第40話(リベルタ視点)急展開
ベッドと机、椅子と収納棚、それから本棚。それだけで、狭い部屋はかなり窮屈だ。
勉強をしていたのか、机の上には紙とペン、それから本が無造作におかれている。
「この本は、修道院の所有物なの?」
リベルタが質問すると、レオナはいえ、と首を横に振った。
「ここにあるのは全て私物です。修道院の本は、書庫や図書室に保管されていますから」
「こんなに大量の本、どうやって集めたの?」
本は高級品だ。使用人の少女が簡単に買えるような物じゃない。
「いただいたんです。私が本を好きだと知っているお嬢様方が、不要になったものをくださるんですよ」
レオナの受け答えにおかしなところはない。
貧しいながらも勉学に励み、令嬢たちから可愛がられているのだろう。
でも、本当にそれだけ?
ただのカンだ。でも、彼女にはなにかあるような気がする。
「じゃあ、部屋の中を捜索してもいい? ちゃんと元に戻すから」
「……分かりました」
嫌そうな顔をしたが、やはりレオナは拒まない。彼女の後ろで、アレクがどこか得意げな表情を浮かべた。
収納棚に近づき、一段ずつ中身を確かめていく。一段目は衣類、そして、二段目にはこまごまとした雑貨が入っていた。
その中に、ペーパーナイフが入っている。
手に持ってみると、それなりに重い。切れ味も悪くなさそうだ。
遺体には、小さな傷が複数あったという。ペーパーナイフでも、小さな傷をつけるくらいのことはできるのではないか。
「これは?」
「ペーパーナイフです。その、それがどうかしましたか?」
「少し借りてもいい?」
リベルタがそう尋ねた瞬間、レオナの顔が青くなった。疑われている、という事実を明確につきつけられたからだろう。
それでも、彼女は震える声ではい、と返事をしてくれた。
「リベルタ」
咎めるように名を呼ばれ、アレクへ視線を向ける。アレクは溜息を吐くと、リベルタの手からペーパーナイフを奪いとった。
「お前や俺ならともかく、非力な奴がこれを凶器にできると思うか?」
「力を込めれば可能かと」
「だから、お前の力を基準に考えるな」
ちら、とレオナの腕を見る。細い腕だ。確かに、あまり力はなさそうだ。
「でも、遺体の傷口って、これくらいの大きさじゃなかったですっけ?」
アレクは答えない。いや、答えられないのだろう。
今回、遺体を直接調べることができていないからだ。
被害者となったのは貴族の令嬢たちである。そのため、いつまでも遺体のまま保管し、体の隅々まで調べて調査することは許されない。
特務警察部隊が到着した時点で、既に被害者たちは埋葬されていた。
「とりあえず、これは預かるね」
「……はい」
ペーパーナイフをしまい、捜査を再開する。
他にめぼしいものは出てこなかった。
「じゃあ、俺たちはこれで」
軽く頭を下げ、レオナの部屋を出る。結局、彼女が犯人だという証拠も、犯人ではないという確信も得られなかった。
「それ、どうするんだ?」
「そうですね。傷口の大きさと一致しているかどうかが分かればいいんですけど」
「……報告書の情報が正確だとは限らないからな」
遺体の様子については、伯爵の使用人たちが記録にまとめている。しかし、詳細な情報が記されていたわけではない。
そもそも彼らの一番の目的は事件解決ではなく、事件の話が広がるのを防ぐことだったのだ。
「とりあえず、他の使用人もあたってみましょうか」
「ああ」
◆
屋敷でのパーティーが終わるのとほぼ同時に、リベルタたちは屋敷へ戻ってきた。
あれから使用人たちに話を聞いて回ったものの、特に怪しい人物は見つかっていない。
「彼女が一番、気軽に動けますよね」
リベルタの言葉に、アレクが頷く。レオナを疑いたくはないが、その点に関しては同意するしかないのだろう。
彼女以外の使用人は通いの者が多く、その大半が家族と暮らしている。深夜に出歩いていれば、家族が違和感を持つはずだ。
もちろん住み込みの使用人はレオナ以外にもいたが、高齢の女性ばかりで、令嬢たちとの繋がりも弱かった。
「とりあえず、今日のことを報告するぞ」
「はい」
シャルルの部屋へ向かうと、着飾ったシャルル、マルセル、そしてヘリオスがいた。テーブルの上にはワインがおいてあるから、おそらくパーティーの続きを楽しんでいたのだろう。
「報告にまいりました」
アレクがそう言うと、三人はグラスをテーブルにおいた。
「以前お話していたように、今日はレオナという少女を中心に調べてきたのですが……」
◆
報告を終えると、君たちも一杯飲む? とヘリオスがワインをすすめてきた。アレクと顔を見合わせ、とりあえず頷こうとした、その瞬間。
ノックもなしに部屋の扉が開き、真っ青な顔をした隊員が入ってきた。
「大変です、隊長!」
「なにがあったんだ?」
「パーティーから帰った令嬢が、修道院で刺されたとのことです!」
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