第44話 招待状

「おかえりなさい」


 屋敷へ戻ると、すぐにヒューが出迎えてくれた。留守中にかなり仕事があったのか、頬がげっそりとしている気がする。


「ああ」

「怪我はもういいんですか?」

「まだ完治はしていないが、ほとんど問題はない」


 よかった……と安心したように呟いた後、ヒューはにっこりと笑った。なんだか悪い予感がして、一歩後ろへ下がる。


「でしたら、おとなしく部屋で書類仕事をしましょう!」

「……まずは休みたいんだが」

「まだ昼です。休むには早いですよ」

「……分かった」


 気は進まないが、ヒューにばかり仕事を押しつけるわけにもいかない。


「それから、大事なお知らせです」


 そう言って、ヒューは胸元から一枚の手紙を取り出した。真っ赤な封筒には見覚えしかなくて、一瞬で背筋がピンと伸びる。


「陛下から、パーティーの招待状がきています」

「父上から?」

「はい。もちろん、マルセル様とヘリオス様にも」

「お前にはきていないのか?」

「残念ながら。そこまで大々的なものではない、とのことですので。あくまでも私的なパーティーだと」


 受けとった招待状を読みながら、心の中で溜息を吐く。父親からの招待が嫌なわけではないが、第一王子もくるかと思うと気が進まない。

 ヒューが言った通り、大々的なものではなく、宮殿を出て生活をしているシャルルの様子を見るための催しである。


 要するに、国王がシャルルに会うために開催するパーティーなのだ。第一王子からすれば、面白いはずがない。


 父上が俺の方を愛していると、あいつは思っているからな。


 シャルルの母は今は亡き第二王妃であり、第一王子であるプルグスの母親よりも身分が低い。

 しかし国王は第二王妃をたいそう寵愛していたため、忘れ形見であるシャルルのことを親として可愛がっているのだ。


 可愛がっている息子を跡継ぎに指名する、という簡単な話ではないとはいえ、プルグスからすれば気に入らないだろう。


 そのためパーティーとなると少しでも父親の歓心を買うべく、プルグスは派手に着飾り、多くのとりまきをつれてやってくるのだ。

 国内一と誉れ高い演奏家をつれてくることもあるし、話題の旅芸人をつれてくることもある。


 美しさでは負けるはずがないが、奴の財力には敵わないからな。


「明日、いつもの商人がくるよう手配しています。どうせまた、新しい服を用意なさるんでしょう?」

「もちろんだ。そうしなければ、せっかくの美貌がもったいない」

「自分で言ってしまうのが、一番もったいないと思いますけど」


 前回は、真っ青な衣服を仕立ててもらった。今回は何色にしようか……と考えたところで、不意にリベルタが視界に入った。


「リベルタ」

「はい」

「お前もパーティーに行くか?」

「えっ?」


 予想外の誘いだったのか、リベルタが目を丸くする。そして驚いたのはリベルタだけでなく、ヒューも妙な声を出した。

 正気ですか、と問いかけるようなヒューの眼差しを無視し、リベルタを見つめた。


「この機会に、服も仕立ててやろう。どうだ?」

「……えーっと」


 視線が泳いでいる。きっと、別に服なんて欲しくないんだろう。


 シャルルの同行者という体裁をとれば、招待状をもらっていない人間でも少しなら連れていける。

 どうせ、兄は大量の取り巻きを連れてくるのだ。


「護衛も兼ねて、一緒にこい。それに、パーティーの料理は美味いぞ」


 とたんに目を輝かせたリベルタは分かりやすい。決まりだな、と言えば、はい! と元気よく返事をした。


「というわけでヒュー、リベルタの分も頼むことになると、仕立て屋に伝えておいてくれ」

「……分かりましたよ」


 不満そうな顔をしたヒューとは反対に、楽しそうな話し声が後ろから聞こえてきた。振り向くと、マルセルとヘリオスの二人が衣装について話し合っている。


 ヘリオスはともかく、マルセルはあまりパーティーが好きではない。しかし第一王子がくるとなれば、それなりに対抗意識を燃やすのだ。


 面倒なことも多いが、たまには悪くないかもしれないな。


 パーティーに備えるためにも、今日はゆっくり休みたい。そう思った瞬間、心の中を見透かしたようにヒューに睨まれてしまった。

 さすがに、今日は仕事から逃げることはできないようだ。

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