第42話 友人

「どうせ殺すんでしょう、さっさと連れていってください」


 投げやりな態度で言うレオナにどう対応すべきか、すぐには決められない。

 問答無用で拘束したまま馬車に乗せ、そのまま王都の役所へ連れていくべきだろうが、目の前で土下座をするヨハネを放置するわけにもいかないだろう。


「レオナ、どうして? どうしてこんなことをしたの?」


 レオナは何も答えない。しかし、ヨハネはどうして、とひたすらに叫び続けた。

 体験したことのない状況に、特務警察部隊の面々も困惑した表情を浮かべている。


「リベルタ、話を聞いてやれ」

「はい」


 リベルタはゆっくりヨハネの前へ進んだ。


「どうして、君は令嬢たちを殺したの?」


 レオナは何も答えない。するとリベルタは、躊躇いなく腰に帯びた剣を抜いた。


「答えて」


 剣の先をレオナの首筋へ向ける。きゃあっ、と甲高い悲鳴を上げたのはヨハネだった。


「……答えないと言ったら、どうなるんですか」

「必ず答えてもらう。シャルル様の命令だから」


 リベルタの表情を見て、その言葉に偽りがないことを悟ったのだろう。はあ、と軽く溜息を吐いて、レオナは話し始めた。


「嫌いだからです。大嫌いだから、あの人たちを殺しました」

「それだけ?」

「ええ、それだけです」


 リベルタは頷くと剣をおさめ、シャルルのもとへ戻ってきた。


「嫌いだから殺したそうです」

「……そうか」


 リベルタとしては、納得がいく答えだったのだろう。しかしシャルルとしては、もう少し話を聞かなければ気になってしまう。

 シャルルがレオナのところへ歩き始めると、リベルタも慌ててついてきた。


「嫌いなのは分かった。だが調べによると、殺された令嬢たちはお前と親しくしていたようだが?」

「……犬猫に施しをやるように、私を気にかけていただけですよ」


 レオナの答えに、違う! とヨハネが叫ぶ。しかしレオナは、ヨハネの方を見ようともしない。


「それに、彼女たちは頭が悪かったんです。私なんかに勉強を教わるほどに。それなのに、彼女たちは望めばいくらでも勉強することができるんです。私は、一生学校になんて行けないのに」


 あーあ、とレオナは大きく溜息を吐いた。そして、覚悟を決めたような眼差しでシャルルを睨む。


「早く連れていってください。牢獄でもどこへでも」


 彼女の言うことを聞くのは納得がいかない気もするが、仕方がない。シャルルが隊員たちへ指示を出そうとしたところで、ヨハネがもう一度彼女の名を叫んだ。


「どうして、わたくしのことは殺さなかったの!? 貴女と一番仲が良かったのはわたくしでしょう!?」


 レオナはヨハネを刺した。しかし、大勢がいる中で彼女を刺したところで、殺すことができないのは分かっていただろう。

 どうせ捕まると思った彼女が、やけになって最後に刺したのがヨハネなのだ。


「それは」


 初めて、レオナがヨハネへ視線を向けた。そして、冷ややかな笑みを浮かべる。


「貴女が一番嫌いだからです」

「……そんな」

「一生、覚えておいてください。貴女が可愛がっていた人間に、死ぬほど嫌われていたんだって」


 それ以上、レオナは何も喋らなくなった。ヨハネも黙り込み、呆然とした顔でただレオナを見つめている。


 可愛がっていた相手に裏切られた上に、一生、友達が人を殺してしまったという事実を背負って生きなければならない。

 ヨハネにとって、とてつもなく辛いことだろう。


「貴方たちのせいでもあるんです。こんな社会を作ったのは、貴方たちなんだから」


 誰にともなく、レオナが呟いた。


「彼女を運べ。これ以上聞くことはない」


 シャルルがそう命令すると、すぐに隊員たちがレオナを連れ出した。


 レオナは間違いなく処刑されるだろう。

 仕方がないことだ。そもそも彼女は、五人もの命を奪っているのだから。


「殿下!」


 シャルルを呼び止めたのはヨハネだった。赤くなった瞳で真っ直ぐにシャルルを見つめている。彼女の手足は小刻みに震えていた。


「わ、わたくしは、彼女の罪を訴えるつもりはありませんわ」

「だとしても、何も変わらない」


 シャルルの言葉に、ええ、とヨハネは頷いた。大きな瞳から、涙が溢れ出す。


「わたくしの傷は、友人との喧嘩でできたもの。ただ、そう思いたいだけですわ……」


 分かった、と返事をしながら、心の中でレオナのことを考える。

 レオナは、ヨハネのこういうところを嫌っていたのかもしれない。

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