第33話 帝国

次期竜人王候補騒動が落ち着いて数日後、不穏な出来事が起こる。


「勇者ギリィが脱獄しました」


大人しくしていたが突然の脱走。古代魔獣の調べが終わり、粉々にして廃棄した後。海底の国の調査も徐々に進んでいたところ。彼が古代魔獣のことを知っている可能性が出てきていた。情報をどこからか聞きつけ逃げたか。前から彼はクサイと思っていた。至急指名手配をする。追い打ちをかけるように他の問題が発生。


「帝国が魔法国に対し声明を発表、抵抗せず土地を明け渡すのなら命の保証はしようと事実上の宣戦布告が」


ここへ来て帝国が動き出した。ずっと裏で動いていたのは知っていた。古代魔獣が東へいってくれていればと思ったがそれとはまた別問題か。民に罪はないし。渋い顔をしているとむしろ丁度いい、後顧の憂いを絶ってやると喧嘩する気まんまんの竜人王。どうやら帝国に対し既に仕掛けているようだが詳細はわからなかった。帝国に関しては悪い話が多い。中でも一つ気になる情報があり、どうするのか王に問いかけた。


「帝国に勇者がついている、簡単には攻略できないのでは」


勇者ウィザレス、棍棒、盾、鎧を装備する守備を得意とする戦士。彼は帝国側。一人では戦局を変えるのは難しいが勇者ということで士気も上がるだろうし厄介な存在ではある。悪者勇者が多くないかこの世界。心のなかで神様に愚痴を言う。


「問題ない、既に対策済みだ」


王がそこまで言うのなら大丈夫かな。各国揃い踏みで帝国に対する準備を進める。竜人の国、グアナタ、魔法国は協力体制を取る。俺達にも動いてもらいたいと協力要請がくる、快く受ける。


「内部深くに侵入、皇帝を叩く」


帝国に潜入し、既に侵入している仲間達と共に頭を叩いてくれという豪快な任務が与えられた。すでにかなりの数の連合軍の人が入り込んでいるとか。仲間を圧縮玉に入れ、遠距離竜人リレーを。今回はグアナタと魔法国の間に何艘か船を置き、飛んで海を渡る態勢ができていた。こうして速やかに魔法国の港街まで移動。こんなときは圧縮玉は便利だな。五人がそのまま移動するとなると運搬側が本来かなりの労力を要する。夜間小舟に乗り帝国の大陸に上陸。事前に入手した帝国兵が着ている服を装着して活動する。街に潜入、様子を見る。


「ひどい有り様だ」


痩せこけた民、覇気のない兵。帝国の人々は疲弊しきっていた。おかげで活動はしやすかったけど。


「ま、魔獣が出たんです。退治をお願いします」

「うるさい、今忙しいのだ」


帝国は冒険者ギルドがない。兵が魔獣を退治するわけだが彼らは戦わない。こうして弱いものから死んでいく。見ていられないな。時間はかなりある、魔獣討伐に赴く。倒し帰ってくると喜ぶ人々。あまり目立ちたくないからすぐに移動して隠れる。しかし喜んでもらえるのは悪い気分ではない。


「次の街へ行きましょう」


街から街へ。移動を繰り返し帝都カホエナに侵入。連合軍が内部を侵食しているのだろう、ここまで手際よく簡単に入ることができてしまった。帝国本拠地だというのにここも元気がない住民が多い。とてもじゃないがこれから戦争する国には見えない。王が余裕の態度だったのは内部の情報を知っていたからか。同じく潜入していた仲間から、飛空船のお披露目のときに仕掛けるとの情報が入る。目標である皇帝が観衆の前で演説するようだ。やはり空飛ぶ船を作っていたのか。船が完成、大量生産したから世界に打って出ようというわけだ。飛空船お披露目会当日。かなりの数の観衆がいる。彼らは皆兵士。皇帝が壇上に立ち演説。その近くには勇者ウィザレスがいた。やはり帝国についていたのか。


「我が国技術の結晶、飛空船をその目に焼き付けるのだ!」


飛空船を覆っていた布が取り払われる。


「御覧ください、こちらが飛空船です」


船の説明をする司会の人。披露された飛空船を見て熱狂する人々。兵達は元気だな。見た目は普通の船。乗っている兵士が手を振る。動力は飛べる獣人、ロープで持ち上げ飛ぶ形。機動力はないが空を飛ぶというだけでも強力。しかも戦闘員が多数乗っているわけだ。しょぼいかなと思ったけど案外馬鹿にできない。獣人達がロープの端を肩にかけ飛び上がる。飛空船も飛び上がるかと思われたが、飛ばずにそのまま地上にある。獣人は必死に持ち上げ飛んでいる。見た目的にも軽い木製の船だ、簡単に浮き上がると思っていたが。どうしたのだと唖然とする皇帝。隣にいるウィザレスは体を震わせうつむいている。不甲斐ない光景、怒りに身を震わせているのだろうか。


「がーっはっはっは、我慢できねーぜ」


顔を上げ急に大笑いするウィザレス。口を開け抜けた表情で彼を見る皇帝。どゆこと?


「重気の重りをたんまりと船に乗せてやったのさ、飛べるわけねーだろ。毎日コツコツ深夜に運び込むのは骨が折れたがな」

「貴様なんてことを!」


皇帝は怒りながら逃げていく。ウィザレスが裏切り者だったことがわかったからだ。なるほど、彼が潜入工作をしていたわけね。兵士がウィザレスに押し寄せるが力で全員を吹き飛ばす。


「疲弊した兵など物の数に入らんわ! 全員かかってこい!」


とはいえ多勢に無勢。助けに入り飛んで逃げようかと思っていると、近くにいた仲間が俺達を止める。まだなにか仕掛けがあるのか。


「そこまでだ!」


号令がかかると帝国兵の八割が服を脱ぎ捨て一気に連合軍に転身。この段階でほとんどの帝国兵は白旗を上げる。船に乗った兵は一部抵抗を続けるが、動かない船、そして軽い木は火に弱い。地上にあってはただの大きな的。炎の魔法、火のついた矢を射掛け炎上、燃える船から逃げ出し彼らも白旗を上げる。皇帝は逃げてしまったがこれも予定の範囲内。皇帝を守護する近衛兵にも連合軍の息がかかっている。どこに逃げたかは筒抜けだ。戦う前から負けは決まっていたんだな、国が疲弊していては勝負にならない。被害が少なく済むよう時間をかけ作戦を進めていた。そもそもの発端が皇帝の近しい者から国が限界なため助けてくれとSOS信号を密かに送っていたことから。国中から兵を集めたと嘘の報告をし、皇帝確保の作戦を実行。これだけの兵をよく集めたと喜ぶ皇帝、中身はほぼ連合軍。なんだか悲しいピエロではあるが彼の政治が悪かったわけだから仕方がない。戦争を仕掛けた理由も富のある国から搾取しようという考えから。自国がこのままでは潰れることは流石にわかっていたわけか。もう崩壊していたけどね。この後は帝国の支配から脱却、大きく国のあり方が変わる。魔族の人達が指導にあたるようだ。ある程度大きくなったら譲渡の予定。ルイは帝国の現状を見て支配の難しさ虚しさを学んだとか。更生し一般的な魔族になったと母親から連絡が来た。博士助手は今でも続けている。

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