第36話(リベルタ視点)聞き込み調査、再び

「で、また俺がお前と組むことになったわけか」


 リベルタを前にして、アレクは分かりやすく溜息を吐いた。けれど本気で嫌がっているわけじゃないことはもう分かる。


「はい。よろしくお願いします」

「ああ。修道院には貴族のご令嬢しかいない。口には気をつけろ。……まあ、俺も、人に言えるような柄じゃないけどな」


 今日の仕事は、修道院内での聞き込みだ。被害者たちの人間関係の詳しい調査が目的である。


「貧民街での聞き込みとは勝手が違う。言葉遣いや行動に気をつけろ。相手を怯えさせてしまったら、まともに答えてはもらえないからな」

「はい」


 アレクの後について、修道院の敷地へ入る。捜査をすることは事前に伝えており、隊員証を見せれば中へ入れてもらえる手筈になっているのだ。


「しかも、ここの令嬢たちは男と話すな、という規則があるそうだ。捜査に協力する場合は別だと院長から伝えてもらってはいるが……」


 アレクがちら、と近くにいた令嬢たちへ視線を向ける。すると令嬢たちは、そそくさと物陰に隠れてしまった。


「隊長やヘリオス様のような美しい方なら、まだ話は聞いてもらいやすかっただろうけどな」

「……ですね」


 アレクの顔立ちはかなりきつい。令嬢からすれば、きっと恐ろしいはずだ。

 リベルタも特徴的な髪の色を隠すためにフードを深くかぶっているから、怪しく見えてしまうだろう。


 俺たち二人がここで聞き込み調査って、ちゃんとできるのかな。

 いや、シャルル様に任された以上、きちんと結果を出さないと……!


 シャルル様は期待していると言っていた。だったら、その期待に応えなければならない。


「とりあえず、話を聞いてくれそうな人を……あっ、あの子はどうでしょう?」


 宿舎だという建物の前で、掃き掃除をしている少女がいた。


「確かあれは、令嬢ではなく使用人の娘だな。俺が院長に話を聞いた時も、傍に控えていた。行ってみるか」


 令嬢ではなく使用人であれば、男と話すな、という規則は適用されないはずだ。令嬢同士の人間関係をどこまで知っているかは分からないが、話を聞く価値はある。


「ちょっといいか?」


 アレクが声をかけると、使用人の娘……レオナはびくっと肩を震わせた。ほうきをぎゅっと両手で握り締め、なんでしょう? と引きつった笑顔で応じる。


「怯えるな。ただ、俺たちは話を聞きたいだけなんだ。ここで起きた事件の被害者について、なにか共通点はないかとな」

「……わ、私がお役に立てるのでしたら」

「被害者の五人の関係はどうだ? 親しかったのか?」


 アレクの言葉に、レオナは少しの間考え込んでいた。そして口を開いた頃には、彼女はもう震えていなかった。


「皆さん、ここへきた時期も年齢も違いますし、すごく親しくされていたわけではありません。不仲だったわけではなく、食堂などで顔を合わせれば、にこやかにお話しておられました」

「よく見ているんだな」

「私は食堂での給仕係もやっております。幼い頃からここにいるので、皆さんのことは覚えているんです」


 レオナの言葉に二人は感心した。ここにいる令嬢の数は少なくない。なのに全員覚えているなんて、彼女はかなり記憶力がいいのだろう。


「彼女たちが、誰かから恨まれていた……なんてことは?」

「ありません。とても明るい方で、多くの方に慕われていましたから。皆さん気さくな方で、使用人である私のことも気にかけてくださいました」

「そうか。彼女たちの共通の友人はいるか?」

「全ての人間関係を把握してはいませんが、それほど親しい方はいないかと。もちろん、顔見知り程度の方であれば、たくさんいらっしゃいます」


 それからいくつか質問を繰り返したが、あまり収穫は得られなかった。ありがとう、と礼を言い、二人はレオナから離れる。

 するとすぐに、多くの令嬢たちがレオナを取り囲んだ。


 大丈夫だった? とか、何を聞かれたの? と次々に質問を浴びせられ、その一つ一つにレオナが丁寧に答えている。


「あの」


 たまたま近くを通りかかっていた令嬢に、思いきってリベルタは声をかけてみた。


「な、なんですの?」


 驚いた様子ではあるが、きちんと立ち止まってくれた。


「彼女は、ずいぶんと可愛がられているようですね」


 彼女はただの使用人のはずだが、令嬢たちの態度は優しい。身分が低い者を人と思わないような貴族も多いが、ここでの教育によるものだろうか。


「あの子は、幼い時からここにいるらしくて……年長者にとっては、妹みたいな存在だと聞いていますわ。それに賢くて気が利く素敵な子ですもの」

「へえ、そうなんですか」

「ええ。読み書きもできるし、ちょっとした計算もできますの。彼女に勉強を教わる子もいるくらいですのよ」


 誇らしげな口調から、レオナへの好意が窺える。なるほど、とリベルタが頷くと、それではこれで、と令嬢はそそくさと立ち去ってしまった。


「リベルタ、行くぞ。遅くならないうちに、できるだけ多くの令嬢から話を聞きたい」

「はい」


 人間関係や人柄について聞く場合は、複数人に聞かなければいけない。人によって、見えているものが全く違うからだ。

 というのは、アレクの教えである。


 歩きながら、シャルルのことを考える。今頃、屋敷でなにをしているだろうか。無理をしてはいないだろうか。


 マルセルが傍についているなら、心配することはなにもない。そう分かっていても、心配なものは心配だ。


 早く帰って、シャルル様のお傍にいかなくては……!

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