第6話 お婆、都へ戻ろう
「まあ、都に……して、それはいかなるお上のお計らいですか?また御所に戻れるのですか?」
「うむ、左中弁としてな」
「まあ、左中弁。それはおめでとうございます。旅人様もきっと草葉の陰でお喜びでございましょう。これでやっと地方のお役目から解放されるのですね?」
「ああ、地方のドサ回りもこれで終りじゃ(軽笑)。しかしそこでじゃ、お婆。私はそなたをも都に連れ行こうと思う。いかがじゃ?そなたも寄る年波、いつまでもここに1人では居られまい?」
「いえいえ、めっそうもございません。わたくしのような醜い疱瘡上がりの古女房が、お側でお仕えしていては。お家の沽券にかかわります」
「仕えろと云うのではない。私の元で余生を送ってほしいと申しておるのじゃ。乳母のそなたを此処に置いて行くなど、それこそ沽券にかかわる」
「いいえ、どうか私など捨て置いて、心置きなくお立ちくださいませ。此度の都上りの儀、まことにお慶び申し上げます」
と、結構な家持の申し出をかたく固辞する山科則子、なにやら自分からは面と向かって云えぬ、隠れた経緯があるようです。それを家持が代弁いたします。
「お婆…例の、道鏡の儀か?かの恵美押勝(えみのおしかつ)の乱でそなたの山科家が連座した、それへの道鏡坊主の報復を恐れてのことか?」
「私からは云えませぬ……」
恵美押勝の乱とは天平宝字8年西暦764年、女帝孝謙天皇の不興を買った恵美押勝、別名藤原仲麻呂の起こした乱のことですが、要は女帝をめぐっての男同等の争いに押勝が道鏡に敗れた末のことです。道鏡の魅力が勝っていた?……のかも知れませんが、それはともかく、その道鏡による押勝一党への粛清が続いていたのです。
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