第38話 弱点

 レオナ、という名前をリベルタが出した瞬間、目を大きく見開いたのはアレクである。


「おい、さすがにないだろ」


 アレクにそう言われ、リベルタは目に見えて落ち込んだ。


「待て。リベルタ、お前の考えを聞かせてくれ。レオナというのは……確か、院長のところで働いていた少女だったか?」


 シャルルは実際に修道院へ行ったわけではない。報告書には全て目を通しているが、正直、レオナという少女のことはあまり印象に残っていなかった。


「そうです。その……」


 アレクに対して気まずそうな表情を浮かべつつも、リベルタは話を続けた。


「彼女は修道院の生徒たちとも親しくしていて、ほとんどの生徒と交流があったみたいなんです。もちろん、被害者の五人とも」

「それで?」

「えっと、しかも、彼女は使用人です。使用人は裏門の鍵を持っていると聞いたので」


 リベルタの推測には納得できる部分も多い。門番に賄賂を渡せば正門から出入りできる可能性があるとはいえ、事件発生後は門番もかなり警戒していたはずだ。

 裏門の鍵を持っている人物が犯人であれば、被害者をスムーズに外へ連れ出すことも、夜中に修道院へ戻ることも容易だろう。


「隊長、レオナという少女は今までの被害者の誰よりも若いんですよ。そんな少女が犯人とは考えにくいんですが……」


 アレクの言葉に、でも、とリベルタが口を挟む。


「非力な人物が犯人では? ということでしたよね。彼女でも、何度も刺せば被害者を殺せると思うんです」

「……確かに、そうかもしれないが」


 アレクは、レオナが犯人だという説をあまり推したくないようだ。なんとなくその気持ちも分かる。

 幼い少女が凶悪な殺人犯だなんて、なかなか想像がつかない。


 リベルタは、そういう固定観念には囚われていないんだな。


「それに、動機がありません。虐げられていたならともかく、彼女は令嬢たちからも可愛がられていたんですよ? 裏門の鍵を持っている人物は、他にもいるじゃないですか」


 アレクの言う通り、裏門の鍵を持っているのはレオナだけではない。報告書によれば、院長や他の使用人たちも所持している。


「でも、大人なら、致命傷を先に与えていると思いませんか? それに、親しくもない使用人についていくとは考えにくいですし……」


 リベルタの言葉に、アレクは黙り込んでしまった。


「お前たちの意見は分かった。その少女が犯人かどうか探ってみてくれ」


 隊長、と焦った声を出したアレクに、シャルルは柔らかく微笑む。


「安心しろ。いきなり過酷な取り調べはしない。拘束も控えるように。それから、調査は引き続きお前たちがやれ。アレクはよほど彼女が心配らしいからな」

「……別に、そういうわけではないですけれど」


 言いながらも、アレクは少しほっとしたようだった。レオナという少女が手荒な真似をされないかが心配だったのだろう。

 特務警察部隊の隊員にはきちんと教育してはいるが、やはり貴族の中には平民に対する態度が露骨に悪い者もいる。


 アレクは、そんな連中がいたずらに少女を傷つけることを危惧しているのだ。


「今度、ここでパーティーが開催される。令嬢たちも参加する予定だ。その間、修道院にほとんど人は残らないだろう」


 院長も招待することになるだろうから、修道院に残るのは使用人たちだけだ。その間に調査をしても、レオナが疑われているという噂が広まる可能性は低い。


「お前たちはその間、修道院に出向いて捜査をしてくれ」


 はい、とアレクとリベルタは同時に頷いた。


「今日のところはもう下がっていいぞ、アレク。リベルタは……」


 目が合うと、リベルタは期待に満ちた眼差しを向けてくる。


「マルセルと交代だ。俺の護衛を頼むぞ」

「はい!」


 護衛といっても、部屋にこもっているだけだ。時折隊員たちが訪れ、報告書を提出していくだけである。

 それも、夜になればなくなるだろう。


「腹は減っているか? お前の分も、ここに夕食を用意させよう」

「すごく減ってます!」


 元気よく返事をし、リベルタは満面の笑みを浮かべた。


 どうも俺は、こいつの笑顔に弱いみたいだな。


「それなら、甘いデザートも用意してもらおう。捜査を頑張った褒美だ」

「ありがとうございます、シャルル様!」


 心底嬉しそうな顔をしているリベルタを見ると、心が温かくなる。一緒に食事をしようと誘っただけでこれほど喜んでくれる人なんて、きっと他にいない。

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