネ男子生徒が一人。ぱっと見、学校の玄関ホールで下駄箱で靴を履き替えているだけのように見える。

 だが違う。

 彼がその手に持っているのは靴ではなく何やら四角い箱のようなもの。

 そしてその色は今しがた机に置かれたチョコの包装紙にそっくりで……。


「お前の下駄箱の位置、そこじゃねぇよなぁ? まさか女子の下駄箱にチョコ入れた、なんてことはねぇよなぁ?」


 まるで犯人を追い詰めるように彼の肩に手を伸ばしスマホでペチペチと頬を叩く。

 つまり彼はこう言いたいのだ。


 女子の下駄箱に自身の宛名の名前を書いたチョコを入れる。当然登校してきた女子生徒は間違いだと気づくだろう。

 そしてこう考えるはずだ。

 同じ女の子として渡してあげよう、と。


 そうして間違えて入っていたよと渡されたところをあえて目撃させる。


「マッチポンプって言葉、当然知ってるよな?」


 うぐぐ……と、もはやぐうの音も出ない。

 確かに学校の女子生徒から渡されたらカウントと言うルールは満たしている。例え用意したのが自分だったとしても、確かに数に入るものだ。

 なるほど、うまいことを考えたものだ。

 当然バレた瞬間くっそ恥ずかしい事になるという点に目をつぶればだが。


「頭良い方なのにアホなことしてんなぁ」

「だったらお前はどう……なん……」


 最後の一人に食って掛かるも、その言葉が尻すぼみになっていく。

 それもそのはず。

 彼はカバンからではなく、足元に手を伸ばし紙袋を机の上に置いた。


「高みの見物ってやつだ」


 まさに完全勝利。

 その紙袋の中はチョコ、チョコ、チョコ……その数、目算でも二十個はくだらない。

 中には簡易的ではあるがメッセージカードがある物すらあった。


「ウソだろ……」

「バ、バカな……!」

「何かの間違いでしょう!?」


 これには他の三人も驚きを隠せない。

 何せこの男、悪い男ではないのは確かだが、モテる部類ではない。

 ワンチャン彼女が出来るかもしれない手合いではあるが、少なくとも不特定多数の異性から好意を向けられるような男ではないのだ。


「おーおー、下々の言葉が心地いいなぁ」


 煽る。ここぞとばかりに煽りに煽り散らかす。

 だが反論の言葉は出ない。

 目の前に積み上げられた女子からのチョコえいこうのあかしが絶対強者としてこの場に君臨することを皆が認めてしまっているからだ。


 だがそれでも負けを認めれない……認めたくない人間はいる。


「だけど……それは義理チョコだろ! 本命はないだろ!」

「そうだが?」


 何か問題でも?と言わんばかりにさらりとその言葉を受け流す。

 まさに負け犬の遠吠え。今はその叫び声すら男にとっては心地よい。


「くそ……俺たちとお前……何が違うんだ。どこで差がついた……?」

「そんなもの決まっているだろ」


 いいか、と前置きをしたところでチョコの詰まった袋を軽く叩く。


「お前らとは年季が違うんだよ。俺がこの一年、この日の為にどれだけ努力を重ねたか……その差だ」


 そして彼は皆に言う。

 そもそもの話、バレンタイン当日に何かをするなどナンセンスだと。

 本当にチョコレートが欲しいのであれば、狙い目は当日ではない。少なくとも一週間前までに行動を起こし終えているものだと。


「考えても見ろ。普段適当な奴が今日に限って髪をセットしてたら女子からどう見えるのか」


 その言葉に何人かの心に言葉の矢が被弾するが彼は構わず話を続ける。

 この一年、自分がどれだけ女子に尽くし好感度を上げたかを。

 無論あわよくば彼女が欲しいという下心があったが、それが叶わぬ時今日この日で勝者になれると信じて。


 確かに最上である彼女ゲットは叶わなかった。しかし彼は間違いなくつかみ取った。

 高校二年生と言う青春真っただ中のバレンタインにおいて、脅威のチョコレート二十個以上と言うスコアを叩きだした。

 例え本命が無かったとしてもこの事実は覆らない。

 未来永劫、当時これだけ貰えていたのだと言うただ一点において、間違いなく人生において彼は勝者となったのだ。


 まさに執念。

 非モテだったとしてもここまでやれるのだと、やってのけたと言う極致。


「くく、ははは……はぁーーっはっはっは!!」


 笑いが止まらないとはまさにこの事。教室に響き渡るその声を止める者は誰もいない。

 その結果を以て、彼が間違いなくクラスの頂点(彼女持ちは除く)となった瞬間だった。









 なお一か月後、この栄光が財布にダイレクトアタックしてくることになるのだが、それに気付くのはまだ先の事である。


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