第43話 できないこと
「……すっきりとしない事件だったな」
馬に揺られながらぼそっと呟く。前に座るリベルタが、そうですか? と不思議そうに答えた。
「犯人が分かって、捕まえられたんだから、よかったじゃないですか」
顔は見えないが、リベルタがにこにこと笑っているのが伝わってくる。馬から落ちないよう、彼の腰にまわした手に力を込めた。
帰りは馬車で帰ればいいのに、という隊員たちの言葉に首を振り、リベルタの馬に同乗しているのだ。
「それはそうだが」
「それとも、他の人が犯人の方がよかったんですか?」
「……そういうわけじゃない」
ただ、今頃修道院がどんな雰囲気になっているかを想像するだけで気が重くなる。
ヨハネ以外にも、レオナのことを可愛がっていた少女は多い。彼女たちにとって、今回の事件はどれほど深い傷になっただろう。
「いつか捕まるだろうということは、犯人も分かっていただろうな」
捕まって処刑になっても構わない。そう考えるほど、彼女は人生を諦めていたのだろう。
「犯人はとんでもない馬鹿ですよ。今の状況が、死ぬまで続くわけでもないのに」
並走していたアレクが怒ったように言った。レオナのことを気にかけていた分、彼女が犯人だった事実に納得がいかないのだろう。
「学校に行きたかったなら、他人を羨むだけじゃなくて、行動するべきだったんですよ」
アレクの言葉は正しい。けれど、誰にでもできることじゃない。
レオナは貧しい家に生まれ、身寄りもなく、修道院で下働きの仕事をしていた。そして彼女の周りには、生まれながらの貴族がたくさんいた。
そんな状況で、自分なりの努力ができる人間はきっと多くない。
「彼女は頭がよかった。院長も言っていたし、それは事実だ。もし出自に関わらず優秀な人間が学べる制度があれば、こんなことにはならなかっただろうね」
後ろからヘリオスの声が聞こえた。頭だけを動かしてヘリオスを見ると、複雑な表情を浮かべている。
「そしてそれを考えるのは、俺たちの務めだな」
制度や法を変えられるのは、上に立つ者だけだ。王族として生まれたシャルルには、権利も責任もある。
しかし、特務警察部隊にできるのは、既に起こってしまった事件を解決することだけ。そもそも事件が起こらないようにするには、今の立場ではできないことが多すぎる。
◆
「もう帰られるのですか。あと2、3日だけでも、のんびりしていかれたらいいのに」
残念そうな顔で言ってきた伯爵に、優雅な微笑みを返す。
「魅力的な誘いをありがとう。けれど私にもいろいろとやるべきことがあってね。ぜひまた、落ち着いたら遊びにきたい。その時はよろしく頼むよ」
「はい! いつでもお越しくださいませ。殿下がいらっしゃるのを、首を長くして待っております」
「ありがとう」
伯爵に手を振り、シャルルは馬車に乗り込んだ。中には、既にヘリオスが座っている。
「やっと家に帰れるね」
「ああ。今回の長旅はいろいろと疲れた」
「帰ったら、大量の仕事が待ってるかもよ。ヒューのお小言と一緒に」
想像するだけでげんなりして、シャルルは深い溜息を吐いた。けれど、ここに滞在を続けるわけにもいかない。
昨晩、殺人事件の犯人であるレオナを捕らえた。彼女を王都まで運ぶのと同時に、特務警察部隊も本拠地へと戻る。
本当に疲れたな。
道中に襲われたのが、ずっと昔のことみたいだ。
しかも今回、事件を解決できたとはいえ、すっきりとしない終わり方になってしまった。
リベルタの勘が優れていることが判明したのが、唯一よかったことかもしれない。彼は見事に犯人を予想してみせたのだから。
「寝心地は悪いけど、馬車でも休むことにするよ。おやすみ、隊長」
そう言うと、ヘリオスは横になって目を閉じた。少しすると、静かな寝息が聞こえてくる。
「……俺も寝るか」
ゆっくりと馬車が動き出す。目を閉じる前に何気なく窓の外を見ると、いつも通りの笑顔を浮かべたリベルタと目が合った。
リベルタも疲労がたまっているはずだが、そうは見えない。
おやすみ、と口の動きだけで伝える。上手く理解できなかったようで、リベルタは何度も首を傾げた。
本当に、子供みたいな男だ。
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