第34話 たまには

「シャルル様、シャルル様……」


 リベルタの優しい声で、シャルルは目を覚ました。窓の外へ視線を向けると、もう日が沈み始めている。


 ゆっくりと身体を起こす。今日は一日中休んでいたからか、身体が軽い。足の痛みも、かなり和らいできた。


「ヘリオス様とアレクさんが、ご報告にきています。それで、あの、どうしますか? まだ眠っていたいようだったら、そう伝えますけど」

「いや、そういうわけにはいかない。二人を部屋に通してくれ」


 シャルルは今日、朝からずっと休んでいた。そんなシャルルが、朝から捜査をしてくれていた二人を追い返すわけにはいかない。


「分かりました。じゃあ、そう伝えます」


 リベルタは部屋の外に出て、二人を招き入れた。シャルルもベッドから下り、部屋の中央にあるソファーに腰を下ろす。

 何も言わなくても、リベルタが冷たい水を用意してくれた。


 昨日からずっとこうだ。リベルタは付きっきりでシャルルの看病をしてくれている。


「調子はどう?」


 機嫌よさそうに笑いながら、ヘリオスが正面に腰を下ろした。アレクはしっかりと礼をしてからその隣に座る。


「リベルタ。お前も座っていいぞ」


 声をかけると、リベルタは笑顔でシャルルの横に座った。向かい側に二人が座っているというのに、身体の向きはシャルルにだけ向けられている。

 シャルルが怪我をしてしまったことをよほど気にしているのか、昨日からこの調子だ。


「聞き込み調査の結果と、僕の予想について話をしようと思ってるんだけど、いいかな」

「ああ、聞かせてくれ」


 朝マルセルから聞いた報告によると、捜査班はヘリオスを中心に聞き込み調査を行い、戦闘班はマルセルを中心に周囲の警備にあたっているそうだ。


「僕たちが修道院で聞いた話、それから近隣の住民から隊員たちが聞いた話をまとめると……」


 ヘリオスは分かりやすく、要点をまとめて説明してくれた。

 近隣住民は事件についてほとんど知らなかったようで、主な情報源は修道院の院長であるクリスティーヌという女性だ。


「で、ここからは僕の予想。犯人は、被害者と親しい……あるいは、被害者の上に立っている人物だと思う」

「なぜだ?」

「犯人が、自ら殺害場所にきたんだと思うから」


 その推理には納得できる。聞いた限り、夜中に修道院から出ることはできそうだが、中に入るのはかなり困難だろう。

 仮に犯人がどうにかして中へ入ったとしても、被害者を強引に外へ連れ出すのはさらに大変に違いない。


 だとすれば、呼び出して外で殺害した……という可能性が高いはずだ。


「一人目はともかく、二人目以降は事件が起こった後に外へ出ている。よっぽど相手を信頼していたんだろうな」

「うん。もしくは、絶対に誘いを断れない相手か。そのどっちかだろうね」

「そうだな。そうなると、被害者の共通点を知りたいところだが……なにか見つかったか?」

「院長の言っていた通り、共通点はほぼなかったよ。辛うじて一つだけ見つかったけど」


 口ぶりから察するに、たいした共通点ではなかったのだろう。しかし、聞かないわけにはいかない。


「なんだ?」

「全員、学業の成績が悪かった」

「……なるほどな」


 確かに共通点かもしれないが、あまりヒントにはならなそうだ。


「とりあえず引き続き聞き込み調査を続ける予定だよ。マルセルたちが見張っている間は、犯人もおとなしくしているだろうし」

「ああ、分かった」

「隊長は明日もおとなしくしててよ」

「……ああ」


 ここにきた以上、自分もなにかしたい……というのが、シャルルの正直な気持ちだ。しかし、傷が完治しない状態で動きまわっても、みんなに迷惑をかけるだけだとも自覚している。


「じゃあ、またね。ゆっくり休んで」


 長居する気はなかったようで、話が終わると二人はすぐに部屋を出ていってしまった。いつもならなんとも思わないが、一日中部屋にこもっていた今日はなんだか寂しく感じる。


「リベルタ」

「はい」

「酒でも飲みたい。持ってきてくれないか?」


 微笑んでじっとリベルタを見つめる。

 するとリベルタは、申し訳なさそうな声でだめです、と言った。


「お酒はだめだと、ヘリオス様が言ってたじゃないですか」

「もう大丈夫だ」

「でも、やっぱりだめです」


 予想通りの返答だ。けれど、不貞腐れたふりをしてそっぽを向く。


「あの、他の物ならちゃんと用意しますから。俺はシャルル様が心配なだけなんです」

「じゃあ、なにか甘い物でも。さすがに眠り過ぎた。甘い物を食べながら、少し話さないか?」

「はい、ぜひ!」


 そう言って立ち上がったリベルタの顔は、とてもいきいきとして見えた。


 ゆっくりするのも、たまには悪くないかもしれないな。


 どうせ少しすれば、忙しい日常へ戻る。あとちょっとだけ、身体と心を休めるのもいいのかもしれない。


 それに。


 こうして二人で過ごしている時のリベルタは全く怖くない。むしろ、一緒にいるだけで心が穏やかになるような存在だ。


「そうだ。シャルル様、飲み物はどうします? 甘い物に合うのは紅茶ですか? それとも、甘い果実水を用意してもらいますか?」

「紅茶にしてくれ」

「了解です!」


 楽しみですね! とリベルタは満面の笑みを浮かべる。そして、部屋のすぐ外に控えている給仕係のところへ向かった。

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