第35話 リベルタの推理
給仕係はすぐに二人分の紅茶と甘いケーキを用意してくれた。必要な物があれば何でも言ってください、という言葉通り、ケルクス伯はよくしてくれている。
もちろんただの優しさからではなく、第二王子に取り入ろうという下心があるのは明らかだが。
紅茶を一口飲み、次いでフォークを握る。柔らかいスポンジをふわふわの生クリームでコーティングしたケーキは、王都でもなかなかないほど美味だ。
「美味しいですね、シャルル様」
「ああ」
あっという間に、リベルタはケーキを食べ終えてしまった。残念そうな顔が子供みたいで、なんだか癒される。
「ヘリオスの報告を聞いて、どう思った?」
「どう、とは?」
「どんな奴が犯人で、どんな風に捜査を進めていけばいいと思う?」
リベルタは難しい表情になり、少しの間黙り込んだ。しかし思考を放棄しようとせず、ちゃんとシャルルの質問について考えるのは偉い。
「俺は、そうですね……犯人は、非力な人だったのではないかと」
「ほう。どうしてそう思う?」
「小さい傷がたくさんあって、死因は出血多量だと言っていました。だから、一発で相手を仕留められないような人物が、犯人なんじゃないかって」
シャルルが頷くと、リベルタは話を続けた。
「だって、逃げられたり、騒がれたりしたら面倒じゃないですか。犯人にそういう趣味があったのなら、話は別ですけど。ヘリオス様は犯人が被害者を呼び出したと言っていましたし、無理に連れ出せないような、非力な人が犯人だと思ったんです」
リベルタの言う通りかもしれない。殺害現場は人通りの少ない場所だったが、それでも誰かに悲鳴を聞かれる可能性はある。
にも関わらず致命的な傷が遺体にないのは、犯人がその傷をつけることができなかったから、と考えるのは自然だ。
「だから俺は、修道院の人が犯人だと思うんです。被害者を呼び出すのも簡単でしょうし、女の人しかいませんし……」
「なるほどな」
次々と起こる殺人事件に対して怯えていても、同じ学校に通う仲間を疑う気持ちにはならないのかもしれない。
「じゃあリベルタは、犯人が被害者と仲のよかった生徒だと思うのか?」
「……仲がよかった子かどうかは分かりません。逆に、怖い人で、呼び出しに応じるしかなかったのかもしれませんし」
女学校に通う令嬢たちの家柄は様々だ。身分にとらわれない交流も中にはあるだろうが、貴族社会には階級意識が深く根づいている。
身分が高い生徒に呼び出されれば、下級貴族の娘が断ることはできないだろう。
とはいえ、被害者の家柄がとりたてて低いわけでもないな。
彼らより身分が高い者に絞って捜査をする、という考えもあるが……。
「捜査はどう進めていくべきだと思う?」
「俺としては、修道院内部の人間関係について、細かく調べてみるべきかと」
リベルタは自信なさげにシャルルの目を見つめる。上出来だ、と褒めてやると、リベルタは安心して大きく息を吐いた。
「なら、お前が調べてみるといい」
「え? でも、俺はシャルル様のお傍にいないと」
「その間、護衛はマルセルに依頼する。明日からは俺も、さすがに書類仕事くらいはするつもりだ」
ヘリオスに言われた通り、おとなしくはしているつもりだ。しかし今日のように、一日の大半をベッドの上で過ごすつもりはない。
指示を出したり、書類仕事を進めるくらいのことはできるだろう。
「……でも。マルセル様は、お忙しいのでは?」
不満げな顔でリベルタが言う。護衛の任を譲りたくないと顔に書いてあって、思わず笑いそうになった。
「ああ。そうだ。あいつは忙しい。引き続きお前に護衛を頼むべきだと、ほとんどの人間が言うだろうな」
だったら……と開きかけたリベルタの唇を、そっと人差し指で押さえる。
「俺は、お前に期待してるんだ」
リベルタはあまり頭はよくないが、鈍いわけじゃない。観察力もあるし、考えようとする意志もある。
今回の事件に関して、リベルタの見立ては大きく外れてはいないだろう。
「事件解決に貢献した者には、褒美を与えることができる」
「俺は別に、ご褒美なんていりませんけど」
「俺が与えたいんだ、お前に」
鳶色の瞳をじっと見つめる。目を逸らさずにいると、リベルタはゆっくりと頷いた。元々、シャルルの言葉を拒否できないことは分かっている。
「分かりました。シャルル様の期待に応えられるよう、頑張ります」
「ああ、頼む」
リベルタが戦闘以外でもきちんと功績を上げることができれば、それに見合った地位を与えられる。
そうすればきっと、周りもリベルタを認めずにはいられないはずだ。
厄介な存在だから処分しろ……なんてことは、誰も言えなくなるに違いない。
この先リベルタがなにかを過ちを犯してしまったとしても、それを誤魔化せるほどのものがあれば、彼を殺さずに済む。
俺はやっぱり、こいつを殺したくなんかないんだ。
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