第30話 お互い様
「約束……?」
「はい。どうしても、シャルル様に約束してほしくて」
リベルタは身を乗り出し、真剣な眼差しでシャルルを見つめた。
強い眼差しに、思わず頷きそうになってしまう。
「どんな約束だ?」
「ずっと、傍にいさせてください。いらなくなったら、いつでも殺していいですから」
「……は?」
言われたことの意味が分からず、シャルルは呆然としてリベルタを見つめ返した。
「もしこの先、シャルル様が俺が怖くなって……本当に、俺がいらないと思ったら、傍においておけないと思ったら、俺を殺してほしいんです」
やはり、リベルタに対して恐怖を抱き始めてしまったことを悟られていたのだ。
のほほんとしているように見えて、リベルタは意外と鋭い男なのかもしれない。
「ちゃんと言われた通りにできるか、俺自身も、自信がなくて」
リベルタの手が小刻みに震えている。それを見て、怖いのは自分だけではないのだと気づいた。
彼の中にはきっと、戦闘民族の本能のようなものがある。それをシャルルは理解できていないし、これから先だって、理解できないのかもしれない。
そしてリベルタだって、それを完全に制御できるわけじゃないのだろう。戸惑いも、怯えだってあるのかもしれない。
「だからもし、俺を傍においておけないと思ったら、シャルル様、貴方が俺を殺してください。その代わり、俺はシャルル様が望むことなら、なんだってしますから」
情熱的な言葉に、どんな顔をすればいいか分からなくなる。
「それと、もう一つ」
「まだ何かあるのか?」
「シャルル様が死ぬ時は、ちゃんと俺を殺してからにしてください」
リベルタの手が伸びてきて、そっとシャルルの手を握った。震えているリベルタの手を、ぎゅっと握り返す。
「貴方に出逢って、俺の世界は変わりました。もう、色のない世界に戻るのは嫌なんです。俺は貴方のものです。だから……好きに使って、最後はちゃんと、処分してください」
「……そんなこと」
以前、ヒューに言われたことを思い出した。
ヒューはリベルタを殺すべきだと主張したのだ。リベルタが、あまりにも危険だからと。
「それに、死に方を自分で決められるなら、俺は貴方に殺されたいと思いました」
俺の傍で俺のために生きて、最後は俺に殺されたい?
あまりにも重たい言葉だ。言葉が質量を持って、シャルルを押しつぶそうとする。けれどやはりそれは、どこか心地よくもあって。
「……分かった。約束しよう」
気づけば、シャルルはそう口にしていた。
だが、自信なんてない。もしそんな時がきたとしても、自らの手でリベルタを殺すことなんてできるのだろうか。
「よかった……」
安心したように笑うと、リベルタは盛大なあくびをした。
「部屋に戻って休め。俺はもう大丈夫だから」
「シャルル様……」
「俺を守るために、ちゃんと回復しておけ」
そう言うと、しぶしぶリベルタは立ち上がった。何度も振り返りながら、ゆっくりと部屋を出ていく。
「俺も寝るか」
今は何も考えたくない。そっと溜息を吐いて、シャルルは目を閉じた。
◆
用意された馬車に乗り込む。今の身体では馬車に座っているだけでもきついが、そんなことは言っていられない。
馬車に同乗するのはヘリオスだ。他の隊員たちは馬に乗り、シャルルが乗る馬車を護衛してくれている。
当初の予定では5人でケルクス伯領へ向かう予定だったが、結局、30人という大所帯になってしまった。
十分な護衛をつけないのであればケルクス伯領へ行くのは許さない、とヒューが頑なに主張したからである。
「こうして守られているだけというのは、情けないな」
「そう? 僕は楽でいいけどね」
ヘリオスはくすっと笑った。
「それに、守りたいと思わせるのも、上に立つ者には必要な素質だよ」
「……分かっている」
「だったら、そんな暗い顔はやめなよ。まだ傷が痛むんじゃないかって、みんなが心配するだけだ」
「そうだな」
馬車の窓から、外の様子を窺う。馬車の真横を守るのはリベルタで、彼と目が合った。
子供のように無邪気な笑みを一瞬浮かべたが、すぐに真剣な顔に戻って前を向いた。この間のことを思い出し、警戒しているのだろう。
「ヘリオス。なんであいつは、こんなに俺が好きなんだろうな」
「それ、自分で言うの?」
「事実だろう」
「いつもみたいに、俺が美しいからだな、なんて馬鹿みたいに笑ってればいいのに」
上司に対してかなり失礼な言葉だが、怒る気にはなれない。
マルセルの幼馴染であるヘリオスにとって、シャルルは甥のようなものなのだ。
シャルルだって、今さらヘリオスに礼を尽くしてほしいなどとは思っていない。
「で、隊長はいったい、僕になんて答えてほしいの?」
意地悪な笑みを浮かべ、ヘリオスがじっとシャルルを見つめてくる。全てを見透かすような瞳から、とっさに目を逸らしてしまった。
「僕からすれば、君たちはお互い様としか思えないけどね」
そんなこと……とは言い返せなかった。あまりにもずっと、リベルタのことを考えてしまっている自分に気づいたから。
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