第17話 エッシェンバッハ
「この大馬鹿者どもが!」
報告を聞くなり、思わず怒鳴った。怒鳴らずにいられようか、この馬鹿どもめが。
「トリシアンナ殿を無理矢理手籠めにしようとしただと!?貴様ら、自分たちが何をしたか分かっているのか!」
あの花も恥じらうような乙女を汚そうとしたと、そう言うのだ。
メディソンは確かに気に入らない。アンドアインなど、あの歳で憎らしいほどに自分と対抗してくる。だが、あの末娘は別だ。
「あのな、ハインリヒ、ヴィリー。私は純粋に彼女をお前達に紹介したいと思っていたのだ。彼女は確かにメディソン家だ。だが、今までのメディソンには無い存在なのだ」
ヴィエリオの時代から、奴の子は全て見てきたのだ。
明らかに貴族として完成されていたユニティアやアンドアイン、化け物のような強さを誇るラディアス、最早規格外の魔術を扱うディアンナ。
それらは確かにメディソンと言える恐ろしい存在だった。あれは、ともに並ぶ事は出来ない。だが、あの少女は違う。
「打算が無かったとは言わん。あの子がうちに嫁いで来れば、それはそれで有効な手札となろう。だがな」
込み上げてくる怒りを抑えることが出来ない。
「無理矢理では意味がないのだ!何故それがわからん!それでもエッシェンバッハの男子かッ!」
机に拳を叩きつける。みしりと音がして黒檀の机にヒビが入った。
怯えた息子と孫がこちらを見ている。少し冷静になった。
「ハインリヒ。王都であの子を見ただろう。どう思った」
「は、はい。美しく無垢な子だなと」
「そうだろう。それで正解だ。そして彼女はメディソン家の子なのだ。わかるな?」
「は、はぁ、ですから我々のものにしようと」
再び拳を打ち付ける。今度は完全に割れてしまった。
「その無垢なる子を奪われたら、化け物揃いのメディソンがどうするか、考えた事が無かったのか!この街どころか、王都すら火の海にするような連中だぞ!」
ひっと息を飲んで息子と孫が縮こまる。
この程度もわからないのか、この愚か者どもめ。
「いいか、答えを教えてやろう。我々がすべきだったのは、丁寧に彼女を歓待し、また来ようと思わせる事だったのだ。そして、ゆくゆくはここに嫁いでも良い、そう思わせることこそ我がエスミオにとって最善の選択肢だったのだ。それを」
ばきばきと机が崩壊する。
「酒と薬を飲ませて催淫魔術で籠絡しようとしただと?それは、先に王太子殿下に教えた方法と全く同じではないか!アンドアインがそれに気付き、止めた時点でもう通用しないとは思わなかったのかッ!」
崩れ落ちた机を無造作に蹴り飛ばす。
破片がばらばらと息子たちに降りかかるが知ったことではない。
「ここに来た時、あの美しい侍従を連れていただろう。あれは間違いなく精鋭だ。王都での立ち居振る舞いを見て気付かなかったのか?ハインリヒよ」
彼女がトリシアンナの護衛である事は疑いようがない。
例の件があったからこそ、アンドアインは二度と同じような事が起こらないように、あのような精鋭を連れてきたのだ。
「は、はい……いえ、それが新しい情報を今回得られまして」
なんだ、やることはやっているのか。
「ほう、なんだ」
「その、ナズナという名前の侍従なのですが、彼女はラディアスの婚約者らしく」
「なんだとッ!」
再び怒りが暴発する。今度は床を踏みしめた。
「お前は!ラディアスの女を寝取ろうとしたのか!それがどれほど命知らずな事かわかっているのか!この愚か者がッ!」
馬鹿にも程があろうというものだ。
あの不世出の怪物、ラディアスの女を寝取るだと?
翌日には死体で発見されても何も文句は言えない行為だ。
「それで分かった。あの女、とんでもない手練だとは思っていたが、ラディアスの女だったのか。だとしたらこれは明らかにメディソンの強化に他ならない」
「は、はぁ。と、申しますと?」
まだわからないのか。どれだけ鈍いのだこの馬鹿息子は。
怒りをみしみしと踏みしめながら諭す。
「良いか、アンドアインの唯一の欠点は、後継者がいないことだ。奴は恐ろしい傑物だが、時間が経てば奴もヴィエリオと同じく、老いる。奴に比肩するようなメディソンが産まれなければ、いずれはサンコスタも衰退するだろう、だがな」
そこまで言えば分かるだろう。わからないのか?無能め。
「ラディアスという化け物と、ナズナとかいう精鋭の間に子が産まれてみろ。メディソンの血を引く更なる化け物が誕生するのだぞ。それが政治的能力がなければまだ良い、だが、最低でも最強の血を引く化け物になるのは間違いがないのだ。それにもし、アンドアインの後継となるような才能があったとしたら」
ぞっとする。そんな人間が居たとしたら、最早それは人間ではない。
まさに、メディソンの中のメディソン。メディソンオブメディソンではないか。
「で、では、始末しますか?ラディアスは兎も角、女の方であれば」
「最早貴様は先の見えないガキと全く変わらんな。先程言った事をもう忘れたのか」
呆れて言葉も出てこない。
最愛の女を殺された怪物を、わざわざ招き入れようというのだ。
「やりたいならお前が勝手にやれ。俺は知らん。その代わり、それを計画した時点でお前は勘当する。何故かと聞くなよ?聞いた時点で貴様は能無しの烙印を押されるのだ」
どうして自分にはアンドアインのような子が産まれなかったのか。
不公平ではないか、ヴィエリオにはあんなに優秀な子達が沢山いるというのに。
だからこそ、あのトリシアンナは欲しかった。
彼女はまだ純真で無垢だ。だが、メディソンの血を引いている。
あの血を取り込めば我が家にも優秀な子が産まれるはずだったのだ。
なのにこのバカどものせいで台無しだ。少し統治を任せただけで調子に乗りおって。
「アンドアインから手紙が届いた。内容証明付きでな。彼女はアンドアインにここで起こったことを話していないようだ。なんとも健気な子ではないか。だが、もう二度とここには来たくないという」
逃した魚は大きすぎる。羽ばたく翼を持った大魚だったのに。
「お前たちのせいで、彼女は永遠にここから失われたのだ。お前たちは自らの手で、エスミオの未来を閉ざしたのだ」
疲労感で立っていられない。どっかりと執務椅子に身体を預けた。
「もういい、下がれ。私が呼ぶまで私の前に顔を見せるな」
本当に、この世は不公平だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます