第33話(ヘリオス視点)お気に入り
「ようこそおいでくださいました」
二人の姿を見るなり、ここの院長であるクリスティーヌは深々と頭を下げた。喪服のように黒い質素な服に身を包み、長い髪をたらしている。
年相応の顔立ちではあるものの、姿勢が美しく、優雅な女性だ。
「ご足労、感謝いたします。すぐにお茶を用意させますわ」
そう言うと、クリスティーヌは後ろを振り向いた。部屋の隅に控えていた少女が慌てて部屋を出ていく。
「先程の娘も、ここの生徒なんです?」
ヘリオスが尋ねると、クリスティーヌは首を横に振った。
「あの子はここの給仕係です。親を早くに亡くしたので、幼い時からここにいるんですよ。働き者で、立派な子です」
「なるほど。ここに暮らしているのは、貴族の子女ばかりではないのですね」
頷いてから、ヘリオスは視線をアレクに送った。取り調べはアレクに任せると伝えているのだから、あまり喋り過ぎないようにしなくては。
二人が椅子に座って少しすると、先程の少女が紅茶を持って戻ってきた。
「どうぞ」
院長に促され、二人は紅茶を口に運んだ。茶葉がいいのか淹れ方が上手いのか、かなり美味しい紅茶だ。
「早速ですが、近頃このあたりで起こっている事件についてお聞きしたいんです」
アレクがそう言うと、院長は頷いた。
「レオナ、貴女は部屋に戻っていなさい」
「かしこまりました」
レオナと呼ばれた少女が部屋を出ると、院長が事件についての説明を始める。
「事件の詳しい話は、あまり子供たちにはしないようにしているんです」
「だから、先程の子も部屋に返したんですね?」
「ええ」
なるほど、と頷きながらアレクがメモをとる。どれだけ些細なことでも聞いたことはちゃんと記録しておくように、というのはヘリオスが教えたことだ。
入隊して以来、アレクはずっとヘリオスの教えを守ってくれている。
「今まで、殺されたのは5人です。全員がうちの生徒でした。一番幼い子は15歳、一番年齢の高い子は18歳です」
「なにか、その5人に共通点は?」
「正直、これといった共通点は……。家柄に関しても、下級貴族の子もいれば、上級貴族の子もいましたから」
「殺害時間や、殺害方法に共通点は?」
アレクが尋ねると、院長は目を伏せた。生徒たちの遺体を思い出してしまったのかもしれない。
「遺体が発見されたのは、皆、朝です。朝になっていないことに気づいて、慌てて探すと、敷地の外で遺体が発見されました」
「全員、敷地の外なんですね?」
「はい。ですが、ここからそう離れてはいません。近くの、人通りのない林の中などで遺体が発見されました」
淡々とした声で、院長は事件について語っていく。
聞き取れた情報は、簡単にまとめると、
・被害者5人は、15歳~18歳の少女
・遺体発見は朝、場所は修道院外
・遺体には複数の刺し傷があるが、どれも深くはなく、死因は出血多量と思われる
の3点だ。
「お話しくださり、ありがとうございます。確認したいことがあるんですが」
アレクが言うと、なんなりと、と院長が頷いた。
「夜間の出入りは認められているんですか? 門番もいましたが」
ちゃんと聞くべきことを聞いたね、と褒めそうになるのを我慢する。褒めるのはここを出て、二人きりになってからだ。
「生徒たちが夜間に外出することは禁じられています。そういうお約束で、親御さんたちから預かっていますから」
「なるほど。では、夜中にここを出ようとすれば、門番に止められるということですね?」
「ええ、そのはずです。ただ……」
一瞬、院長は気まずそうに下を向いた。だが、軽く息を吐いてすぐに顔を上げる。
「出入りする方法が全くないわけではありません。裏門を使うか、門番に金を渡して開けてもらうか……。以前から深夜に外出し、外にいる恋人と逢瀬を繰り返す問題児もいるんです」
ここには、素行の悪さを治すことを目的に送られる令嬢もいると聞いている。だが、住む場所が変わっただけで人間の性質が簡単に変わるとは思えない。
親の目が届かないのをいいことに、遊んでいる少女もいるということだろう。
「裏門にも門番が?」
「いえ。小さい門ですので、数名が鍵を管理しています。鍵を持っているのは私と使用人だけですね。使用人は通いの者も多いですし、食料や生活物資も、裏門から運び込みますから」
「なるほど」
頷いて、アレクはヘリオスに視線を向けた。まだなにか聞くことがあるか? と確認しているのである。
ない……と言ってやりたいところだが、大事なことがまだ一つある。
「被害者になった生徒たちの情報を教えてくれませんか。家柄や見た目、性格や交友関係をまとめたものがあれば、ありがたいのですが」
「生徒ごとに情報をまとめた書類を保管しております。後で、写しをお届けしますね」
「お願いします」
共通点がない、という院長の言葉を無条件に信じるわけにはいかない。一人ひとりのことを知れば、なにか分かることがあるかもしれないのだから。
「では今日のところはこれで。またお話を聞きにくるかもしれませんが、その際はよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げ、アレクと共に部屋を出る。すぐに伯爵の屋敷へ戻り、聞いた情報を他の隊員たちに共有しなくてはならない。
修道院の敷地を出て少し歩いたところで、ヘリオスは立ち止まって振り返った。
共に歩く時、アレクはいつもヘリオスの後ろを歩くのだ。
僕は別に、隣を歩いてくれて構わないんだけどね。
「聞き取り調査、悪くなかったよ」
「……ですが、不足していたでしょう」
「それはそうだけど。でも、必死な君を見るのは楽しかったよ。よっぽど、お小遣いが欲しかったんだね」
くすっと笑うと、アレクは分かりやすく顔を顰めた。
「そうですよ。ヘリオス様のような大金持ちには、分からないかもしれませんけれど」
少し棘を孕んだ声は癖になる。こんな反応をしてくれるから、ついついからかいたくなってしまうのだ。
「いいよ。ご褒美、あげる。でも代わりに今度、休みの日に買い物にでも付き合ってね」
「……はい」
心底嫌そうな顔で頷いたアレクを見ると楽しくなってしまう。他の隊員なら、尻尾を振ってついてきてくれるというのに。
それに、なんやかんや言いつつ、僕の言うことは絶対聞いてくれる。
こんな子、手放したくないに決まってるよね。
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