第27話 出張
ケルクス伯領は、南部に位置するのどかな場所だ。野菜や果物の農産品が有名であり、領内にある修道院の存在が広く知られている。
ケルクス修道院は通常の修道院とは異なり、貴族の少女の学校を兼ねているのだ。社交界デビュー前の少女たちが教育を受ける。
「ケルクス伯領での少女だけを狙った殺人事件ということは、被害者は貴族の令嬢か?」
「はい。そのせいで……という言い方もなんですが、ケルクス伯は最初、騒ぎになるのを恐れ、特務警察部隊に届け出ず、内々に事件を解決しようとしたそうです」
ケルクス修道院の院長はケルクス伯爵ではないが、修道院の所有者は伯爵である。管理責任を問われるのは当たり前だ。
「ですが被害者数が増え、怯え始めた少女たちが実家へ手紙を送り、今回の事件が明らかになりました。伯爵からの依頼ではなく、親たちからの依頼です」
「分かった。既に伯爵へ連絡しているか?」
「はい。滞在中は屋敷に泊めてくれるそうです」
「分かった。すぐに移動の手配を」
頷いて、ヒューが部屋を出ていく。ここからケルクス領へは、馬車で約三日はかかる。馬に乗っていけば早く到着するが、それでも途中で一泊はしなければならないだろう。
「リベルタ、次の仕事は南だ」
「遠いんですか? まだ俺、地図を覚えられてなくて」
「それなりにな。準備が整えば、今日中にここを出る」
のんびりしていれば、貴族たちの反感を買うだろう。今回は馬車ではなく、馬で急いだ方がよさそうだ。
「リベルタ、お前、馬に乗れるか?」
「はい。ここへきてから乗馬訓練を受けましたから。移動するのに問題はないと思います」
「分かった。なら、ついてこい」
「はい!」
初めての遠出だ……なんて、リベルタは嬉しそうにしている。不謹慎な、と思わないでもないが、深刻な顔をすれば事件が解決できるわけでもない。
それにしても、出張は久しぶりだな。
最近、地方の仕事は部下に任せることが多かったから。
できる限り現場にいきたいとは考えているが、時間には限りがある。そのため、よほどの事情がない限り、シャルルは出張には参加しない。
しかし今回は例外だ。
「とりあえず、朝食をさっさと食べないとな」
二日酔いでの乗馬は想像するだけで憂鬱だが、仕方がない。せめて出発までの間、体調回復に努めるとしよう。
◆
今回、出張に参加するのはシャルルとリベルタの他に、ヘリオスとマルセル、それからアレクである。
人選はヒューに任せたが、予想通りの面子だ。
「くれぐれも気をつけてくださいね」
見送りにきたヒューが心配そうな表情で言った。
「そんなに心配することはない。別に、他国へいくわけじゃないんだから」
「それはそうですが、馬での遠出も久しぶりでしょう。落馬などなさらぬように」
「俺が落馬なんてするはずないだろう」
いくら久しぶりだとはいえ、乗馬には慣れている。そんな初歩的な失敗をするはずがない。
「留守の間、頼んだぞ」
「はい。なにかあれば、すぐに早馬で知らせます」
ヒューがいれば、なにかトラブルが起こってもしっかりと対処してくれるだろう。
振り返ると、マルセルとヘリオスが楽しそうに話していた。話題は、今夜の食事についてである。
今夜はヒューが手配した宿に一泊し、明日の昼過ぎにケルクス領へ到着する予定なのだ。
「叔父上」
「ああ、悪い。つい、久しぶりの出張に浮かれてな」
「しかもケルクス領は酒も食事も美味しいと評判だからね」
ヒューは呆れたように溜息を吐いたが、直接文句を言うことはない。隊長であるシャルルに対しては、口うるさく文句を言ってくるというのに。
「じゃあ、行くか」
先頭を進むのはマルセルだ。彼の愛馬・チャーリーは立派な黒馬である。
マルセルの後ろを、ヘリオス、シャルル、リベルタ、アレクの順で進む。
風が心地いい。仕事をしに行くのだと分かっていても、つい心が弾んでしまう。
少しだけ振り向くと、満面の笑みを浮かべたリベルタと目が合った。
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