未知のモンスター

「ぎゃははは! 魔法使いも役に立つもんだな」


 魔法使いの少年、アレイを見捨てた者達は悠々と岐路を急ぐ。


「ひっでぇw あいつ今頃モンスターの胃袋の中だぜ?」

「はいはい、ご冥福をお祈りしてますよ~www」


 男は小馬鹿にした様子で手を合わせている。


「何より大事なのは――こっちだろ」


 そして自分のご都合鞄アイテムボックスをポン、と叩く。

 中には盗み出したラヴァドラコの卵が収められていた。


「……だな」

「誰も成し遂げなかったラヴァドラコの卵をもって帰ったとなりゃぁ、俺たち大金持ちだぜ?」


 下品に笑う彼らは、不意に空気が熱くなったのを感じ取る。


「――ゴルォォォォ……」

「……は?」


 彼らの目の前に怒り心頭なラヴァドラコが姿を現した。

 世闇の中、鱗の隙間から覗く赤熱した体表が輝いている。


「先手必勝ぉ!」


 彼らは迷わず銃を構え魔弾をラヴァドラコに叩きこむ。

 装填されていた弾頭は氷凍爆発グラシエ・ニクスと呼ばれる魔法を再現する。

 本来は熟練の魔法使いが一日に一度しか放てないような大魔法だが、再現された魔法は制約なしに、装填可能な限り撃ち込むことができる。


「へ、へへ……」


 ラヴァドラコの全身が凍り付いた。


「やったぜ……世界初! ラヴァドラコのとうば」


 討伐できたと喜んだのもつかの間、氷塊から湯気が立ち上る。

 表面に亀裂が走り、そこから噴き出すような蒸気が発生し――


「グルォォォォォ!!」


 咆哮と共に氷塊が砕け散る。

 大魔法でもラヴァドラコの全身を凍結させるに至らなかったのである。


「嘘だろっ……! 大魔法だって言うから買ったんだぞ!」


 ラヴァドラコは愚者バカの一人に体当たりし彼の持っていたご都合鞄アイテムボックスを奪い取る。

 そして口で器用にそれをひっくりかえし、納められていた大事な卵を取り戻す。


「ふざけんな……ッ! どうして魔弾が効かないんだよッ!」


 愚者バカの一人がわめく。

 魔弾が開発され、冒険者の攻撃能力が大幅に上昇した現在であっても

 その意味を彼らは軽視していた。

 自分たちなら倒せるはずだ。魔弾を斉射すればきっと大丈夫。その程度も実行できない弱虫チキンとは違う。

 だが愚者バカが思いつくことくらいもうすでに先駆者はいる。


「ゴルォォ……ォォォ」


 ラヴァドラコは卵を咥えて飛び上がりつつ、翼を大きく広げる。

 翼膜に熱が籠められ徐々に赤熱化し輝き始める。


「えっ!?」


 落ちていた枯葉が自然発火し愚者バカの一人は恐怖で顔を青くする。

 空から放たれる熱波は既に彼らの皮膚を蝕んでいる。


「ま、待てよ……! 卵は取り返したんだから、それでいいだろうが……!」


 翼に蓄えられた熱は翼膜を輝かせ、夜のファンガス密林を昼間のように照らし出した。


「待――――――!」


 ラヴァドラコは数度、翼をはためかせる。

 超高温の熱波は愚者バカ達を背後の木々諸共、炭化させてしまった。


「…………」


 不届き者達に制裁を与えたラヴァドラコは、静かに夜空へと飛び立っていった。




――――――――


「――私はリサ。時代遅れの、魔法使いです」


 かっこよく名乗りを上げつつ、リサは頬が緩まぬように努力した。

 ピンチの魔法使いなかまを助けるため颯爽と登場する――そんなカッコいいシチュエーションに舞い上がってしまいそうだった。


「魔法、使い……そんな、馬鹿な」


 助けられた少年、アレイは命の恩人が魔法使いであったことに驚き固まっていた。


「嘘だ……だって、無詠唱魔法なんて」

「こうして間一髪、俺たちが間に合う奇跡が起きたんだ。もう少しくらい奇跡が起きたっていいとは思わないかい?」


 アタッシュケースを携えたジークがポン、とアレイの頭に手を乗せる。

 禍福は糾える縄の如し、とも言う。

 アレイにとってここまでがこれでもかと押し寄せていたのだ。これからが畳みかけたっていいだろう。


「うし! とっととずらかろう」

「――クァラララララ!」


 吹き飛ばされたモンスターは怒り狂い雄叫びを上げる。

 ダメージはほとんど通っていなかったが、十分に不快感を与えられていた。


「……と、言いたいところだけど」

「逃がしては、くれなさそうですね」


 リサはかつてない強敵を前に思わず唾を飲み込む。


「あれがトキシイグアノ、ですか?」


 彼女は旅の途中で聞いていたモンスターの特徴から目の前の相手を推測する。

 巨大なカメレオンを思わせる姿、体表は深緑とこげ茶の混ざった迷彩柄、無機質な大きい瞳と細く長い舌、そして表皮はぶよぶよとたるんでいるようにも見える。


「んにゃ。多分違うな」


 だがディアンは冒険者としてのカンでそれが誤りであると推測する。

 モンスターの口から垂れるよだれが地面に落ちる。その瞬間、枯葉が煙を上げて融解した。

 トキシイグアノも猛毒の唾液を分泌するが、物質を溶かすほどではない。

 額は角のようにコブができており、個体差と言われればそれまでだが相違点ではあった。


「そうだね。トキシイグアノは頑丈な分、鈍間なんだ――!」


 ジークはアレイを突き飛ばしモンスターの突進を回避する。

 鈍間とは対極な俊敏性に、彼は冷や汗をかいた。


「こいつは恐らく、トキシイグアノの『変異種』だ」


――――

【トキシイグアノ(変異種)――TOX-IGANO(VARIANT)――】

分類:爬虫類種

生息地:不明(ファンガス密林での目撃情報アリ)

討伐難易度:ー

 ファンガス密林で発見されたトキシイグアノの変異種。

 詳細不明。情報提供を求む。

――――


 モンスターに限らず、生物は稀に特殊な個体が生まれることがある。

 突然変異――進化の前触れであり、より生存に適した形態へ変化しつつあるという証。

 もしその変異が一代限りで終わってしまうのなら、突然変異した個体『変異種』として記録される。

 だがその変異が何世代にも渡って定着し、種として成り立っていると判断されれば別の名称を与えられることになるだろう。


「原種は斬撃に耐性が無いけど……こいつは果たしてどうかな」


 ジークは真剣な面持ちのままアタッシュケースを地面に置いて展開。

 ガチャガチャ……もたもた……と中身を取り出しつつ、組み立て終わるとベルトとして腰に装着。

 バックルの両脇についたレバーを大きく横に引くと、そこを中心としてアーマーが展開され、彼の体に定着する。


「…………?」

「……かっけぇ」


 あまりにも無駄すぎるギミックにリサは怪訝な表情となり、対照的にアレイはメカニカルな装着シーケンスに心を躍らせていた。


「装着型装甲――『ユピテルX』だ」


――――

【ユピテルX――JUPPITER-EX――】

分類:装着型装甲

制作者:ディアン

 疑似魔法レプリマギカ偽装合金ファルス・ミクスト』によって構築された装着型装甲。

 装着者の潜在能力に応じて力を段階的に開放し、最大解放時の戦闘能力は世界最強……と、制作者は語る。

 専用武器は大剣『エクスプローダー』

――――


 製作者であるディアンは誇らしげな様子だった。


「……わざわざ敵の前で装着する必要あります? 初めから装着しておけばいいじゃないですか」


 だがリサは無駄すぎるギミックの意味が分からず、呆れた様子だった。


「バカヤロウ! それがいいんじゃねぇか! 無駄な変形上等! 無駄だからこそ少年心がくすぐられるってもんさ!」


 無駄がいいとはこれ如何に。

 変形ギミックの良さを熱く語るディアンを見たリサは、彼女がなぜパーティを追放されてしまったのか察した。

 だが無駄なりにも効果はあったようで、ジークの装着シーンを目撃したトキシイグアノ変異種は警戒し様子を窺っている。


『変異しているから、俺たちの知識は通用しないと思っていい。ディアン、リサ、サポートを頼むよ』

「はいっ!」


 大剣『エクスプローダー』を担いだジークはトキシイグアノ変異種に突撃する。


「よっしゃ!」


 ディアンはハンマーの柄を地面に突き刺すと、頭部側面の装飾をいじる。

 ぱかっ! と平たい面が蓋のように開く。たちまちハンマーは簡易的な大砲に様変わりした。


「おらっ!」


 再び頭部の装飾をいじると、開いた面から砲弾が発射される。

 その見た目から想像できないほどに命中精度がいいのか、砲弾は見事トキシイグアノ変異種に命中。

 爆発し怯ませることに成功する。


(なんでハンマーと大砲を組み合わせたんだろう……?)


 リサはディアンの発想に戸惑っていた。確かに移動砲台は強いかもしれないが、それをなぜハンマーに組み込んだのだろうか?

 そうこうしているうちにジークはモンスターに肉薄しエクスプローダーを大きく振りかぶる。

 狙うのは後ろ肢、機動力を削ぐのが狙いである。


『フッ!』


 エクスプローダーは接触の瞬間に衝撃波を放つ疑似魔法レプリマギカが仕込まれている。

 対象をだけでなく、衝撃でこともできるようになっているのだ。

 ジークの振り下ろした切っ先がトキシイグアノ変異種の後ろ肢を捉える。


『うっ!?』


 しかし刃はにじみ出た皮下脂肪によって防がれ、肉を断つことなく滑ってしまう。

 刃が滑ったことで勢い余ってしまったジークは体勢を崩す。その隙を逃さずトキシイグアノ変異種は口を開き――


「させないっ!」

「!?」


 間一髪、リサの魔法が間に合いジークは事なきを得る。

 変異種は氷結魔法に怯んで頭をふらふらとさせていた。


『ありがとう、リサ』


 ジークは体勢を整えつつ刀身に付着した皮下脂肪をぬぐい取る。

 乳白色のどろどろとした油。

 衝撃を受けるとすさまじい剛性を発揮する、所謂ダイラタンシー現象を引き起こす体液だ。

 しかし、それは原種のトキシイグアノの話。


『これは厄介な進化だね』


 変異種の場合、皮下脂肪は固まるだけでなく蝋のようなを発揮する。

 固くなり、表面は滑る。

 衝撃への耐性だけでなく切断への耐性も得ている。


「っかしいな。エクスプローダーで斬られたのに平然としてやがんぜ」


 ディアンは自慢の武器がトキシイグアノ変異種に通用せず顔を顰めている。


「……そういえば、魔弾も不発に終わってるのを見ました」


 ようやく冷静さを取り戻したアレイは、自分を見捨てた元仲間が魔弾で攻撃していたことを思い出す。

 命中するも、ことごとく不発で終わっていた。それを思い出した彼は一つの仮説を打ち立てる。


「もしかして、奴の体液には魔法を不活性化させる働きがあるんでしょうか?」

「えっ!?」


 リサは驚いて変異種の方を見る。

 確かに放った魔法は効果を発揮していた。でなければジークは今頃モンスターの腹の中だ。


「ん~……そうすっとリサの魔法が効いてるのが解せないな……んじゃ、おれの仮説――奴は疑似魔法レプリマギカをピンポイントでメタってる」

「そんなことって、あるんですか……?」


 あまりにも恣意的な進化。

 人にとって都合の悪い進化など起こり得るのだろうか?


「ない、とは言い切れないな。魔弾のせいで絶滅しかかってる種もあるんだ。奴らも生き残るために必死ってこった」

『そうなると、俺とディアンじゃこいつを斃せない』


 ジークの武器、エクスプローダーは疑似魔法レプリマギカが発動しないため威力が半減している。

 ディアンのハンマーは打撃耐性のせいで有効打にはなり得ない。


『つまり、リサ。君の魔法に全てがかかってる』

「っ!」


 この場で変異種を斃し得る可能性を持っているのは魔法使いのリサ。


「ぼ、僕も手伝います! 僕も、魔法使いです」

『そいつは心強い』


 そして同じく魔法使いのアレイの二人のみ。


『ディアン。俺たちで気を引くよ!』

「おう!」

『リサ、魔法使いの少年。君達はその隙にどでかい魔法をぶちかましてくれ!』

「はいっ!」

「わかりましたっ!」


 ジークの指示でリサたちは動き出す。


「好きな魔法を使って! 私が合わせるから」

「はいっ!」


 アレイの詠唱が始まる。

 変異種は敵意を持って襲い掛かろうとし――


「!?」

『ほら、こっちだ!』


 ジークの攻撃が変異種の脇腹を打つ。


「そらっ!」


 更にディアンの砲弾が追い打ちをかける。

 確かに、ジークとディアンの攻撃は変異種に対して有効打になり得ない。

 だが、気を引くのには十分だ。

 自分の周りを羽虫が漂っていると煩わしくなるのと同じ、効いていなくとも鬱陶しくなるものだ。


「くぁっ!」


 変異種はジークとディアンに気を取られリサとアレイの方から注意がそれてしまっていた。


「――『再帰・爆縮』」


 その隙にアレイの詠唱が完了する。

 リサは詠唱から彼の発動する魔法を判断し、もっとも効果的な魔法を発動する。


業炎裂弾インフェルノ・ディフュージオ!」

豪風テンペスタ!」


 炎の魔法と最も相性がいいのは風の魔法。

 炎の勢いを増し、その威力を増大させる。

 ただし、強すぎる風は炎を打ち消してしまうのだが、リサは絶妙な威力で魔法を発動。

 アレイの魔法を最大限引き立てた。


「――!?」


 ジークは魔法が着弾する寸前で回避。

 巨大な火球が変異種に命中した。

 ディアンの仮説通り、皮下脂肪は疑似魔法レプリマギカしか発動を封じることはなかったようで、魔法は打ち消されずモンスターの身を焼き尽くす。


「成程ナァ……油には炎が一番効くってことか」

「……はい。有効打になるかと」

「これで斃せましたかね?」


 全身を燃やしたまま動かないトキシイグアノ変異種。

 大抵の生物は熱に強くない。


『……どうだろうね』


 ジークの言葉の通り、変異種は体を燃やしながらもその炎の奥から瞳を輝かせる。

 大型モンスターとの戦闘は基本的に長期化する。

 一撃必殺で屠る冒険者も中にはいるが、彼らはモンスターの急所を的確に攻撃できるからであり、未知のモンスターであればそうもいかない。

 たとえダメージを与えられたとして、それで戦闘が終わることは非常に稀だ。


「クァ――!」


 変異種は体を大きく揺すって炎を打ち消す。

 体表が焦げて黒くなっており、確かにダメージは受けている。

 だが――命を脅かすほどではなかった。


「グアァァァァァァッ!」


 むしろ、逆鱗に触れることとなってしまったのだ。

 

 

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