第16話 見合い

 王都に行かないのに王都行きに同行する。その日がやってきた。

 荷物自体はそんなに多くない。食事を自前で用意する必要があるのは野営の時だけだし、着替えも夜会に使うような派手なものはいらない。

 いつもの狩りに使うものと領主に会うための衣装、あとはまぁいつもの細々としたものだけだ。

 赤い月の周期から考えると、あまり長引けば重なる可能性もある。

 それだけ気をつければ、割と気楽な旅の始まりとも言えるだろう。

 カサンドラを扱うようになってから、暴走は一度も無い。

 どうもこの剣自体が魔素を適度に吸うらしく、たまに抜いて握るだけで変な衝動が起こる心配はなさそうだった。

 今回も冒険者の護衛はどうにも都合がつかなかったらしい。

 ただ、道中は自分に加えて兄とナズナもいるので心配は無いし、エストラルゴからはあまり魔物の心配をしなくて良い道中だ。特別問題があるわけではない。

 流石にトリシアンナも三度目ともなるともう慣れた。

 サドカンナ村から北東の野営地で、一行は焚き火を囲んで翌日以降の話をしていた。

「大丈夫ですか?お嬢様。二人だけで旅をするなんて……」

 ルチアーノが道中も散々言っていた心配を口にしている。

「私達は意外と頑丈なので大丈夫ですよ。心配しないで下さい。それよりも、王都までお兄様をしっかり面倒見てあげてくださいね」

「……まるで私が身の回りの事を一切出来ないとでも言いたげだな」

「紅茶を淹れる以外の事はそうでしょう?王都の宿はなんでもやってくれるからいいですけれど」

「馬鹿な。自分の事は自分で出来る」

「では、今ある食材から夕食を作ってみて下さい」

 言うと兄は渋面を作って黙り込んだ。一同が苦笑する。

 軽口は不安の裏返しでもある。お互いに不安が無いわけではない。

 周辺には襲ってくる程力のある魔物の気配はない。

 以前ダイアーウルフを掃除してから、この辺りは大分静かになった。

 このまま静けさが続けば、この場所を開拓しようという者も現れるかもしれない。

 そう思っていたが。

「うーん、いますね。新たな群れでしょうか」

 今の位置から東の方向に群れが視える。然程強い気配ではないが、まっすぐとこちらに向かっているようだ。

「いるのか。お前の探査は良く分からんな」

 その言葉には答えず、意識を集中する。

「南東およそ1200メトロ、数は……8ですね。ネームドも居ないようですので、楽勝でしょう」

「油断はするな」

「油断はしません。余裕は持つべきですが」

 ナズナもダマスカスの短剣を抜いて戦闘態勢になる。

「どうしますか?お嬢様」

「どうしますか?お兄様」

「……私は北よりだ。あとはお前たちで好きにすればいいだろう。寄ってきたものは片付ける」

「わかりました。ナズナ、いきましょう。先制です」

「御意」

 雷光剣を抜き放ち、風圧系で加速する。いつもの通りだ。

 木々の上から群れに向かって突進する。相手は上空を行くこちらには気づいていないが、足元を行くナズナには気づいたようだ。

 狼の群れは一斉に包囲をするように散開する。しかし、疾走する侍従は構わず正面をぶち抜こうとする。

 闇の中、ナズナの気配が一頭のダイアーウルフを屠ったのを感知する。

 一撃だ。

 短剣という間合いも刃渡りも短い武器を使いながら、その不利を物ともしない圧倒的な神速。

 抜けたナズナに向かって狼の気配が収束する。そこへ向かって、最後尾から飛び降りた。

 目の前には銀色の巨大な毛皮。

 舌なめずりをして一気に磁力で加速して襲いかかる。

 殿から追い抜くようにして一頭、二頭。紙を切り裂くように容易く狼の首が飛ぶ。

 前にいる連中が気づいた。そこに、身を翻して来たナズナが襲いかかる。

 神経性の猛毒を仕込まれたダマスカスが、次々と狼たちの急所に差し込まれる。

 うめき声を上げる間もなく、二人の手によってまたたく間に集落殺しは駆逐された。


「……流石にこれを全部持って帰るのは無理だぞ」

 都合6頭の狼を担いできたナズナに、アンドアインは呆れた声を出した。

 自分の所に来たのは僅かに2頭。物の数ではない。

 いつものように軽々と屠ったはいいが、妹達が残りを全て片付けて運んできたのだ。

「えぇっ!?ダイアーウルフの毛皮はすごくいい値がつくんですよ!ほら、全然傷も付けていない、完璧な上物です!」

「あのなあトリシア。我々の目的は狩りではないぞ。1頭か、せめて2頭にして残りは置いていきなさい」

 妹の言う事は確かにそうなのではあるが、いちいちここで毛皮を剥いで処理して持ち帰るような時間は無い。

 出来たとして2頭分が限界なのだ。

「でも……でも……」

 悲しそうな顔をする妹に心が揺らぐが、ここは鬼になった気分で言い渡す。

「無駄にするのが嫌なら焚き火の場所に置いていけ。たまたま近くを通った商隊あたりが回収していくだろう。お前は別に金に困っているわけではないだろう?」

「それは……そうですが」

 どうにもこの妹は庶民的というか貧乏性が身についているようだ。

 別に悪いことではないのだが。

「はあ……それでは、今から明日の朝までにお前とナズナで処理できた分だけを持っていく。それ以外は置いていく。いいな」

「わかりました!頑張ります!」

「主命に背かぬ働きをお約束しましょう」

 どうにもずれている。この妹も、元忍びの侍従も。

 御者の二人とルチアーノに寝ることを言い渡して横になった。

 妹は可愛い。可愛いので無理を聞いてやりたくなってしまうのが長らく続いている悩みだ。


 二台の馬車はかぽかぽと歩いていた。

 先頭を行く馬車の中では、二人の少女が寝息を立てている。

「まさか全部処理するとは……」

 アンドアインが処理した2頭以外、全ての毛皮を剥いで馬車に乗せてしまった。

 恐るべき執念である。

 可愛らしく寝息を立てている二人は、とても集落殺しを一方的に駆逐したとは思えないような穏やかな表情を浮かべている。

「若旦那様、なんていうか。侍従の人も含めてすごいですね」

「……ああ。ここまでの執念を見せるとは思わなかった」

 一人は一番下の妹だ。

 もう一人はいずれ義妹になるだろう。

 背筋がぞくりとした。


 目が覚めるとそこは北国ではなく、エストラルゴの宿だった。既視感がある。

 寝かされていたベッドから飛び降りて、スカートの裾を払う。

 下着の上に履いている下履きの中が、少し蒸れていて気持ちが悪い。風呂に入って洗濯もしたい。

 尻の辺りから下履きを引っ張って下着との間に空気を入れながら、隣の兄の部屋を訪れる。

「お兄様、馬車の準備は?」

「尻を触りながら来るな。行儀が悪い」

「蒸れるんですもの。兄妹でしょう?良いではないですか。というか、お風呂に入れるなら良いのですが」

「風呂に入りたいなら入れば良いだろう。……馬車の手配はできた。」

 出発は翌日だろう。それならば問題はない。

 あまり混み合うようだと馬車を確保できなくなる恐れはあった。

 ただ、その場合でも別に自分は跳んでいけばいいしナズナも走ればいいのだが。

「ありがとうございます。それでは、お風呂に……あれ、この街のお風呂ってどこでしたっけ」

 思えばこの街で風呂に入った事はない。宿に無い事は確実なのだが。

「宿を出て北に50メトロだ。はしたない真似はするなよ」

「勿論です。ナズナと行ってきますね」

 共同浴場での作法は弁えている。今更兄に言われるまでもない。

 部屋に戻ってみると、ナズナも起きて短剣の手入れをしている所だった。

「ナズナ、お風呂に行きましょう」

「はい、かしこまりました」

 別に命令ではないのだが、律儀に答える侍従にはもう慣れた。

 北に50……メートル。

 すぐに見つかった。

 古式ゆかしい共同浴場である。別に綺麗でもないし珍しくもない。

 入り口で料金を二人分払って、脱衣場へと入る。

「数年前にネームドを駆除したのに、また群れが湧いてくるなんて、本当にどうなってるんでしょうねえ」

 スカートごと下履きを下ろす。

 下着に空気が触れて、蒸れた部分の温度が一気に下がって気持ち良い。

「魔物はいくらでも湧きますからね。とはいえ、ダイアーウルフがあの数集まるというのはそんなに頻繁には発生しないと思いますが」

 ナズナは侍従服の背中を外して、袖を抜いている。

「昨日完全に駆逐したので、しばらくは大丈夫でしょうね。毛皮も沢山手に入ったし、一部はコートにして、残りは売り払ってしまいましょう」

 例外を除けば強い魔物は相応に素材も高い。ダイアーウルフは美味しい部類だ。

 侍従服を取り払ったナズナは、スレンダーな身体に黒い下着をつけている。

「お嬢様にあの毛皮のコートが必要ですか?ルナティックヘアのもので十分に可愛い……素敵だと思いますが」

 また少しきつくなってきた上の下着を外して、下も足を抜いて素っ裸になる。

 下着は服と一緒に丁寧に畳んでかごの中だ。

「ルナティックヘアのは防寒着ですよ。ダイアーウルフのはオシャレなんです。ナズナも着てみませんか?スラッとしてるのできっとよく似合いますよ」

 ナズナも下着を全て外して裸になった。二人で並んで浴場に入る。

「狼の毛皮は重いので動きにくいのです。万が一の時を考えると、あまり好ましいとは思えません」

 洗い場で湯を被り、石鹸を泡立てる。

「別に、その時は脱ぎ捨てればいいじゃないですか。着ながら戦うわけでもないでしょうに」

 体中に泡を塗りたくった後に布で擦る。

 最近必要になった動作だが、胸の下も丹念に洗う。

 その様子を、隣のナズナがじっと見ている。

「どうしました?」

「いいえ、なんでもありません」

 ナズナも同じ様に身体を洗っている。

 無駄のない筋肉がついていて引き締まった身体だ。しなやかな獣を思わせる。

 おもわず見惚れていると、ナズナも言った。

「どうされましたか?」

「い、いえ。なんでもありません」

 綺麗だからとあまりじろじろと見ては失礼だろう。

 泡を洗い流して、二人で並んで浴槽に浸かる。

 二日振りの湯は、乾いた身体に染み渡るようだ。

「やはりお風呂は良いですね、最高です」

「お嬢様は本当に風呂が好きですね。何故ですか?」

 何故?そんな事を聞かれても困る。

「ナズナは好きなことを聞かれて全て答えられますか?」

「はい」

 えっ!?

「ええと……それでは。ラディお兄様のどこが好きですか?」

「優しくて包容力があり、強くて大切な所はきちんと見ていてくれる所です」

 恥ずかしげもなく、淀みもなく答えた。ひょっとして普段から準備していたのだろうか。

「え、ええと。身内をそんなに褒められると少し恥ずかしいですね。では、アイスクリームのどこが好きでしょう?」

「他の菓子にはあまりない冷たさと、滑らかな舌触り、甘さが好きです」

 だめだ、こういう具体的なものじゃなくて、もっと抽象的なものでないと……ナズナの好きなもの、ナズナの好きなもの。

「あっ、ナズナは私のどこが好きですか?」

「そうですね、まずはその美しさでしょうか。女神が舞い降りたとも思える程の容姿。美しく流れる金髪がサラサラと風に揺れ、大きく輝く碧い瞳はまるで宝石のようです。小さな顔に収められたバランスの良い鼻、そして薔薇の蕾のような美しい唇。まさにそれは美の化身と言っても過言ではないでしょう。お嬢様の美しさはそれだけではありません、ころころと変わる表情は美しき秋の空のようでいてそれでありながら春の優しさ、夏の情熱を秘めており、時折見せるお叱りの表情は冷たき冬の女王であり、まさにこの世の美という美の粋を集めたかのような――」

 えっえっ、なにこれこわい物凄く早口で喋りだしたんだけど。止まる様子が無いんだけど。

「そう、それは正しく神の領域。例え伝説の傾国たる美女が現れたとしてもお嬢様の前には当然の如くひれ伏すでしょう。そして何よりも驚くべきはその成長による変化で、わたくしの見る限りここ一月で背は0.002メトロ、体重はあまり変わらないのにそのお尻の周りは――」

「あーっ!あーっ!もう!それ以上はダメです!なんでそんな事まで見てるんですか!変態ですか?そんなコンマ単位まで人のサイズを把握しないで下さい!怖いです!」

「お嬢様ご自身がお嬢様の良さを示せと仰られたので」

「好きなのとサイズを調べるのは違うでしょう!?ズレすぎじゃあありませんか!?」

「好きな事を全て知りたいと思うのは当然では?因みにお嬢様の胸の成長は憎らしい事に最近特に著しく……」

「やめてください。それは貴女にもダメージがあるでしょう!?なんで自爆してるんですか!」

 急激にテンションを落としたナズナ。一体彼女は何がしたいのか。

 言われてみれば、既にナズナの胸よりも自分の方がサイズ的には上になりかけている。

 だがしかし、だがしかしだ。美しさというのは大きさだけではないだろう。

「ナズナ。別にあなたがジュリア並の巨乳になったところで、ラディお兄様の評価は変わりませんよ」

 その言葉にナズナは気絶して湯船に突っ伏した。

「あれ?なんで!?褒めたつもりなのに!?ナズナ!ナズナ!気をしっかり持って下さい!ナズナ!」


「……本当に大丈夫か?」

「ええ、問題有りません。昨日のナズナは……その、少し暴走していただけですので」

 気絶したナズナを抱えて服を着せ、なんとか宿に戻ってきたのだ。

 細身に見えて彼女は随分と重かった。大半が筋肉なのではないだろうか。

 よくこれで夏に遠泳など出来たものだ。普通は沈む。

 いや、女性なのでそれなりに浮くのだろうか。どちらにしても次兄が泳げるのは謎だ。

「どうした?何か気になることでもあるのか?」

 考え込んでいると兄が怪訝に思ったのか聞いてきた。

「あ、いえ。下らない事ですので。では、私達はこれで。日を合わせて戻ってくる予定ですが、遅れた場合は三日待って下さい。それ以上は……先に帰っていて下さい」

「……わかった」

 それは最悪だった場合の選択肢だ。基本的には無いと思いたい。

 兄がここから王都へと向かい、報告と宴を終わらせて戻ってくるのが9日後。

 こちらが馬車で移動してエスミオダスに着いて、面会を終わらせれば2日。

 残りの7日でもう一度ここに戻ってきて、ここからは北へ一日でセスグラシオだ。

 面会がそれぞれ一日で終われば先にこちらがこの宿へと戻って来れる。

 諸事情で遅れるにしても、各地で二日あるいは三日が限度だろう。

 観光をしてくると言ってはみたものの、二箇所を回るには中々にハードな道程だ。

 やるべき事だけやって、とっとと終わらせよう。

 時間があればまた温泉に入れるかもしれないのだ。



 夏の視察にエスミオを希望したのだが、エッシェンバッハには断られた。

 大事な用があるからだという。

 王太子の訪問よりも大事な用とは何か気になりはするが、それ以上突っ込みはしなかった。

 ならば暑い夏を避けるためにセストナードにしようかと思えば、こちらも拒否だ。

 理由は大切な客人が訪れるため、応対が出来ないと。

 こちらも王太子よりも大切な客人とは何だと思ったが、持て成しが出来ないのだと言われては引き下がるしかない。

 ならばという事で、ノルドヴェスト地方に来ている。王都の遥か北西だ。

 春の視察が南東であったため、バランスとしては悪くないだろう。

 以前と同じく大人数をぞろぞろと引き連れて、四日間もかけて訪れた。

 なのにこれだ。

「殿下、今はランカスタ伯がいないという事で、案内は出来ないと……」

 どういう事だ。先に様子を尋ねて、来ても良いという事だからやってきたというのに。

 サンコスタでは前領主夫妻とその家族が暖かく迎えてくれた上に、直接案内まで買って出てくれた。

 なのにこちらでは、領主の家族どころか使用人すら顔も出さないときたものだ。

 舐められているのか。

「出来ないのであれば構わん。こちらで勝手に見させて貰おう。文句など出まい、あちらがどうぞと言ったから来たのだ」

 あの軍人然としたここの領主は、あまり政治的なものに興味がないと見える。

 セストナードに敵愾心を持っている割には、政治的にどうこうしようという意識もまるで見えない。

 要は軍人そのものなのだろう。

 王家に忠誠を誓い、仕えはするがそれ以外には興味無し。ただし嫉妬心は一人前だ。

 ノルドヴェストは幾つか特殊な産業があるものの、全体的には税収は乏しい。

 領地の殆どが山地であり、冬場などはほぼ全てが雪で埋まってしまう。

 夏にここを指定したのは涼しいからというのもあるのだが、冬場では何も見られなくなってしまうのだ。

「この地には冬場に凍る港があったな。まずはそこだ。あとは醸造酒の製造所に片っ端から当たれ。見られる所で一番大きい場所を見る。その後、領主邸に行って、見られなければもう帰るぞ」

 長居する価値はなさそうだ。それよりも道中で民の様子を見る事が先決だろう。

 貴族が見ていないというのであれば、こちらの好きにやらせてもらうだけだ。



 エストラルゴで雇った初老の御者と馬車で、ナズナと二人、東へと向かっている。

 昼前にテルマエシタへの分岐を通り過ぎると、徐々に緑は薄くなり、街道の周辺には岩場が多くなってくる。

 ここからもう数時間も行くと、大きな渓谷となる。

 時々馬車とすれ違いはするものの、その数はあまり多くない。

 体感出来ないほどの下り坂を、二人と一人を乗せた馬車はゆっくりと進んでいく。

「寂しい所ですね」

 向かいに座っているナズナがぽつりと口にした。

「この辺りは夏場にはかなりの高温地帯となるそうです。あまり植物が育たないのでしょう」

 現に、分岐を過ぎた辺りから車内の温度が上がり始めたので、トリシアンナは熱操作系第一階位『ラフレ』で冷却を続けている。

 外はかなり暑くなっているだろうが、御者は帽子こそ被っているものの、長袖を脱ごうとはしない。

 日に焼かれるよりはマシと言ったところだろう。

 この暑さでは馬もそう長いこと歩き続ける事は出来ない。渓谷に入れば日陰も多くなるので多少マシにはなるだろうが。

 窓から前方に目をやると、長い下り坂の先に巨大な渓谷が広がっている。

 切り立った崖が段々に道の両側にそそり立ち、無機質な岩場を晒している。

 ところどころに地面を覆う茶色い草が生えているだけで、後は一面岩、岩、岩だ。

 いつの間にか自分達もその景色の中に取り込まれている事に気がついた。

 熱波で行く先に陽炎が揺らめいている。

 視界は悪く、屹立する岩のせいでほぼ街道とその周辺しか見えない。

 だが、トリシアンナはその見えない岩陰に幾つかの気配を感じ取った。

『ナズナ、お願いできますか』

 気配のある位置を直接伝達で教える。

「お任せ下さい」

 扉を開けで外に飛び出すやいなや、侍従服の忍びは右前方の岩陰に飛び込んだ。

 音も立てずに岩陰から出てきたナズナは、覆面をした人間を一人、引きずっていた。

「ひえっ!?な、なんです?」

 驚く御者に向かって呼びかける。

「賊です。慌てずにそのまま進めて下さい。連れが排除していきますので」

 数は5人。姿を見せていないため、一人がやられた事にも気づいていない。

 おそらくは馬車が通り過ぎるのを音で確認してから、囲むつもりだったのだろう。

 先行してナズナが無音で奔る。二人、三人と同じ様に戦闘不能にして街道へと引っ張り出す。

 流石に異変に気づいたのか、隠れていた残りの二人が姿を現した。

 既に半数がやられたというのに感情に変化は無い。不意打ちでなければ短剣を手にした侍従姿の女になどやられないと思っているのだろう。

 覆面は黙って武器を抜いた。刃渡りの短い曲刀だ。

 声を出さない辺り、相当に手慣れていると見て良い。何度も馬車を襲い慣れているのだろう。

 しかし、相手が悪かった。

 肉体強化をかけたナズナが、一跳びで間合いを詰める。

 慌てて得物を振り下ろそうとした男の片割れは、腕を切り裂かれて武器を取り落とす。

 もう片方が彼女を捕まえようと手を伸ばすが、こちらもすり抜け様に脇腹を浅く割かれて小さくうめき声を発した。

 二人共受けた傷は軽症ではあるが、びくりと震えるとその場に崩れ落ちた。

「即効性の気絶を伴う麻痺毒です。3時間もすれば目を醒ますでしょうが……お嬢様、どうなさいますか」

 止まった馬車に近寄ってきて言った。

「縛って日陰に転がしておきましょう。宿場町についたら、近くの警備隊か司法官に連絡を取ってもらえば良いでしょう」

 渓谷を抜けたすぐの所に町があるはずだ。あと2時間もあれば到着するだろう。

 ナズナは手慣れた様子で男たちを縛り上げた。

「では、わたくしが先に行って知らせてきます。お嬢様は馬車でごゆっくりどうぞ」

「ええ、それではお願いします」

 彼女は荷物さえなければ馬車よりも走ったほうが早い。

 毒がいつまで持つかはわからないし、知らせるなら早いほうが良いだろう。

 侍従は物凄い速度で街道を走っていった。相変わらず人間離れしている。

「それでは、参りましょうか。お願いします」

「へぇ!?は、はい」

 御者は目を白黒させながら、それでも馬車を動かした。

 彼には彼の仕事だけしてもらえれば良い。面倒事はこちらで片付けるのだから。


 緑が徐々に戻りだし、周辺から岩が少なくなり始めたなと思った頃、最初の目的地である宿場町に辿り着いた。

 ゾナと呼ばれているこの地はエスミオ地方で最も西にあり、王都方面へ向かう最重要拠点として利用されている。

 気温の高さは相変わらずだが、道の両側に連なる家々や商店の軒が非常に長く、人の歩く場所殆どが日陰となっている。

 暑い場所ならではの工夫といったところだろう。

 軒下には馬車で通るには低すぎる場所もあるので、当然ながら軒の無い広い道の真ん中を通っている。日が当たって暑い。

 御者に言って浴場が近くにある宿へと案内してもらう事にした。

 町の入口から街道の延長としてずっと伸びている大通りを進んでいると、先でナズナが手を振っているのが見えた。

「お嬢様、この町の警備隊への連絡が終わりました。すぐに人を向けるそうです」

「ご苦労さまです、ナズナ。乗って下さい、宿まで行きましょう」

 乗り込んできたナズナは、流石にこの熱波の中を走ってきたので少し汗をかいている。

 展開している『ラフレ』に『ブリーズ』を乗せてそよ風を送ってやった。

「ありがとうございます、お嬢様。それにしても、お嬢様といいディアンナお嬢様といい、良くそのように同時に術が展開出来ますね。私がやろうとすると、集中が乱れて暴走しそうになります」

 そういえばこの同時展開はかなり難しいものだと、以前宮廷魔術師が言っていた。

「コツがあるのです。別々に構成を編むのではなくて、重ねるようにして展開していくのです」

「重ねるように……ですか。申し訳ございません、今ひとつ意味が良く」

 わからない、か。これは感覚的なものなので何とも説明し難いのだが。

「簡単なものから練習していけば段々慣れてきますよ。一度、得意な水撃系の下位でやってみてはどうですか?」

「はぁ、左様ですか……そう仰るのであれば、精進してみます」

 真面目に考えなくても、複数同時に使えれば便利だ。その程度の動機で良い。

 このナズナはかなり器用な魔術の使い方をする。

 自己強化をかけたり解いたりが非常に早く、その合間合間に別の魔術を使ったりしている。

 普通の人間がそんな事をすれば、肉体の変化に耐え切れず、激痛にのたうち回ったりするはずだが、その様な様子は一切見られない。

 これだけの事ができるのだから、同時展開も割とすぐに出来るようになるだろう。

 馬車の速度がゆっくりと落ちていき、一つの宿の前で止まった。

 思っていたよりもかなり大きな宿だ。御者は先に降りて宿に入ると、すぐに戻ってきた。

「お部屋は空いているそうです。お嬢様方、明日はどうしましょう」

「朝の7時頃に迎えに来て下さい。はい、これは今日の分です。明日も宜しくお願いしますね」

 ここまでの運搬料として金貨を一枚渡す。二人用の馬車で移動する距離にしては高額だが、料金を渋って明日来ないで逃げられては困る。なので少し多めに渡したのだ。

 御者は大喜びで荷物を下ろすのを手伝うと、手を振って行ってしまった。

「それにしても、大きな宿ですね。なるほど、あの御者さん、中々に強かです」

「どういう意味でしょうか?」

 こういった宿場町では、馬車と宿にある種の取り決めがあったりする。

「つまりですね、馬車が客引きの役割を担うのですよ。人を運んできた御者が、いくつか提携している宿に連れてきた客を紹介する。すると、宿泊料の中からいくらかのマージンを頂けるのです」

 知らない場所に来た旅人は、大体その町の宿を知らない。

 なので、紹介すると言って自分と提携している宿へと案内するのだ。しかも出来るだけ宿泊料の高い宿へ。

 これだけ大きな宿なのだから、宿泊料金も相応だろう。

 初老の御者は多めの運搬料に加えてマージンで小遣い稼ぎ。喜んで荷下ろしを手伝ったのも頷ける。

「なるほど……良く考えるものですね」

 宿の質さえあれば別に悪い事ではない。ただ、ぼったくり宿なんかに案内されれば噴飯ものだろうが。

「まぁ、私達は別に損をするわけではないので良いでしょう。割高な宿も、安全性を考えれば今はそちらのほうが有り難いでしょう」

 変に安宿に泊まって盗難にでもあっては意味がない。所持品の中には高価なドレスや多少の宝飾品なども入っているのだ。

 ナズナと一緒に大きな鞄を背負って宿へと入る。すぐに受け付けらしき男性がやってきた。

「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」

「ええ。出来るだけ良い部屋をお願いします。支払いはサンコスタ領主のスパダ商会止めで」

 言って兄から渡されている領主の印が押された証紙を見せる。

 支払いに関する規定に許可を出してある、公文書扱いの重要書類だ。

「かしこまりました。ご案内します。ご夕食はいかがなさいますか?」

「お願いします。こちらにはレストランが?」

「ございます。一階の入り口左手、あちらになりますので、午後5時以降、お好きな時間にお越し下さい」

「ありがとう」

「では、こちらに」

 男性は中央にある大きな階段を登り始める。2フロア上がった後に廊下を歩き出した。部屋は三階だ。

 と、向こうから侍従を連れて、見た事のある顔が歩いてくる。

「ゲルハルト様!ゲルハルト様もこちらの宿にお泊りでしたのね」

 なんと、あろう事かこの地方の領主、ゲルハルト・フォン・エッシェンバッハが現れた。

「おや、トリシアンナ殿ではありませんか。ははは、やはりトリシアンナ殿もこの宿に目をつけられたのですな。何しろ、ここがゾナで最も大きな宿ですからな」

 となれば、彼と会ったのは別に不思議ではない。

 ゲルハルトはこれから王都で近況報告だ。日程は兄の後なので、丁度今日、この町に宿泊しているのだろう。

 町の最も大きな宿で一番良い部屋を頼めば、必然的に同じフロアになる。

「ええ、ゲルハルト様はこれから近況報告に向かわれるのですね?無事をお祈りしておりますわ」

「ありがとう、トリシアンナ殿。それと、急に呼び立てして大変申し訳なかった。孫にトリシアンナ殿の事を話したら、どうしても会いたいというものでな」

 白々しいがそれはお互い承知の上の話だ。こちらも完璧な笑顔で応じる。

「そんな。ゲルハルト様のお孫様にお会い出来るなんて光栄ですわ。今回はエスミオダスでご一緒できないのは残念ですけれど、以前王都で仰っておられたデザイナーの件、また機会があればご紹介下さいね」

「おお、そうであったな。次に来られた時には是非。ハインリヒと孫のヴィリーには宜しく言ってあるので、どうかエスミオダスを楽しんで頂ければ」

 それでは、と言ってゲルハルトは階段を降りていった。

 彼は自分と相対する時だけは敵意を引っ込めている。これは、こちらを他の貴族と同じ様には見ていないという事だ。

 純真で無垢な令嬢を演じきれている事に満足する。これは一つの武器になるからだ。

 気を取り直して案内を再開した従業員の男性は、先程よりも緊張している。

 支払いの所で薄々分かってはいただろうが、この地の領主たるゲルハルトと親しげに会話をしていたことで、後ろにいる少女が何者なのかを確実に認識したのだろう。

 部屋について荷物を下ろすと、どっと旅の疲れが出てくる。

 トリシアンナは近くにあった椅子に腰を下ろした。

「驚きました。まさかエスミオ領主と出会うとは」

 ナズナが部屋につくと同時に言った。

 偶然といえば偶然だが、確率的にはそう低い事ではない。

 今回、トリシアンナが指定された日に間に合うように兄はいつもより一日早く出発した。

 日程的にゲルハルトとトリシアンナがこの町で交わるのは必然だ。

 選んだ宿はたまたまだが、領主ともなれば一番良い部屋を取っているのも当然だろう。

「王都と違って面倒くさい事は無しです。毒にも薬にもなりません。いや、どちらかと言えば薬でした」

 単独で彼に会った事で、彼の自分に対する認識が確定出来た。

 加えて言えばここでゲルハルトに会った事をハインリヒに伝えておけば、早々無茶な事は出来ないだろう。

 王都で出会ったハインリヒはまだ未熟に見えたが、父のゲルハルトは相応に貴族だ。つまり、体面を気にするだけの理由がある。

 対応が悪ければ、変な事をして親の顔に泥を塗るつもりか、という牽制になるのである。

「先にお風呂にしましょう。ナズナも走って汗をかいたでしょう?受付で近くの浴場を聞いて、でかけましょう」

 理解できなくて怪訝な顔をしている侍従を促して、着替えと剣だけを持って部屋を出た。


「あの剣を置いてきても良かったのですか?」

 湯に二人で浸かっていると、ナズナが聞いてきた。

 持ち出したのは白いショートソードの方だ。カサンドラは宿に置いてある。

「ええ。必要になって振り回すにしても、あの剣は少し過剰ですから」

 強力な魔物と対峙するならばまだしも、街中でそんなものが必要になるとは思えない。

 更に、共同浴場のロッカーよりは宿の方が盗難にあう可能性も低いだろう。

 万が一盗まれても、カサンドラは自分以外には抜けない上に、自分ならどこにあるかが近づけばすぐにわかる。あんなに金ピカの色を出している武器など、他に無いのだ。

 どこにでもある特徴の無い風呂から上がり、部屋に戻ってきた。

「少し休憩したら食事にしましょうか。ここではどんな料理が出るのでしょうか、楽しみです。あぁ、侍従服は着替えてくださいね」

 侍従が同じ食卓を囲んでいては目立ってしまう。体面というものがあるのだ。

「はあ、それは構いません、が」

「どうしました?」

 ナズナが目を細めている。

「入られましたね。物や荷物の配置がほんの少し変わっています」

 良く気づくものだ。

「盗られたものは?」

「確認します」

 ナズナが荷物を漁っている。自分も持ち物を確認した。

 置いていった剣はそのままだ。抜けない剣など誰が好き好んで持っていくものか。

 売り払おうにもすぐに足がつくだろう。

 他にも盗られたものはない。宝飾品や着替えもそのままだ。

 ただ、入れてあった衣類の順番が変わっていたので、やはり一度出されたのだろう。

 盗られていなくても、下着などを触られたのは少し気分が悪い。

「盗難は無かったようです。宿には届け出ますか?」

 少し考える。どうするべきか。

「やめておきましょう。盗られたものが無いのであれば、騒ぎを大きくしたくありません。宿としても最上級の部屋に勝手に入られたとなれば、ただで済ませる事もないでしょうし」

 逆にこちらの狂言を疑われても困る。痛くもない腹は探られたくない。

「ナズナが着替えたら食事に行きましょうか。入られたのは気持ちが悪いですが、どうせ一泊だけです」

 何も盗っていないというのが逆に気持ちが悪い。他に目的があったという事だろうが、一体何を探していたのか。

 そもそも部屋には鍵を掛けてあったのだ。

 戻った時にもかかっていたし、宿の従業員でもなければこんな事は出来ないだろう。

 鍵を持っていなければ、内側からしか掛けられないのだ。

 ぞくりとした。

 慌てて室内に人がいないか探る。もし、部屋にまだ侵入者が潜んでいれば……。

 ほっとした。部屋に自分たち以外の人はいない。

 窓も確認してみたが、全てきっちりと閂が掛かっていた。

「どうしました?お嬢様」

「いいえ、なんでもありません。着替えが終わったのなら行きましょうか」

 美しい令嬢に変身したナズナと一緒に食事へと出た。

 どうにも気になって、美味しいはずの食事の味を殆ど覚えていられなかった。

 寝る段になって、ナズナが一晩中見張りとして起きていると言い張るのでやめさせた。

 何も盗っていないという事は自分たちが身につけていたものが目的だ、という理由である。となれば、睡眠中に侵入してくるはずだという彼女の論理は正しい。

 だがしかし、冷静に考えて二人もいる部屋に音もなく忍び込むなどほぼ無理であろう。

 どちらかが必ず気づくのだし、無理して起きている意味もない。

 それでも頑として譲らないナズナに、入り口に剣を立てかけておくことで妥協させた。

 こうすれば、誰かが扉を開けて入ってくれば剣が倒れて音がする。

 流石にその音に気づかず寝ているナズナではないだろうし、それならば、と納得してくれた。

 結局は誰の侵入も無く翌日を迎えた。一体なんだったのだろうか。


 早めに宿のレストランで朝食を取って、支払いのサインを書いてから宿を出る。

 奇妙なことはあったが、やる事は変わらない。

 上機嫌でやってきた御者に挨拶をして馬車に乗り込んだ。

「ここからエスミオダスまでは近いのですよね」

 ナズナに確認してみる。

「はい。警備隊の詰め所で待っている間に聞きましたが、およそ4時間程度で着くそうです」

 エスミオ領は広い。

 山脈に囲まれた盆地という地形で、周囲には険しい山々が連なる。

 東の端まで行けば海があるものの、どれも波に削られた入り組んだ地形が広がっている。

 港もあるにはあるが、地形上大きな船が着く事ができないので、小さな漁村ばかりである。

 加えて山々がエスミオダスまでの行く手を阻むので、交易も殆ど行われていない。

 エスミオが誇るのはその山々から得られる鉱石や金属である。

 他の領地と比べても圧倒的にその割合が高く、冶金や鍛冶、金属加工の技術が群を抜いて高い。

 発掘、精錬されたものが運ばれてくるのが主要都市であるエスミオダスであり、各領地への輸出にかかる利便性を考えて、比較的宿場町に近い所に成立したのだ。

 集積地となる街もエスミオダスの北、東、南にそれぞれ一つずつあり、ゾナの町を含めると地図上ではエスミオダスを中心とした少し歪んだ十字の形に町が配置されている。

 主要都市が港湾都市一つだけのサンコスタとは違い、人口や都市規模だけで見ればエスミオの方が圧倒的に大きい。

 無論、領地の大きさがそのまま領主の力となるわけではないのだが。

「例の村の人達は、北部の出身だと言っていましたよね」

「見に行かれますか?」

 エスミオダスの北にある街はフレドロッカという。

 地図で見ればエスミオダスから馬車で6時間程度というところだろうが、そこから更に先ともなるともっと時間がかかるだろう。

 馬車でなく魔術で移動すればもっと早く着くだろうが、時間的にはかなり厳しい。

「いえ、今回はやめておきましょう。この後セストナードにも行かなければならないのです。時間がありません」

 ただ、支援物資をどのような形で分配しているかは調べておきたい。

 直接聞くには憚られるので、それとなく聞く形で聞き出してみよう。

 エスミオダスまでの街道は意外に往来が多い。

 距離的に徒歩で移動する者もいるのか、馬車だけでなく冒険者や大きな荷物を担いだ商人とも結構すれ違う。

 王国有数の工業地帯という事もあって、商品の仕入れを行う商人が多いのだろう。

 当然、その道中を護衛する冒険者の需要も高い。

 冒険者協会の支部もそれぞれの街にあるため、依頼の数も相当多いだろう。

 故にここを拠点とする冒険者も多い。

 馬車に揺られていると、程なく大きな都市の外壁が見えてきた。

 王都ほどとは言わないが、拡張後のサンコスタのそれよりもうひと回り大きい。

 全体的に黒を基調とした石が使われていて、こちらもサンコスタとは対極に感じられる。

「街に着いたら宿を探しましょうか」

 御者に話しかけてお勧めの宿を聞くと、喜んでご案内しますと言われた。

「あの、もう一つ聞きたい事があるのですけれど」

 考えていた事を口に出す。

「ひょっとして、御者さんに私達を特定の宿に連れて行って欲しいとお願いされた方がいらっしゃいませんか?いえ、別に責めているのではありません。」

 御者が怯える感じが視て取れたので、慌てて補足する。

「御者さんと宿に関係があるのは知っていますし、それを咎めるつもりもありません。得体の知れない宿に泊まるより、その方が私達も安心ですから。そうではなくて、宿の方以外に、ひょっとして私達を気遣ってこっそりと誘導して下さった方がいるのではないかと」

 相手が善意でしてくれた事を知っていますよ、とアピールする。

「ああ、そういう事でしたか。はい。エスミオの領主様の遣いという方から、こっそりそのように取り計らうようにと承っていまして」

「やはりそうでしたか。気を回していただいたようですね。すみません、ありがとうございます。貴方が仰ったとは絶対に言いませんので、安心して下さい」

 来る日が分かっているのだ。エストラルゴで見張っていれば、どの馬車を使うかなどすぐにわかる。あとは接触すればいい。

 ナズナがこちらをじっと見ている。言いたいことは分かる。

 彼女の鉄面皮はこういう時にも役に立つ。実に優秀な専属侍従だ。

「それでは、指定された宿に案内していただけますか?出発は翌々日になりますので、ゾナの時と同じ7時にお願いします」

 ほっとした様子の初老の御者は、承知しましたとにこやかに返事をした。


「あちらが何を見たかったのかが分かりませんが、やはり侵入者はエスミオ領主家の差金でしたね」

 通された宿の一室で漸く口を開く。

「分かっていらしたのですか?」

「確信はありませんでした」

 日程が知られているという事を考えれば、もっと早く気づくべきだった。

 大きいとは言え平民に過ぎない宿の経営者が、その地の領主の意向に逆らえるわけがない。

 領主の遣いとやらは宿から鍵を受け取って堂々と入ったのだ。

 おそらくは入ったことも気付かれないと思っていただろう。仮に気付かれて騒がれても、何もなくなっていないのであれば宿としても対応は小さくて済む。

 評判は下がるが、領主に睨まれて商売が出来なくなるよりはマシだ。

「どうされますか?ここも息が掛かっていると見て良いでしょうが」

「放っておきましょう。何かが盗られるわけでもなし、知りたい情報も恐らく私達は持っていません。下着を触られるのは嫌ですが、その程度であれば害はありません」

「ですが……」

 尚も言い淀むナズナに続けて言う。

「寧ろ、気付いていない振りをした方がこちらに有利でしょう。何も見つからなかった以上は、相手が何を探りたいのかが必ず会話の中で出てきます。言ってみれば、あちらは何もないこちらを探って墓穴を掘ったのです」

 どうせ大したことではないだろう。自分が持っている秘密は、自分にしか分からないものだけだ。

 サンコスタだって必要な情報は全て開示している。何も後ろ暗い事は無い。

 どうにかして弱みを握りたかったのだろうが、末子にしか過ぎない自分の知っている事など高が知れているのだ。

「面会は明日です。今日は街をうろついて、食事と情報収集といこうではありませんか」


 領主の邸は街のど真ん中にあった。

 広大な敷地を専有しており、広い庭を大きな高い金属柵が囲っている。

 ナズナを伴って邸を訪れ、扉の前に立っていた警備兵に話しかけると、その場で暫く待たされた。

「仮にも領主の娘を外で立ちん坊で待たせるとは」

 ナズナが怒りも顕わに呟く。

「怒ってはいけませんよ、ナズナ。こういったところから相手がこちらをどう見ているのかを推測するのです」

「お嬢様は寛容過ぎます」

 別に寛容な訳では無い。怒っても意味がないと思っているだけだ。

 それに、怒るのは周りの皆が先にしてくれる。

 両親も、兄も、姉も、使用人の皆も、そしてナズナも。

 こちらが怒る前に先にぷりぷりと怒り出してしまうのだ。

 そうなってしまうと自分も一緒になって怒れなくなってしまう。

 自分の代わりに、自分の為に怒ってくれる人が居るのは、とても有り難い事だ。

 どれだけ自分が大切にされているのかが良く分かる。

 だから、どうしても自分からは怒る気になれない。怒れないのだ。

 中から一人の執事らしき男性が走ってきた。別に急がなくても良いのに。

「大変お待たせしました、トリシアンナ様。侍従の方も、ご案内します」

 はぁはぁと息を切らせている。そっちの方が逆に失礼なのではないだろうか。

「慌てなくても結構ですよ。息を整えてから参りましょう。ほら、深呼吸をなさって下さい」

 見た感じそこそこの歳だ。無理をさせてぽっくり逝かれてはかなわない。

 背中を擦ってやると、執事は大きく息をした。

「お気遣い頂きありがとうございます。もう、大丈夫ですので」

「そうですか、では、案内をお願いします」

 にっこりと笑って促した。

 巨大な邸は内装もそれ以上に豪華だった。

 廊下にも一面に赤い絨毯が敷き詰められていて、壁には凝った装飾の照明がいくつも取り付けられている。

 廊下のそこかしこには甲冑や骨董品、彫刻などが置かれてあり、エスミオがいかに財貨を溜め込んでいるかがよく分かる。

 悪趣味という程ではないが、少々度が過ぎる感がするのは否めない。

「こちらです」

 言って執事は大きな扉をノックした。

「入れ」

「失礼します」

 通された部屋はこれまた豪奢な部屋だった。

 広い室内には応接用なのか大きな大理石のテーブルと高価な黒檀の椅子。

 天井から吊り下がる巨大な照明はガラス製で、魔力光を反射して眩しく輝いている。

 何故か奥には巨大な天蓋付きのベッドまで置いてあり、ここは応接室ではないと強烈に主張している。

 中央のテーブル、正面に座っているのは王都でも見た男、ハインリヒ。

 脇に座っている、仏頂面の子供がヴィリーだろう。

「お久しぶりです、ハインリヒ様。初めまして、ヴィリー様。トリシアンナ・デル・メディソンと申します」

 恭しくカーテシーを行うと、若干ヴィリーの感情が動くのが視えた。

「おお、トリシアンナ殿、遠い所、遥々お越しいただき感謝する。ほら、ヴィリー」

 促された子供は、仏頂面を引っ込めて薄笑いを浮かべた。

「ヴィリーだ。よろしく頼む」

 年齢はクリストフと同じぐらいだろうか。精神年齢は並ぶべくもなさそうだが。

 ぞんざいな口調の少年に、トリシアンナはにこりと笑顔を投げた。

「長旅でお疲れだろう。さぁ、こちらの席に。昼はまだだろう?今用意させているので、ご一緒しよう」

 ヴィリーの向かいにある席に促される。というか、椅子はそこにしか置いていない。

 石造りのテーブルに、向かい合うようにして座る。どう見てもこれは見合いだ。

 目の前に座る、少し顔にそばかすの浮いた小太りの少年に微笑みかける。

 視えている感情は紫。おいおい。

 クリストフと同じく多感な少年期であるので仕方がないとは言え、初対面の相手にいきなり性欲を向けるとは。

 こちらは別に露出の多い格好はしていない。下着こそいつも王都で着用しているようなものだが、そんな事を目の前の少年が知っているはずもない。

「ヴィリー様は、何かお好みのご趣味でも?」

 無難な話題を振ってみる。

「趣味か、そうだな、狩りだ」

 言葉少なに答える。狩りとな。意外や意外。

「まぁ、そうなのですね。では、魔術などを使用して?」

「あぁ……まぁ、そうだな。魔術も使う。武器はあまり使わない。使うのは専らこの身体だけだ」

 妙な言い方をするものだ。だが、魔術に堪能であれば武器は必要無い事も多い。

 姉のディアンナもタクト以外に武器らしい武器など持っていない。

「強靭な肉体をお持ちですのね、素晴らしいですわ」

 どうみてもそうは見えない。見えないが、もしかしたら似合わない貴族の服の中は鋼の肉体なのかもしれない。人は見かけによらないものだ。

 わたくしも狩りが得意ですのよ、とは流石に言うわけにはいかない。

 まさか伝説の剣を振り回して野山を駆け回っているなどと言い出せるはずもない。

 勿論、今日は二振りの剣は宿に置いてきてある。

 敵地に乗り込むのに丸腰とは頼りないことこの上ないが、流石に貴族の邸にドレスを着たまま剣を持って入るわけにもいかない。

 ヴィリーからはそこから話題の展開は無い。普通、この場合『トリシアンナ殿は?』とでも聞き返すものだろう。

 折角読書を少し、とまで答えを用意してきたのに、肩透かしである。

 困ったな、どうしよう。見合いってどういう話をすれば良いのだっけ。ああ、そうだ。

「ハインリヒ様、ゾナの町でゲルハルト様にお会いしました。例のデザイナーの件は、次に来た時にでもと」

 これを言っておかねばならない。

「おお、それは偶然だったな。なんとも奇遇な話だ。そうか、父上がそのように。いや、申し訳ないな、近況報告に日取りを重ねてしまって」

 わざと重ねておいて良くもまぁ言うものだ。

 こちらは気付いた振りをおくびにも出さずに答えておく。

「お忙しい身の上ですもの。仕方がありませんわ。お食事をご一緒出来なかったのだけは残念ですが。ヴィリー様は、王都に行かれた事は?」

 ここで自然に振っておく。話の流れも途切れていない。

「処女魔術の報告時に、一度。まぁ、大したことは無かったが」

 何が大したことは無かったのだろうか。王都が?城が?魔術を見せることが?どうにも主語がはっきりしない。

 処女魔術が何であったかを聞くのはやめておいたほうがいいだろう。

 仮に聞いて、公称である自分の『ウィンドカッター』よりも低い階位だったりすれば気まずくなる。絶対に何だったか聞かれるのだから。

「大変な自信ですのね、尊敬致しますわ」

 もう褒め言葉も陳腐にならざるを得ない。他にどう言えば良いというのだろうか。

 しかしそれでもヴィリーは気分を良くしたようで、得意げに笑っている。

 まぁ、要は子供なのだ。

 身体は大人になりかけてはいるが、恐らく相当甘やかされて育ったのだろう。

 まともに叱られたこともなければ、褒めちぎられてここまで来たのだ。

 いや、自分とてそれはもう相当に甘やかされて来たが、きちんとした教育は他者を慮る事の出来る人格を作るのである。

 少なくとも王太子や自分と比べれば、この少年は遥かに精神が幼い。

「王都と言えば……私も王都に何度か行きましたがそこで泊まった宿は大変素晴らしかったです。あそこまで出来る宿というのは中々無いと思いますが」

 お前らが宿を用意したんだろ、風呂ぐらいつけておけと少しだけ愚痴ってみる。

「ヴィクトリア・インの事ですかな。確かに、あそこまでの設備は他にありませんな。サンコスタには?」

 お前たちにも出来ないくせに求めるな、という事だろう。

「残念ながら。海の男達には中々その風情を理解してもらうには難しいようで。お風呂だけは沢山あるのですけれど」

「ははは、いや、サンコスタにはスパダ商会の本店もあるではございませんか。ご謙遜を」

「生憎と波の音がうるさい田舎街ですので……音といえば、ここに来る途中の町で、変な噂を耳にしたのですが」

 少々こじつけすぎたか?

「ほう?何でしょう」

「なんだか、末端の町にまで物資が届いていないとかなんとか……一体何の事でしょう?」

 具体的に言ってしまうと勘付かれる恐れがある。多少暈して、少しでも聞き出せれば良しとすべきだ。

「物資、ですか。あぁ、人道支援の物資ですかな?いやいや、そんな事はありませんよ。我々がきちんと、村として登録されているところに抜かり無く配っておりますので」

「人道支援ですの?まぁ、そんな事もされていらっしゃるのですね。そうですよね、ゲルハルト様やハインリヒ様のように立派な方がいらっしゃるのですもの。間違いなど起こるはずがありませんわ。きっと人さがないただの噂話ですわ」

 これ以上は無理だろうと判断した。登録している村、という情報が得られただけでも十分だ。

 しかし、これだけ話をしていてもヴィリーは全く絡んでこない。

 話題が無いのか、興味がないのか。仮にも貴族としてそれはどうなのだろうか。

 如才なく微笑んでいるしかなく、少しだけ居心地が悪い。

 部屋の扉がノックされ、昼食が運び込まれてきた。助かった。

 食べている間は口を開かなくてもおかしくないのである。食事万歳。

「ささやかだが昼食を用意させてもらった。お連れの侍従の方にも、後で別室に用意してあるので、遠慮なく召し上がって欲しい」

 意外に気の利いた事だ。まさかナズナの分まで用意してくれているとは。

「お気遣い、大変感謝いたしますわ」

 普通はそんな事はしない。何か裏でもあるのだろうかと考えてしまうのが貴族の習性である。

 だが、取り敢えずそれは後に置いておこう。目の前には料理が並んでいる。

 食べ物に罪は無い。遠慮なく頂くとしよう。

「それでは、ヴィリーとトリシアンナ殿の出会いに感謝して」

 ハインリヒが葡萄酒の入ったグラスを掲げている。昼間から葡萄酒か。

 トリシアンナも渡されたグラスを掲げた。これも酒だろうか。

 口をつけてみる。なるほど、酒だ。

 初めて王都に行った時の事を思い出す。あの時は少し油断していたが、今は違う。

 目の前にいるのは優しい好意を寄せてくる王太子ではなく、性欲まみれのボンボンなのだ。ここで酔いつぶれれば、王太子殿下にも捧げなかったものを奪われてしまう。

 学習は人を強くする。酒精を分解しながら料理に手を付けることにした。

 結論から言えば料理はどれも大変美味しかった。

 王都の高級レストランで出されるのと遜色ないものだろう。

 だが、トリシアンナとて最近のヨアヒムの料理で舌が肥えている。

 まあまあだな、という感想だったが、当然の事ながら驚いたように褒めちぎっておく。

 持て成しを褒められて悪い気分になる人間はいない。それは誰であろうと同じだ。

 食後に運ばれてきた紅茶を前にして、一息ついていた。

「ふむ、今日も中々良かったぞ。料理長には礼を言っておいてくれ。さて、ここいらで一旦我々は退出しよう。お連れの方も、昼食を用意してあるので案内しよう。こちらへ」

 言ってハインリヒは、執事と侍従達を連れて部屋を出ていった。

 後は若い二人でごゆっくり、という事か。

 仕方なくナズナも部屋を出ていこうとする。

 心配そうに視線を向けてきた彼女に、安心しろと目配せをする。この場合、ナズナの方も危険がないわけではないのだ。

 一体どこの地方領主が、他所の付き人、平民の侍従に食事など用意するだろうか。

 外で食べてきなさい、が普通だろう。

 わざわざ部屋の外に連れ出すための口実に過ぎないことは明白だ。

 目の前に置かれた湯気の立つ紅茶を眺める。茶菓子などはない。

「どうした?」

 ヴィリーが怪訝そうにこちらを見ている。飲まないわけにはいかないだろう。

「いいえ、少し酔ってしまったようで」

 嘘である。酒精など全部、悪酔い成分すら分解してしまった。

「そうか、その紅茶はこの地の南で採れたものだ。酔い醒ましにも良いぞ」

 これも嘘だろう。そんな茶は無い。

 確かに茶の中には覚醒作用を持つ成分が入っているが、別段酔いの対極にあるわけではないのだ。

「そうですか、それでは、頂きます」

 飲むふりをして口に含む。水撃系魔術で成分を調べれば案の定、入っていた。

 この薬を彼に提供したのはこいつらか。

「すっきりしていて美味しいです」

 可能な限り高速で分解を始める。酒を飲ませて薬を盛るという手段を、同じ人間に何度も使うとは、脳天気なのか馬鹿なのか。あるいは両方か。

 分解はしているが、それでも強い薬だ。我慢できない程ではないが、眠気が襲ってくる。

「はぁ……ヴィリー様、申し訳ございません。なんだか眠くなってきてしまいました」

「そうか。そこにベッドがあるから、少し休んで行くと良い。時間はあるので気にしなくて良いぞ」

「そうですか、ありがとうございます」

 それにしても、罠にハメたつもりで自らが取り返しのつかないことをしていると、この子供は考えもしないのだろうか。

 こちらは仮にも貴族の子弟、立場でいえば領主の子ですらないヴィリーは、自分と同格だ。

 いずれハインリヒが後を継げば立場も変わるが、こんなことを仕出かして父や祖父の立場が危うくなるとは考えないのだろうか。

 あるいは、ハインリヒの考えなのかもしれない。

 この街の中であればもみ消せる、というのは流石に無理だろうが、籠絡さえしてしまえばどうにでもなるだろうという腹積もりだろう。

 本人が帰りたくないと言っているのでここに置く、と言えばそれまでで、後はトリシアンナに直筆の手紙でも書かせれば良いという単純な考え方だ。

 つまり、次にあるのは淫魔術。王太子殿下の時と全く同じだ。捻りも工夫も何もない。

 王都の時はアンドアインが居たから失敗したとでも思っているのだろう。

 事実、兄がいなければ危なかったが、自分は同じ手に何度も引っかかるような愚かな人間ではない。

 それに、敵地であるところに自分の大切な娘、妹が囚われたと聞いたら家族はどういった手段にでるか。

 それだけはさせてはまずいのだ。この地に住んでいる人々は、領主とは直接関係がない。

 経済と流通を滅茶苦茶にされ、挙句の果てに人知れず一晩でエスミオダスが灰になっていた、などという結末は流石に笑えない。

 ベッドに横になって薄目で見ると、ヴィリーはいそいそとこちらへと近づいてきた。

 寝ているかどうかを確かめているのだろう。気配が近づくと、突然唇に生暖かいものが触れた。

 目は開けない。ここは我慢するしかない。気持ち悪い。

 ごそごそと音がしている。先に脱ぐのか。自爆してくれるとは有り難い。

 再び気配が近寄ってきた。背中に手を回され、服を脱がしにかかられる。

 流石にこれで起きないわけにはいかない。

「ん……ヴィリー様?何を……」

 弱っている振りをして軽く押し止める。ヴィリーは既に下半身が裸だ。

「起きてしまったのか。まあいい。すぐに良くなる。さあ、俺にそのいやらしい下着を見せてみろ」

 何故自分の下着の事を知っている?まさか。このためだけに?

 強引に押し倒された。力は大したことは無いようだ。

「どうせお前は俺の妻になるのだ、少し早いぐらい問題は無いだろう?」

 あぁ、趣味の狩りってこういう事か。

 魔術も使う、なるほど、確かに魔術も使う。禁術の類だが。

 脱がされた肩口に手が触れて、構成が流し込まれようとしたとき、全力で声を上げた。

「いやああああーーーーー!!!!」

 途端に周囲の気配が騒がしくなる。

 いの一番に飛び込んできたのはナズナだ。

「お嬢様!」

「どうした!」

 次に来たのはハインリヒ。ナズナを追いかけてきたようだ。

 うまい具合に来てくれたものだ。一目散にナズナ……ではなく、ハインリヒに駆け寄ってその胸にひっしと抱きつく。

「ハインリヒ様!ヴィリー様が、ヴィリー様が!」

 さて、問題。息子が下半身を露出した状態で立ち尽くしており、衣服をはだけられた客人が自分に抱きついて泣き叫んでいる。

 騒ぎを聞きつけた侍従や執事までもが部屋に入ってきている。

 この状況で彼が取れる行動とは一体何だろうか。

「ヴィリー、お前……大切な客人に何たる事を」

 当然、こうなる。

 仮にこのやり方をハインリヒが仕込んだものだとしても、薬が上手いこと効いておらず、淫魔術も失敗した状況と見て取れる。

 であれば、被害は最小限に押し止めるしかない。

「ハインリヒ様……うぅ……」

 自分の泣き真似も堂に入ったものだ。女はこうやって男を殺す。

「トリシアンナ殿、済まなかった。私の馬鹿息子が大変なことを……さぁ、こちらへ。お召し物を」

 ヴィリーは放って置かれた。よく見れば、何人かの侍従が冷たい目でヴィリーの方を見ている。彼女たちも恐らく被害者なのだろう。

 ナズナも今度は当然の様にして付いてくる。別室で彼女の手を借りて衣服を整えた。

「ハインリヒ様、申し訳ございません、私、動転してしまって。」

 涙声で訴える。決してヴィリーが悪かったなどとは自分から口にはしない。

「謝るのはこちらの方だ、トリシアンナ殿。全く、あの馬鹿息子め」

 失敗したことに怒っているのか、本当に怒っているのかの判断は見分けがつかない。

 できれば後者であってほしいものだが。

「ハインリヒ様、今日のところはお嬢様を連れて宿に帰ります。宜しいですね」

 ナズナが言うと、何故か怯えたようにハインリヒは首を縦に振った。

「あ、あぁ。その方が良いだろう。し、しかしトリシアンナ殿、その……」

 何が言いたいかは分かる。こちらの口の堅さに期待するしかないのだ。

 大きな貸しを一つ。

「ハインリヒ様、今日あったことは、誰にも言いません。きっとヴィリー様も何かの気の迷いだったのでしょう。高潔なエッシェンバッハの方が、突然このような事をなさるはずがありません」

「そうか……重ね重ね、申し訳ない。貴女のような淑女に辛い思いをさせてしまって」

 安心は出来ない。何故なら少女が親から問い詰められれば必ず白状してしまうからだ。

 それが彼に課せられた時限爆弾であり、これから常に怯える事となる。

 目撃者も多い。人の口に戸は立てられない。

「それでは、わたくしたちはこれで」

 ナズナがそっとトリシアンナの肩を抱いて退出する。外に出た所に例の執事がいたので、出口まで案内してもらった。


 昼食が用意されていると言われてナズナはハインリヒの後について歩いていた。

 そんなわけがない。侍従にわざわざ別に用意するなど、メディソン家であれば兎も角、他の貴族では絶対にあり得ないのだ。

「こちらです。どうぞ」

 恭しく部屋に入れるハインリヒ。いつの間にか他の人間はいなくなっていた。

 言われるがままに部屋に入る。確かにあの部屋に用意されてあったものと同じものが並んでいた。

 ベッドの横のテーブルに。

「君の名前を聞いていなかったな、何と言う?」

 尻に手をあてて引き寄せられる。

「ナズナと申します」

「ナズナか、良い名だ。王都で初めて君を見た時、大変気になっていてね」

 じっと見ていたのはそういう事だったのかと今更気付く。

 呼び出されたのはお嬢様だけではなく、自分もだったのだと。

「どうだ、報酬はメディソンの倍出そう。ここで働いてみないか?君のご主人様も、きっとここが気に入る事だろうし」

 そんな事は天地がひっくり返っても絶対に有りはしない。

 お嬢様の望まれる居場所は、家族のいらっしゃるあの邸だけだ。

「折角のお話ですが、丁重にお断りします」

「何故だい?君には特に想い人などいないだろう?」

「どうしてそう思われますか?」

 どこからそんな判断をしたというのだ、下らない。

「それは、その……普通は想い人がいるなら、何かしら持ち歩くものじゃないか」

 確かに自分は何も身に着けていないように見える。

 ナズナは黙って首にかけていた紐を引っ張り出した。

「この指輪は、ラディアス様に頂いたものです。内側に二人のイニシャルも入っています。この意味がお判りですか」

 その言葉にハインリヒの顔面が蒼白になる。

「ら、ラディアスだと?あの、騎士団長に唯一膝をつかせたという、騎士団の」

「そのラディアス様でお間違いは無いでしょう。それで?想い人が何でしたか?」

 紐から指輪を外して左手の薬指に嵌める。サイズを調べて買ってもらったのだ。ぴったりと収まった。

「い、いやいやいやいやいや!す、済まなかった!私が勘違いしていたのだ!な、なんでもない!ぜ、是非食事を楽しんでいってくれ、そ、それでは」

 慌てて尻から手を離して後退るハインリヒ。

 あの怪物の嫁を寝取ったとなれば、ただでは済まない。

 ハインリヒが部屋を出ようと扉を開けると、絶叫が聞こえた。

「お嬢様!」

「あ、ま、待て!」

 飛び出したナズナを追って、ハインリヒも駆け出した。


「我らが主が、大変ご迷惑をお掛けしました」

 別れ際に執事が深々と頭を下げた。

「お気になさらないで下さい」

 執事の手を取って弱々しく微笑む。

「何かの気の迷いだったに違いありません。貴方のご主人様を悪く言うつもりはありませんので、安心して下さい」

「重ね重ね、本当に……ハインリヒ様もヴィリー様も、昔はああではなかったというのに」

 その言葉をナズナは窘めた。

「それ以上は仰らないほうが宜しいでしょう。ただ、侍従の方々には良く話を聞いてあげて下さい。彼女たちの中には、きっと言えずに苦しんでいる人が居るはずです」

 ナズナも気付いていたようだ。あちらでも何かあったのだろうか。

「それでは、私達はこれで失礼します。お世話になりました」

 頭を下げたままの執事を尻目に、宿への道を戻っていく。

「はぁ、全く、捻りも何もないやり方ですね」

 唇をごしごしとハンカチで拭う。

「二度目、なのですか?」

「ああ、いえ。気にしないで下さい。使い古された手という事です」

 ナズナには王太子殿下とあったことは話していない。

「それよりも、そちらは何をされたのですか?」

 あのハインリヒはナズナに懸想していた。何も無かったわけではないだろう。

「尻を触られて、今の倍額出すから自分の妾になれと言われました」

「それはまた……命知らずな。それで、どうやって断ったのですか?」

 聞くと、ナズナは黙って左手を持ち上げた。いつもは嵌めていない指輪が光っている。

「あぁ……それはさぞかし強い薬だったでしょうね。なるほど、それで怯えていたのですか」

 ラディアスの女に手を出したとなれば、文字通り殺されると思っただろう。

 あの怪物には護衛など全く意味をなさないのだ。


 どうにか面会を”無事に”終わらせて、例の御者の馬車にのって来た道を帰る。

 多少疲れはしたが、想定の範囲内だったので無事と言っても良いだろう。

「そういえばナズナ、荷物を荒らされた理由がわかりましたよ。実に下らない理由でした」

「そうなのですか?一体何故」

「多分、私が彼らに『その気』があるかどうかを調べていたんだと思います。うっかりしていました。まさか下着を見られて『その気』があると思われるなんて」

 いやらしい下着を履いているのだから、当然そのつもりなのだろう、という実に自分勝手で浅はかな判断だ。

 それ以外にも、自分やナズナに意中の相手が居ないかどうかを探る意味もあったのだろうと推測できる。下らない。実に下らない。

「はぁ、なんですかそれ。脳みそにまで下半身が詰まっているんですか」

「そうじゃないですか。もう、バカバカしすぎてお兄様に報告する気にもなれません」

 まぁ報告はするが。

 勿論あったこと全て、洗いざらい告げ口しまくりである。

「報告はされますよね?」

「しますよ、何もかも。これでこっちの得点が3点ぐらい上がりました。1000点満点で」

 数字としては小さいかもしれないが、手札である事に変わりは無い。

 相手を怯えさせる事が出来るだけでも十分だと言える。

 ゲルハルトはこの話を聞いたらきっと激怒する事だろう。何を勝手な事をした!と。

 恐らく彼はそこまで大きな事は考えていなかっただろう。会った時の感情で分かる。

 単純に、可愛い娘を可愛い孫に紹介してやろうと、ただそれだけだった可能性が高い。

 こちらもなんだかどこかで見た構図だ。全く、どいつもこいつも同じ様な事しか考えられないのか。

 ただ、これはこれで大きな意味がある。

 ゲルハルトとハインリヒの間に不信感からの距離が出来れば、それはこちらへの手が緩むという事でもある。

 何と言ってもハインリヒはゲルハルトの後継者なのだ。再教育し直す、となっても不思議ではない。

 ヴィリーは、今のところ領主の器ではないだろう。あれはダメだ。ただのボンボンだ。

 まぁ、他所の後継者の話はどうでも良い。今は別の事を考えないと。

「エストラルゴまで戻ったら今度は北ですね。はあ、貴族の娘とはこんなに忙しいものでしたか」

「いつもは食事をして風呂に入っているだけですから。偶には働いてみても」

「失礼な。ちゃんと狩りも鍛錬もしています!」

「それは遊んでいるのと変わらないのでは……?」

「……あれ?そう言われればそうですね」

 そう言われればそうかもしれない。良く考えたら自分はただの自由人ではないだろうか。

 少し真剣に将来を考える必要があるかもしれない。



「この馬鹿者が!」

 ハインリヒは自室にヴィリーを呼び、激しく叱責していた。

「世間知らずの女一人堕とせんのか!あれだけ分量を間違えるなと言っておいただろう!」

 薬を盛り、催淫魔術を使ってものにしてしまえば良いと言ったのはハインリヒだった。

「し、しかし父上。分量は間違えておらず、トリシアンナも確かに眠っていたはずなのです」

「しかし現に、目を覚まして周囲の者に見られてしまったではないか。私は一体父上にどのように報告すれば良いのだ?」

 その言葉にヴィリーは青ざめた。

「お、お祖父様に話すのですか!?その、黙っているわけには……」

「ヴィルヘルムは父上の執事だ。黙っていても奴が話す。隠していた事がバレれば、私もお前もタダでは済まん!」

 老境の執事はゲルハルトの頃からの古株だ。

 彼が忠誠を誓っているのはゲルハルトであり、ハインリヒでもヴィリーでもない。

「そんな……俺は一体どうすれば」

 視線を彷徨わせるヴィリーに、父親は冷たく言い放つ。

「ありのままに報告するしかないだろうな。メディソンの末娘を堕とすのに失敗して、挙げ句その様子を皆に見られたと」

「そ、そんな!父上だって乗り気だったではありませんか!大体、彼女にその気があると仰ったのは父上ではないですか!どエロい下着を着ているぞと」

「う、うるさい!確かにあの娘はその様な下着を着ていたのだ、嘘ではないだろう!私も見たぞ、その、肩の隙間から……」

 ちらりと見えた胸元を思い出して、ハインリヒは少し鼻の下を伸ばした。

 抱きつかれたときに感じた甘い香りと、押し付けられた柔らかい感触を思い出す。

「父上……まさか、10歳の子に欲情されているのですか。それはあまりにも」

 ヴィリーの言葉に咳払いで誤魔化すハインリヒ。

「そんな事はない。兎も角、お前が失敗したことは事実なのだ、これは父上に報告せねばならんのは確かだ」

「父上だって、あの侍従をモノにしてみせると意気込んでおられたではないですか。そちらはどうだったのですか」

 その言葉に今度はハインリヒが青ざめる。

「あ、あの女はまずい。アレは、怪物の嫁だ」

「怪物?何の話ですか?」

「う、うるさい!とにかく、あの女はダメだ!お前も命が惜しくばあの女には手を出すな!」

 呆れたヴィリーは口を尖らせる。

「手を出すなと言われても、逃げられたではありませんか。大体、俺はあのような年増は好みではありません」

「逃げられたのではない!逃したのだ!も、もし万が一、この事をラディアスが知って怒れば……」

「ラディアス?あの、不世出の怪物と言われたラディアスの事ですか?」

 ハインリヒはぶるぶると震えて腕を大きく振る。

「その名前を出すな!私は見てしまったのだ、あの、競技会で全てを破壊する鬼神の姿を……」

「名前を出したのは父上ではないですか。だいたい――」

「うるさい!兎に角、お前は暫く女遊びは禁止だ!お前が手を出した侍従達も、同じ手を使ったのがバレてしまったのだぞ!結託されたらとんでもない事になる!」

「それを言うなら父上だってそうではないですか!そもそも、人数で言えば圧倒的に父上のほうが――」

 不毛で醜い言い争いは続く。

 ゲルハルトが返ってくるまでにどうにかと考えるハインリヒだったが。

 結局はどうにもならないのであった。



「まるで話にならんな。これがあの銘酒の産地と言われたシャトーフルグランスの実態か」

 クリストフは冷ややかな目を眼下の酒造所に投げかけた。

「自らの蔵で作るのは僅か。傘下の蔵の樽を買い取り、混ぜ合わせて自分の所で作ったと銘を付けて売っていたとは。おまけに魔術で抽出した酒精を加えて水増しまで」

 あまりにもお粗末な生産偽装だ。とはいえ、これは現地に来なければ見つけられないところだった。

 恐らく領主がいれば絶対にここは見せなかったであろう。適当な対応が裏目に出た形だ。

「この事はしっかりと報告書に書いて国王陛下にお知らせする」

 国を揺るがす大騒ぎになるだろうが、知ったことか。

 こんなとんでもない不祥事をひた隠しにしていた事に呆れ果てる。背任行為も良い所ではないか。

 この酒造所の酒精割合が高くなりがちなのはかなり前から言われていた。

 それが醸造法のせいではなく、単に水増ししただけの結果とは、呆れて物も言えない。

 それ以前に見た港も酷かった。

 しっかりと管理されていたサンコスタの漁業と違い、制限はまるで無し。

 年々減っていく漁獲量を、食い物にならぬような脂を持った深海魚まで取り尽くして漁獲高に入れていたのだ。

 あの魚は食えば無意識に腹を下す。毒も同然の代物だ。

 魚種にまで制限をかけていたトリシアンナの所とはあまりにも違いすぎる。少しは見習ったらどうなのだ。

 冬に凍結してしまうから、今の時期に獲ってしまいたいという気持ちは分かる。

 だが、北の海にも魔物はいるのだ。

 無制限に獲り続ければすぐに枯渇してしまうのは当たり前ではないか。

 餌がなくなって凶暴化した魚は、他の海へと移動する。

 これも他の地域の漁業を荒らす国家への背任行為に等しい。

「シャーリーン!帰るぞ!もうこんな場所に用は無い!」

「はっ」

 全く。怪我の功名と言えば聞こえは良いが、杜撰な体質に今まで気が付かなかった王家の恥ではないか。

 ここを担当していた政務官にはきつく言っておく必要がありそうだ。



 先日までの熱波とは対象的に、北へと進むごとに大分涼しくなってきた。

 エストラルゴから北へ一日進むと、もうそこは北国と言われるセストナード地方だ。

 長年安定してこの地を治め続けているベネディクト・アールステットは、この地にその人ありと言われた名君であり、今もその権勢をほしいままにしている。

 ただ、どうにも子の才覚には恵まれなかったようで、妻との間に産まれた三人の子も、その孫達も、どれも今ひとつ貴族としての適正を見出せなかったようだ。

 彼本人が優れているが故に目が厳しくなるのは仕方がないが、それにしても一人もお眼鏡に適うものがいないというのは大問題である。

 彼ももうかなりの歳なので、そろそろという所なのではあるが、どうにもその座を譲れる者が現れないというのが現状である。

 トリシアンナが呼ばれたのは間違いなくそういった背景があるに違いない。

 王都での二度の宴の席で、どうやら彼はトリシアンナの才覚に気付いたらしい。

 如才なく振る舞うのは貴族として当たり前ではあるが、僅か6歳にしてそれをしているというのは、特に才能を掘り出す目を持った彼にとっては至玉の源石に映ったようだ。

 セストナードの主要都市、セスグラシオの宿に到着した彼女は、エスミオダスに居た時以上のプレッシャーを感じていた。

「難しいですね。私は出来ればまだサンコスタに居たいのですが」

「そう言えば良いのではないのですか?」

 悩むトリシアンナに、ナズナは単純な疑問を投げかける。

「そう簡単な話ではないのです。我がメディソン家とアールステット家との関係は非常に良好です。確かに、私が我儘を言えば一応は聞き入れてくれるでしょう、ですが」

 こちらの言い分を飲ませるという事は、その分相手の言い分を飲まなければならない。

 貴族においてのシーソーゲームとはそういった恩の貸し借りが見えない所で展開されているのだ。

「そうなると、嫁がないという道が消えてしまいます。長い間我慢したのだから当然こちらに来るのだな、という話になるのですよ」

「……それは良好な関係と言えるのですか?」

「当たり前じゃないですか。双方に得のある話ですよ?だからこそ私にそういった話が来たのですから」

 人質外交を目的としたエスミオとは全く違う方向性だ。

 それでも、その通貨となるのはこのトリシアンナという10歳の少女の身柄なのである。

 両親がどちらの話にも良い顔をしなかったのは、つまりそう言う事なのだ。

「関係性が良好故に断るのが難しいのです。お互い、今の関係を維持したい。であれば、お互いが飲む所は飲むという約束事が暗に決められているのです」

 サンコスタは後継者として優秀なアンドアインが継いだ。これで向こう数十年は安泰だろう。

 一方、セストナードは後継者問題が危うい。

 今すぐにでも決めてしまわねば十年後には取り返しのつかないことになっている。そういう状態なのだ。

「養子は取られなかったのですか?」

「子が多いのに養子を取って継がせたら、それこそ骨肉の争いが起こってしまうでしょう。継承対象者が多いがゆえに、それは出来ないのです」

 これだけ子がいるのならば一人ぐらいは、と若き日のベネディクトも考えただろう。誰だってそう考える。トリシアンナとてそう考えるだろう。

「貴族というのは面倒くさい生き物なのですね」

「そうです、貴族とは面倒くさい生き物なのです」

 もういっそ、優秀な部下を育てて、後継者は飾り物にしても良いではないかと自分は考えてしまうのだ。

 王を頂く王国だってその手を使えるのだから、領主だって出来ないことはないだろう。

 近況報告は……まぁ、そればっかりはどうにもならない。

 思えば領主同士が顔を突き合わせる夏と冬があるせいでこんなにベネディクトは悩んでいるのではないだろうか。

 それさえなければ、聡明な彼の事であるし、同じことを考えたに違いないのである。

 もういっそあんな宴など無くしてしまえば……とは思うが、これも今更どうこう出来ないのだ。つまり手詰まり、チェックメイト。詰みである。

 そこに燦然と現れた優秀な友好関係を結んだ相手の娘だ。是非とも欲しいと思うのは致し方のない事だろう。

「別に、私自身はアールステット家に嫁いでも良いとは思っているのです。ベネディクト様はお優しい方ですし、ご家族もみんな穏やかな方だと聞いていますので」

「はあ……では何故。あっ、王太子殿下の事が?」

「違います」

 断じて違う。

「この地に嫁ぐという事は、産まれ育ったサンコスタの地を捨てるという事です。私は出来ればお兄様達のようにあの地を繁栄させる事に力を尽くしたいと思っていますし、年々その気持ちは強くなっています」

 ラディアスが言っていた、俺はこの街が好きだという言葉。それが頭から離れない。

 家族を守るのが仕事だというアンドアインは、心労に苛まれながらも執務を熟している。

 家の為にスパダ協会に嫁いだユニティアは、陰に日向にメディソン家を支えている。

 ディアンナに至っては存在自体がこの国の宝なので別格だが。

「お嬢様……」

 それ故に難しい。

 落とし所を考えることが極めて難しいのだ。

「無策で挑むのは私の流儀に反しますが、流石に今回は答えが見つかりません」

 流れに任せても兄は怒らないだろう。

 だが、悲しむかもしれない。

「兎に角、会うだけ会ってみましょう。それで、私がどうしても嫌だと思えるような人物であればベネディクト様も理解して下さるでしょうし」

 あのベネディクトがそんな相手を充てがうはずもないというのが一番の問題ではある。

「とりあえず、お風呂に入ってお食事にしましょう。ナズナ、行きましょう?」

「かしこまりました」

 何はともあれ、風呂と飯だ。それさえあればどうにかなる。はずだ。



 セストナード領主の邸は、セスグラシオの外れ、森に面した街の隅っこにひっそりと佇んでいた。

 清貧を地で行くような邸に、少しだけメディソンの邸を思い出す。

 先触れを出していたので、今日訪問するという事は伝わっているはずだ。

 警備兵どころか門番すらいない入り口に近づくと、すぐに中から一人の女性が出てきた。

「トリシアンナ様ですね?どうぞ、こちらへ」

 侍従の格好をしているわけではないが、ふくよかな女性はゆったりとした地味な衣装を身に纏っている。ハンネのような存在なのかもしれない。

 豪奢ではないがそれなりにしっかりとした入り口の扉を潜り、案内されるままに廊下を進む。

 エスミオ領主邸とは正反対に、廊下は板張りで綺麗に磨かれている。装飾品は殆ど見当たらない、

 ただ、窓はとても良く磨かれていて、外の景色が非常に綺麗に見える。

「どうぞ、こちらです」

 ノックも無しに開けられた扉に戸惑いつつも中に入ると、両親とその子らしい家族が二人を出迎えた。

「初めまして、トリシアンナ様。私はベネディクトの三男、ニルス・アールステッドです。こちらは妻のアデラ、息子のエリオットです。ほら、ご挨拶して」

 貴族らしからぬ挨拶に戸惑うトリシアンナに、アデラとエリオットはそれぞれごく普通に挨拶をしてきた。

「トリシアンナ・デル・メディソンです。本日はお招きいただき光栄です。……宜しくお願いしますね、エリオット殿」

 見る限りエリオットは自分よりも年下だ。というか聞けば8つだという。

 恥ずかしがり屋なのか、両親の後ろに隠れ気味だ。

 ナズナが反応している。いや、見境が無いのか。

「すみません、トリシアンナ様。息子は引っ込み思案なもので。ほら、ちゃんと貴族らしく挨拶しないとダメじゃないか」

 こちらはエスミオのヴィリーと全く違った意味で子供だ。というか子供としか言いようがない。

「トリシアンナ様は、お食事はまだですよね?ささやかですが用意をしておりますので、食堂へと行きましょう。ほら、もう。エリオットったら」

 妻のアデラが困ったようにエリオットを促している。一体どうしろと言うのだろうか。

「あの、お嬢様……」

 こそっとナズナが耳打ちする。

「なんかこう、いけない香りがしませんか?若い燕というか」

「……私と2歳しか違いませんよ?」

 頭が痛い。環境の変化とはいうが、あまりにも先の場所とは何もかもが違いすぎる。


 出された料理はこの地方の郷土料理らしく、豪華ではないものの安心する温かみのあるものだった。

 真っ赤で優しい酸味のある暖かいスープを口にしながら、向かいに座ってもじもじとしているエリオットを眺める。

 これは、子供だ。子供にはどう対応すれば良いのだったか。

 甥や姪のような赤ん坊に近い子供には慣れているが、この年頃の子に接する機会は初めてだ。

「ええと……エリオット殿は、何か趣味でも……好きなことはありますか?」

 笑顔で聞いてみると、少年ははにかんだような笑顔で、ご本が好きです、と答えた。

 なるほど、ご本が好きかぁ。読み聞かせが必要かな?自分で読めるかな?

「どんなご本が好きですか?」

 と聞くと、意外にも魔術書や歴史書という答えが帰ってきた。

「賢いお子さんですね。この歳で魔術書や歴史書に興味がお有りなんて」

 思わず保護者に話を振ってしまう。

「ええ、良く言われるんです、将来が楽しみだと」

 父のニルスは気にした様子もなく、ニコニコと答えている。

 ああ、これ普通のお父さんだ。お母さんも普通だし、ちょっと賢い子も普通。

 なんていうか、もうすごく普通である。

 貴族というのは良くも悪くも癖のあるものだ。

 その教育過程がそうさせるのか血のせいなのかは分からないが、良い意味でも悪い意味でも尖った人間が多い。

 そういった意味で、エスミオの領主家はいかにも貴族という感じだった。

 だが、この家族は素晴らしく普通だ。

 優しい両親に、将来を嘱望されるも引っ込み思案な息子。

 血腥い事とも、陰謀とも全く無縁の世界に住んでいる、ちょっと良いお家の普通の家族。

 なるほど、これはベネディクトが後継者としては無理だと判断するのも分かる。

 貴族とは普通ではダメなのだ。

 善きにしろ悪しきにしろ、何かしら尖っていなければ生き延びられない。

 性格が尖っていなくても生き延びられるのはそれこそ兄のような天才的な能力を持ったものだけだ。それが、目の前の家族からはまるで感じられない。

 これでは、無理だろう。

 たとえ自分がこのエリオットを補佐したところで、どこかで必ず綻びが出てくる。

 表面上自分が上手く取り繕っても、神輿も普通ではいけないのだ。

「エリオット殿、私の姉はとても沢山の魔術書を書いていますよ。今度新しいものの写本を贈りますね」

 その言葉に嬉しそうに頷く少年。可愛らしいが、貴族の婚約相手として見るには些か、いや、かなり無理がある。

 たった2歳しか離れていないのに、歳の離れた弟のように感じてしまう。

 にこやかに会食は終わり、見合いとはとても思えない雰囲気の中帰途についた。

「お嬢様、エリオット様は可愛らしい方でしたね」

「そうですね。歳の割にとても可愛らしいお方でした。……流石にあれと婚約というのは、ちょっと」

「なんだか罪深い気がしますね」

「いえ、そういう意味ではないのですが」

 年齢的には問題は無いだろう。青田買いとしても問題はない。

 だが、ベネディクトが求めているのは領主なのだ。とてもその期待には応えられそうもない。

 宿のベッドの上で考える。

 これは、お断りしよう。

 ベネディクトも流石に分かってくれるだろう。

 ただ、将来的にどうかという話はされるかもしれない。これは仕方がない。

 もう少し彼が大人になってから考える、という回答で問題ない気がする。

「魔術書に興味があるというのは将来性がありますね。領主は兎も角として」

 結局ベネディクトも、数ある後継者の中からどうにかこうにかひねり出したのが彼だったのだろう。その気持ちは分かる。

 というか、貴族教育を受けさせていないのだろうか。後継者とするなら必須だと思うのだが。

 ベネディクト自身も自分の目を過信して教育を怠っていた面があるのかもしれない。その点は今度会った時に、言葉の裏に隠して聞いてみよう。

 彼なら絶対に気付くし答えてくれるだろう。

「どっと疲れました。ただ、これで私の任務は終わりです。あとは温泉に入ってゆっくりしましょう」

「今回も温泉に寄られるのですか?」

 どうなるかは兄の疲れ次第だが。

「わかりませんが、私は行きたいです。もう、全部洗い流してしまいたいほどに」

 二人の花婿候補を見た後、今更ながらにクリストフがどれだけ優秀だったのかを自覚した。

 何故、彼の名が思い浮かんだのかは分からないが。



 クリストフは早朝に肩を怒らせて凱旋した。

 あまりにも酷い内容の統治に、予定よりも三日も早く戻ってきたのだ。

「国王陛下はどこにいらっしゃる!」

 近くの臣下に聞くと、昨夜の宴会で呑みすぎたために自室で寝ておられるという返答があった。

 宴も王の立派な仕事だ。だが、報告書として上げるまえに一言言っておかねばならない、

 父の部屋に乗り込むと、頭痛に頭を抱えている国王に、見てきたことを洗いざらいぶちまけた。

「報告書として正式に提出します。これは王家の恥です!担当の政務官には良く言い聞かせておいて下さい!」

 言い捨てると、今度は近くにいた侍従に尋ねる。

「アンドアイン殿はまだ王都にいらっしゃるか?」

 聞けば、今日の午後までには出られるという。

 中庭で馬を引っ張り出し、視察から戻ってきて休憩していた護衛のシャーリーンをこちらも無理矢理引っ張り出して駆る。

 ヴィクトリア・インの前で、今まさに出発しようというアンドアインの馬車を見つけた。

「アンドアイン殿!すみません!今からご出立のお忙しいところ申し訳ない、少しお話が!」

 大声で呼びかけると、まさか王太子が自分に用があるとは思わなかったのか、驚いた表情のアンドアインが直接出迎えた。

「王太子殿下!どうなさいました、血相を変えて」

「良かった、間に合った。折り入って相談があるのだが」

 アンドアインは怪訝な表情をした。もしかしたら、トリシアンナの事を言われるのかと思ったのかも知れない。

 そちらも出来れば話はしたいが、今はそれは問題ではない。

「聞きたいのはサンコスタの漁業の事だ。漁獲制限と、魚種制限についてもう少し詳しく教えてもらいたい。今で無理なら、文書を私宛に送ってほしいのだ」

 手短にノルドヴェストの視察であった事を話す。

 その内容に、アンドアインは顔を引き締めて大きく頷いた。

「お話は良くわかりました、戻って漁業組合に詳細なデータと証拠となる資料、制限の手法と意義について報告書を提出させましょう。可能な限り、迅速に」

「済まない、本当に助かる。これは王家として極めて恥ずかしい事だ。まるで関係のない貴殿に手間を掛けさせてしまう事を、心から恥じる」

 深々と頭を下げる。

「頭をお上げ下さい。王国の産業については、我々としても他人事ではないのです。ノルドヴェストの改善に我々がお役に立てるのであれば、喜んでご協力致します」

「ありがとう、アンドアイン殿。貴殿が居てくれて本当に良かった」

 彼の妹に大変な事をしてしまったにも関わらず、彼は今までと変わらず王家に尽くしてくれる。まさに臣下の鑑ではないか。

 自分が言えたことではないが、彼こそ忠臣の名に相応しいだろう。



 夏の報告も滞り無く終わった。

 春にあった王太子殿下の訪問も、報告を聞く限りでは問題なかったように思う。

 トリシアンナがある程度迫られた事には多少の怒りを覚えたものの、許容すると決めたのだから、特に問題だと感じなかった。

 それにしても、先程の王太子殿下だ。

 一体どういう事だ。彼はあんなに大人だっただろうか。

 以前にお会いしたのは冬だ。その時は、まだ無邪気に妹との再開を喜ぶ幼さが残っていたというのに。

 先程の視察によって見つかった不祥事に対する危機感、そして躊躇いなくこちらに協力を求めてくる冷静さと真摯さ。

 あれは、完全に責任ある大人の行動だ。

 聞いた内容にも驚いた。まさか、ノルドヴェストでそのような無法が罷り通っていたとは。

 本当ならば許されざる怠慢だ、背任行為と言っても過言ではないだろう。

 恐らくは事実に違いない。

 大雑把ではあったものの、彼の話す内容は真に迫っていたし、何より実際に目で見たものの怒りを感じた。

 この短期間で一体何が彼をあそこまで成長させたのかは分からないが、少なくとも今の彼であれば、可愛い妹を任せても問題ないだろうとすら感じてしまう。

 無論、表立っては無理だが、妹が望むのであればそれも仕方のない事だと思ってしまう程に。

 早急に戻って報告書を提出しなければならない。

 妹には悪いが、今回の温泉は無しだ。

 きっと恨まれるが、王太子殿下の要請だと言えば許してくれるだろう。

 あの子はああ見てて殿下のことを憎からず思っているに違いないのだ。



「温泉、無しですか……」

「すまない」

 兄の言う事は分かる。まさかノルドヴェストでそんな無法が行われていたとは。

 流石にそれは放置できないだろう。今すぐにでも禁漁をさせる必要がある。

 枯渇した海洋資源は、どう頑張っても復活しないのだ。

「そういう理由なら仕方がありません。すぐに戻りましょう」

 自分の温泉と、一地方の海洋資源とでは流石に比べるには差がありすぎる。

 温泉は生きていれば何度でも来れるが、破壊された資源は戻らないのだ。

 慌ただしくエストラルゴを出発し、帰路を急ぐ。


 帰りの馬車の中で、ルチアーノが荷馬車の方に移動した合間を見計らって見合いの話を持ち出した。

「お兄様、今のうちにこちら側の話を」

「エスミオとセストナードか。どうだった」

 兄も本当は聞きたくて仕方がなかったようだ。感情の色が急いている。

「エスミオですが……酒と薬と禁術でした」

「またか」

「またです」

 ナズナがいるので詳しいことは言えない。

「ただ、相手が勝手に醜態を晒しました。こちらは兄へ報告しないと言ってありますので有効に使って下さい。戻ったらすぐに手紙を書いて下さい」

 内容はこうだ。妹が戻ったら塞ぎ込んでいるので、何かあったのかと話を聞こうとしたが、頑として答えない。ただ、エスミオへ行くかと聞くと激しく嫌がるので、暫くはこの話は無かったことにしてほしい。と。

 話を断りつつ何かがあったのは察しているぞ、けれど妹は約束を守って何も言っていない。

 これを、ハインリヒ宛ではなくゲルハルトに親書として送る。

 これで一つの手札が完成するだろう。公文書として印を押した手紙を内容証明で送りつければ良い。

「恐ろしいな、本当にお前は」

「お兄様ほどではありません」

 あそこであったことはそれだけではないが、ナズナの事を言うかどうかは次兄の感情もあるので、一旦ここは伏せておくことにした。

「次にセストナードですが……ベネディクト様の苦悩が伺える内容でした」

 一番マシと思われるエリオットが完全に子供だった。暫くは無理だろうという話だ。

「なるほどな。ベネディクト殿も、あまり選り好みせず貴族教育をされれば良いものを」

「……お兄様?それはお兄様にも当てはまりますが」

 選り好みをして、結婚した後に教えていくという過程を省いているのは兄も同じだ。

 今の母だって、恐らく最初からあの母だったわけではないだろう。

「それは」

 言って黙ってしまった、流石にこれは言い返せないらしい。

「ベネディクト様とお兄様はなんだか似ていますね。二人共政治的な才覚が飛び抜けているせいで、人を選り好みしすぎてしまうという」

「そうは言うがな、トリシア。お前はどうなのだ?相手を選り好みしていないか?」

 言われて少し考える。

「今のところは無いですね。お兄様、もし私がヴィリーやエリオットと結婚すると言ったらどうしました?」

「……無いな。確かに今のところは」

 そうだろう。彼らは論外なので、選り好みするという段階の話ではない。

「王太子殿下でしたら」

 ナズナが言った途端に二人でぎろりと睨む。

「……申し訳ございません、出過ぎた真似を」

 論外というのであれば彼も論外だ。

 ナズナは知らないが、そもそも最初の手段からしてアレなのである。

 無論、その後十分に挽回はしている上に、先の二人と出会った事で彼の優秀さが逆に際立つようになったことは否めない。

 そもそも選択肢として上がる事自体が不適切だろう。あってはならない話なのだ。

 春にやってきた彼の事を思い出す。

 街の視察にも真摯に目を向け、学ぼうという姿勢が強く感じられた。

 将来この国を背負って立つ者として、しっかりと成長しているのが分かる。

 まぁ、時折その若さ故に性欲が暴走してしまう事があるが。

 二日目の夜、風呂場であったことを思い出して思わず顔に血が上る。

「……」

 深呼吸して落ち着こう。あれは無かったことだ。

 そう、あれは一夜の過ち。大体クリスが悪いのだ。

 あんなに太くて長いなんて反則ではないか。あれでは仮に自分がある程度成長したとしても、到底入るとは思えない。いや、どれぐらい入るのか知らないのだが。

「流石にあれは太くて長過ぎる。無理でしょう」

「トリシア」

「え?はい、なんでしょうかお兄様?」

 なんだ?話はもう終わったのではなかったのか?

「今更聞くのもあれなのだがな、春に王太子殿下が来られた時、実際には何があった?」

 なんで本当に今更?

「な、なんで今更!?お兄様にはお話ししたではないですか!?」

 思わず声が裏返る。まずい。

「お嬢様、浴室の件もお話しになったのですか?」

「浴室?なんだそれは。ナズナ、詳しく聞かせなさい」

「ちょ、余計なことを言わないで下さい!なんですかお兄様、一歩手前までという報告で満足されていないのですか!?」

「……一歩、手前?お嬢様?それは私が初耳ですが。裸を見られただけではなかったのですか?」

 あれ?おかしいぞ?どういう事だ?どうしてこうなっている?

 何故二人は自分に詰め寄っている?

「あっ、なんか急に魔物が狩りたくなってきました!暴走かもしれません!行ってきますね!」

 馬車の外に飛び出して跳ねる。どうしてこうなった、どうしてこうなった。

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