後編

 青い鳥公園の看板に書かれた黒い×印は、この場所がもうじき姿を変えることを意味している。一帯が取り壊され、跡形もなくなるらしい。

 それなのに、私は同じ場所で彼女の帰りを待ち続けている。10年前の約束を何度も反芻しながら、定期的に公園を巡回する。私とひめを繋ぐのは、もうここだけだ。

 高校生になったらスマホを買って、もっと繋がるつもりだった。メッセージアプリの友達リストにも、SNSの相互フォロー欄にも、彼女の名前はない。彼女の存在を証明するものさえ記憶の彼方に溶けていき、あの日の残影は私が生み出した幻なのかもしれない。そう思ってしまった方が、ずっと楽だった。


 地面に書いた“永遠”の文字が滲んでいく。あの日の私が肋木の下で何を恐れていたのか、背が伸びて地に足が付くようになった今なら何となく分かる。

 きっと、置いていかれるのが怖かったのだ。手を離せば私を残してどこかに飛んでいってしまうかもしれない彼女の影を踏んでおきたかったのに、別れを告げることなく何処かへ行ってしまった。あの日踏み出せなかった一歩は今でも重く、今になって押し寄せる感情の波に思わずうずくまる。


 膝を擦りむく姿を、ひめに見られたくなかった。彼女の前では対等でいたくて、弱みなんて見せたくなくて。あの日、感情のままに呼び止めて「離れないで」と言えば、彼女は振り向いて立ち止まってくれたのだろうか。

 憧れていたし、憧れ続けている。私では逆立ちしても辿り着けない自由な立ち居振る舞いに。悪戯っぽく笑う蠱惑的な表情に。掴めそうで掴みきれない、どこまでが本心か分からないような態度に。


 今さら「悲しい」と叫ぶには全てが遅すぎて、どこにも辿り着けない面影を追いかけて生き続けるしかないのだ。

 見上げた空には半分の月。月にいる兎はここからでは見えなくて、彼女も欠けた月を地球のどこかで見ていてほしいと思う。どこかの街角ですれ違って、お互いに成長した姿から昔の面影を感じたりして。やがてもう一度出会い直すには、残りの人生は長すぎるのだから。

 昇る太陽が鳥像を照らし、視界に飛び込む青に飲み込まれそうになる。夜が終わり、青空がやってくる。過去に足を引き摺られてでも、進むしかないのだ。


 小さな青い鳥が、公園から青空に飛び立った。

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始まりは青い色 @fox_0829

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