第41話 拒絶

「刺された? どういうことだ?」


 令嬢が刺された、という知らせにシャルルは慌てて立ち上がる。それなりに酒は飲んでいたが、一瞬で酔いがさめた。


「一人の令嬢……ウェーバー伯爵家の令嬢が、馬車から下りた瞬間、修道院にいた少女によって刺されたのです。少女の身柄は門番が拘束し、現在、隊員も修道院へ向かっています」


 なんということだ。特務警察部隊が近くにいながら、被害者を出してしまうなんて。

 迂闊だった。事件は真夜中、人がいないところでしか起こらないと、そう思い込んでいたのだ。


 まさか、人前で堂々と犯行に及ぶなんて。


「令嬢は無事なのか?」

「はい。怪我はしていますが、命に別状はありません」

「分かった。とりあえず、すぐに向かう。馬の用意を」

「はい!」


 報告してくれた隊員が急いで部屋を出ていく。シャルル、とマルセルに心配そうな声で呼ばれた。

 馬に乗っても大丈夫なのか、言いたいんだろう。


 まだ傷は完全に癒えていない。しかし、被害者が出たというのに、屋敷で待っているわけにはいかない。


「リベルタ。お前の後ろに乗せてくれ。できるか?」

「俺でいいんですか?」

「できないのか?」

「できます! やらせてください!」


 リベルタは大声でそう叫んだ。





 修道院に到着すると、既に到着した隊員が一人の少女を拘束していた。

 そして、少女を中心に人だかりができている。


「隊長! 刺された令嬢は、現在医務室で治療中です」

「分かった。それで、犯人はこの少女か?

「はい」


 拘束された少女は、令嬢たちと比べるとかなりみすぼらしい服を着ている。おそらく、使用人なのだろう。

 彼女が、リベルタが怪しんでいたレオナという少女なのだろうか。


「この者の身分は?」


 シャルルが問うと、少女を拘束していた隊員がすぐに返事をした。


「修道院に住み込みで働いている、レオナという少女です。身寄りはなく、幼い時からここで暮らしているということでした」


 やはり、少女はリベルタが怪しんでいたレオナという人物だったらしい。


「今までの事件についても、犯行を認めたのか?」


 認めます、と返事をしたのはレオナ自身だった。拘束されたまま、顔を上げて真っ直ぐにシャルルを見つめている。

 いや、睨んでいる、と言うべきだろう。


「全部、私がやりました」

「どうして今、自白する気になったんだ?」


 シャルルの問いかけに、少女は薄笑いで応じた。そして、ちら、とシャルルの背後にいるリベルタに視線を向ける。


「その方に、犯行を疑われたからです」

「疑われて、どうせバレると思ったのか?」


「違います。疑われたので、どうせ犯人だと決めつけられると思ったからです」


 そう言って、少女は諦めたように溜息を吐いた。年に似合わない、全てを諦めたような表情を浮かべている。


「私はただの召使です。疑わしいというだけで罰することなんて、簡単でしょう」

「我々特務警察部隊は、そのようなことはしない」


 容疑者が平民だからという理由で、ろくに調べもせず、犯人扱いするなんてことはない。当たり前のことだ。


「口ではそう言うでしょう、誰だって」


 吐き捨てるように言うと、レオナは声を上げて笑い始めた。


「どうせ、貴女たちは私なんて人とも思っていない。疑われた時点で、私は終わりです。さっさと連れていってください」


 彼女は、貴族の令嬢たちを複数殺害している。幼いとはいえ、死刑は確実だろう。だからこそ、こうしてやけになっているのかもしれない。


「隊長、もう連れて行きますか」


 彼女を拘束している隊員の言葉に頷こうとした、その時。


「待ってくださいませ、殿下……!」


 可憐な声が聞こえたと思うと、一人の少女がレオナめがけて走ってきた。その後ろから、慌てたように白衣の老人も走ってきている。


「走ってはいけません、ヨハネ様!」


 しかし医者の言葉に従わず、ヨハネと呼ばれた少女はレオナを抱き締め、その後、シャルルに向かって勢いよく土下座した。

 髪はぼさぼさで、顔色も悪い。それでも瞳には、強い意志が込められている。



「わたくし、ヨハネ・ウェーバーと申します。先程、この子に刺された者ですわ」


 ヨハネの登場に、周囲の人々がざわめく。

 当たり前だ。刺されて医務室へ運ばれていた少女が、加害者を庇うような真似をしているのだから。


「どうか、この子と話す時間をいただきたいのです。きっとこの子にもなにか事情があるんですわ。どうか、弁明の機会だけでも……!」


 シャルルが戸惑っていると、医者がシャルルの傍でそっと囁いた。


「ヨハネ様は、令嬢たちの中でも、一際レオナを可愛がっておったのです。それなのに、レオナは……」


 お願いします、と繰り返し叫ぶヨハネの声が響く。どうしたものかと迷っていると、レオナが冷ややかな声で言った。


「早く私を連れて行ってください」


 それは、ヨハネに対する拒絶の言葉だった。

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