第37話 怪しい人物

「パーティー?」

「ええ、ぜひ、殿下やマルセル様に参加していただきたいのです。そして、女学校に通う生徒たちも招待できたら、と。物騒な事件のおかげで、彼女たちは怯えていますから」


 満面の笑みを浮かべ、伯爵はそう言った。

 マルセルがちら、とシャルルの反応を窺う。


 伯爵の意図は見え透いている。この機会に、シャルルやマルセルを始めとする上級貴族たちとの親交を深めたいのだろう。

 ただでさえ領内で事件が起こって他の貴族からの評価が下がっている状況だ。焦るのも無理はない。


 それに、シャルルたちがここへきてから仕事ばかりで、伯爵との交流はほとんどない。そのことに不安を抱き、パーティー開催を思いついたのだろう。


「怯えている彼女たちにとって、パーティー開催はよい息抜きになると思うのです。それに、貴族としてのマナーを学ぶよい機会にもなるでしょう」

「……女学校に通う生徒らは、男性と話すことを禁じられていると聞いたが?」

「ええ。ですが、今回は特例ということで。殿下も参加なされるパーティーであれば、彼女たちの保護者も納得していただけるはずです」


 伯爵の言う通りだ。男性と話さないように、というルールは、令嬢たちが身分の低い男と恋に落ちるのを防ぐためである。

 シャルルやマルセルといった身分が高い者だけが参加するパーティーであれば、嬉々として参加を許可するだろう。


「どうでしょうか、殿下」


 伯爵の提案はシャルルにとってもメリットがないわけじゃない。伯爵や貴族の令嬢たちと親しくしておけば、後々助かることもあるだろう。


 それに、令嬢たちが怯えているというのも事実だ。彼女たちの不安を取り除き、少しでも気持ちを楽にしてやるのも、特務警察部隊の仕事かもしれない。


「分かった。その誘い、ありがたく受けよう。ただ、パーティーに慣れない隊員もいる。参加するのは、慣れた者たちだけでいいか?」

「はい、もちろんでございます」


 シャルルを始めとする一部の隊員だけが参加するのであれば、それほど捜査にも遅れは出ないだろう。


「ありがとう。詳しい日時が決まったらまた教えてくれ」

「はい」


 丁寧に頭を下げ、伯爵は部屋を出ていった。直後、マルセルが嫌そうに溜息を吐く。


「そのパーティー、俺も参加するんだよな」

「当たり前ですよ、叔父上」

「……できれば遠慮したいんだがな」


 マルセルはもちろん、パーティーには慣れている。だが、あまり好んではいない。酒や上手い料理は好きだが、堅苦しい雰囲気は嫌いなのだ。


 リベルタはまだ、参加させられないな。


 リベルタにはまだ、パーティーのマナーは教えていない。それに、貴族だらけの中にリベルタだけを連れていくのも他の隊員からよく思われないだろう。


 いずれリベルタにもそれなりのマナーを教えないと、とシャルルが考えていたところで、部屋の扉が控えめにノックされた。


「入っていいぞ」


 声をかけると、扉がゆっくりと開く。そこに立っていたのは、リベルタとアレクだった。聞き込み調査の報告にきてくれたのだろう。


「隊長、マルセル様、報告にあがりました。……ヘリオス様もお呼びしましょうか?」


 アレクの言葉にマルセルが首を横に振る。


「あいつは今出かけている。ヘリオスには、後でアレクが報告しておいてくれ」

「かしこまりました、マルセル様」


 アレクが話している間も、リベルタはちらちらと視線をシャルルに向けてきた。あからさまな視線がいじらしくて、笑ってしまいそうになる。


「それで、聞き込み調査はどうだった? なにか進展はあったか?」


 シャルルが聞くと、アレクが聞き込み調査の結果を簡単に話してくれた。

 被害者はいずれも社交的な人物であり、交友関係が広いという特徴はあったが、特定の人物との繋がりが深いわけではない、ということだ。


「正直、さっぱりです。貴族の令嬢は血を見ただけで卒倒するような方々も多いですし、殺人に及ぶなんて……」


 アレクの言葉には同意だ。とはいえ、状況からみて、全く無関係の人間が犯人だとも思えない。


「リベルタはどうだ? 何か気づいたことはあったか?」

「……あの、根拠は今のところ、全くないんですけど」

「なんでもいい。言ってみろ」


 リベルタは少しだけきょろきょろした後、ゆっくりと口を開いた。


「怪しいかもと思った人物が、一人いたんです」


 リベルタの言葉に反応したのはシャルルだけではない。部屋の中にいた全員が、じっと彼を見つめた。


「誰なんだ、それは?」

「レオナという、下働きの少女です」

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