第2話 文化祭で恋が動く

〈三坂旭目線〉


「お前変わったな」

 夏休み中の練習後。植木キャプテンにそう話しかけられた。

「何がっすか」

「ん? 柔らかくなった」

「何がっすか」

「性格」

「……?」

「みんな言ってるよ。三坂は丸くなったって。前より話しかけやすくなったって。だからアドバイスもらいやすくなって、より成長してる後輩多いんだよ」

 確かに。最近よく後輩から話しかけられるようになった。怖がられなくもなった。

「何かあったのか?」

「何もないっす」

「そう。俺には、浦瀬さんが影響してると思うけどね」

「浦瀬……」

 浦瀬天音。初日に、「バレー部に必要だと証明してみせる」と俺に啖呵を切った人物。今まで真正面から歯向かってきたやつがいなかった俺は、浦瀬のことが気になっていた。そいつは、次の日から誰よりも早く部活に来て、俺たち部員が練習しやすいように考えて行動していた。バレーの勉強も始めたらしく、監督やキャプテンとよく話していた。対戦校の研究もして、どういう戦術が良いのかという提案もしていると聞いた。そういう力はすぐに身につくものではない。「選手を支える面では素人ではない」と言っていたあいつの言葉も気になり、キャプテンの幼なじみでよく試合を見にきていたから顔見知りであり、あいつの親友でもある須藤亜紀に詳しい話を聞いたことがある。曰く、「小学生の頃から、サッカーのプロでしたよ。研究、戦術組立て。それであり得ないと言われていた強豪校からの勝利をもぎ取ったこともある」らしい。つまり、バレーの勉強をしたあいつは、サッカーで培ったその力を俺たちのために使っているらしかった。かっこいいな。俺は素直にそう思った。


 それから、なぜか浦瀬を目で追うようになった。部活の休憩中に何をしているのか気になったり、体育の様子を窓際の席からこっそり見たりした。自分のこの行動の意味がよく分からなかったが、真剣に部活に取り組んでいたり、友人たちと楽しそうにしているのを見るのは悪くなかった。


 秋。植木キャプテンをはじめ、3年生が引退した。そして俺は、キャプテンになった。そのため、浦瀬と話す機会が増え、部活に新しい楽しみを感じていた。


「み、さ、か」

 ある日の昼休み。校庭にいた浦瀬を見ていたら、丸脇が肩を組んできた。

「ちぇ。振り払うとかつれねーな」

 こいつは、サッカー選手としては最高らしいが、人としては最低だと思う。だって。

「聞いてよ、昨日他校のかわい子ちゃんに誘われちゃった」

 女にだらしない。来るもの拒まず。女子にデートに誘われたら行くし、キスをねだられたらするし、それ以上のこともしているらしい。そういうのは、愛する1人とするものだろう。

 そんな丸脇は、バレー部のエースと言われている俺によく突っかかってきた。人気を独り占めできないのが悔しいとか、よく分からん理由で。まあ今年は、1年にイケメン御曹司がいてサッカー部の人気がそいつに集中しているからさらに突っかかって来る。まじで意味分からない。

「俺、浦瀬ちゃん気になるんだよね。可愛くね? ってか、知ってるか? あの子がこの高校に来たのって俺目当てらしいぜ?」

 は?

「俺を追いかけてきたって。俺が好きらしいぞ。俺は好きじゃねーけど、まあ、可愛いから1回相手してもいーかなーって。って、おい!」

 気がついたら俺は丸脇の胸ぐらを掴んでいた。

「何だよ。浦瀬ちゃん取られるの気に入らない?」

「っち」

 俺は手を離してクラスから離れた。よく分からない感情を抱えて。


〈三坂旭目線終わり〉




 秋。文化祭の時期。この高校では、ミスターコンとミスコンが開催される。学生、先生、一般のお客さんたちの投票によってグランプリが決まるらしい。私は出場しないが亜紀は出るらしい。なぜか聞いたら、

「だって! 優勝したら、遊園地のカップル用チケット貰えるんだよ! 中学に入ってから、誘っても『お友達と行きなさい』って言って断られてるから、これで一緒に行こうって誘うの!」

「ああ、植木先輩をね」

「えっ。なんで知ってんの?」

 亜紀は大きな目をさらに大きくして私を見てきた。だって、分かりやすいのよ、あなた。

「植木先輩と会ったことないのに、見覚えあってさ。なんでかなー、って考えてたら、亜紀のスマホの待ち受けの人だ! ってね」

「あー。甘かったか」

「それに、私が部活関連で先輩と話していた時、いつもちょっと拗ねてたでしょ」

「え、バレてたの?」

「何年一緒にいると思ってるの」

「さっすが」

「1個聞きたいんだけど、なんで教えてくれなかったの?」

「だって。天音可愛いんだもん!」

「ん?」

「最初は、紹介して好きな人だよ、って伝えようと思ったけどさ。天音可愛いから、暖が惚れたら勝てないって思って」

「なるほどね。ま、そんなことないと思うけど」

 植木先輩と話すようになって、亜紀との扱いの差を実感している。明らかに亜紀に対してだけ甘い。それに気がついているからこそ、そういう感想が出てきたけど、亜紀は納得していないみたい。両片想いの傍観者って、こんなに焦ったいのね。

「もう卒業しちゃうから、ここで告白する!」

 そう意気込む亜紀はすごく素敵で。

「頑張って。全力で応援する!」

「ありがと!」

 そう言って笑う亜紀はすごくキラキラして輝いていた。


 数日後。ミスターコンとミスコンに出場するメンバーが発表された。亜紀は綺麗なドレスを着て、化粧をして、いつもの可愛さに加え美しさが入り、ドキッとした。植木先輩もいたので声をかけようとしたら、

「こんな亜紀誰にも見せたくない」

 と独り言を言っていたので、声をかけずに離れた。


 そして。

「三坂先輩、出るんですね」

「は?」

「ミスターコンですよ」

 そう。イベントには興味なさそうな三坂先輩がエントリーしていたのだ。驚いて部活の前に話しかけてしまった。

「ああ。丸脇に勝手にエントリーされた」

「へえ。ついに決着つくんですかね」

「どうでもいいわ」

 そう言って先輩は練習前の自主練習を始めた。


 文化祭までは忙しかった。バレー部もクラスも出し物をするので、その準備が大変だった。でも、部員の協力、クラスメートの団結力のおかげて、なんとか間に合わせることができたのだった。


 おかげで大盛況。部活の方もクラスの方もたくさんのお客さんに来てもらい、ずっと盛り上がっていた。おかげで休む暇がほとんどなく、文化祭を周ることがあまりできなかったが。


 そして後夜祭でミスターコン、ミスコンの結果発表があった。


 まずミスコンの優勝者が発表された。亜紀だった。ニコニコ笑った彼女は、司会者からチケットをもらいマイクの前でこう言った。

「3年の、植木暖! 男女でしか使えないこのチケット、無駄にしたくないので一緒に行ってください!」

 呼ばれた植木先輩は、体育館の真ん中に設置された台に乗り、マイクを通してこう答えた。

「デートってことなら良いけど」

 その発言で周りは一気にテンションが上がった。冷やかしがメインだったけど。

「へっ?」

「中学になって、さらに可愛くなって。手を出しそうになったから距離置いてたけど。亜紀が俺がいいっていうなら、恋人になってくれるなら一緒に行く」

「い、行きます。デート」

「ん、じゃあそのチケット他の人に渡してね」

「え。なんで!」

「初デートですよ。自分でお金出したいじゃないですか。カッコつけさせてくださいよ」

 そこでさらに周りの冷やかしは加速し、植木先輩は台を降りて亜紀のいるステージに向かった。


 きゃー


 そこで先輩は亜紀を抱きしめ、頭にキスを落とし、「俺のだから」と全校生徒に釘を刺して、ご丁寧にチケットを司会者に返した後、亜紀を連れてステージを降りて行った。


 はあ、ようやくくっついた。これからは惚気が聞けるのかもしれないと思った私は嬉しかったけれど、三坂先輩の方が気になった。だって。

(亜紀のこと、好きだよね)

 あの日。中庭で亜紀に微笑んでいた先輩が思い出される。大丈夫かな。ショックで倒れてないかな。でも、ミスターコンに出ている先輩は、ステージの袖にいるらしく、様子が確認できなかった。


 そして、ミスターコンの優勝者が発表された。丸脇先輩だった。

「洋介! 素敵!」

「チケット私と使って!」

「何よ、私よ!」

 あー、すごい。特に2年生の女子の先輩の声がすごい。まあ、誰が選ばれても大変そうだな。そう他人事のように思っていたら。

「1年、浦瀬天音。俺とこのチケット使ってくれるよな?」

 という言葉が聞こえた。

 ん? 私? 

 そう思って前を見たら、断るわけないよな、という自信満々の顔をした先輩がいた。そして、周りからの視線が痛い。なんであの子なの、という声が聞こえる。私だってそう思うよ。心の中でキレながら台に登って、

「使いません」

 私ははっきりとそう言った。

 そしたら空気が変わった。なんで彼の提案を断るの? という視線が突き刺さる。先輩も断られると思っていなかったのか、顔を真っ赤にしている。

「はあ? 俺を追いかけてここまできたくせに、何を言ってんだ? 俺が好きなんだろ? 素直になれよ」

「私が好きなのは、サッカー選手の丸脇選手です。人として、異性としては全く好きではないです。丸脇選手が好きだから、サッカー部のマネージャーやりたいと思ってここを選んだので、追いかけてきたのは事実ですが」

「は、そうかよ、じゃあサッカー部のマネージャーやれよ」

「やりません。バレー部のマネージャーをやると決めた時点で、3年間バレー部に捧げると決めたので」

「は」

「それに、三坂先輩に、バレー部に必要な存在だって証明してみせる、って言ったので。証明せずに部活を去るなんて絶対しません」

 そう言って私はマイクから離れたのだった。


 その後は、まあ大変だった。学年問わず女子からは、「洋介くんに恥をかかせないで」と怒られるし、丸脇先輩が三坂先輩に怒鳴って壇上で乱闘騒ぎになるし。なんとか先生が収めてくれて、後夜祭は終わったのだった。


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