第3話 やっと伝えられた

 文化祭から1週間。亜紀から毎日惚気を聞く。受験生だから、しばらくは恋人という名の友人みたいな感じだけど、と言っていたが、すごく幸せそうだった。


 三坂先輩は、ショックを受けていないようだった。

「植木先輩と亜紀、付き合い始めましたね」

 と話しかけたら、

「ああ。まあどこからどう見ても両想いだったからな。ようやくくっついたかと思った」

「え?」

「あ、知らないのか? 須藤亜紀は、植木キャプテンのこと好きだろ。よく試合見に来てたし。キャプテンもキャプテンで、『同い年だったら恋人になれたかな』『亜紀のドレス姿綺麗すぎて見せたくないわ。おい、見るなよ。このポスターを見ていいのは俺だけだ』とか言ってたからな」

 へえ。先輩はあの2人が両想いだと分かっていたのか。だから覚悟できてたのかな。だからもう吹っ切れてるのかな。私は覚悟できてなかったからまだ先輩への思い、捨てきれてないけど。


 そしてバレンタイン。3年生のマネージャーが引退してしまい、1人になってしまった私は、お得パックを購入して部活の仲間に渡した。渡した、というより、目立つところに置いておいて、取っていってもらう方式だったけれど。誰からももらえなかった部員が多く、「マジでありがとう」と何人にも感謝された。いや、お徳用でごめん。


 部活の後。玄関で三坂先輩に呼び止められた。

「これ」

 そう言って私に袋を差し出した。よく見るとそれは、高級なお店のもの。バレンタインのチョコは何ヶ月も前に予約しないと買えないと言われているものだ。

「えっと?」

「やる」

「え?」

「だから、お前に」

「誰からですか?」

「俺」

「……」

「……」

「えっと」

「本命」

 そう言われた瞬間、顔が真っ赤になったのが分かった。

「顔真っ赤じゃね?」

「うるさいです」

「で? 受け取ってくれねーのか」

「先輩は、亜紀が好きなんじゃ?」

「は?」

「前、中庭で話してるの見て。笑ってたから」

 そう言うと、その時のことを思い出したのか、あー、と言った後、私に視線を合わせてこう言った。

「あの時はお前のこと聞いてた。戦術とかセンスいいなって。そういうのすぐ身につくものじゃねえし。須藤なら何か知ってんじゃねえかって。それで、お前がかっこいいと思ったら、お前の顔浮かんで笑っただけ」

「え、」

「お前のこと考えてた」

「じゃあ、亜紀のことは」

「好きじゃねえよ」

 そっか。私の勘違い。ほっとしてたら先輩がさらに顔を近づけてきた。

「で。これもらってくんね?」

 そう言うことなら。

「もらいます」

「ん」

「あの。私も、あるので受け取ってくれますか」

 先輩は亜紀が好き。でも。悪い私は、バレンタインを利用して先輩につけ入ってしまえ、という結論に達し、チョコを用意していた。

「それは、何チョコだ?」

 でも、先輩が亜紀を好きでないのなら。私に本命をくれたのなら。自信を持ってこう言える。

「本命です」

「そうか。もらうに決まってる」

「ありがとうございます」


 その日は、送っていく、と先輩が言ってくれたので2人で初めて一緒に帰った。

「このチョコ、よく予約できましたね」

「ああ。文化祭の後すぐに予約した」

「え?」

「あの時。本気で丸脇に取られるかもしれないと思った。それで好きだって自覚したんだ。でも、初対面で酷いこと言った自覚あるし、それからも冷たくしていたからな。振られると思っていた。だから何かのイベントに背中を押してもらわないと告白できないと思った」

「だからバレンタインに?」

「ああ。クリスマスも考えたが、クリスマスはどうしても恋人というイメージが強くてな」

「そっか。嬉しいです。ありがとうございます」

「ああ」


 噂が回るのは早いこと早いこと。私と三坂先輩がお互いに本命チョコを渡し合ったことが全校に広まっていた。たまたま昨日のやりとりを見ていたバレー部のメンバーがバラして歩いているらしい。

「恥ずかしいんだけど」

「まあ、良いじゃない」

 亜紀は植木先輩に手作りの本命チョコを渡して、美味しかったと言ってもらったらしく、ニコニコだった。

「まあ、でも。恋愛に興味なさそうだった2人が恋人同士とはね」

「ん? 恋人じゃないよ」

「は?」

「え?」

「え、だって、好きだよって言い合ったんじゃないの?」

「好きだって言われたような。でも付き合うっていう話にはなってないよ」

 そう言ったら亜紀は大きなため息をつくし、昨日のことを話して回っているバレー部のメンバーは、嘘だろ! と叫ぶし、聞いていたらしいクラスメートは、お互いに顔を見合わせている。

「え、何?」

「天音。今日、絶対に先輩とちゃんと話しなさい」

「え、はい」

 そう言ったら、先輩が教室に入ってきた。バレー部のメンバーに引っ張られて。

 先輩は私をじっと見つめて、

「今日。一緒に帰ろう。ちゃんと話し合うぞ」

 と言って、少し寂しそうに教室を出て行った。


 放課後。先輩と合流した後。先輩は私を小さな丘に連れてきてくれた。

「わあ」

 夕日がよく見えて綺麗な場所。あまり知られていないのか、私と先輩しかいなかった。景色に感動していたら、隣に来た先輩が口を開いた。

「俺の言葉が足りなかったようで悪かった」

「え?」

「俺は、お前が好きだ。だから、俺と付き合ってほしい」

 そういう先輩の顔は、すごく赤くて。つられて私も赤くなるのが分かった。そして、

「はい。よろしくお願いします」

 と返事をした。


 その後、ベンチに座って話をした。

「俺も悪いけど、お前も悪いからな。後輩に、『浦瀬と付き合ってるんじゃないんですか? 本人自覚ないみたいなんですけど』って言われた時は焦ったわ」

「うっ。すみません。今まで恋愛してこなくて」

「そうか。俺もだ。だから、ゆっくりと進んでいこう」

「はい!」


 そうして恋人となったのだった。


 翌日。亜紀に交際報告をして、部員にもちゃんと付き合い始めたと伝えた。みんなすごく喜んでくれた。


 それからは順調に交際をしていった。


 お互いのことを知っていった。


 交際半年で初めて名前で呼びあった。


 交際して初めてのクリスマスで手を繋いだ。


 旭の卒業の時期にキスをすると約束した。


 旭と少しづつ距離が縮まっていくのがすごく嬉しくて、それと同時にすごくドキドキした。秋に部活を引退したけれど、私の部活が終わるまで勉強するからといって学校に残ってくれていて。だから学年も違って部活でも会えなくなったけど、寂しくなかった。


 でも。卒業してしまう。部活引退を機にバレーをやめると言った旭は、元から良かった成績をさらに伸ばし、県外の大学を受験していた。つまり。


(会いにくくなる)


 寂しい。でも、旭が決めた道を応援したい。でも。


(振られたらどうしよう)


 そんなことを考えていた私は、旭との帰り道、上の空になっていた。

「…ね、天音!」

「わっ」

「どうした? ぼーっとして」

「ううん、なんでもない」

「嘘」

「……」

「言って。彼氏だろ」

「卒業して、会う機会減って。寂しい。大学生になって浮気とかしないって信じてるけど。でも」

「不安?」

 それに首を縦に振って肯定した。

「俺も」

「え?」

「お前、可愛いから。他の男に取られないか心配。新1年とか俺のこと知らないだろ。不安だわ」

「旭も?」

「ああ。でもさ。俺はお前だけ。お前も俺だけ。この2年でお互いのこと知っただろ。お前は人を裏切らない。俺はお前しか興味ない」

「うん」

「たくさん連絡しろ。寂しくなったら電話でもなんでもしていいから」

「うん」

「俺も、たくさん会いに来るから」

 旭にそう言ってもらえて、私の心は軽くなったのだった。


 卒業式を終え、旭は第一志望の大学に合格し、引越しの前日になった。

「電車で2時間。バイトして金貯めてたくさん会いにくる。お前は来なくていい」

「なんで! 私も」

「受験生だろ。無理しないでほしい。俺が来る」

「うん」

 そう言って旭は私を抱きしめて、何度もキスをしてくれたのだった。


 それから、長期休みのたびに旭が帰ってきてくれて、一緒に勉強をしたりちょっとしたデートをしたりして、1年の受験を乗り切った。


 そして、卒業式の日。旭が来てくれた。大きな花束を持って。

「卒業おめでとう」

「ありがとう!」


「これ」

 卒業式の翌日。旭の家にお邪魔していた私は、プレゼントをもらった。

「指輪?」

「そう。交際2周年で渡そうと思ったけど、受験と被ってたから。今でもいいか?」

 そう言って旭は私の右手の薬指にそれを嵌めてくれた。

「っと、緩い?」

「うん、そうみたい」

「あー、お前の指のサイズ測らず買ったからな」

「これ、誰のサイズ?」

「知らん。女性の平均的なサイズ」

「そっか」

「あー。かっこつかねえ。まあいいわ。落ち着いたらこれ買った店に一緒に行こう。サイズ合わなかったら無料で直してくれるらしい」

「うん!」

「その時。左の薬指のサイズも測ってもらおうな」

「え?」

「何年後かわからねえが、使うだろ」

 そう言う旭の顔は少し照れていて。嬉しくなった私は旭に抱きついた。

「最初ね、なにこの人! って思ったの」

「ああ、最悪な初対面な」

「うん。でもね。旭のバレーに向き合う姿勢とか、周りのことよく見て部員にたまに助言してたりとか。そういうの見て、好きになったよ」

「ああ」

「だからね。今は最高の彼氏なの!」

 そう言ったら旭は、

「俺も。お前のバレーに真剣に向き合ってるところとか、表情がコロコロ変わって可愛いところとか見て、好きになった」

 と言ってくれた。そして、

「愛してる」

 という言葉と共に、キスを1つ贈ってくれた。




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