なにもない

僕はペンを持った

僕にとって

僕は走馬灯のように今までの事を思い出していた。


少しだけ聞いてもらってもいいだろうか。


僕は普通の21歳だ。


変わった所は特にない。


思い出しても意味はない。


だけど、アイツがいるから思い出さざるをえない。


僕の中にはアイツの存在が深く深く染み付いていた。


ここからはアイツのことをAと呼ぶことにする。


適当だ。名前は覚えてない。


そんなAと知り合ったのはたしか5歳の時だろうか。


幼稚園で同じクラスになった。


ただそれだけ。


仲良くなるのはすぐだった。


子供の頃は誰とでもすぐ仲良くなれた。


それでもAとは特別仲良くなって、家に行ったり来たりということがよくあった。


とても楽しかった気がする。


その関係のまま僕達はしばらくして 中学生になった。


僕のAに対する気持ちも変化していった。


初恋だった。


小学校までは少し仲の良い異性の友達というだけだった。


それに満足していたし、その感情というものに気づくはずもなかった。


僕は周りの同級生達より少し色々なことに疎かったみたいだった。


周りで彼氏彼女という言葉が日常に溶け込んできた頃、僕はAを気になりだした。


今までは家族として関わってきたが意識してからは恥ずかしくて話しずらくなった。


夜にはAのことを想像して勃ってしまうこともあった。


発散することもあった。


最初はおかしくなってしまったのかと思った。


だけど保健の授業でこの反応は正常なことを知った。


中学では1年の時は同じクラスだったが2年からは離れてしまっていた。


ちょうど良かったかもしれない。


今となってはもう分からない。


中学の卒業式。


僕は勇気を出してAに告白することにした。


高校生になる前に関係を動かしておきたかった。


それほどにもう、心の余裕がなかったのだ。


でも、今となってはこの告白は間違っていたのかもしれない。


そうすればこの結果を変えられたかもしれないのに。


告白は無事成功した。


不安はなかった。


あったのは高揚感とこれからの不安と希望だけだった。


僕とAは高校生になって小学生の時よりも一緒に居るようになった。


傍から見れば少し引いてしまう程のイチャイチャをしていたとは思うけれど、なんとも普通のカップルではあった。


登校はもちろん待ち合わせ。


授業中はメッセージでのやり取りを。


昼食はAが作った弁当を一緒に食べ。


放課後は手を繋いで帰路につき。


休みの日にはデートをして。


そして共に夜を過ごした。


そんな生活は幸せだった。


そう、幸せだったのだ。


二度ととない青春時代をAと過ごして僕は悔いはない。


Aも幸せそうに毎日笑っていた。


なのになんでこうなってしまったのだろう。


高校卒業後、僕達は別々の夢の実現のために違う道へと進んだ。


離れるのははじめてだった。


だけど僕とAの関係は終わるはずがないと思っていた。


だってこんなに愛しているのだから。


Aもおんなじだったはずだ。


離れてからも週末には必ずデートをした。


そこでお互い進学先での愚痴を話したりした。


日々の空いた穴をお互い埋めあっていた。


そんな生活も一瞬で崩れ去ってしまった。


僕は進学先で異性の先輩と仲良くなった。


その先輩はこれからBと呼ぶことにする。


進学してすぐに僕はBと出会った。


Bは同じ学部の一つ上の先輩だった。


Bはとにかく優しい人だった。


周りからもBの評判は高かった。


高嶺の花というやつだろう。


僕から見たBはそれに強さを秘めていた。


それは女神のようで、ワルキューレのようだった。


Bこそが僕の幸せの歪みだった。


少し時が経ち進学先でも慣れてきた頃。


僕はAに少し冷めてきてしまっていた。


しかし、僕はAに関係の終わりを告げることはできなかった。


僕の生活からAが居なくなることがこの上なく不安だった。


僕が僕で居られなくなるようなそんな感覚。


気持ちに整理がつくまではこの関係のままでいたい。


その気持ちが僕をぐちゃぐちゃにした。


Bとの関係はどんどん深まっていく。


僕が21歳になった時に事件はおきる。


僕の21歳の誕生日。


もちろん今年もAと過ごすことになっていた。


でも今年はBにも過ごす誘いをもらっていた。


ダメなのは分かっていた。


でも、もういいと思った。


今日でこの関係を終わらせよう。


僕はAの元へ向かった。


Aは笑顔で待っていた。


これからAの家で誕生日ケーキを食べて、プレゼントを貰い、その日は泊まっていく予定だった。


僕の手を笑顔で引くA。


僕は引く力よりも強い力で立ち止まってAに別れの言葉を告げた。


Aは最初は驚いた顔をしていたがすぐに理解してその場から立ち去った。


Aは何も言わなかった。


それから、僕はBと付き合うことになった。


Aとは一度も会っていない。


これからはBと幸せに暮らすのだと思っていた。


一ヶ月後ぐらい経ったろうか。


僕はその日はBとデートの予定だった。


目的地に向かって歩いていると後ろから強い痛みが襲ってきた。


刺されたのだ。


強烈な痛みと急な出血のせいで意識が遠くなる。


そのまま意識を失ってしまった。


次気づいた時は薄暗いベッドに横たわっていた。


なにか違和感がある。


状況を理解するために周りを見渡すと僕は言葉を失った。


なにもないのだ。


今まで二本あった脚。


腕。


耳。


鼻。


僕の全てがなくなっていたのだ。


僕はだるま人間になっていた。


Aに奪われたのだ。


僕の全てを。


「あ、気づいた?」


「あ、ごめんなさい。耳もないから聴こえないわよね。 」


口をパクパクさせているAが見える。


「なんでこんな風になったのかって思っているでしょ。」


「あなたが悪いのよ。」


「私、見ちゃったの。私と別れた誕生日の日。あの日、Bちゃんの所に行っていたでしょう。」


「私の約束を破って。私ずっと待っていたのよ。 」


そうだ、僕はAの約束を破ってBの所へ行ったのだった。


Aの約束を四時間破って、Bを優先した。


これが僕の幸せだからいいと思った。


Aは僕の人ではなくなるのだから関係ないと思った。


そう、Bの幸せが一番だと思った。


最低だとは思わない。


悔いはありません。だって最愛の人を幸せに出来たのだから。


「さようなら。」


僕の心臓に一本のナイフが突き刺さった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なにもない 僕はペンを持った @ZEPA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ