時代遅れの魔法使い、追放者とパーティを組む
バリー・猫山
Quest1 星見草の花蜜 ――STELLA FLOS NECTARIS――
時代遅れの魔法使い
――冒険者パーティの花形は?
その身1つでモンスターに立ち向かう剣士だろうか。
援護が花道、後方から仲間を助ける
はたまた、傷ついた仲間を癒やす
もし十人に問えば、十通りの答えが返ってくるだろう。
だがしかし、この問いに対して「魔法使いだ」と答える者はいないことだろう。
(ええと……冒険者登録の受付は)
魔法使いのリサは冒険者になるべくギルドを訪れていた。
魔法使い、と言っても絵本の方な三角帽にローブのコテコテなスタイルではない。服装はごくありふれたチュニック、髪は若紫のロング、顔つきは可愛らしい、ムチムチでえっちな年頃の少女だ。
ギルドの建物内は人々で賑わっており、そこかしこで情報交換が行われている。
「――さあ冒険者ども! アイテムの買い忘れは無いかい!? 出発前にウチで補充していきな!」
「――腹が減ってはぁ戦が出来ぬ! ウチで腹ごしらえして行っておくんな!」
「――冒険の疲れは湯につかって落とす。日々のメンテナンスが成功率を上げる秘訣ですよ」
わいわいガヤガヤ、商人が宣伝し冒険者たちは情報交換に勤しんでいる。
「――
「――え! ワタシ何かやっちゃいました?」
時に、どこかで聞いたことがあるようなセリフが聞こえてくるが、それもギルドが活発な証だろう。
(って、見とれてる場合じゃないよ。受付探さなきゃ)
活気に心を奪われていたリサは頭を大きく振ると受付を探してきょろきょろとあたりを見回す。
「――お願いします! 僕を仲間に入れてくださいっ!」
「――えっと、頭上げてください」
頭を下げているのは坊主頭の少年で、下げられているのは口ひげが特徴的な男性だ。
「お願いします! 皆さんに負けないくらい頑張りますから! お願いしますっ!」
「えっと、なんだろう。できないことを言うの、やめてもらっていいですか?」
男性は人をおちょっくているような慇懃無礼な笑顔で少年を問い詰める。
「あなた、魔法使いですよね?」
「え、えっと……」
「正直、魔法使いにやれることってたかが知れてると思っていて――」
口髭の男性はホルスターからリボルバー式の拳銃を取り出す。
「例えば、あなたが『ファイアボール』を1発撃つ間に、僕はこれで6発撃ちこめるんですよ。これだけであなたの存在価値が低いってことはわかってもらえると思うんですけど――」
技術の進歩は遂に、魔法を科学的に再現することに成功した。
『
個人の才能によらず、誰でも簡単に魔法と同じことができるようになった。
練習は不要、仕組みの理解も不要、ただ使い方さえ知っていればいい。
この男が得意げに見せびらかしている銃もその一つ。
疑似魔法の弾丸――『魔弾』
弾頭に疑似魔法を付与し対象に直接打ち込むことの出来る弾種だ。
「――と、言うワケで、僕のパーティにあなたを入れるメリットはないんですねw せめて魔弾を使えるようになってから来てください」
リサは聞き耳を立てるんじゃなかった、と後悔した。
かつて魔法使いは冒険者パーティの花形だった。
前衛の近接戦闘職が後衛の魔法使いを守り、とどめに大魔法をぶっ放す。
あるいは、バフをモリモリに盛って物理で殴る。
あるいは、永遠に前衛を回復させ続けてのゾンビ戦法。
冒険者パーティの優劣は「いかに強力な魔法使いを在籍させるか」にかかっており、ギルドに魔法使いが現れたならエサに群がる鯉のように人が群がったものだ。
だがそれは一昔前の話。
技術革新――疑似魔法の登場によって魔法の時代は終わりを告げた。
疑似魔法の付与された剣。疑似魔法の付与された防具。中でも疑似魔法を付与した弾丸――魔弾は扱いやすさのお陰で一世を風靡していた。
ただ弾頭を相手に打ち込むだけ。照準を定め、引き金を引く――それだけでいい。
頑張って魔導書を読み込み汗水たらして練習をする必要すらない。ただ銃の扱い方を知っているだけでいい。
かつて不遇職筆頭だった
「――ウソw 今時魔法使い?」
「――馬鹿丸出しだね」
「――今時、魔法使いになりたいなんて馬鹿以外の何者でもないでしょ」
やり取りを聞いていた周りの者達も、魔法使いの少年を小馬鹿にして誰も擁護しようとしない。それどころか聞こえるように陰口をたたいている。
魔法使いの何がいけないのだろうか?
どうやら魔法使いであることは、冒険者にとって大罪であるようだ。
「君、もしかして初めての人? もしよかったら僕が案内するよ」
「結構ですっ!」
さわやかな青年が優しく声をかけてくれたが、リサは思わず拒絶してしまった。
(どうせ私が魔法使いだって知ったらお払い箱にするくせに)
捨てられなかったとして、与えられるのは青年のよいしょ役だろうか。
彼が活躍すれば「きゃーすごーい(棒)」とよいしょし、ハーレムの一員としておこぼれにあずかる――冗談じゃない、とリサは内心で吐き捨てる。
そんなことのために冒険者になろうと思ったのではないのだ。
『――お店、閉めようと思っててね』
『え……?』
魔導書店の店主、グレイスの言葉に幼いリサは衝撃を受けた。
『近頃じゃ、めっきりお客さんも来なくなったし。来たとして「この魔導書はどのくらいの価値があるのか」だの「これを高値で買い取ってくれ」だの……碌なのが来やしない』
魔法使い全盛期、魔導書は魔法習得のためのマストアイテムだった。
ここ『グレイス魔導書店』はかつて多くの魔法使いで賑わっていた。魔法使いたちは冒険に役立つ魔法を求めて魔導書を漁り、店のそこかしこで魔法の議論がされる。
だが疑似魔法の登場以降、魔導書の需要は一気に無くなった。
今や単なる
『リサちゃん、店の魔導書、好きなだけ持っていきな。おばちゃんのおすすめはこの不死の』
『やだよ……!』
幼いリサは閉店の決断を拒絶した。
終わって欲しくない。大好きなこの店を辞めないで欲しい。
『だって、魔法はこんなに楽しいのに……楽しいって、皆に知って欲しいのに……おばあちゃんが店を辞めたら、誰にも教えられないよ!』
『ありがとうねぇ……』
グレイスの皺だらけな手で頭を撫でられ、リサは涙をこらえきれなかった。
『おばちゃんは、リサちゃんが魔法を好きでいてくれれば、それで満足だよ』
『……やだよ……やだよぉ……』
リサの瞳から涙があふれ出す。
大好きな場所が無くなってしまう悲しみで胸がはちきれそうだった。
『そうだねぇ……もし、リサちゃんが魔法使いになって「皆に魔法がすごいんだ」って伝えてくれたら。その時、おばちゃんはまたお店を始めるよ』
『……ほんと?』
グレイスは満面の笑みで頷いた。
『本当だとも。それまで、お店はお休み。リサちゃんのために、お店は壊さずに残しておくことにするよ』
このやり取りの翌年、グレイスは老衰のため亡くなった。
遺言に従って魔導書は可能な限りリサが引き取り、残りは処分されてしまった。
(証明するんだ……! 私が、すごい魔法使いになって!)
古き良き詠唱魔法は日に日に廃れていく一方。同じように大好きな場所を失って悲しんでいる人だっているかもしれない。
だから証明する。魔法の凄さを、魔法の面白さを。
(……て、思ってたんだけどなぁ)
そう意気込んだはいいものの、なぜか居心地が悪くなってギルドの外へ出てしまう。
想像以上に道は厳しかった。
茨の道どころか断崖絶壁、難攻不落の城砦を思わせた。
結局のところ、魔法使いなんて皆必要としていないのだ。
戦闘は引き金を引けばいいだけの魔弾で十分、詠唱なんて悠長なことは求めていない。欲しいのは弾丸を運んでくれる
「――くすん」
リサが不貞腐れて建物の壁を無意味に蹴っていると、近くの路地で子供が泣いているのが目に入る。
5歳か6歳位の女の子だ。大きな図鑑を抱いて悲しそうに涙を流していた。
「どうしたの?」
母性本能をくすぐられたリサは子供に声をかける。
「あのね、おかあさんが病気なの。おいしゃさんがね、この草があれば治るって。でも、お金がないと取ってきてもらえないの」
女の子は図鑑をめくってリサに見せる。
――――
【ミラビリス――MIRABILIS――】
分布地:マクシム山
入手難易度:B
マクシム山にのみ群生する多年生植物。北極星を向くように花を咲かせることから『星見草』とも呼ばれる。その蜜には多くの病に作用する成分が含まれている。
――――
(マクシム山って……)
地理に疎いリサだったが、そんな彼女でもマクシム山の噂は聞いたことがある。
山腹には『クラスA』のモンスター『ラヴァドラコ』の巣があり、それなりの実力を持つ冒険者ですら安全に帰ってこれないと言われている魔境。
麓の樹海にも危険なモンスターが数多く生息しており、依頼するとなればそれなりの報酬を支払わなければ釣り合わない危険地帯。
「ふぇええええ……おかあさんがしんじゃうよぉ……」
もし運よく市場にミラビリスが出回ったとして、相当な高値で取引されるに違いない。
ギルドに依頼する金すらないこの子が手に入れるのは不可能に近いだろう。
「……わかった! じゃあお姉ちゃんが取ってきてあげるよ」
「……ほんと?」
女の子は不思議そうにリサを見つめる。
「まかせなさい! こう見えてお姉ちゃん、すごい魔法使いなんだから!」
「……へぇ」
「ちょっ! がっかりしないでよ!」
リサが魔法使いと知った瞬間、女の子の期待は一気に消え失せた。子供だって魔法使いが時代遅れなことは知っていた。
「――えっと、そういうのやめた方がいいですよ」
更にリサの
先ほど魔法使いの少年をこき下ろしていた口髭の男性だ。
「あなた魔法使いなんですよね? 知ってると思いますけど、マクシム山ってラヴァドラコの巣があって、
くどくどネチネチ。
男性はリサを見下したような笑顔で上げ足を取り続ける。
「っていうかそもそもギルドを通さずにクエストを依頼するのって規約違反っていうか、がっつり法律に抵触してるんですけど、理解されてます? あ、今時魔法を使ってる頭の弱い人にはわからなかったですかね? すみませんw」
「……何が悪いんですか。魔法使いって、そんなに悪いんですか?」
男性はしめしめ、とほくそ笑む。相手がペースに乗ってくれれば徹底的におちょくるまでだ。
ろくに実績も上げられない中堅冒険者の彼は、ギルドへやってくる
「そもそも非効率な魔法使うのってナンセンスですよね。詠唱、でしたっけw カッコいいって思ってやってるんですか? あなた知らないと思うんですけど、魔弾って結構効率いいんですよ。引き金引けば魔法と同じことできるんで、あなたが気持ちよく詠唱している隙にこっちはワンアクションでモンスター斃せるんですよwww」
確かに、詠唱はちょっと恥ずかしい。発明者に文句が言いたくなるくらい小難しい言葉を組み込んでいる。
確かに、最近の戦闘は「全部魔弾でいいじゃないですか」と言いたくなるくらい魔弾に依存している。
攻撃用、防御用、支援用、各種弾頭を取り揃えていて、
そんなことくどくどと言われなくたって分かってる。
だからと言って――人の「好き」を頭ごなしに否定されたくはない。
「あ、もしかして銃使うの怖いとか? だったら冒険者になるのやめた方が」
――一陣の風が吹く。
気持ちよさそうにリサをこき下ろしていた男性の頭髪が、風の刃で斬り刻まれ無残なバーコードハゲとなってしまう。
「……どうしたんですか?」
額に青筋を浮かべたリサは男性を挑発的に睨み付ける。
「私が魔法を発動するまでに何とかできるんでしょ? ほら、何とかしてみてくださいよ」
「わ……っ」
再び風が吹き今度は男性のズボンのベルトが切断される。ずり落ちてくるズボンを押さえながら彼は必死に反論の言葉を紡ぎ出す。
「え、えっと……暴力って、法律で禁止されていると思うんですけど」
「言葉の暴力使ってる奴が何言ってんの?」
リサは右手の人差し指を天高くつきだし、その先に炎の球体を生み出す。
まるで指先に太陽を宿しているかのようだった。
「ほら、私、もう準備できてますよ。ご自慢の魔弾で何とかしてみたら?」
「あっあっ……は、反論できないからって暴力に訴えるの、よくないと思います……」
無詠唱魔法。
それは最高峰の魔法使いの証、魔法の発動に必要な詠唱の一切を省略し魔法を発動する高等技術だ。
リサは無詠唱で魔法を発動し、散々自分をこき下ろしてきた男性を威嚇する。
「えっと、その……ギルドを仲介しないクエストの受注は違反なので……えっと、そのぉ……」
「あなた、できもしないことを、あんな得意げに言ってたんですか? しかもあん――なに偉そうに」
男は腰を抜かし、引きつった笑みを浮かべて後ずさっている。
リサはゆっくりと指先を下ろしていき、火球を男性に向ける。
「ばん!」
「ひっ!」
リサの言葉に男性は白目を向いて気絶する。怒りに任せて魔法を撃つほど彼女は非常識ではない。
呆れたようにため息をつきながら火球を消し、失禁し泡を吹いている男を見下ろす。
制裁にしては少しやりすぎたかもしれないが、このくらいしなければあの少年も気分が晴れないだろう。
「――い、今のって……?」
「――魔法ってあんな感じなの?」
気が付けば野次馬が集まっており、たった今リサが見せた無詠唱魔法を見てざわついていた。
別に目立つつもりはなかったリサは、質問攻めにあう前に退散することを決意した。
「じゃ、じゃあ! お姉ちゃんが星見草のお花、取ってくるから待っててね!」
「う、うん……!」
すたこらさっさ、とリサは逃げるようにして去っていった。
目指すはマクシム山。
こうして時代遅れの魔法使いの冒険は幕を開けるのだった。
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