第12話 セイ VS 処刑部隊
深紅のローブをはためかせた三人が、同時に駆けだした。
セイは刀を構え、迎撃態勢に入る。
真正面から向かってくるのが一人。
残り二人が速度を上げ、一瞬の内にセイを両側から挟み込んだ。
ローブの中から、鋭い鉤爪が姿を見せる。
ベルク兵団の兵士たちを無残に切り刻んだあの攻撃――セイは一瞬の内に地を這うほどに深く身を沈めた。二人の鉤爪が空を切る。黒髪がわずかに宙を舞う。だが当たっていない。髪をかすめただけだ。
(こっちも行くぞ)
セイは漆黒の刃を握りしめた。
次の瞬間、二人が弾き飛ばされた。
閃光のような一太刀が、目に見えぬほどの速度で振りぬかれたのだ。
だが感触は弱い。二人はしっかりと鉤爪でガードしていた。
同時に、正面からくる残った一人が突進してきた。
その武器が露になる。鉤爪――ではない。身の丈はあろうかという巨大な鉄槌。
セイは即座に後方へと飛んだ。セイのいた場所の地面が、爆発したように吹き飛んだ。すさまじい勢いで鉄槌が振り下ろされたのだ。
わずかに後ろへと引いたセイは、体勢を整えるかのように、もう一度刀を構えた。
ラギ、ガノ、グイ。
モーゼズの従者であり、影のように控える三人。
深紅のローブに鴉のマスク。全員が同じいでたちをし、言葉を発することもない三人だが、実はそれぞれに特徴がある。
まずはラギ――三人の中ではリーダー格にあたり、一番の手練れでもある。すさまじい速度と相手の急所を的確に突く技量を持ち合わせており、三人が戦う場面において常に中心にいるのがこのラギである。
次にガノ――ひときわ目立つ巨体が特徴で、異常なまでの膂力を持つ。他の二人が鉤爪を使うのに対し、このガノだけは身の丈はあろうかという巨大な鉄槌を武器としている。殺された兵士の中にはグチャグチャに叩き潰されていた者もいたが、それはこのガノもよるものである。
最後にグイ――三人の中では一番小柄で、相手の死角に入り込むなど嫌らしい攻撃を得意とする。他の二人に合わせて立ち回りを変えるなど戦術的に動くこともでき、強敵と相対したときはこのグイがキーマンになることが多い。単純な強さでは他の二人に及ばないものの、戦う上での厄介さでいえば、このグイが一番危険であるともいえた。
後方へと下がったセイを見て、三人が様子を見るようにひと呼吸を置いた。
だが次の瞬間、中心にいたラギが一気に距離を詰めてきた。
予想以上の速さ。
それでも――セイには視えていた。
ラギがセイの刃圏に入った。その瞬間セイは強烈な横なぎ繰り出した。並みの相手ならこの一撃で体を両断され終わる。だがラギは素早く飛び上がりそれをかわすと、頭上から両手の鉤爪でセイに狙いを定めた。
セイも即座に反応する。襲いかかる鉤爪を紙一重でかわすと、すぐさま反撃を試みる。
だが――ラギの背後からガノが突進してきた。鉄槌による猛烈な振り下ろし。当たればひとたまりもない。
セイは反撃をあきらめ、再度距離を取った。仕切り直しだ。
さて……この二人を相手にどうやって戦うか。そう思った瞬間――全身が総毛だった。
いつの間にか、グイがセイの懐に入り込んでいたのだ。
グイの鉤爪がギラリと光る。
(くそ――)
セイは身をひるがえし側面へと飛んだ。
かろうじてグイの攻撃をかわすことはできたが、セイの太ももは肉がえぐれ、血が流れていた。
(なるほど、そういうことか――)
連携による波状攻撃。
これが、この者たちの戦い方なのだ。
(どうやら、異獣を相手にするのとは訳が違いそうだ)
セイは短く息を吐き、気を引き締めた。
相手の強さを認識したのだ。
休む間もなく、ラギが動き出した。
(迎えうつ――)
クルスは、城壁の上からセイの戦いを見ていた。
「あのイストリム人……化け物どもとまともにやりあっている」
クルスは兵士たちが三人になすすべなく虐殺されるのを目の前で見ていた。
それだけに、セイが真っ向から戦っていることに驚きを隠せなかった。
「まあ、なかなかやるようですが、想定内ですよ。クルス卿」
モーゼズがいった。
「相手はあのザシャ卿を殺した者。これくらいやるだろうと最初からわかっておりました。だから私は、あの三人を連れてきたのです。彼らなら絶対に負けませんから」
ラギ、ガノ、グイ。
彼らの強さは本物だ。
あの三人がそろえばザシャであっても嬲り殺しにできる。モーゼズにはその自信があった。
(イストリム人の小僧。多少はやるようですが、格が違うのですよ。私たちはね)
事実として、戦いがはじまってからというもの、セイはほとんど場面において防戦一方だった。
三人の繰り出す波状攻撃を前に、反撃に転ずることができないのだ。
このままいけば、セイはそう遠くないうちに力尽きる。
それはモーゼズからすれば、わかりきったことであった。
広場での戦いに、少し動きがあった。
セイが三人から距離を取るように、大きく後退したのだ。
逃亡するのかとも思ったが、それは違っていた。
そのセイの位置取りを見て、クルスの歯がギリリと鳴った。
「イストリム人め……わざとか」
広場には、まだ大勢の群衆が残っていた。
突如としてはじまったセイたちの戦いを、少し離れたところから傍観していたのだ。
そしてセイが後退したのは、その群衆のすぐそばだった。
セイの意図は明らかだった。群衆が近くにいれば、三人も手が出せなくなる。そう考えたのだ。
だがモーゼズは冷たく笑った。
「無駄なんですよねえ。そんなことをしても」
ラギが構わずセイに向かっていく。
セイはそれを見て、更に後ろへと飛んだ。
もう、すぐ後ろには民たちの人垣があった。
「うわ、こっちに来たぞ」
「おい、どけよ、巻きこまれるぞ」
民たちは突然のことに慌てふためき、身動きが取れないでいた。
ここで鉤爪を振るえば無関係の民に被害がでる。まともな神経をした人間ならためらいが生まれる――セイはそう考えていたのだが、甘かった。
ラギは一切の躊躇なく、鉤爪を振りぬいた。
セイはそれをギリギリでかわすも――背後から悲鳴。
巻きぞえを食らった民の顔がえぐりとられていた。
「や、やりやがった」
「逃げろ、殺されるぞ」
民たちはパニックになった。
我先に逃げ出そうとする者が他の者を押し倒し、人垣がドミノのように崩れていく。
叫び声。
何人もの人間が下敷きになり、グシャグシャと潰れていく。
そこに今度はガノが突っ込んできた。
ガノは群衆のことなど気にもせず、力任せに鉄槌を振り回す。
でたらめな大振り。セイには当たるはずもない。
かわりに逃げ遅れた民たちが次々と叩き潰されていく。
慟哭と絶叫。
ザクロのように頭を叩き割れた死体があちこちに転がる地獄絵図。
城壁の上からそれを見ていたクルスが、たまらず叫んだ。
「群衆を引かせろ。広場から追い出すんだ!」
そばにいた兵士たちが、慌てて広場に降りていった。
クルスは忌々しげに眼下を見下ろした。
「クズどもが……我々を何だと思っている」
兵士たちによって、群衆は広場から追い出された。
その間も、セイと三人の戦いは止まることなく続いていた。
セイは素早く立ち回りながら、三人の特徴を掴んでいく。
ここまでセイは、ひたすら守りに徹してきた。
はた目には防戦一方のように見えていただろうが、それは少し違う。
セイは、ずっと相手を観察していたのだ。
強敵との戦いの場合、むやみに攻めこむことは死に直結する危険がある。まず相手の強さを知り、次にその戦術を把握する。そうすることで戦い方も見えてくるし、相手を打ち倒すイメージを構築することもできる。
ここまで時間をかけたことで、いくつかのことが分かった。
まず、三人の攻撃には明らかなパターンがあるということだ。
三人は自由に動き回っているように見えるが、実際は違う。囮役、フォロー役、そしてとどめ役と、それぞれに決められた役割があるのだ。
囮役がラギ。得意のスピードをもって先手を取りに来る。
そのフォローに回るのがガノ。強烈な一撃があるガノが背後に控えていれば、反撃に出ようとするセイを牽制することもできる。
この二人の目的は、セイを仕留めることではない。崩すこと、すなわち隙を作りだすことにある。
最後にグイ。影のように死角に潜み、ひとたびセイに隙が生まれれば、一気に攻撃に来る。
セイから見ても、この戦術の完成度は高かった。動きにも無駄がなく、綻びなど見つけられそうもなかった。
だが――。
(わかっていれば、対応できる)
彼らは、セイの観察力を侮っていた。
この戦術を使うなら、早い段階で仕留めなければならなかったのだ。
もう、十分だろう。
三人の強さも、その特徴も、戦術パターンすらも把握できた。
そろそろ戦いの主導権をこちらが握る時だ。
セイは静かに息を吐き、集中を一段と引き上げた。
セイは、自らを剣士であると考えている。
セイの繰り出す攻撃の中で最も破壊的といえるのは、大地のマナを呼び起こす"神威の力"だ。だがこれには重大な欠点があった。祈りによる、長大な詠唱が必要なのだ。
ザシャのような油断した者ならいざ知らず、この三人を相手に使うのは事実上不可能であった。
だがそのようなことは、旅に出る前から分かっていた。
だからセイは、ひたすら剣の腕を磨いてきたのだ。
いかなる状況でもこの腕だけで乗り越えられるように、どんな相手でもねじ伏せられるように。
ゆえにセイは、魔導士ではなく剣士なのだ。
セイは、ゆっくりと刀を構えた。
イストリム刀術――孤月の型。
刀を上段から相手に向けるように構える、イストリム流の中でも最も攻撃的な型である。
予想通り、ラギが先手を取りにきた。
この者の速さにも、もう目が慣れた。
襲いかかる鉤爪を、セイは簡単にかわしてみせる。
(――まずはこいつをどかす)
スピードのあるラギを捉えるのは容易ではない。だがガードさせるくらいなら、セイの腕前なら造作もないことだった。
迫りくる鉤爪をかいくぐり、大振りの横なぎを払う。思った通り、ラギが両手で刃を受け止めた。かまわない。セイはそこから更に力を込めた。
「――つあっ!」
ガードごとラギを吹き飛ばす。
すかさず、ガノがフォローに来た。セイめがけて鉄槌を大きく振りかぶる。
(わかっていたさ)
ラギの体勢が崩されれば、必ずガノがくる。
セイの狙いは、最初からこのガノだった。
セイはガノに向かって踏み込みをいれた。セイの反応は速い。すべてを予期してたからだ。
ガノはかまわず鉄槌を振り下ろした。
(――これをいなす)
セイは刃を鉄槌に器用に当てがった。こいつの攻撃は防いではダメだ。
激しく火花が飛び散り、重い一撃がそれた。
ガノが、完全な無防備状態となる。
(――ここだ!)
セイが動いた。漆黒の刃を渾身の力を込めて振り下ろす。
ガノの体が切り裂かれ、鮮血が舞った。
(浅いか!)
切り裂いたのは皮一枚だ。それでもガノは大きくぐらついた。
最後――グイがくる。
グイはセイが攻撃にでた隙に、側面から懐に入り込んでいた。
だが、それも読み通り。
グイが鉤爪を振るうよりも早く、強烈な膝蹴りがその顔面に叩き込まれた。
マスクがひしゃげ、グイは大きく吹き飛ばされた。
ここまで防戦一方だったセイが、ここではじめて攻撃に転じた。
三人は反撃に出たセイを見て、すぐさま距離をとった。
(……何とかいけるか)
できればガノだけでも仕留めておきたかったが、こればかりは仕方ない。
だが、彼らの攻撃は封じた。
何度向かってきても同じ結果になるだけだ。
セイは確かな手ごたえを感じていた。
「……あの男、やり返しただと」
城壁の上にいるクルスも、今の攻防を見ていた。
あの三人は強い。それぞれがベルク兵団の一個小隊を超える力を持っている。
それをセイはたった一人で相手どり、更に反撃に出たのだ。
あの三人が化け物だとすれば、セイはそれ以上に見えた。
(……まさかあのイストリム人、奴らを倒せるとでもいうのか)
クルスは、モーゼズを盗み見た。
自慢の三人が反撃を食らったため、どんな顔をしているのかと思ったのだ。
モーゼズは顔を真っ赤にし、震えていた。怒りのためだ。
「……何をしているのですか、三人とも。この私に恥をかかせるつもりか」
モーゼズは城壁から身を乗り出し、眼下に向かって叫んだ。
「ラギ、ガノ、グイ! もういいです。本気を出しなさい。マナの使用を許可します!」
クルスは、そのときはじめて気づいた。
三人が、これまで一度もマナを使ってこなかったことに。
それはすなわち、三人の戦術ががらりと変わることを意味していた。
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