あっ……私、何かやっちゃいました?

「――んあ?」


 リサとジークが固く握手を交わしている中、ドワーフの少女、ディアンが目を覚ます。


「……誰?」

「おはよう、ディアン。紹介するよ。この子はリサ、冒険者登録が済み次第ウチのパーティに入る予定の新メンバーだ」


 ディアンにジッと見つめられリサは思わず息をのんでしまう。

 自分よりも小柄な、子供と見まごう少女に見つめられ何故だかプレッシャーを感じてしまった。

 観察することしばらく、ディアンはひげを整えると手を差し出してきた。


「おれはディアンだ。よろしくな」

「は、はい……よろしくお願いします」


 リサは恐る恐るその手を取ると固く握手を交わす。

 手のひらは思いの外柔らかく、それでいてほんのりと温かった。


 三人は静かに焚火を囲みながら今後の予定を話し合う。


「――星見草かい?」

「はい……正式な依頼ではないんですけど」


 リサは自分が冒険に出発したいきさつを語る。

 病の母を治すために星見草――ミラビリスの花蜜を求めている少女の話。

 お金が無いゆえに少女はギルドに依頼をすることができず、途方に暮れていたところを見かねてリサが助け舟を出した。


「星見草の花蜜っていやぁ……万病に効く最高級の秘薬だ。蜜を舐めりゃ寿命間近のジジイでも10歳は若返るって代物だな」


 ディアンはメガロレックスの串焼きをガシガシ齧っている。

 見た目にそぐわぬ強靭な顎を持っているようだった。


「確かに、誰だって喉から手が出るほど欲しいのにそれが危険地帯にしか生えてないってのがいやらしい」

「入って早々こんなお願いするのも気が引けますけど……」

「いいや。腕が鳴るってものだよ」


 ジークはさわやかな笑顔を浮かべた。


「たまには、人助けのために冒険するのも悪くないからね」

「だな! 泥船に乗ったつもりで行こうぜ」

「泥船じゃ沈みますけど」


 あれ、とディアンは首をかしげている。自分が言い間違いをしたことに気づいていないようだった。


 腹ごしらえを済ませた三人はマクシム山を目指して歩き出す。

 一人ではただひたすらに苦痛だった密林も、仲間と共に歩けば――


「……リサ。頼みがある」

「……何です?」

「風を、風を吹かせてくれないかい?」

「熱風でよければ」

「……じゃあいいや」


 楽になるという事はなかった。

 意気揚々と出発したはいいものの、暑さであっという間に彼らの疲労は溜まった。


「……ディアンさん。なにか、こう……涼しくなれるアイテムって、作れないんですか?」

「あったらとっくに出してるっての……」


 リサは思い出した。そういえば川が近くにあったはずだ、と。


「あの……川沿いを行きませんか?」

「それはおすすめできないね」


 ジークは汗を袖で拭いながら答える。


「さっきも言った通り、ここいらにはトキシイグアノが生息してる。川沿いを行けば高確率で遭遇する。戦った方がもっと大変だよ?」

「そんなぁ……」


 人もモンスターも考えることは一緒という事だ。

 リサはがくりと肩を落とし――視界に懐かしい物が入った。


「あ、これ……」


 それはグラコディウスに襲われる前に発見していた果物――りんごほどの大きさで、イチゴのように真っ赤でぶつぶつとした謎の果物だ。

 すっかり食べるのを忘れていたが、一体どんな味がするのだろうか?


「ジークさん。これって食べれるんですか?」

「ああ、食べれるよ。三日三晩、下痢で苦しむことになるけどね」

「えっ!?」


――――

【キャプティオネ ――CAPTIONEM――】

分布地:ファンガス密林他

入手難易度:D

 密林に生息しているツタ植物。通称『食べる下剤』

 果実は柑橘類を思わせる甘酸っぱさで非常に美味だが、人間には消化できない成分が含まれているため、食べれば三日三晩下痢に苦しむと言われている。

――――


 手を伸ばしかけていたリサは思わず引っ込めた。

 見た目はおいしそうなのに食べることができないのか。

 食べ損ねていてよかった、と彼女は心から安堵した。


「おれは食えるけどな!」


 と、ディアンはリサが収穫することを躊躇ったキャプティオネの果実をもぎ取った。

 そして小さな口でガブリ、とかぶりついた。


「あ~……うめぇ! 火照った体に染みるぜェ……!」


 柑橘系の甘酸っぱそうな芳香が弾けた。

 気になる。どんな味がするのだろうか。

 リサは生唾を飲みつつも、下痢は嫌なのでぐっとこらえた。


「食うか?」

「……遠慮しておきます」


 ジークはそんな二人のやり取りを微笑ましそうに見つめていたが、何かに気付いて表情を変える。


「……気配がするね」


 そしてご都合鞄アイテムボックスからアタッシュケースを取り出した。


「気配、ですか?」

「ああ。近くにモンスターがいる」


 リサは瞳を閉じて耳を澄ませる。

 風が木の枝を揺らす音。

 それに混じる様にして何かが歩く音。

 バキ、バキ、と木の枝が折れる音も響く。


「まさか……例のトキシイグアノ、ですか?」

「いいや……」


 近くの木が急に倒れ、モンスターが姿を現す。

 それはリサが初めて討伐したモンスター、グラコディウスだった。

 しかし今度は群れのようで、中心には他の個体よりも体格の大きい『ボス』がいた。


――――

【グラコディウス・レクス――GRACO-DIUS・REX――】

分類:爬虫類種

生息地:ファンガス密林他

討伐難易度:C

 グラコディウスの群れのボス。通常の個体よりも体躯が倍近くあるのが特徴的。

 知性が高く、群れを戦略的に動かしながら外敵と戦う。

――――


「私が倒したのより大きい……」

「そりゃあボスだからね」


 呆然とするリサを尻目にジークは楽しそうに笑っている。


「さて、お手並み拝見、かな?」

「……私一人でやれと……?」


 まさかの丸投げにリサは目を大きく見開く。その瞳は光を失っていた。


「いいじゃないか! 俺だってちゃんとサポートするぜ?」

「えぇ~できないのぉ? 魔法使いが弱いって本当だったんだァ」

「できらぁっ!」


 口車に乗せられたリサは腕まくりをしながらグラコディウスの群れと対峙する。

 ボスを中心とした円形の陣を敷いており、ボスを守る様に他の個体が配置されていた。


「ギャギャギャギャッ!」


 ボスの鳴き声で一斉に群れが動き出す。

 縄張りに侵入した不届きな人間とドワーフを狩ってしまえ――そんな命令が下ったのだろう。

 グラコディウスたちは自慢の尾を振り回しながら飛び掛かってきた。


「ふぅ――んっ!」


 リサは小さく息を吐くと魔法を発動する。

 格子状に鎌風を飛ばし、勇敢なグラコディウスを軒並みサイコロ状に斬り刻んだ。


「!」


 ボスは敵の強さに驚き後ずさる。

 リサはそれを見て得意げにジークとディアンへ振り返る。


「どうです?」

「……それだけかい?」


 ジークは心底がっかりした様子だった。


「それだけって何ですか! ほら! ちゃんとモンスター倒しましたよ!」

「詠唱だよ詠唱! 君は魔法使いなんだろう? どうして無詠唱なんだ!?」

「…………は?」


 ディアンも深くうなづいている。

 どうやら意味を理解できていないのはリサだけだった。


「そうだよなぁ。折角カッコいい詠唱を聴きながらモンスターと戦えると思ってたのにガッカリだぜ」

「ほら、まだボスは居るぜ? 詠唱、見せておくれよ」

「え~……」


 グラコディウスは非常に好戦的なモンスターである。

 たとえ仲間が斬り刻まれようとも容易に戦意を喪失しない。だがボスは群れを生き残らせる必要があるため慎重だった。

 もし勝てなさそうなら潔く撤退する――このズル賢さがボスたるゆえんだ。


「はぁ……コホン」


 恥ずかしいんだけどな、とリサは内心でため息をつきつつ、静かに口を開く。


「――『来たれ、風の精霊』」


 ふわり、とリサの髪が浮かび上がる。

 彼女の体内で生まれた魔力が発光しその体を神秘的に輝かせる。


「――『主命・重畳せし旋風。精霊の御言葉・収斂と穿孔』」


 芝居がかった言葉に少年心をくすぐらせていたジークとディアンだったが、次第に異変が起きていることに気づく。

 リサを中心とした突風は魔法を発動していないにも関わらず既に周囲の木々を弓なりにしならせている。

 グラコディウスたちは吹き飛ばされぬよう必死に踏ん張り、ボスは逃げようとするも地面にしがみつくので精いっぱいだった。


「――『再帰・森羅滅殺』――豪風穿弾テンペスタ・アーク!」


 風が空気を擦る甲高い音が響いた。

 グラコディウスたちははじけ飛び、ボスの体は跡形もなく弾ける。

 攻撃の余波はそれだけに留まらず、周囲の木々はおろか大地まで根こそぎえぐり取った。


「どうです? これが詠唱魔法です! すごいでしょ」


 リサを中心として吹き荒れていた突風は味方をも巻き込んでいた。

 ぴっちりとオールバックに決めていたジークの髪は無残に崩れ去り小枝や木の葉がまとわりついて浮浪者のように見えた。

 ディアンはひげとツインテールが複雑に顔面に絡まり毛の仮面で顔を覆い隠されている。


「あ、うん……すごかった」

「おお……そうだな」


 魔法は「精霊との対話」であると言われている。

 この世界には気づかないだけで『精霊』と呼ばれる存在が身の回りにおり、魔法はその『精霊』の力を借りることで成り立つのだという。

 つまり魔法の詠唱は精霊への頼み事を言葉にしたもの。

 無詠唱でも魔法を発動することは可能だが、詠唱し自分の意志を精霊を伝えた方がより強力な魔法を発動できるという事である。


「……ごめん。もう詠唱はしなくていいよ」

「……支援してくれるだけでありがたいしな」


 リサはどうして二人がドン引きしているのかよくわからず首を傾げた。


「えっと……あの、私、何かやっちゃいました?」

「やっちゃったねェ……」


 ジークは改めてリサの放った魔法の威力を噛みしめる。

 うっそうと茂っていた木々の一角が綺麗さっぱり吹き飛んでおり、ファンガス密林の一部を丸坊主にしてしまったのだ。


「リサ……もしかして君は、とんでもなくすごい魔法使いなのかい?」

「……さあ?」


 生まれる時代を間違えたとは正にこのことだ。

 もし彼女が魔法使いの全盛期に生まれていれば、その名は歴史の教科書に残っていたことだろう。

 リサ自身、比較対象が他にいないため自分がどれだけの魔法使いなのは知る由もないのだった。






――――


「――うおっ!」


 同時刻、ファンガス密林。

 キノコ採集をしていた冒険者の男は突如として吹き荒れた風に驚く。


「雨でも降るのか? とっととずらかろうぜ」


 ファンガス密林には薬用、食用共に多種多様なキノコが群生している。

 高温多湿な環境は菌類の繁殖にうってつけであり、中にはアルブラ茸のような超高級食材も生息している。


「そうだな」


 彼らはクエスト対象のブツを採集し終えてからも、こうして寄り道をして小遣い稼ぎをしていた。

 街では超高級食材でも自然の中ではありふれた食材でしかないのだ。


「お、お前のそれ、今気づいたけど……」

「その通り」


 男は腰のホルスターから拳銃を取り出す。

 最新式の自動拳銃だ。

 魔弾の登場は銃火器の研究を促した。より軽量で、より装弾数が多く、より扱いやすく、かつて魔法使いが魔導書を求めたように、銃使いガンナーは銃火器を求めた。


「すごいんだぜ。引き金に指を当てると照準光レーザーポインターがでるんだ。これで百発百中よ」

「いいなぁ……俺も、キノコ売っぱらった金で武器を新調すっかなぁ」


 とりとめもない話をしていた冒険者の前にモンスターが現れる。


「うーわ……トキシイグアノか」


 巨大なカメレオンを思わせるモンスター――トキシイグアノ。


「いや……なんか違くね?」


 だが冒険者である彼らはそのモンスターがそうでないことをすぐさま理解する。

 酷似しているが全く別のモンスターに違いない。


「どっちでもいいだろ――!」


 男はモンスターの正体を看破するのを諦め、拳銃の引き金を引いた。

 レーザーポインターにより照準は容易に定められ、全弾体表に命中する。


「?」


 だがモンスターの表皮からにじみ出た皮下脂肪によって弾頭に施されてい魔法は不発に終わる。


「へ?」

「今当たった……よな?」


 もう一人も自身の銃を取り出しモンスターを撃つ。

 命中するも、不発に終わる。


「へへっ……遂にこの時が来たか」


 男は自慢の最新式拳銃をホルスターに収めるとご都合鞄アイテムボックスから剣を取り出す。


「こんな時のために剣を習っててよかった――ぜ!」


 彼は付け焼き刃な剣術でモンスターに斬りかかる。

 モンスターの見た目がトキシイグアノに酷似しているという事は弱点も一緒なのだろう。

 トキシイグアノは驚異的な打撃への耐性に反し、斬撃にはめっぽう弱い。

 男の振るった剣の切っ先がモンスターの体表を捉え――


 ――ぬるん!


 にじみ出た皮下脂肪によって刃が滑り、攻撃は受け流されてしまった。


「え――」

「クァ――」


 攻撃が空ぶった隙を見逃さず、モンスターはエサを丸のみ。


「嘘だろ……!」


 もう一人も長い舌を伸ばして飲み込んでしまう。

 モンスターは満足そうに舌なめずりすると、次なる獲物を探して密林をさまようのだった。

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