第24話 乗り込み

「全員集まったな」


 中庭に集まった隊員を確認する。マルセルを筆頭に、今日は約20名の隊員で賭博場へ乗り込む予定だ。


 潜入捜査の時と違って、身分を隠す必要はない。しかし逃げられるのを防ぐために、賭博場へ突入するまでは正体を隠す必要がある。


 そのため、20人全員が共に移動するのではなく、私服姿で貧民街へ行き、レストラン前で集合して一気に突入する予定だ。


「計画通り、一班から順に屋敷を出るように」


 シャルルが指示すると、三名の隊員が動き出した。隊員を2人か3人の班に分けており、突入までは各班で行動するのだ。


 シャルルが行動を共にするのはマルセルとリベルタである。


「リベルタ」

「はい」

「店側の人間を一人でも多く捕まえることが最優先だ。だが、生かしたままだぞ」

「分かりました」


 真剣な顔でリベルタが頷いた。





 シャルルがレストラン前に到着した時には既に、他の隊員たちは周辺に集まっていた。

 軽く右手を上げて合図し、全員をレストランの前に集合させる。


 入り口が一か所しかないことは事前に確認済みだ。

 一階にいる人間を捕らえる隊員と、地下へ向かう隊員も決めてある。


「いけ」


 シャルルの命令に従い、隊員たちがレストランの扉を破壊した。そのまま、勢いよく店内へ突入する。


 いよいよだ。

 何度経験しても、この瞬間は緊張してしまう。


「なんだ!?」


 店内にいた給仕係が驚いて声を上げる。隊員たちはすぐに彼らを捕らえた。どうやら、仮面の男は一階にはいないようだ。


 シャルルは双剣をぎゅっと握り、地下へ駆け出した。階段は狭く、一人ずつしか下りられない。

 不便だが、相手も簡単には逃げられないということだ。


 地下には、既に多くの隊員がいる。一階にいた給仕係と地下にいる給仕係では格が違うようで、地下室のあちこちで激しい斬り合いが始まっていた。


「店主を捕らえろ!」


 部屋中を見回す。仮面の男は部屋の隅にいた。四人の給仕係に守られ、焦った顔で周囲を見回している。

 シャルルは覚悟を決め、店主に向かって駆け出した。


「我々は特務警察部隊だ。抵抗すると罪が重くなるぞ!」


 そう怒鳴ってみるが、相手が諦める様子はない。シャルルは双剣を振り上げ、店主の護衛をしているうちの一人に切りかかった。


 金属音が響く。双剣は通常の剣に比べて軽く、一撃に威力はない。だが、連続攻撃をしかけられるのが利点だ。


 情けない姿を見せるわけにはいかない。


 相手は武器を持っているが、鎧をつけているわけではない。こちらは防御服も着ている。


 強引に攻めてもいいな。


 右手に握った双剣でわざとらしく相手の胸元を狙う。相手は長剣でシャルルの攻撃を受け止めた。

 すぐには引かず、右手に力を込め続ける。


 そして、相手の視線がシャルルの右手に集中した瞬間、左手の双剣で相手の右肩を刺した。


「くっ……!」


 男が苦痛で顔を歪める。しかし、長剣に込められた力は弱くならない。


 シャルルは左の双剣を相手の右肩から抜き、右の双剣と同じように長剣へぶつけた。


 右肩に傷を負った状態では、剣を握る手に力をこめ続けられないはずだ。案の定、じわじわと相手の力が弱まっていくのを感じる。


 だが俺も、剣の腕がなまっているな……!


 長時間の戦いになれば、体力的にもきつくなってくるだろう。

 双剣に込める力を強くする。さっさと決着をつけなくては。


「うっ……!」


 相手が呻き声をあげるのと同時に、長剣が吹き飛んだ。

 そして、男が地面に座り込む。


「おとなしくしろ。これ以上危害を加えるつもりはない」


 あとは捕まえるだけだ。

 しかし、シャルルが手錠を取り出して近づいた瞬間、男がいきなり殴りかかってきた。


 とっさに右へ逃げてかわしたが、頬がちくりと痛んだ。慌てて頬に触れると、わずかに血が出ている。


 男が憎々しい表情で舌打ちした。拳の間に、細い針が挟まっている。


 剣だけでなく、あんなものまで用意していたのか。


 避けたからよかったものの、もし針が目に入っていれば大事になっていただろう。


 どうするべきだ? 武器を失ったとはいえ、このまま放っておくのも危険だ。


 拘束するために人を集めるか、とシャルルが考えた瞬間、目の前の男が地面に倒れた。背後から、いきなり背中を切りつけられたからである。


「リベルタ!?」


 既に倒れた男の身体に、リベルタは無言で何度も大剣を突き刺す。やめろと叫んでも、リベルタは動きを止めない。


 男は何度も悲鳴を上げていたが、そのうち静かになった。


「おい、リベルタ、おい!」


 何度も名前を呼ぶ。するとようやく、リベルタは顔を上げた。


「シャルル様!」


 慌てて駆け寄ってきたリベルタが、シャルルの顔を心配そうに見つめる。瞳には涙がたまっていて、今にも泣き出しそうだった。


「血が出ています。大丈夫ですか。痛いでしょう?」

「……血?」

「頬です」


 確かに頬を傷つけられた。しかし、細い針でちくりと刺されただけだ。既に痛みはないし、傷だって明日には治っているだろう。


 その程度の傷を、リベルタは心底心配している。

 たった今、床に転がっている男を殺したばかりだというのに。


「シャルル」


 マルセルに呼ばれた。慌てて振り向くと、マルセルが店主を捕らえている。


「終わったぞ」

「……ですね、叔父上」


 店主が捕まったことで、他の者も抵抗をやめたようだ。店内にいた客は、ヘリオスの誘導で階段近くにかたまっている。


「シャルル様」


 リベルタに再度名前を呼ばれた。不安そうな顔と、泣きそうな目。


「俺は大丈夫だ、リベルタ」


 そう言うと、リベルタは安心したように微笑んだ。

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