パーティ『はみ出し者(アウトサイダーズ)』

 ――それは遡る事1年と半年前のこと。


『――解雇クビ

『……は?』


 ジークはチームリーダーのライラから告げられた言葉が理解できず呆然とする。

 何を言っているのだろうか。

 生まれ故郷からここまで共に冒険を続けてきた幼馴染を、追放クビにする?


『今、なんて?』


 彼はまじまじと幼馴染の顔を見つめる。

 凛とした顔には険しい表情。ウルフカットにした藍色の髪の毛先を軽くいじるのは昔からの癖だ。落ち着かないとき、彼女はいつもそうしていた。


『――聞こえなかった? クビ、もっとわかりやすく言うならつ・い・ほ・う』


 事実を受け入れられない彼を嘲るのはパーティメンバの一人、ドロシー。

 派手な化粧をしたおしゃれな女性で、真っ赤な髪をポニーテールにまとめている。


『――リーダーに皆まで言わせる気か?』


 もう一人、狐のような糸目の男――ヴォルフが追い打ちをかけてくる。


『待ってくれよ……どうして……ここまで一緒にやってきたじゃないか』

『……話はこれで終わり。もう私たちは仲間じゃないから、好きにすれば』


 踵を返しギルドの奥へ消えていくライラ。

 その背を追いかけようとするもドロシーとヴォルフに止められる。


『ねえ、リーダーの気づかいが分からないの?』


 ドン、とドロシーに突き飛ばされジークはしりもちをつく。


『いつまで経ってもクラスBのまま、ずーっとくすぶり続けているアンタはウチのお荷物だったワケ。知ってる? アンタ以外、ウチは全員クラスAなの』


 パーティの格付けは構成メンバーの平均ランクで決まる。

 そしてギルドのつける格付けの内、最高ランクは『クラスA』――つまり、彼らは冒険者として最高位に位置していることを意味する。


『分かる? アンタは足手まとい以外の何者でもないの。それを言わないでいたリーダーの優しさを汲んであげなよ』


 そんなことをライラが言うはずはない――と言い返そうとするジークだったが、当の本人が一瞬こちらを見た瞬間に諦める。

 冷たく感情のこもっていない瞳。

 今まで冒険をしてきたことなど忘れてしまったかのような、幼馴染に対して何も感じていないような瞳だ。


『そういうことだから。お気楽に冒険でも続けたら? クラスBの雑魚にはそれがお似合いよ』


 ドロシーの小馬鹿にしたような笑顔は、ジークの心をずたずたに引き裂いた。

 一人、その場に残された彼は見かねた職員に声をかけられるまで動くことができなかった。




「――ひどい話ですね」


 リサは聞いているだけで胸がむかむかしてきた。

 成長できないからとお払い箱。理にかなっているかもしれないがあまりにも理不尽だ。


「俺が伸び悩んでいたのは事実だけど。ずっと苦楽を共にしてきた幼馴染から無慈悲に切り捨てられるのは辛かったよ」


 ジークはご都合鞄アイテムボックスから網焼きセットを取り出すと焚火の上に乗せる。

 そしてもう一つ、巨大なキノコを取り出し軸を外している。


「話を聞いてばかりで退屈だろう? これでも食べながら続きを聞いてくれ」

「それは……まさか……!」


 紅色の巨大なが特徴的な巨大キノコ。

 それを網の上に置き軽く塩を振る。


「高級食材――“アルブラ茸”さ」


――――

【アルブラ茸 ――AL-BRA FUNGUS――】

生息地:ファンガス密林奥地

入手難易度:A

 ファンガス密林奥地に生息しているキノコ。紅色のが特徴的。うま味成分が豊富に含まれており美食家の間で人気の食材。

 猛毒のパラリス茸と非常によく似た見た目であるため注意が必要。

――――


 ファンガス密林の奥地は強力なモンスターが生息する危険地帯。

 その入手難易度と人工栽培の困難さから超高級食材と言われているアルブラ茸が目の前で焼き上げられている。

 まだ見ているだけだというのにリサの唾液腺は爆発寸前だった。


「こいつに――バターをひとかけ」


 からジワリと水分がにじみ出してきた頃合いでジークはバターを乗せる。美味い物の上に美味い物を乗せれば、当然おいしくなるはずだ。

 更に追い打ちをかけるように黒い液体の調味料――東方で発明された醤油だ――を数滴垂らす。

 噂で聞いたことがある。東方で生み出された醤油は最強の調味料であると。こうやって素焼きの料理にかけたが最後、食欲を大爆発させる香りが充満するのだ。


「わぁぁぁぁ……もう見てるだけでよだれが……じゅる」


 リサの理性は吹き飛ぶ寸前だった。

 バターと醤油は脳髄を直接刺激する官能的な香りを生み出していた。

 それらがアルブラ茸から滲みだしたうま味エキスと混ざり合い――


「……よし、そろそろいいだろう。食べてごらん」

「いただきますっ!」


 小皿に乗せられたアルブラ茸はほわほわと湯気を漂わせ、の上ではうま味たっぷりのスープが沸々と湧いている。

 リサはふーふーと軽く冷まし――それを一口すする。


「んんんっ!」


 その瞬間、彼女の唾液腺が決壊した。

 あふれ出るうま味に彼女は自然と口角を上げていた。口の中が美味いという情報で溢れ返っている。


「んまぁぁぁ……」


 涙が出るほどの多幸感。肉厚なをかじれば更なるうま味が口いっぱいに広がる。


「さて、それじゃあ続きを話そうか――」





『――クソォッ!』


 ジークは酒場へやってきていた。

 追放されたこと以上に幼馴染に裏切られたショックの方が大きかった。


『……ここまで一緒にやってきたじゃないか』


 麦酒ビールをあおり、悔し紛れにジョッキを叩きつける。

 普段はこんな荒々しい飲み方をしないジークだったが、今日は別だった。

 ただ能力が劣っていると馬鹿にされるのはいい。万年クラスBだと揶揄われても笑って流せる。

 だが信頼していた、共に冒険してきた大切な人に裏切られたことは、何よりも彼の心を傷つけた。


『んぐっ……ぐっ――っはぁ! おかわり!』

『兄ちゃん。もうその辺にしといた方がいいんじゃねえかい?』


 あまりの飲みっぷりに酒場の主が諫めるも、ジークの据わった目を見て諦めた。

 触らぬ神に祟りなし、主は大人しくジョッキに麦酒ビールを注いだ。


『――チクショウめッ!』


 どうやら荒れているのはジークだけでなかった。

 ジョッキを叩きつける音とカウンターに罅が入る音が響いてくる。


『今まで誰がテメエらの武器をメンテしてやったと思ってんだよォ……ふざけやがってぇ……』


 声の主はドワーフの少女――見た目は幼いが実年齢はもっと上だろう――だった。

 彼女は豪快にジョッキを煽り、再びカウンターへ叩きつける。ピンク色の立派な髭にビールの泡が付き真っ白なビールひげを作っていた。


『……ん?』


 ドワーフの少女は視線を感じジークを見つめる。

 それは気の立った猫のような鋭い視線だった。


『こっち見んなよ』

『ああ、ごめん』


 ジークはジョッキを握ると口へ運ぼうとし――止まる。

 ドワーフの少女がジッ、と見つめてきていたからだ。


『……なんだい?』

『もしかして、お前も追放されたのか?』


 彼女はひょい、と椅子から飛び降りジークの下へ。そして彼の隣の椅子に跳び乗って腰かける。


『……そうさ。もしかして君もかい?』

『ああ』


 自然とジョッキが触れ合う。


 そこからは愚痴大会の始まりだった。


『――万年クラスBで悪かったな!』

『――ロマン武器の何が悪いってんだ!』


 互いに思いの丈をぶちまけてはそのたびに麦酒ビール一気飲み。


『強さはランクだけで測れないだろうがッ!』


 ジークは何度もパーティの窮地を救ってきた。魔弾に頼りがちなライラ以外のメンバーはモンスター相手に不覚を取ることも多く、その度に彼がフォローすることは少なくなかった。


『武器は効率だけじゃなんだよッ! 拡張性が無限の可能性を生むんだッ!』


 ドワーフの少女は武器職人だった。

 基本は裏方、鍛冶屋などで働くのが普通だが彼女は前線へバリバリ出ていく脳筋職人。だが武器へのこだわりが強すぎるがためにパーティメンバと衝突し追放されてしまったのだ。


『……オヤジ、部屋は空いてるかい?』

『……ああ』


 ジークの問いかけに主は意味深に頷き、にやりと微笑みながら鍵を取り出す。

 酒場の2階は簡易宿泊所を兼ねていた。酔った男女がその勢いで……などという事も少なくない。

 追放された者同士、意気投合しその流れで――主はそんな情事を想像し深くうなづいていた。


 ベロンベロンに酔っぱらった男女、二人きりの部屋、大きなベッド――この組み合わせから始まるのはただ一つ。


『『カンパーイ!』』


 そう、二次会である。

 二人っきりになったことで更にギアを上げ、二人は飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎの大宴会を繰り広げた。


『――うるさいぞ!』


 大宴会は大いに盛り上がり、隣の部屋から壁ドンされる。


『うるせーッ!』

『黙って交尾してろやっ!』


 だが酔っ払いに常識は通用しない。

 二人は酔いつぶれるまで飲み明かした。


 そして翌朝。


『…………うっ……うぅ……』


 二日酔いの激しい吐き気に襲われたジークは最悪の気分で目覚める。

 床に散乱する酒瓶。雑に脱ぎ捨てられた上衣。ベッドに足をかけるようにして寝るドワーフの少女。

 ジークはなんとなく楽しかった記憶だけ思い出し――


『ウッ……おぇぇぇ……』


 手近な桶に嘔吐した。

 完全にやってしまった。追放されたのは確かにショックだったが、それでも飲み過ぎは良くない。

 いや……ここまで酒が進んでしまったのは、ヤケになったからではない。


『――くぁ……おお、もう朝か』


 このドワーフの少女と信じられないくらい気が合ったからだ。


『二日酔い、してないのかい……?』

『おお。おれはザルだからな』


 という事はほとんど酔ってないのにあそこまでどんちゃん騒いでいたのか。

 これは中々に大物だ。


『にしても、昨日は楽しかったな! あんなに楽しかったのは久しぶりだ』

『ああ……俺も、だ……』


 ジークの胸にある考えが浮かぶ。

 お互い追放され所属パーティはない。ならば――


『なあ……ここであったのも、何かの縁だ……追放された、者同士、組まないか?』

『……悪くないな』


 彼女は満面の笑みを浮かべた。


『決まりだね……えっと』

『ああ。そういや自己紹介がまだだったな』


 ドワーフの少女は改めて居直ると丁寧にひげを整える。


『おれはディアン。ランクはクラスC、役割ジョブ武器職人ブラックスミスだ』


 ジークも吐き気をこらえながら口元を拭い、ドワーフの少女、ディアンに向き直る。


『俺はジーク。ランクはクラスB、役割ジョブは剣士だ』


 こうして追放された者同士のパーティ『はみ出し者アウトサイダーズ』が結成されたのだった。




「――と、言うワケで俺たちは追放者同士、はみ出し者で組んだ落ちこぼれパーティさ。わざわざ入りに来るようなパーティじゃない」


 リサはアルブラ茸を咀嚼しながら静かにジークの話を聞いていた。

 元居たパーティをお払い箱になり、そういった者達でパーティを組んだ。『はみ出し者アウトサイダーズ』はそうして生まれたパーティなのだ。

 どうにも他人事とは思えなかった。


「……なんだか運命を感じます」


 魔法使いはどこへ行っても見向きもされない。

 今時魔法を使うのは馬鹿――そう言われこき下ろされてきた。

 だからこそ、彼らのようなパーティはリサにふさわしいのかもしれない。


「改めて、自己紹介します。私の名前はリサ。うっかり冒険者登録を忘れた初心者です。役割ジョブは――」


 それでも告白するのは気が乗らない。

 もし拒絶されたら、その恐怖は彼女の口を強張らせる。

 だが大きく深呼吸し、覚悟を決めた。


「……魔法使いです」

「おっと。これは驚いた」


 ジークはとても楽しそうに微笑んだ。


「つまり、君もはみ出し者だったってワケだね」


 方やパーティを追い出された追放者、方や時代に取り残された魔法使い。

 お互いはみ出し者、これ以上にない組み合わせだった。


「ようこそ。はみ出し者アウトサイダーズへ。無事に帰って冒険者登録が出来たら、その時は改めて歓迎するよ」

「あっ……はい。よろしくお願いします!」


 リサとジークは固い握手を交わすのだった。



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