第2章 第3話-2

転生g@me

第2章(STAGE2) 愛しき夢路


3.現夢りそう


「お早うございます~」

 藤雄がごみ置き場でごみ袋を捨てていると、一人の男性が愛想よく歩み寄ってきた。彼は藤雄のお隣さんだった。

 

 お隣さんは定年間近のビジネスマン、名は兼島幸作かねしまこうさく。彼の住居いえは藤雄の借家と違い、正真正銘の高級住宅マイホームである。ローン返済は既に済んでおり、家に不満はないようだ。

 幸作は四十年以上、一流企業に勤務、営業一筋で同僚に慕われて、業績優秀、順調に出世エリート街道を進み、定年退職のときが迫っていた。

 退職後は退職金や年金で充分に生活できるため、趣味の釣りや登山に没頭、長年連れ添った夫人との海外旅行を楽しむなど、余生セカンドライフの予定は定まっていた。


 幸作は現在の藤雄にとって、憧れの存在だった。お互い年齢や世代は違うが仲が良かった。出勤の朝、藤雄は幸作と顔を合わすのが日課だった。二人は最寄り駅まで歩き、同じ通勤車両に乗車、別れるまで世間話をしていた。

 藤雄にとって、人生の先輩である幸作の話は為になった。


「…秋で退職されるんですね」

「ああ、何かあっという間だったな、辛いと感じたことがないよ」

「そうですか、羨ましいな~」

「君も良い会社に勤めているじゃないか、うちの孫はゲームが好きでね~」

 その時、藤雄は愛想笑いをするしかなかった。別世界の彼は、大手ゲーム制作企業<Curiosity Box>の社長ではない。胸を張って、自身の立場を自慢できず、これから思い知ることとなった。


 都内のビジネス街の駅を降りて徒歩五分、藤雄は<CB>本社をじっと見上げた。どうもいつもと光景ようすが違うようだ。

「こんなに大きな会社だったのか」

 藤雄は心の中でそう呟き、独り落ち込んでいた中…


、お早うございます」

 藤雄に挨拶したのは、<CB>企画部所属、彼の部下の浩人ひろとだった。別世界の藤雄は、<CB>企画部部長の役職に就いていた。


「お…お早う、そうか、お前の上司には変わりないか…」

「え?何言ってるんですか?」

「…いや、何でもないよ…あ…!」

 その時、藤雄はあることに気づいた。彼の視線の先には、<CB>役員を従えた人物の姿があった。現世界の<CB>社長を務めるのは伸郎のぶろうだった。


「お早うございます!」

 藤雄たち社員は、伸郎が現れると深々と頭を下げて挨拶をした。

 別世界の伸郎は、何処かの国の権力者のようで、藤雄との関係性が逆転していた。

 伸郎という嵐が去ると、藤雄たちはエレベーターに乗り込んで、持ち場のフロアへと向かった。

 藤雄は慣れない職場の席に着くが、彼に一息つく暇はなかった。

 社長だった頃の藤雄なら、優秀な秘書がいるため、スケジュールを聞いて、指示通りに動けばいいが、今はそうはいかない。


「…部長、例の企画なんですが…」

「例の企画?」

 藤雄は浩人の発言に対して、ピンと来なかった。

「とぼけないで下さいよ、クリエイター発掘の件ですよ」

「…ああ、素人が制作したゲームを審査する企画か?」

「はい、そろそろ企画案をまとめたいんですが…」

「え?全然話進んでないの?」

「そうですよ、あと…インターンの募集も始めないと…」


<CB>は企業改革の一環として、二つの企画を立ち上げた。

 一つ目は、次世代のゲーム開発者を発掘・育成する企画だ。ゲーム業界で働きたい者のための賞レースを開催、応募資格対象は年齢・学歴不問。

 入賞者には、賞金三百万円が授与される他、制作ゲームの商品化、ゲームクリエイターのプロデビューが保証される。審査は<CB>企画部が担当する。

 二つ目は、インターンシップ制度システムだ。ゲーム業界、<CB>で働きたい学生・転職者を募集、夏期一カ月、応募採用者に職場体験させる内容だが、まだ実現に至らなかった。

 

 本来、上記の企画は同時進行で行う予定だったが、<CB>上層部には批判的な意見が多く、様々な諸事情で滞る一途を辿っていた。ただ、企画部は諦めておらず、本格的に二大企画プロジェクトを実行させようとしていた。


「…面白い企画なのにな、発案者は伸…社長だろう?」

「ええ…でも、あの人は社長に就任した途端、人が変わって、新人育成に興味を持たなくなりましたね」

「分かった、緊急の会議を開こう、上には僕が話すから…」

 藤雄は<CB>の現状を知り、親身になって考えた。彼は不慣れながらも、任された仕事をこなそうとした。そして…


 気づけば、日が暮れていき、退社時間になっていた。

「ふう、残りは家でやるか…」

 藤雄は疲れた表情を浮かべて、帰る支度をしていたが…


「部長、久々に飲みに行きませんか?」

「ああ…悪い、ちょっと用事があってね…また誘ってくれ」

「分かりました、お先に失礼します~」

 藤雄は部下ひろとの誘いを断り、独り会社を後にした。彼はまっすぐ家に帰らず寄り道した。

 藤雄は仕事での疲れを癒そうと、行きつけの居酒屋<のんべぇ>へと向かった。いつものように店に顔を出すのだが…


 藤雄は<のんべぇ>に足を踏み入れると、何か違和感を覚えていた。

 そして、<のんべぇ>女将が注文を訊きに来て、彼が「いつもの…」と答えると予想外の反応が返ってくるのであった。


「いつものと…言いますと…?」

 女将は首を傾げて、藤雄をじっと見た。<のんべぇ>大将も様子がおかしく、初対面のような空気が流れていた。

 どうやら、別世界にいる藤雄は<のんべぇ>の常連客ではないようだ。

「すみません…えっと…」

 藤雄は顔を赤くして、普通に注文した。彼は疲れが癒せないまま<のんべぇ>で時間を潰すことになるのだが…


「いらっしゃいませ~」

 しばらくすると、新たな客が来店してきた。

「あ…」

 その時、藤雄は思わず口が開いた。来店客はしのぶだった。何時か何処かで見た光景だが、実世界とは異なる展開が待ち受けるのであった。


転生g@me 第2章 完

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