グランデ草原からファンガス密林へ

「おお……」


 リサは一面に広がる大草原に思わず感嘆の声を上げる。

 今彼女がいるのは『グランデ草原』――目的地、マクシム山の手前の手前、ギルドが運営するベースキャンプに近い位置の草原だ。

 青々と茂った芝生にダークブルーの湖。

 所々で草食のモンスターが芝を食んでいる。


「――ォォ――ン――」


 空を仰ぎ見れば、狩りを終え自分の巣へ戻っていく『ラヴァドラコ』が見える。

 黒い点のようだが、確かに大きな翼を広げて飛翔しているのが分かる。


――――

【ラヴァドラコ ――LAVA-DRACO――】

分類:竜種

生息地:マクシム山

討伐難易度:A

 火山地帯に生息する竜種。繁殖期を除き気性は穏やか。竜種の中でも特に耐火性に秀でており、摂氏3000℃のブレスを放つことが出来る。

 討伐記録が無いため、遭遇したら撤退することを推奨する。

――――


 リサは手でを作ってラヴァドラコを観察する。

 きっと間近で見ればもっと大きいのだろうが、そうなったらもう死は目前だ。

 マクシム山に向かうとなると、あれと戦闘になる可能性も無くはない。もしそうなれば……


(安請け合いしなきゃよかったな……)


 彼女は親切心でクエストを受けてしまったことを若干後悔した。


 気を取り直してグランデ草原の探索である。

 ひと騒動を起こしてしまったせいで冒険者登録せぬまま来てしまったため、ギルドの施設は使えなかった。

 当然、冒険者向けの支援物資ももらえなかったので水や食料は現地調達するしかない。


「――あれは……」


 リュックを背負いマクシム山へ向けて草原を歩いていると、体躯の大きいモンスターを発見する。


――――

【マスエレフ――MASS-ELEPH――】

分類:哺乳類種

生息地:グランデ草原他

討伐難易度:D

 主に草原地帯に生息している草食動物。巨大な体躯だが臆病な性格。外敵を見つけるとすぐさま逃げ出す。ただし、稀に凶暴な個体もいるため要注意。

 その肉は臭みも少なく適度に脂が乗っているため美味。

――――


 群れからはぐれたと思われるマスエレフが呑気に草を食んでいる。

 ゾウのような長い鼻を二股に広げ、草をこそぐとそれを口へ運ぶ。

 もっしゃもっしゃと口を動かしている姿がどこか愛らしい。


(かわいい……じゃなかった)


 思わず見とれていたリサだったが、ここは野生の世界。弱者は食われ強者が喰らう。可愛いからと見逃してしまえば飢えるのは彼女の方である。


「!」


 魔法を使おうと決心した瞬間、マスエレフはリサの殺気を察知した。

 そして大慌てで逃げていく。

 巨大な体躯に似合わぬ俊足で草原を駆け抜けていった。


「あっ……くぅ~……」


 既に射程圏外、始めての狩りは失敗に終わった。

 わずかな高揚感と挫折感を胸にリサは再びマクシム山へ向けて歩き出す。


「――よーし見てて……」


 遠目に他の冒険者……? が目に入る。

 どう見ても冒険者の装いには見えない。汚れることを気にしていなさそうな、男は高級感あふれる服に小銃、もう片方は女性で、これまた動くのにふさわしくなさそうなワンピース姿だ。

 カップルなのだろうか? 男の方は小銃を構え、遠く離れたところのマスエレフの群れに狙いを定め――引き金を引く。

 乾いた発砲音の後、耳をつんざくような雷鳴の音が響いた。リサは思わず両耳を塞ぐ。


「……これ、雷撃トニトル?」


 リサは生じた音から発動した魔法の種類を予測する。

 敵に向けて雷を打ち込む魔法、雷撃トニトル。習得は簡単だが指向性を持たせることができない、使い勝手の悪い魔法だ。

 しかしそれはオリジナルの詠唱魔法での話。

 魔弾は使い勝手の悪さまで再現していない。相手に直接打ち込みゼロ距離で発動させるため、指向性など気にする必要がない。


「――すごぉい……」

「――だろ? 魔弾を使った狩りも爽快感があって楽しいでしょ」


 冒険者――ではなくデート中のカップルはキャッキャしながら次の狩場へ向かう。

 魔弾を使った射的とは豪勢だ。弾頭は決して安くはないのに、遊び目的で使うほど金が有り余っているのかもしれない。


 バカな金持ちカップルに内心で中指を突き立てながら、彼らが仕留めたマスエレフの群れの元まで向かう。


「うわ……」


 酷い有様だった。

 魔弾の炸裂した着弾点は真っ黒に焦げ地面はえぐれている。一番近くにいた個体は肉体が丸焦げになり毛皮の焼ける嫌な臭いが漂う。他の個体も似たようなもので、魔弾のすさまじさがありありと伝わってきた。


「どうしてこんな……酷いことができるんだろ……」


 冒険者たるもの、野生のモンスターに情を持たないように努めているリサでさえこの有様には心を痛めた。

 魔弾はあくまで狩りの道具であって遊びの道具ではない。

 強力なモンスターを討伐し、安全に冒険を楽しむための武器であるはずだ。

 あんな馬鹿な奴らが遊び半分で魔弾を使っていたら、いずれ生態系がめちゃくちゃになってしまうに違いない。


「……これじゃ、お肉も食べれそうにない、か」


 肝心の肉は丸焦げのボロボロで、可食部は無いに等しかった。

 リサは漁夫の利を諦めて先を進む。


 心地よい風は嫌な気持ちを適度に忘れさせてくれた。

 ぼーっと、何も考えずに近所を散歩するかのように草原を歩く。

 てくてく、てくてく、無心で足を動かしていると、濃厚な土の香りが混じった生ぬるい風が吹いてくる。


「……うわぁ」


 目の前に現れるのは、じめじめとした密林。

 マクシム山が近づいてきた証拠だった。


「お水はさっき汲んでおいたし……ご飯は……まあ、木の実を取ればなんとかなる、か」


 リサは水筒から水を一口含むと、ゆっくりと密林へ足を踏み入れた。

 今までの草原とは打って変わって地面は湿っぽく、そこかしこに生えている木々の根には見るからに猛毒そうなキノコが生えている。

 控えめに言って、ここからが冒険の本番だろう。


「……あ、あれは」


 小腹が空いてきて食料を探していたリサは、ツルに実った木の実を発見。

 イチゴのように真っ赤でぶつぶつして、大きさはりんごほど。手に取ってみるとずっしりと重い。


「た、食べれるのかな……?」


 植物に疎いリサはそれの臭いを嗅いでみる。ほんのりと甘い香りがする。

 どうにも食欲がそそられ、腹の虫が騒ぎ出す。

 思わず生唾を飲み込み、木の実をもぎ取る。


「ひ、一口だけ……」


 慎重に、慎重に口を開いてそれにかじりつこうとする彼女の背後に、モンスターが迫っている。

 後ろ足の二足で跳ねるように歩き、前足は刀を思わせる細長い尾を撫でている。

 体表は爬虫類のような鱗で覆われ、顔はワニのように細長い。


「……ん?」

「――ギャオオオオオ!」


――――

【グラコディウス――GRACO-DIUS――】

分類:爬虫類種

生息地:ファンガス密林他

討伐難易度:C

 主に密林地帯に生息している爬虫類種。刀剣のように鋭い尾で外敵を攻撃する。

 非常に好戦的な性格。縄張り意識が強く、侵入者には容赦なく戦いを挑む。

――――


 ワニのようなモンスター――グラコディウスは刀剣のような尾を振り上げリサの首を両断しようと試みる。


 ――斬!


 真っ赤な血しぶきが吹きあがった。







――――――――


「――お、『トキシイグアノ』が出てきた」

「わぁ……本当にあれを撃つの?」


 草原でリサが発見したバカップルは調子に乗って密林近くまでやってきて獲物を探していた。

 狙いは巨大なカメレオンのようなモンスター、トキシイグアノだ。


――――

【トキシイグアノ――TOX-IGANO――】

分類:爬虫類種

生息地:ファンガス密林他

討伐難易度:B

 主に密林地帯に生息している爬虫類種。愚鈍だが分厚い皮下脂肪を持つため見た目以上に防御力が高い。唾液に強力な猛毒を持っているため要注意。

――――


 トキシイグアノは密林からのっそりと姿を現し、近くの湖へ近づくと静かに水を飲み始める。

 その瞬間、唾液に含まれている猛毒が水を汚染し魚が次々と浮かび上がる。


「!」


 それに気づくと細長い舌を伸ばしてそれらを一息で飲み込む。

 ぼりぼり、ごっくん、とエサを飲み込むと再び水を飲み始める。


「な、あれだけ鈍間なら大丈夫さ」

「う、うん……」


 女は小銃を構え、モンスターの頭部へ狙いを定めた。

 ゆっくりと深呼吸し、引き金を引いた。


 ――発砲音、そして着弾した鈍い音。


 だが肝心の魔法は不発に終わった。


「……ちょっと! 不発弾?」

「えっ? いや、そんなはずはないんだけどなぁ」


 男は困ったようにもう一発魔弾を取り出す。


「ごめん、ちょっと貸して」


 小銃をもらい受けるとそれを装填し、再び狙いを定めて引き金を引く。


 ――不発。


 二発も攻撃を受ければトキシイグアノも敵意に気づく。バカップルの方へ頭を向けた。

 爬虫類特有の無機質な瞳に見据えられ、二人は体を強張らせる。


「な、なんで? ま、魔弾が効かないのか?」

「話が違うじゃない! 魔弾があればこの辺のモンスターは全部狩れるんじゃなかったの!?」


 男は諦めずに次弾を装填し、引き金を引く。

 こんどは額に命中し、着弾点からドロリとした体液が噴き出す。それは血液ではなく皮下脂肪。

 だが本来、トキシイグアノの皮下脂肪に魔法を防ぐ効果はない。

 たとえそれに阻まれようと、問題なく魔法は発動するはずなのだ――相手が


「いやあぁぁっ!」


 女は慌てて逃げ出そうとするも、その腰にトキシイグアノ(?)の細長い舌が巻き付く。


「たっ……助け――」


 パク――ゴクリ。

 彼女はあっという間に胃袋の中に納まってしまう。

 男は小銃を落とし、恐怖で腰を抜かす。

 彼は自分が側の立場だったのだと初めて理解した。


「ひっ……ひぃぃぃッ!」


 悲鳴が響き渡る。

 食事を終えたトキシイグアノ(?)は満足そうにげっぷをすると、密林の奥へ帰っていく。

 草原には一丁の小銃と数発の魔弾が残されていた。


――――

【???】

分類:???

生息地:不明(ファンガス密林での目撃情報アリ)

討伐難易度:ー

 トキシイグアノによく似たモンスター。

 情報提供を求む。

――――

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