第6話

「似てるよ。けれど、そっくりってほどじゃないんじゃないか。先輩はどう思います?」

 伊倉が浮城山に意見を求めた。

「そりゃ双子だから、似てるよ。区別は付くけどね。それよりも飲み過ぎないように!」

 みんなの話を聞いて納得できなかった三鷹は小首を傾げ、多少むきになった。

「そのようなことはないと思います。瓜二つです」

「私も同感です」

 隣に座るフランカが、起用に箸を使いこなしながら、三鷹を援護する。

「こんなそっくりな兄弟は、日本に来て初めて見ました」

「アメリカにはいないってか」

 からかい気味に云って高笑いをした伊倉。小さい頃に躾されなかったのか、飯粒は飛ぶわ、箸の使い方はなってないわで、マナーが悪い。

 フランカは律儀に訂正を求めた。

「区切る位置が間違っています。分かり易く云い直すと、日本で初めて見たのではなくて、日本では初めて見たのです」

「これはまた失礼をしました」

 箸を持った手を振る伊倉の様は、議論の相手になるのをいかにも面倒臭がったように、三鷹の目に映った。


 食欲旺盛な若者が揃っていることもあり、夕餉は二十分ほどで終わりに近付いていた。場を見て、フランカがデザートの用意を始める。三鷹も手伝おうとしたときだった。

 それまで酔い潰れていたはずの宇津井が、テーブルからむくりと上半身を起こし、照明をじっと見つめる。

「地震?」

 彼女の疑問形の声を合図としたかのごとく、電灯の笠が揺れ始め、湯飲みのお茶の液面が波立つ。次いで建物全体が振動を始めた。お茶が飛び散るほどで、かなり強い地震だとの予感が走る。

 浮城山とフランカの行動が早かった。どちらも「ガス、電気!」と叫んで、コンロや鉄板を見る。使用状態にないと分かるや、テーブルの下に潜り込む。行方や三鷹、寛司に伊倉もこれに続く。

 最初に気付いた宇津井は、矢張り酔いのせいだろう、動きが鈍く、椅子がかたかた鳴り始めた頃にやっとテーブル下に身を潜めた。

 それから二十秒ほど続いた揺れは、潮が引くのにも似て、すっと収まった。

「……結構大きかったですね」

 三鷹が初めに動いた。

「震度四、ううん五ぐらい行くかしら」

「そうだな。ああ、テレビを」

 教授の声に呼応し、浮城山が歩き出す。食堂のテレビを入れてリモコンを握ると、元の位置に戻った。

 チャンネルはNHKだが、画面の上側にそれらしき速報はまだ出ない。

「余所も見てみます? それともネット?」

「いや。始めに感じたほど大ごとじゃなさそうだ。このままでいい」

 今更ながら悠然とした態度を取り繕い、座り直した行方。三鷹は密かに笑いそうになったが、はたと思い出した。

「あの、健司さんの様子を見に行くべきではありませんか」

「……そうだね」

 寛司が椅子の背もたれを掴んで立ち上がり、急ぐ。だが、足を止めて、「誰か着いて来てくれませんか」と振り返った。

「地震のショックなのかな。足腰が震えてる感じで」

「しょうがないわね」

 宇津井が応じた。でも、ふらついている。見かねて、三鷹も着いて行くことにした。

 一人はほろ酔い、一人は膝ががくがくだったが、それでもなるべく急いで駆け付け、ドアをノックする。応答はなかった。

「熟睡しているのかな」

 宇津井が壁にもたれ掛かり、煙草を取り出す仕種をする。どこかに置き忘れたのか、空振りだったようだ。

「かもしれません。でも、一応、見ておかないといけませんわ」

 三鷹の主張が通り、寛司がノブを回した。

「開いてる。電気も点いてる」

 彼は呟きながら、そろりそろりと扉を開けていった。

「おーい、健司、無事か……?」

 声が途切れ、息を呑むような気配が、寛司の背中から発せられる。壁にもたれたままの宇津井は、空気のちょっとした変化を感じ取れないようだ。

「どうかしましたか」

 三鷹が尋ねる。しかし、寛司は無言のまま、道を空けた。その右手の人差し指は、室内のどこかを示し、小刻みに震えていた。地震のショックが伝播した訳でなく……。

「あっ」

 三鷹の目は、その惨状に釘付けになった。

 この頃になって宇津井もようやく変だなと思ったのか、身体を壁から剥がし、どうしたと真剣な口調で割り込んできた。

 そして室内に視線を巡らせるや、両手で三鷹の目を覆った。

「子供には強烈過ぎるわ。私も酔いが一発で覚めた」

 宇津井の冷静、いや干上がったような声が響く。

 三鷹はでも、忘れられそうになかった。

 徳田健司らしき人物が、ベッドの端に窮屈そうに横たわったまま、顔を潰されて血塗れになっていた。明らかに死んでいる。そう思えた。寝床の一部にはかなり大きな血だまりができており、表面はうっすらと黄色味を帯び、幕を張ったようになっていた――と、このようにしっかり記憶してしまっている。

「珠恵ちゃんは回れ右をして……そう、先生に知らせて頂戴。珠恵ちゃんはここに戻らなくていいからね!」

「はい」

 云われるがままに方向転換し、目隠しを解かれた三鷹は、走り出す間際に、宇津井の呟きを聞いた。

「窓から誰か侵入したのか?」

 網膜に焼き付いた部屋の情景では、確かに窓が開いていた。


 警察が呼ばれて以降、三鷹は完全に現場から遠ざけられた。中学生なのだから、仕方がないであろう。

 個室では近すぎるということで、キッチンに留め置かれた三鷹に、事件発覚後、最初に話し掛けたのは宇津井だった。

「こういうときの話し相手は、私よりも教授かフランカの方がふさわしいと思うけれど、勘弁してね」

 しっかりした口吻で喋る宇津井。アルコールは勝手に飛んで行ったのかもしれない。

「皆さん、どうなさってるのですか」

「ドラマなんかにある通りよ。刑事物のドラマ、見たことない?」

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