第18話 老獪
「おいラディ、これナズナちゃん宛にだぞ」
夏の近況報告から暫く経った後、夕刻のサンコスタ都市警備隊に、一通の封書が届いた。
「なんでナズナ宛のがここに来るんです?」
「知らねえよ。差出人は……国王陛下!?司法長官と連名だと?」
「わはは、あいつ何やったんだ。賊でも殺りすぎてついに逮捕状か?」
「馬鹿言え、そんなもんが本人に届くわきゃねえだろ。ちっとは考えろ」
笑い顔のままラディアスは頭を掻いた。
「冗談ですよ、冗談。中身はなんです?」
「本人に渡してそっから聞けよ。個人宛の、しかも国王陛下の名前が入ってるもんを勝手に開けられるわけねえだろうが」
「それもそうっすね。持って帰って直接渡しますよ」
触った感じ頑丈な紙が入っているらしい封書を受け取って、ラディアスは懐に仕舞った。
「そんじゃ、俺はお先に失礼します。おやっさんも残業してないで早く帰って下さいよ」
「これが終わったら帰るよ。お疲れさん」
面倒くさそうにひらひらと手を振るカネサダに手を上げて、ラディアスは愛馬の所へ向かった。
アルフォンソも大分毛色が白くなってきた。年寄りというわけではないが、もう相応の歳だ。
芦毛の馬を一撫でしてから夕暮れの街へと出る。
まだまだサンコスタの夏は長い。
冬場であれば既に真っ暗な時間帯であるが、未だ日は西に居残り続けている。
この街はその地形上、湿度が高く気温も高い。
しかし、南から吹き付ける海風のお陰か、普段はそれほど息苦しく感じる事もない。
現に今も後ろから吹き付けてくる暖かい風が、熱を一つ所に留めまいとしている。
ラディアスがこの街を好きな理由の一つに、この気候もあげられる。
熱を持ちながらも一つ所に留まらない自由さ。
同じ場所に居続けながらもどこか自由な空気が好きなのだ。
街の北口が見えてきた。毎日通る見慣れた道。
変化が無いように見えて、いつも少しずつ変化している街。
それは今の環境にも言えるだろう。
家族もみんな少しずつ歳を取る。それは変化だろう。
ずっとこの幸福な時が続けば良いのにと思う反面、その無情に訪れる変化も好ましいものだと感じてしまう。
人と人との関係性も少しずつ変わる。
変わらないものなど無いのだ。
「おう、いたいた。ナズナ、お前宛に封書が届いてるぞ。国王陛下からだ」
トリシアンナの部屋に、ノックもせずにラディアスが顔を覗かせた。
「お兄様、ノックぐらいして下さい。女性の部屋ですよ」
今更怒るような事でもないが、礼儀は礼儀なので一応窘めておく。
「ああ、すまんすまん。さっき二人で戻っていくのが見えたからいるだろうと思って」
「そういう問題では……国王陛下からの封書?」
渡されたナズナは裏書きを見ると、封を開けて中に入っていた紙を広げた。
「……あぁ、あの時のですか」
暫く文字を目で追っていたナズナが、思い出したかのように声を出した。
「あの時?」
「エスミオに行く途中、渓谷で野盗がいたでしょう。あれ、『バンディット』の構成員だったようです。これは司法官からの感謝状ですね」
「はっ?」
『バンディット』だと?あの悪名高い?
「そういえば、ゾナの警備隊に引き継いだ時に、サンコスタの都市警備隊の住所を書いたのでした。領主の邸にするとまずいと思いましたので」
確かに、領主の家族が野盗を一人で5人も
「ちょっと待って下さいナズナ。あれが『バンディット』だったとすれば、私達の情報が漏れて狙われた事になりませんか?」
あの辺を根城にしている賊が、たまたま通りがかった自分たちを狙ったわけではないのか。
「どういう事だ。詳しく聞かせろ」
真面目な顔に戻ってラディアスが近くの椅子を引き寄せて座った。
ナズナが経緯を説明する。
「エストラルゴからゾナまでの間か……この時期、狙って美味いようなのは逆方向だろう。夏だぞ。貴族が移動するなら避暑地にだろうが」
エスミオから北方や南国に休暇で移動する貴族や商人は多い。
逆に、わざわざ暑い渓谷を通ってまでエスミオに行く富裕層は少ないのだ。
「となれば確実に私達狙いですね。まぁ、相応の宝飾品や衣類なんかも持ってはいましたが」
最近連中の動く頻度が上がったという話は聞いている。
貴族と侍従の女二人しか乗せていない、護衛無しの馬車など狙い目ではあっただろう。
特に不自然ではないが妙に引っ掛かる。
「渓谷のど真ん中で待ち伏せってのも相当きついだろうし、狙いを定めてたってのはまぁ間違いじゃあねえだろうが……そもそもそいつらはどっから来たんだよ。情報源がエストラルゴじゃあ徒歩で先回りしたってことになるぞ」
それはありえないだろう。最低でも馬が要る。だが、周辺に馬が居たような感じはしなかった。
「西から先回りしたのでなければ、ゾナ方面からですね」
その場合だと、自分たちが通る情報が漏れたのは、時系列で言ってエストラルゴ以前という事になる。
エスミオ地方に入るには、渓谷を通るか山脈を越えるしかないのだ。
エストラルゴから出した情報は、同じ道を通らなければエスミオ方面には伝わらない。
となればサンコスタからエストラルゴまでの間か、若しくはエスミオ領主側から漏れたか。
ただ、ハインリヒ達から漏れたというのはあまり考えにくい。
彼らには護衛がつくかどうかも教えていないのだ。僅か5人で待ち伏せしていた所からも、護衛がいないと踏んでいたのは確実だろう。
その日に移動が始まるという情報さえ掴んでいれば、時間に合わせて先回りすることはできる。
自然に考えれば、予めナズナと二人で移動する日が分かっていて待ち伏せたのだと思われる。
「私達がエストラルゴから二人だけで移動する事を知っていたのはどれぐらい居ますか?」
「そんなもん、家族しか知らねえだろ。普通、貴族が旅する時には護衛をつけるもんだし」
「お嬢様、出発した時の一応人数構成がわかっていればそれは事前に把握できますが」
「あぁ」
確かに、アンドアイン達はその日に王都側へ向かう事は周知の事実だ。
残った者が別方向へ、というのは想像できるといえば想像できるが……。
「それもおかしいですね。私達がエストラルゴで別れるという事をどうやって知ったのか、更に言えば、エストラルゴで護衛を雇う可能性もあったでしょう」
冒険者の2、3人でも雇われれば5人では確実性を失う。
「どうなんだろうな。とはいえ、連中も失敗する事はたまにあるし、たまたまだったのかもしれねえぞ」
「確かにそれが一番可能性としては高いですが……」
腑に落ちない。気持ちが悪い。
「もう今更考えても仕方がねえな、状況は終わっちまってるんだし。ただ、何にせよこれからは決まった時間に決まった場所へ行く事があるなら、より慎重にすべきか」
「そうですね。今回はこちらの戦力を侮った『バンディット』の落ち度でしょうが」
気にはなるが臆病になり過ぎるのも良くないだろう。
「そういえばお兄様、お兄様の贈った指輪が役に立ちましたよ。ねえ、ナズナ」
「はい」
頬を少し赤らめて俯くナズナ。可愛い。
「贈ったって……買わせたの間違いだろうが。何があったんだ?」
「尻を触られて妾になれと言われました」
「……ハァ?……良くぶっ飛ばさずに我慢したな、偉いぞ」
一瞬兄が怒ったのが視えた。
「貴族を殴ったら大変な事になるじゃないですか。ナズナがそんな事するわけがないでしょう?」
「いや、俺は何度か攻撃されてる気がするんだが」
それは単なるじゃれ合いというものだろう。暴力ではない。
「お兄様は頑丈なので平気ですよ。兎も角、その指輪を見せたらハインリヒ様がびびったので大変役に立ったという事です」
「なんでハインリヒが指輪を見てビビるんだよ。何もかも訳がわかんねえぞ」
わからんのか。
仕方のない男だ。
「お兄様が騎士団に居た頃、なんて呼ばれていたかご存知ですか」
「俺か?普通にラディとかラディアスとか呼ばれてたが」
聞きたいことを中々察してくれない。
「そうではなくて、怪物とかなんとか言われてたでしょう。ほら、騎士団長に膝をつかせたとかそういう逸話もあるし」
「ああ、あれか!いや、世の中には強い人がいるもんだと驚いたよ。結局あの人には20回挑んで5回しか勝てなかったからな」
「……勝ったんですか」
「勝敗数で見れば完敗だな」
現在の騎士団長も、伝説とすら言われるような人なのだ。
それこそご先祖のベルトロメイを引き合いに出される程には。
「ま、まぁ、つまりお兄様はその界隈では有名なのです。そんな人から女を奪ったらどうなるかと想像して怯えたんでしょうね」
「勝手に勘違いして勝手に怯えて、想像力の逞しい奴なんだな」
「またお兄様はそういう事を言う」
実際にナズナがひどい目に遭えばこの兄も黙っている事は無いだろう。
殺しはしないが半殺しか四分の三殺しぐらいにはするかもしれない。
「兎に角、役に立って良かったじゃないですか。20ガルダ近く出した甲斐もあったでしょう」
「まぁ、いいけどよ」
ただの飾りではなくお守りとしても効果があったのだから安い買い物である。
「そういう訳で二人でお兄様にこの事を報告してきて下さい。指輪を買ったのはお兄様で感謝状を貰ったのはナズナなので。私はお風呂に入ってきます」
「かしこまりました」
「え?俺も?」
兄はナズナに引きずられて出ていった。
だいぶ前に買わせた指輪の事はもう皆知っている事だが、よくよく考えれば正式に兄と両親に報告したことが無かった事を思い出したのだ。
ペアリングにイニシャルまで入れてしまったのだからもう言い訳は出来ない事なのだ。
きっと三人とも喜んでくれるだろう。
つかつかと、クリストフは肩を怒らせて歩いていた。
父である国王の執務室にノックもせずに飛び込むと一気に捲し立てる。
「父上!あの甘い処断は一体どういう事ですか!他の貴族にも示しがつかないでしょう!」
先の不祥事の責任を取らせると言ったものの、ノルドヴェストの領主、ゴドウィン・ランカスタに下された罰は、二ヶ月間の謹慎という実に軽いものだったのだ。
「落ち着けクリス。処分は妥当なものだ。前例もある」
「前例ですって!?事実上の背任行為ではないですか!ただの謹慎でそれが償えると?貴族資格の剥奪すら考慮すべきでしょう!」
無謀な漁業の放任と数字の改竄、監督下の醸造所が行った樽買いや水増しといった生産品偽装。
どれも公表後にそれぞれの界隈を揺るがすとんでもない不祥事だ。
「私もそれで全てが償えるなどとは思ってはおらん。だが、貴族資格の剥奪はやりすぎだ。一度剥奪された者は、二度と貴族には戻れぬのだぞ」
「ですが……!」
「聞け。漁業の不祥事については監督不行き届きであっただろう。ただ、改竄に関してはゴドウィンが関与したという証拠がない。今後、サンコスタより出された資料を元に改善を行っていくという形で決着がついたのだ」
数字の改竄を行ったのは確かに現地の行政官だろう。しかし、その事を領主自身が知らなかったはずがないのだ。
だが、知らなかったと言われてしまえば証拠がないのも事実。
疑いだけで処罰できる事ではない。
「では、醸造所は?自分の蔵で作ったと銘打って、混ぜ物をして高値で売り捌いていたのですよ?」
「醸造所は監督下といっても一商人の持ち物だ。領主は改善案や命令は出せても、その所業に責任を負う事はない」
「目の前で不正が行われているのを、見て見ぬ振りをしたのにですか」
「それこそ、証拠がない。知らぬ存ぜぬと言われてしまえばそれまでだ」
帳簿に誰々が来ました、などと書かれているわけではない。
問えるのはやはりこれも視察不足による監督不行き届きだけだ。
「それにな、クリス。お前が見つけてくれたから発覚したようなものの、これは王家の責任でもある。領主に任せっぱなしで現地をまるで見ていなかったから起きた事なのだ」
「無論、それはあるでしょう。私にも、父上にもその責はあります。罰を受けろというのであれば甘んじて受けましょう」
元よりクリストフはそのつもりだった。彼は今更なにも臆することなど無い。
「それをしてしまえば、王家の足元は揺らいでしまうだろう。聞くぞ、どこかの領主が悪意を持って、不正を隠したとしよう。当の領主は、その不正は知らなかったの一点張りだ。そこで王家が責任を取って罰を受ければどうなると思う?」
立場の逆転だ。責任を問う側が責任を取らされてしまう。それこそ悪意を持って王権を簒奪しようという輩が出てこないとも限らない。
「王とは、権威だ。権威が認めるからこそ貴族は貴族でいられる。権威がころころと転がってしまえばどうなる。それは最早、王政の崩壊だ」
クリストフは何も言い返せなかった。
4年前のあの時も、叔父やクリストフにはほぼ何も咎がなかった。それは王家だからだ。
いくらクリストフ自身が罪の意識を感じていようとも、制度が彼を罰することを許さない。
「だがな、クリス。今回の件で私はお前を見直した。正しい目と確かな判断力を以て不正を暴いたのだ。不正は責ある者を罰するだけでは意味がない。修正して、二度と起こらぬようにする事こそが肝要なのだ」
事実、漁業も酒造も監査を入れて運営を改めるという方針が出されている。
罪を暴いたことは無駄ではなかったのだ。
「私がお前に王権を譲るまで、各地を見て回れ。そこで何があり、何が起きているのか、どんな人達がどのように暮らしているのかをしっかりと見てこい。それがお前の仕事だ」
「……はい。承知しました」
どうにか頷いたクリストフに、アルベールは続ける。
「勿論、サンコスタにも行くのだぞ。漏れがあってはならんからな。そうだな、来年の今頃辺りが良いだろう。今の時期、あそこには観光客が沢山来る。その様子もしっかりと見てこい」
事実上の休暇命令だ。クリストフの心がほんの少しだけ軽くなる。
「承知しました。それでは、失礼します」
王太子が退出し、執務室には一人、国王だけが残される。
「成長著しいな。地方は概ね任せておいて大丈夫だろう。こちらにはこちらでやることがあるが」
誰もいないはずの部屋で呟く。
「目下は『バンディット』が第一。視察を拒んだセストナードとエスミオの監視。彼らに与する王都の貴族も洗え」
何もない所で影が揺らめいた気がした。
王国歴422年の秋、訃報が王国を駆け巡った。
予てより体調の思わしくなかった先王、ファーディナンドが逝去された。
何時ものように少しの夕食を召し上がった先王は、暫くして後、体調が悪化。王国魔術医の治療の甲斐なく、儚くなった。
アルベール国王は急遽、国内で予定していた式典を全てキャンセルし、年内一杯は喪に服すと宣言した。
秋の近況報告も取りやめとなったが、地方領主達は葬儀に参列するために、王都へと集まった。
葬儀は王城内でしめやかに執り行われ、先王の遺体は王城の裏、山中にある墓陵へと埋葬された。
葬儀の後、王城のホールにて、参列した者達を労う
全員が喪服姿のまま、綺羅びやかな広間で、ぼそぼそとした会話のみがあちこちから響いている。
「思わしくないとは聞いていましたが、急な話ですな」
セストナードの領主、白髭の老人、ベネディクトがアンドアインと会話している。
「全くです。もう少しご顕在かと思われたのですが」
思わしくない、とは言え、時折式典にも顔を出されていたし、その兆候をアルベールからも何も聞いていなかったのだ。
「あまりこういった話をしては憚られるでしょうが……どうも医者が不審だと漏らしていたと聞き及びましてな」
「……しかし、そうだとして誰に利が」
「さぁ……」
ろくに権威も寿命も残っていない先王を、ほんの少し早く殺した所で何の益も無い。
医者の思い過ごしではないだろうか。
暗い話をしていると、大きな体を喪服に包んだ男が近寄ってくる。ゲルハルトだ。
「アンドアイン殿。こんな席で不躾だとは思うが、済まなかった」
「……ゲルハルト殿、その件はもう」
「いいや、こうせねば気が済まんのだ。うちの馬鹿どもが大変な失礼をしてしまった」
ゲルハルトは頭を上げない。
「ゲルハルト殿は与り知らなかった事なのでしょう。私は妹から何も聞いていませんが、彼女の様子を見ていればわかります。どうぞ、頭をお上げ下さい」
「本当に済まない。せめて、私が一言でも息子たちに釘を刺していればと」
本気で悔やんでいるようだ。それはそうだろう。絶対に覆せない手を相手に渡してしまったのだから。
「妹はどうにか立ち直りつつあります。どうか、この事はもう無かった事に。蒸し返してはあの子も辛くなってしまいます」
「そうか……彼女にも直接謝りたいところだが、それは叶わぬ事だろうな。重ねて詫びよう。申し訳なかった」
もう一度頭を下げて、彼は肩を落として去っていった。
「あの男があそこまで謝るとは。珍しい事もあったものだ。アンドアイン殿、一体何が」
「妹が彼のご子息らに何かされたようなのです。本人は何も言いませんが……」
本当は何があったのか全てを知っている。
ゲルハルトがその計画を知らなかったというのは本当だろう。
あの強かな男がそのように杜撰で無謀な計画を立てるはずもない。
単純に孫に会わせて上手く仲良くなればメディソンの血を、とでも考えていたのだろう。
彼の想定以上に彼の息子と孫が馬鹿だっただけだ。
「それは……トリシアンナ殿の事ですか。なるほど、なるほど」
こちらもこちらで老獪な狸だ。好意的ではあるが、何を考えているか分かりにくい。
「トリシアンナ殿といえば、こちらの孫の事は何と言っておいででしたかな」
「エリオット殿の事ですか?可愛いお孫さんですね、と伝えてくれと」
その言葉に、ベネディクトは会場で許される程度の含み笑いを見せた。
「フフフ……やはりそうでしたか。まぁ、分かっておりましたが。さて、どうしたものか」
「ただ、こうも言っておりましたよ。将来は有望なので教育をされてみては、と」
「ほう、流石ですな。では、ご意見を参考にさせてもらいましょう」
良く言う。最初からそのつもりだったのだろうに。
恐らくエリオットが彼の最後の望みだったのだろう。
妹の事は試金石としたかったに違いない。
「妹もあれで中々に人を選ぶものですから。お気になさらないでください」
こちらも心にも無い事を言っておく。お互い分かっていて言っているのだ。
「人を選ぶ、と言えば」
「妹にも言われました」
間髪入れずに答える。
「フフフ、左様ですか。いや、流石に良く見ておられる」
「私も意見を参考にさせてもらおうと思っています」
「それがよろしかろうな。老いては子に従えと申します」
「ベネディクト殿はまだまだでしょう」
「さて、それはどうですかな」
会場は徐々に解散しつつある。
アルベールと会話しておきたいところだが、流石に無理だろう。
弔問客は絶えることは無いだろうし、ここから数週間の間、彼は忙殺されるに違いない。
「アンドアイン殿、ベネディクト殿」
クリストフ王太子殿下がやってきた。
「王太子殿下。この度は誠に」
「構いません。お悔やみは聞き飽きました。アンドアイン殿、先日は有難うございました。どうにかノルドヴェストの件も形になりそうです」
「お役に立てたのであれば幸いです。必要とあらば、いつでもお声がけ下さい」
彼の成長はここ最近著しい。アルベールも安心している事だろう。
「ベネディクト殿、少しお聞きしたいのですが」
「なんでしょうかな、王太子殿下」
「先日、セストナードの訪問を断られた際の大事な客人とは、一体どなたなのです?いえ、責めているわけではなく、ずっと気になっておりまして」
聞いても良いものか、答えても良いものか。
よりにもよって関係者が三人ともいるのだ。
「ああ、それですか。アンドアイン殿の妹君、トリシアンナ殿ですよ。孫の結婚相手にどうか、と思いましてな」
言うだろうと思った。この老人は気付いていて面白がっているのだ。
流石に彼女がこの場に居ればそんな事はしないだろうが、全ては関係者であって当事者ではない。
「な……そ、そうですか。そうですか……」
そんなに落ち込むな。周りに勘付かれるだろう。
「まぁ、振られてしまいましたがの。まだまだ、彼女から見ればうちの孫は子供に見えたようですな」
「そ、そうですか……」
安堵するな。本当に。この辺りはまだ子供なのだ。
「ほほ、あの子を射止めるのは果たして誰でしょうな。生半可な男ではまず無理そうですなあ」
これは恐らくこの老人の趣味なのだろう。
悪趣味ではないが、意地が悪い。
単純にも顔を引き締めてクリストフは去っていった。
「あまり虐めてさしあげないでください。冷や冷やします」
「なに、若いというのは良いものです。多少の発破があったほうが跳べるでしょう」
言って老人は目の奥の瞳を煌めかせた。
「残酷な事ですな」
「全くです。不憫でなりません」
その恋は叶わぬのだ。
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