第4話 大宰府へ下向

いまはもうこれしかないと腹を括るや、後に残す為輔の当面の暮らしをととのえると、女身ひとつで遥か九州へと落ちてまいりました。さて然るに、都に残した未だ子供に過ぎぬ為輔を思いわずらいながら、また長旅の艱難辛苦にも堪えながら、ようよう九州は大宰府まで来てみれば、思いも寄らない旅人の姿を見せ付けられることとなります。当時愛する妻郎女(いらつめ)を失くし、脚には腫瘍を患い、また自分を都落ちさせた宿敵藤原氏の策謀にも長年思い煩って、往年の覇気をすっかりなくしていた旅人は毎日が酒浸りの為体(ていたらく)。嘗て都で我嫡男家持(やかもち)の乳母(めのと)を勤めてくれた則子との再会を大いに喜びましたが、もはや佐伯家を諌める気力も、力もありませんでした。奢る藤原の前に自らの氏一族の存亡さえ危ぶまれる始末なのです。しかしかと云ってこのまま則子を無下に帰すわけにも行かず、酒でまわらぬ頭を必死に働かせた末一計を案じました。すなわち則子をこのまま帰さずに大宰府女官として召し抱えることにしたのです。そして則子の一子為輔を、今はまだ都にあって中納言の地位にあり、親交のあった石上高嗣の養子にと図ったのでありました。山科の名は消えるとは云え為輔の将来と則子の身を慮ってのことでございました。我子との別れは身を裂かれるほどの痛みでしたが為輔のためとさとす旅人の言葉には逆らえません。泣く泣く則子は以来大宰府の人となったのでございます。

 さて光陰遅からず、それから37年の時が流れて、その後いったい何がどうして則子が斯くも落ちぶれ果てたものか、また我が子為輔のその後やいかに。哀れ、母と子の愛惜を明かすべくこれよりの講釈となる次第でございす……。

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